003 一つ目のダンジョン
ラガラガシェイガのダンジョン前、時刻は5時30分。オッドことティルフィン・リヴェムがどのくらい早く来るか解らなかったので30分前にスタンバイしていますカスミことロベリア・アイビーです。悪役令嬢以下略に転生していた私ですが、現在は悠々自適な冒険者活動をスタートさせ(といっても断罪日からまだ2日しかたってないが)、5年間の自由を貰って早速ダンジョンアタックをしようとテンション高く待機中です。
ラガラガシェイガのダンジョンはゲーム内では洞窟。下階に降りていく形のダンジョンだ。出現モンスターは主に無属性。極たまに魔法を使えるモンスターもいるが殆ど近接戦闘をするものばかりだ。上層ではゴブリン、ノーマルウルフ、レッサーオーガ。ごく稀にミミックやアラクトリバット。下層ではオーガ、トロール、オニグモ等々が出てくる。モンスターを見れば耐性や弱点は思い出すだろう。
「お?はえーな」
ひらりと手を振ってこちらに来るオッドにぺこりと会釈をする。あらかじめ1層だけの探索だと伝えてあるので彼も軽装だ。といっても、乙ゲー補正かなんなのか剣士の癖に鎧は胸当て程度で防御面絶対紙だよ。と、ツッコみたい。私も軽装といえば軽装だが。
「剣に、荷物。昨日も思いましたがそれだけですか?」
「敬語止めろ。一応時空魔法付与のやつだからな。そういうカスミは剣?だけで手ぶらじゃねぇか」
「これは刀です」
「荷物は」
「時空魔法持ちという考えはないの?」
目を丸くするオッドに彼は本当に貴族なのかと疑いを持ちつつ、ダンジョンへと促す。元々彼はポーカーフェイスは得意ではないという印象だったが多分その通りなんだろうなと考える。
ダンジョン内は薄暗かった。初見の感想としてはゲーム通りだな、と思う位だ。階を降りていく毎に暗さは増していくか、とオッドに問えば肯定された。そこも同じか。あれ、それじゃあもしかして
「67層では階段を見つけられない?」
「……なんでそう思った?」
「勘」
訝しげに此方を見るオッドを笑って誤魔化しつつまわりを見回すと少し先に敵影を発見した。
「敵3体。ゴブリンですね。如何致しましょう?」
「カスミの戦闘を見たい」
昨日のギルドないであしらったのは勘定外ですか?まあ良いけど。手元の刀に手を添えてゴブリンが射程距離内に入るのを待つ。何故待つのかという視線を貰ったがスルーさせてもらう。
─────ほんの少し前世の話をしよう。由依霞は一時期弟の趣味に付き合わされていた。とあるアクションゲームの武将の戦闘スタイルがめちゃくちゃ格好いい、と。霞はそれに対してめちゃくちゃの意味違うからと淡々と返していた。ついでに言うなら私壁サンドが出来る武将が好きなんだがとも。なんだかんだで言いくるめられ抜刀術を教えている道場へと通わされたのだ。弟の腕前も中々だったが、私の方が上手かった。弟はこれが社会人のストレスか……と笑っていた。おい。
「──────ひとつ」
勢い余ったのもあるが、ものの見事に刀の射程内に収まっていたゴブリンが、一薙ぎで頭を吹き飛ばされた。返り血を浴びる前に離脱してオッドの方を見れば呆然としていた。一度首を傾げてからゴブリンの方を再び向けば魔石が3つ落ちていた。おいおい此処もゲーム通りかよと呆れつつ魔石を拾う。あれ……なんか……生暖かい……そこだけ現実染みてなくていいんだけど。
「ホントにカスミは令嬢か?」
「はい?」
「なんで躊躇なく殺せる」
狙った位置も悪かったのだろう。ゴブリン──────人型でもあるに関わらず。
正直に言えば自分でも解らなかったりする。凡そのあたりをつけるとしたらゲーム感覚だからという現代社会にいたら危険思考とみなされて隔離されかねない考えを答えとして提示するが。
「さて、何故でしょうね」
話はそれだけかと視線だけで訴えてみたら渋々ながらもその事について考えるのを止めたようだ。別に悦んでる訳でもねぇしとモゴモゴ言っていたのは聞かなかったことにしておこう。
なんだかんだでラガラガシェイガのダンジョンの1層を巡り終えた。出現モンスターはやはりというかゴブリンとノーマルウルフ。レッサーオーガは50層付近からの出現なので出会ってはいないが強さはゴブリンと比べると強いのだろう。
1層を周回、何度も思っているが殆んどゲームと内容が同じ様だ。ラガラガシェイガのダンジョンの嫌がらせも同じとなるといっそ清々しい。ゲームではリーロン・サーゼラもしくはロベリアがいなければ攻略不可だった。現実でも変わらず。無属性のダンジョンの癖に土魔法が使えるメンバーが居なければ68層に行けないのだ。
「後30分程で丁度正午になります。そろそろ出ましょうか」
「敬語。そんな時間か」
「昼食後武器屋に行きます……いくけど、オッドはどうする?」
「武器屋?武器新調でもすんのか?」
「ミスリルかヒヒイロカネの物が欲しいですね。鉄じゃあ駄目です」
