006 VS、91層の鬼人
ぞわぞわと寒気が止まらない。今までのモンスターとは比較が出来ない程強い。手加減どころかオッドに自分の手札を全て晒さなければいけないかもしれない。なんて少しズレた事を考える。
「天井落下注意!敵はオーガ……いや、鬼人!」
「はぁ!?ダンジョンのモンスターが進化するなんて聞いたことねーぞ!」
「私もありません。でも、上層では絶対に起きない現象でしょうね」
ピリ、殺気を感じた瞬間に思わず無詠唱で多重に障壁を張れば目の前に鬼人。10枚中7枚も破壊されたと冷や汗をかく。ホント、なんでこんな桁違いの化物が徘徊してるんだか。
赤い目をしている。炎を使ってくる可能性もあってスピードも速いとかボスですか?
「''ディフェンス・ファイア''、''ブースト・ウィンド''」
「助かる!」
強化はしたがギリギリ対抗できるかできないかの微妙なラインだろう。オッドの剣を強化したわけではないし、したとしても鉄製だから鬼人の行動によっては間違いなく折れる。
鬼人は動きが大振りに見えるがあえてそうしている様に感じる。自分より小さい相手ならと威圧も兼ねて恐怖を煽ろうとしているのだろう。それに加え、ウルフ系のモンスターに多いモーション、首や足を狙ってくるという行動、その対策を確立させている。厄介極まりない。
「オッド!首と足は狙わない方がいい!」
「わかった!」
トロール戦とは違い、ここは通路である。天井の落下に気をつけながら、というのはオッドには無理だろう。集中できていないのがよく解る。
オッドに相対している鬼人は素手ではなく剣を所持しているのもネックだ。宝箱から持ち出したのか、鬼人の手で作り出したのか。どちらにせよ考える頭がある。
「''シールド''!''パワーブースト・ファイア''!」
明らかに力の込められた一撃。シールドで減速させたがそれでもオッドが吹き飛ばされる威力のある横薙ぎ。防御系の魔法かけてなかったらダメージは大きかっただろう。
再び攻撃に転じたオッドを見送り、鬼人を観察する。ふとした瞬間にこちらを確認している。なのにオッドの攻撃を全ていなしていてダメージが全く入っていない。───────現在の鬼人は7割程度しか力を出していない。にも関わらずオッドを早々に潰すことなく戦っている理由は?
魔力を感知している。つまり、通路崩壊レベルの魔法は防げない。だからオッドを盾にしている。ははっ調子に乗るなよ
「''チャージ''」
チャージは物理的な攻撃力を上げる特殊魔法。必要以上に溜めがあるが今は敵が来ていないから使用する。そしてその上げた攻撃力を魔法攻撃の力へと変換。
「''パワーリターン''────オッド、しゃがんで下さい」
収束、そして属性付加。まわりに影響が少なめな雷を選択。オッドがしゃがんだのを確認してから溜めた魔力を線として解放する。イメージ的にはどこぞの漫画の電磁砲のようなものだ。
バチリと発した一瞬の静電気に僅かなダメージを受けつつも鬼人を見る。当然だが、倒れてはいない。が、予想外の攻撃だったのか鬼人の左腕が吹き飛んでいた。
「ガアアァ!」
「行かせねぇよ!」
ヘイトを稼いだ様で鬼人が此方に向かおうとしたのをオッドが止める。腕が一本無くなったからか隙が大きくなったので、オッドがやや優勢になったようだ。
それでも勝てない。オッドが弱い訳じゃない。未だに掠り傷だけで済んでいるのが証明だ。ただし圧倒的にパワーが足りない。剣の素材然り、オッド自体の攻撃力然り。……鬼人が固すぎるというのもあるが。いやいや、ホント勘弁してよ。これは消耗戦じゃないか。私だけなら逃げる事は可能。だけどもそれはオッドがいる限り出来ない。
それにさっきからする嫌な予感がどうも気になる。
「っ!!''チェンジ''!」
「はっ?」
オッドと場所を交代。そしてそのまま無詠唱で多重にシールドを張る。それと同時に小さくない震動。ああもう、なんでこんなタイミングでホップするんだか!
目の前に鬼人、背後にオーガ。ガリガリと削られていくシールドに冷や汗をかきつつオッドにオーガの相手を頼む。その一瞬がよくなかった。バリンと大きな音をたててシールドが割れたと思えば左腕に鋭い痛み。シールドから少し離れていたから辛うじて掠り傷で済んだが、もし近くにいたら腕が吹き飛ぶコースだった。
「、く た ば れ!」
叫ぶと同時に魔法を行使。ありったけの魔力を込めて、なんて。
元々のロベリアの高適応属性である水と霞の適応属性の氷。特に意識をしていなかったがそれが強く出ていた。だから通路が一瞬にして氷の道になった。さて、鬼人は?と見てみれば凍っているもののまだ動いている。かったい。防御硬い。ゲームみたいにイージーモードではないかと力の入らない左腕をぶら下げつつ次の魔法の準備をする。
「ロベリア!」
「大丈夫です!オーガに集中して下さい!」
今までイージーで進んできた弊害か?オッドが動揺して未だにオーガ相手にケリをつけられていない。一撃掠ったとはいえ私の方が防御力は高いんだから落ち着け!
