005 ラガラガシェイガダンジョン下層
コツコツとオッドのブーツの音が響く。私のブーツは鳴ってない。どうもオッドのブーツは洞窟用のだったらしく、靴底が固いのだ。相手に捕捉されやすくなっているのでオッドの歩き方がイヤに慎重だ。
「……サイレントかけます?」
「い、いらん」
「その歩き方疲れません?音は結局鳴ってるし」
そういうと、本人もわかっているのか足を止めた。どう返答をしようかと悩んでいる様な雰囲気に面倒になったのでさっさとサイレントをかける。
「あっ、おま、魔力は大丈夫なのかよ」
「?特に問題ありませんが」
「は?……雑魚相手にあんま使ってねぇとは言え、ノクトビジョンは継続してかけてるし、今日はトロール……ボス戦やってるわけだし」
成る程、大体の人間の大まかな魔力総量をオッドは知っている、と。そしてそれくらいで魔力無くなっちゃう魔法使いの使えなさにドン引きです。燃費わるいの?オッド、その珍獣見る目止めません?イラっとするから。
ロベリアの魔力総量はゲーム通りどころかゲーム以上の総量であったりする。どうも幼少期に体の中で魔力を循環させると魔力器官が刺激され、魔力が増える様だ。まぁ、あくまでもロベリアの話だが。
「止まってください」
「どうした?」
「ノクトビジョンだと解りにくいですが、この先に巣ができています」
「見えにくい───────蜘蛛か」
オフコース。とうとう蜘蛛が出現する層までやって来ました。88層、別名鬼蜘蛛地獄。ゲームでは10歩歩くと蜘蛛の巣に引っ掛かるという鬼仕様。かといって焼けば集中砲火をされ、自らに燃やした糸がふりかかり、剣で切ろうにもねばねばしていて時間がかかる。因みに糸を排除する正しいやり方としては風魔法で斬るか氷魔法で凍らせてから破壊するやり方のどちらかだ。ゲームでのロベリアの汎用性の高さに草しか生えなかった。
「ちまちま風魔法で道を作る、強力な氷系統の範囲魔法で凍らせてから進む。どちらにします?」
「魔力足りないだろ」
「できるから提案しているのですが」
最早驚きを通り越してなにかを悟ったようだ。規格外過ぎると呟いているけど私は圧倒的に経験値が足りてないからな?恐らく、というか確実に兄には勝てない。逃げるのは可能だろうが倒すのは無理だ。
因みにゲームであれば風魔法の方を選ぶが現実なら氷魔法の方を選ぶ。オッドは氷魔法で凍らせる事を選択。ふむふむ、上出来である。
一度魔力を体の中で循環させてから放出。腕に多少の霜がついたが、凍傷にはなっていないから放置でいいだろう。
「''ヒール''」
「へ?」
「凍傷になってなくても霜は動きを鈍らせるからな」
ふい、と視線を反らすオッドにそこで照れるのやめてくれないかと死んだ目で見る。どこぞのリリィさんな展開は要らないので。なんて。
オッドことティルフィン・リヴェムは剣士であるが魔法が使える。……といっても、私の様に全属性の全ての技を使えるわけでもない。(例をあげるなら魔力をさして使わないファイアボールは撃てるが魔力を大量に使うファイアウォールは使えないといった感じだ)魔力総量はゲームではリリィより少なかった。見た感じオッドは初歩の魔法とヒール、エンチャント系の魔法しか使えない様だ。私のような転生者にありがちなチートでなく、オッドの場合は努力の結果だけど。
凍った蜘蛛の巣を破壊しながら進めば時々凍った蜘蛛を発見。止めを刺しつつ魔石を回収。なにこの作業ゲーとか思ってない。もくもくとダンジョンの攻略を進め、苦労という苦労をすることなく進んで90層のいわば、休憩層と呼ばれている層まで来た。
「……楽に進みすぎな気がするんだが」
「でしょうね」
「カスミの攻撃が色々と的確な上に寄り道してないのもあるんだろうが……入ってどのくらいたった?」
「18時間ですね」
「はぁ!?」
妥当だと思うけど?ゲームでいう最短ルート通った訳だし?鬼蜘蛛も凍らせたから苦労なかったし。まぁ最短ルートうんぬんはオッドには言えないので、運が良かったみたいですね、なんて言って誤魔化しておく。
休憩層ですることと言えば休憩だ。唯一モンスターが発生しない層であるため安心して寝れるのだ───────といっても他の冒険者への警戒はしなくてはならないが。ゲームでもそうだった。休憩層で道具を強奪されたりした。しかもセーブしてゲームをしていない間にそんなことになっているから質が悪かった。ボス戦前にポーションが強奪されましたとかキレかけた。乙ゲーの癖にイチイチ嫌がらせが過ぎるんだよ!なんて。
まぁ今回は68層への通過の切符を持った人間はいないだろうしとのことで油断しまくりなのですが。ノロノロとテントの準備をしていればオッドが何故か硬直していた。
「……オッド?」
「あっ!?ななななんだ!?」
「どうしました?」
「別に、なんでも!」
いやいや、挙動不審だからな?……ん?まさか
「女性と野営したことない、とか」
「っ!!」
顔を真っ赤にしたオッドにマジかよ、とガン見していれば仕方なかったんだと叫ばれる。いや、まぁ、万が一にでも貴族の坊っちゃんが一般市民に恋する訳にもいかないし適切な判断だろうけど。それにプラスしてきっと公爵家の過保護もあったんだろうな。リヴェム家はどうも家族仲が良いようだし。いや、通り越して過保護?
