004 ラガラガシェイガ68層
この世界の5時は暗い。今の季節は?と聞かれたら秋だと答えるが、日本とは違い四季というものが存在しない。夜明けは5時半から6時半。時間をかけながら日が上る。夜はもっと不思議だ。この世界も球体の癖にどんな原理をしているのか19時になると完全な夜となる。どんな宇宙形態なんだか。
さて、後5分で待ち合わせ時間になるのだがオッドの姿が見えない。寝坊か?誰かに捕まったか?先に行ったか?なんてどうでもいいことを考えながらカウントを開始。後10秒というところで走ってきたオッドを発見したのでゆるゆると手を振ってやる。
「悪い!遅れた!」
「ギリギリセーフです。寝坊?」
「いや、報告してたらギリギリになった」
「ニシキギ兄様にですか?」
「……………………実家」
嫌々報告してたんだろうな。というかいちいち報告しないといけないのか。可哀想に。憐れんでいたらさっさと行くぞなんてムスリとした顔でダンジョン内へと行くよう促された。はいはい。行きますとも。
まだ夜が明けていないので拳程の大きさの光を出す。1層ではモンスターが明かりに誘導される、なんていう初心者殺しは大きなダンジョンではおきないので普通に使用する。
「ノクトビジョンの方が良いんじゃないか?」
「それでも構いませんけどフィールドによっては目が潰れますよ?」
「……一理あるな」
と、いうか68層は確実に中ボスフィールドで、ラガラガシェイガのダンジョンで唯一明るい層だ。ゲームではそれが初見殺しだった。目が眩んだ状態になって攻撃が当たらないのなんの。友人からその状態になると泣き言を言われた時、それホントに乙ゲー?と真顔で聞いたものだ。人によっては初見でなくとも苦労する。
ダンジョン入ってわりと直ぐのところに例の68層への入口がある。壁にしか見えないそこに手を当て、土魔法の地脈操作を発動する。地脈操作の発動自体が道を開くキーだったらしく、砂のように壁が変質したかと思えば左右の壁に染み込むように消えていった。明るいところだったら幻想的だったかもしれないが、暗い中でやられたらただのホラーである。
「マジかよ……俺の二年間の苦労って……」
オッドはラガラガシェイガのダンジョンの68層への道を捜査していた模様。御愁傷様。これは初見殺しどころかベテラン殺しだと思うの。まさか1層に下層に行く隠し通路があるとは思わない。
道を進んでいけば魔方陣を発見。明らかに転移用の陣だ。警戒して陣の前で止まったオッドは私に危険の有無を聞いてくる。……ダンジョンについては君の方が詳しいよね?
「魔方陣は正直詳しくねぇんだよ。つかトラウマ。単騎で攻略してたとき陣で死にかけたのが三回もある。その度運良く助けてもらった」
「それは……器用だね」
そんな状態になる様なオッドの存在はある意味器用だ。ゲーム補整でも働いていたのだろうか?なんて。
68層への陣は10人程しか円の中に入れないダンジョンにしては小さなもの。読み解いたところ一方通行の上に一度使うと一時間程のクールタイムが発生するようだ。成る程。中々手の込んだ嫌がらせだ。まあ、今回は進む以外の選択肢はないけどね。
「一応ギルドに報告……」
「しに行っても良いですけど、私直ぐに68層行きますよ?元々は単独攻略の予定でしたし」
「おい。カスミも貴族なんだからそこは気にしろよ」
「オッドは単独で攻略しようとしなかったのです?」
「…………………………した」
渋い顔をして目を逸らしたオッドをせせら笑う。自分がそういう行動をしていない場合に指摘しなさいね。
オッドと共に陣の上に立つと陣が赤に光る。これから戦うモンスターが危険だと訴えているようなカラーだ。まぁ、オッドが一人で戦いを挑んだ場合には負けるが、私の場合には勝てる様な偏った相手であるから危険と言い切れない相手だが。
「っ!?」
これぞ初見殺し。なんてふざけている場合じゃなかった。転移して直ぐにトロールが棍棒降り下ろしてくるとかどういう事なの。
一応魔法でシールドを張りながら離脱。オッドも中々のスピードでトロールから距離をとった。簡易かつ無属性のシールドは粉砕し、その上地面まで抉っている。思わずブルリと震えればオッドが心配そうに此方を見た。あ、いや、問題ないんであのデカブツの方から目線剃らさないで。
さてはて、目の前のトロールだがゴブリン同様体は緑色で体は大きい。鬼と違って鋭い牙はないが人型モンスターの中では五本の指に入るであろう筋肉の持ち主だ。そしてなにより目の前のトロールの瞳の色。茶色である。つまり土魔法が使える(通常のトロールは瞳の色は黒で魔法は使えない)証拠だ。
「カスミ!このトロール土魔法使ってくるぞ!」
「了解です!」
オッドの言葉にそうか、一人じゃないからそういう声かけは必要なのかと納得する。昨日相手にしていたのはゴブリンだとかの雑魚だったからひたすら交代でやってたけからそういう確認はしなかったな。そのかわりオッドの動きは大体分かるが。