オッドはキョトンとした後何故か聞いてきたので正直に鉄ではトロールの防御を破れないからだと答えた。
「トロールなんてこのダンジョン出ねぇぞ?」
「それは67層までの話ですよね」
目を見開くオッドを置いてきぼりにして適当な飲食店に入る。壁に貼ってあるメニューの中からホットサンドのセットをふたつ注文して待っていれば文句を言いながらオッドが目の前に座った。置いていった事にご立腹のようだ。敬語は中々抜けないから、行動をフリーダムにしてみたんだ。納得してくれたまえ。
「どうやって68層に行くつもりだ?67層には階段はなかったし進むための仕掛けもなかった。66層も65層にもだ」
「まぁ、幾ら探しても見付からないでしょうね。確認は明日するので絶対とは言い切れませんが、1層に誰も通っていない通路がありました」
「はぁ!?」
思わず、といった感じでオッドは大声を出す。その後直ぐに口を手で塞いでまわりを見回す。うん?この世界はダンジョン探索する際に情報交換はしないのかな?と、考えたが1層─────上層から一気に下層へと行ける手段を大声で晒す訳にはいかないのだろう。後で宿に来いとお呼び出しをくらった。いや、お前の泊まってる宿ドコだよ。
運ばれてきた2セット分のホットサンドにお前そんなに食うの?という顔をされた。一応オッドの分として注文したのだがイラナイらしい。じゃあ私が全部食べますねとすごぶる良い笑顔で言えば謝った後に素早く片方のセットを自分の方へ寄せていた。オッドの食べ方だけを見ていると普通に平民の冒険者だな。いっちゃあ悪いが食べ方が少しばかり汚い。家庭を持つつもりが無いならそれでも良いのだろうが、この国で結婚したいなら貴族とになるのだから多少は矯正した方が良いと思うよ?
「武器屋だっけか?場所わかるか?」
「わからないです。教えていただいても?」
「りょーかい」
食事を終えたオッドに街を案内してもらう。オッドはラガラガシェイガには2年程留まっていたらしく、大分詳しい様だ。ここの武器屋は品揃えが少ない代わりに質が良い、だの。あそこの武器屋は装備品の方が力を入れているだの。私としてはインゴットが欲しいので装備品の所は行かなくていいです。
「俺が言うのもなんだけど、カスミの装備は防御が心許ないんじゃないか?」
「私の本職は魔法使いですよ?重い鎧なんて着て、息切れで詠唱が出来ない、なんて事になったら目もあてられません」
「無詠唱可能な奴がなに言ってんだか」
オッドに紹介されたのは少しばかり店内の照明の暗い武器屋だった。店主は些か無愛想なガタイのいい男。もしこの世界にドワーフやエルフがいるのなら十中八九ドワーフだろう。……ゲーム内では存在しなかったがそこのところどうなんだろうか。
店主にインゴットの有無を聞けばオリハルコンはあるとのこと。まさかのオリハルコン。個人的にはミスリルがよかったがまあいいだろう。
「にしてもオリハルコンなんてなにに使うんだ?」
「近々分かると思いますよ」
「ほぉ、焦らすか。嬢ちゃんは中々の悪女だな」
「人聞きが悪いですね」
その後も店主と少し会話をし、投擲用のナイフを数本購入してからオッドの泊まっている宿に向かう。着いたら着いたでオッドに少し待ってほしいと告げ、購入したオリハルコンで刀を錬成する。……うーん。やっぱりミスリル程魔力伝導がよくないな。
「……お前錬金術も出来たのか」
「そこそこですが。勿論本職の鍛冶師の作品には劣りますし、なにより武器精製系の錬成は邪道です」
この世界の錬金術は元を辿れば土魔法である。だから私の様な魔法使いはなんの準備もなしに錬成が可能。殆んどの人間がその事実を知らなかったりする。まぁ、錬金術の精度を上げるのなら炎魔法と水魔法も使えた方がいいが。私が知っているのは昔、兄が嬉々として土魔法の可能性を兄の友人───その人が土魔法使い───に話していたからだ。
錬成した刀の魔力伝導力を確かめる。馴染み具合は70%位か。ゆっくりと予備として持っていた鞘に刀を納める。オッドはまじまじと見ていたが此方の視線に気付くと少し目を逸らした。
「で、68層に行く方法は?」
「1層に行き止まりがあったでしょう?その壁に土魔法の地脈操作を使う」
「そんだけ?」
ぽかんとしているオッドにそれだけだと返せば頭を抱えた。なんで今の今までそんなことに気付かなかったんだとブツブツ言っているが、単純に上層のはじめである1層に下層への道があるなんてありえないという固定概念にプラスして、土魔法使いがパーティーメンバーに加わっている冒険者がいなかったのでは?もし通過した人間がいて、報告せずに進んだのだとしたら中ボスであるトロールに殺られる可能性が高いだろうけど。
「人が疎らであろう5時集合で構いません?」
「まぁ、早くても大体6時が多いからその時間が打倒だろう」
また明日、とオッドとわかれた。ラガラガシェイガのダンジョン攻略には多く見積もっても3日はかかるだろうなぁ。なんて。