「って、テント一つかよ!」
「寧ろ聞きたいのですが結界を張る前提で二つも必要ですか?」
「男女の問題があるだろうが!」
「男として見てませんが」
沈黙した。
というか、家の関係もあるのに襲うような短慮な男ではないだろうに。アイビー家は当主が宰相職に就いている家だしね。
うーん、でもあんま私を意識されて休憩がとれないのは困るな。幸い此処は他の冒険者が来ない休憩層だし……慣れさせるか。うむ、と一人納得した私に寒気でも感じたのかオッドがなにか恐いものを見た顔をしたが、にこりと笑って誤魔化した。が、オッドの肩が僅かに震えてるから誤魔化せてないな。
「……これからも、同じテントのつもりか?」
「そのつもりですが」
「他に男が増えてもか?」
「パーティーメンバーが3人程度なら一緒で構わないかと」
「お前の貞操概念どうなってんだよマジで」
面倒になったので首根っこ掴んでテントにブチ込んだ。いてぇ!なんて聞こえなーい。さっさとこの後の対策会議をしよう。
文句を言おうとしたオッドにはいはい落ち着けといわんばかりに肩を叩いて目の前に座る。さて、91層以降の話をしようか。ゴブリンやオーガ、出現傾向から───────と、考えたようにみせてゲームの内容をちょくちょく伝える。ラガラガシェイガのダンジョンの出現傾向、ありそうな罠の話。オッドからもそれは可能性が高い、有り得そうだと言う話をした。
さて、正直な話、91層以降はトロールとオーガのみの出現である。オッドには伝えていないが、鬼蜘蛛の出現は休憩層前まで。現実であるので下手な確定は出来ないが出現モンスターは二種類で確定だろう。
「…………で、どういうことだ」
「なにがです?」
「一日はここで休む理由だよ!」
怒っているがオッドがテントについてツッコまなければ私とてそのまま進むつもりだったがこれから先、何年同行するつもりかは知らないが一緒にというなら馴れておいてもらわないと困る。ということで1日ここに居ることに決めたんですが?うーむ、異性としては意識しない位までだらしない行動をすれば良いのか?なんて悩むところだ。
私との野宿に馴れておいてほしいと言えばぐう、なんて呻いていた。あまりぎくしゃくしたのだと一般市民の女に誘われる原因にもなりかねないしねー。
「オッドは女性に対して気にしすぎな様なので」
「否定はしねぇが」
「ハグぐらいは出来るようにしときます?」
「勘弁しろ」
私も正直勘弁だわ。いくらオッドが攻略キャラでイケメンだとしてもハグは勘弁だわ。大事だからついでにもう一回。ハグは勘弁だわ。霞の時は引き篭もりだとかコミュ障だとかじゃなかったけどね。
そわそわとしているオッドをスルーしつつ就寝。深く眠れないのできっと明日はあまり寝た気がしないだろうな。
*
「おはようございますオッド。一応朝食の準備は出来ています」
「おー……ここダンジョンだよな」
「ダンジョンですね」
「だよな。なんでテーブルに温かいご飯があるんだ?カスミの時空魔法どうなってんだ?」
「企業秘密です」
「……それはボケか?ツッコめばいいか?っておい、紅茶まで飲みはじめんな」
ツッコミ激しいなオッド。疲れない?
なんだかんだと数時間会話をして、予定よりはやく馴れた様なので仮眠をしてから次層へ向かう。
91層は道や壁がボロボロだった。床石の割れ具合を見ると重量のあるモンスターが徘徊している事がよくわかる。あれ?なんか床に───────うわぁ、これはチョット……
「どうした?」
「あー、いえ」
「なんか気付いたんなら言ってくれ」
「昔は、この層にもウルフ系のモンスターが居たんだな、と」
本の少し遠い目をして言うと首を傾げられた。おいおい、気付いて下さい。ダンジョン内でモンスターが殺し合いをしてたって事。本来ダンジョン内でモンスター同士で戦闘行為をすることはない。なのにこの層はウルフの死体がある。人間がウルフを倒したのならアイテムがドロップされるのだからこの現象はありえないのだ。
「───────おい、それって」
「トロールか、オーガか。休憩層である90層への通路までウルフは逃げなければならなかった。本能だけで生きているモンスターだとは思えない。あぁ、イヤだ。帰還の陣があるのはダンジョンボスの部屋の前。気を引き締めませんと」
いやはや、道理で地面の床石が割れていると。末恐ろしい。この先は戦場か。種類的にも鬼しかいない。
バキリ、少し大きな物が折れた音がしたかと思えば、通路の先に赤が二つ揺れながら此方へと向かってくる。さて、鬼さん。
「少し厳しい戦いを、はじめましょうか」
まったく、寒気が止まらないったら。