トロールの動きは遅い。一番速いのは棍棒振り下ろす時だろう。その分物理攻撃力、防御力はかなり高い様だし。オッドがタイミングを見計らって攻撃を仕掛ける─────ってオッド、その剣鉄じゃ……
「げ!?」
「''シールド・アクア''!」
そこそこ使い込まれていたせいもあったのか、オッドの剣は呆気なく折れた。その一瞬の動揺をトロールは突いてきたので水魔法のシールドで防ぐ。オッドは謝りつつトロールの攻撃範囲内から離れる。
「オッド!そのまま気を引いといて!」
オッドの返答は聞かずそのままトロールの背後へとまわり込む。トロールが此方を向こうとする度にオッドが気を引いてくれたので上手い具合に接近も出来た。
防御力が高いです。それは外、体の表面の話でしょ?なら、することは一つ。口から内部に魔法をブチ込む。ドン引きされる可能性があろうと遠慮なんてしません。真正面から防御固いのに攻撃するほど素直な性格もしてないので。
「あ」
「''炎上''」
「がぁぁぁ、あがぁ!!」
口の中へと魔法を投下されたトロールは藻搔き苦しむ。炎上でやられないのなら大炎上にすべきだったかと考えたが恐らくそれをやれば自分にもダメージがきていたなと首を振る。
「カスミ、強化系のエンチャントかけてくれ」
「え?''パワーブースト・ファイア''」
ニヤリと笑ったオッドは折れた剣を捨てトロールの方へ走っていく。なにをするのか構えて見ていれば勢いよく腹パンした。……え?と思わず呆けてしまうのも仕方がないと思う。いくら体内にダメージ入ってるからって、腹パン……
「いや、ダサかったとは思うけど、そんな顔すんなよ」
「真顔ですが」
苦笑するオッドはそのままトロールの方を見る。トロールはさっきのでとどめを刺されたようでドロップアイテムと化していた。赤いカップ麺程の大きさの宝石が4つと鉄の棒。それを見たオッドは物凄く興奮しだした。一体なんなのかとオッドを見れば赤い宝石──────これも魔石らしい。ここまでの大きさははじめて見るらしい。
「あれ、もしかして知らない?」
「なにが?」
「魔石の大きさは相手が自分より強かったり、こういうダンジョンのフロアボスを一定人数以下で倒すと、高確立で大きな魔石が出ます」
「!?!?!?」
ゲームではそうだったから多分そう。一番大きなのが出たのはリリィ単騎でドラゴン狩りしたときかな。ドラゴンの頭の大きさの魔石でたんだけどwwwこれホントに乙ゲー?と笑ったものだ。ダンジョンパート、温かったわりには凝ってたよなぁ。
絶句しているオッドを尻目にドロップ品を回収。先に進もうと促せばなんとも言えない顔をされた。淡々とし過ぎ?そうかな?なんというか、苦戦という苦戦はしなかったからなぁ。いや、ぶっちゃけるなら苦戦するような戦いの場へは赴かないけど。
フロアから出ようとすれば腕を引かれ止められた。少し休んでから行こう、とのこと。首を傾げればボス戦の場合はすんなり終わったときは特に疲れているのに気付かなかったりするからと。
「にしても強いな。今まで組んだ魔法使いの中で一番だ」
「そう?」
「魔法使いってーと後ろで砲台みたいにバカスカ撃ってるイメージしかなかったけどカスミ普通にトロールに接近すんだもんな。はじめて見たわ。口の中に魔法ブチ込むの」
楽しげに笑うオッド。というか、魔法使いの戦闘は矢張、砲台の様な感じなのか。そこはゲームと現実で違っていてほしかったと遠い目をする。この世界はこんなんで大丈夫なのか?
「カスミ」
「なんですか」
「どうしてお前はかわったんだ?」
じっと此方を見ながら私にとってどうでもいいことを聞いてくる。何故そんなことを聞くのか、それは今の私達に必要な会話か。思わず眉間に皺を寄せればオッドは慌てたようになんでもないと言う。うーむ、なんか面白くないな。会ってからずっと私の事しか聞いて来ないんだもの。いや、自分から聞いていないのもあるけど。
「ここで話すことでもないです」
「あー、悪い」
休憩は終わりだと謂わんばかりに立ち上がる。気まずげなオッドの顔は見ずに歩き出せば奴はなにも言わずについてきた。
68層のボスフロアから出ると、遺跡の様な通路が現れた。僅かに、だが坂道となっているようで、下へと向かっている。暗さを増していく通路に不気味さを感じつつ更に下層へと。ひんやりしているのは緊張か、遺跡の温度か。
罠が無いことを確認しつつ次の層への階段を探す。歩いている最中にカチリと音がしていたが、罠というより次の層への入口が開いた音だろう。
「──────下層への階段だ」
「他のダンジョンもこのような造りなのですか?」
「大体そうだな。区切りの部分で雰囲気がかわる」
洞窟だったのが、ボロボロの遺跡のような姿へと。この先はけして静かではない。ざわざわと多くの気配のするその先へ。
楽しみだと目を細めるオッドに、私も同意を示した。