「風圧砲!」
凍った鬼人を吹き飛ばす。吹き飛ばされた鬼人は為す術もなく散っていく。そして新たな殺気。おいおい冗談キツいよ。さっきまで対峙していたあれが子供だとかは止めてよね。
「ロベリアしゃがめ!」
オッドの声に思わずしゃがめば私を飛び越えて新たな殺気の方へと走っていく。嘘だろと内心でツッコミつつオッドにブーストをかけようとする。が、
「あかい、エフェクト……?」
思わず小さく呟いてしまったがそれくらい動揺したのだ。ゲームにそんな要素はなかった。ただ、霞はそのエフェクトを見たことがあった。乙ゲーの販売会社と同じ会社で売り出していたRPGの必殺技のエフェクトだった。
と、するとこの世界もしかして交ざってる?乙ゲーとRPGが?なにそれ。
あっさりと吹き飛ばされた殺気の元に私が戦っていた方が強かったのだと安心した。真っ二つにするという荒業をやってのけたオッドに対して少し冷や汗をかく。あれが自分に向けられる可能性が───────考えたくもない。
「ロベリア!一端休憩層に戻るぞ!」
「え、あ、はいっ!?」
ひょい、と横抱きにされたと思えば速足でオッドは歩き出す。オッドに対してなんなんだと思っているうちに休憩層へと帰ってくる。というかオッド、私のことカスミじゃなくてロベリアって呼んでたよね?そこも注意しないと。
休憩層に着くと、オッドは私の左腕の服を裂き、傷を確認した。
「っ、」
「ちょっと我慢してくれ」
傷口に口をつけ、血を吸い出される。ぷっ、となにかを吐き出していたのを見てなにか悪いものが左腕に入り込んでいたのかと呆然としていればオッドは酒を取り出して傷口にかけはじめる。いや、確かにアルコールだけれども!
真剣に治療をしているオッドに複雑な気分になりつつも治療か終わるのを待つ。
ふー、と安心したように溜め息を吐いたオッドはすまないと呟いた。首を傾げれば怪我をさせたこと、ロベリアと咄嗟に呼んでしまった事を言われた。ふむ、名前の呼び方の自覚はしていたなら良しとしよう。
「怪我については謝罪をする必要はありません。私とてダンジョン攻略を無傷で出来るとは思っていないので」
「あー、気持ち的な問題だ」
「……では私からも謝罪を。分断させたのは独断でしたし」
「正直な話、ああするのが最善だったと思う。鬼人と相対してるのにオーガが後ろにいるのは集中出来ないからな。あのままだったら、間違いなく俺は死んでた」
「お互い様ということで」
「おう」
暫くの休憩後、これからの事を話す。上へ戻るか、下へ進むか。私の判断に任せる、とのことだったので迷わず下へ行くことに決めた。
理由としては三つ。一つは上に戻る場合オッドの魔力が心許ないこと。二つはゲームの知識では今いる91層からボスのいるフロアまで10以下の層数であること。最後に、他のダンジョンを開くトリガーがボス部屋の前にあることがあげられる。鬼人についての心配はしていない。サーチの範囲を広げて警戒網を拡げるだけだから。もういないだろうけど。
なんだかんだで苦労なく99層まで辿り着く。このイージー止めてほしい。油断に繋がるから。そしてまた怪我するだろうから。
「帰還陣に乗らないのか?」
「少し待って下さい。この辺りに───────あった」
ばさばさと固くなりかけている土を退かせば3つほどの斜めに飛び出ている棒が現れる。これは他のダンジョンを開くためのスイッチである。かの製作者は言った。全てのダンジョンは必ず何処かで繋がっている───────と。このソースは前世の乙ゲーファンの友人が公式から抜粋したものなので間違いないだろう。
その棒を押してみる。魔法陣が完成する位置で止まるような仕掛になっていたらしくカチリと音がしてから棒の周辺が輝き出す。
「な、にしてんだカスミ」
「開門、といったところでしょうか」
「開門?」
「魔法陣から読み取った情報によると、ジーゼルムに一つ、クランガーラに一つ、ファラシェーガに一つダンジョンの入口が出現しました」
「は?」
「因みに出現したダンジョンはこのスイッチに触れた人間が居ないと開かない仕組みの様ですね」
「あ、俺も触っておく……じゃねえ。なんで解った?」
「仕掛けについてですか?探知に引っ掛かっていたので」
嘘八百。探知にそこまで細かいことは出来ない。突っ込まれたら振動感知だとでも言って誤魔化しますがなにか?
微妙な顔をしつつもスイッチに触れたオッドに思わず笑えば、がしがしと頭を掻いてから戻るぞと不機嫌そうに言われたのでそのまま着いていく。
5日もたっていないが、久し振りに地上に出る気がする。一つ目のダンジョン。ボスには挑戦していないものの、中々楽しかった。次は何処へ行こうかな。
直ぐにでも次の街へ向かおうとした気分を、ブッた切られるのは明日のこと。