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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
六章『破城槌』

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1話 破壊の跡

 俺たちは館長室へと移っていた。ベルトルドが危ないというアルフィーナの予言。予言に対するなら学院の中でここが一番適している。もはや学院長も手出し出来ない治外法権の趣味部屋だ。何しろ、王国の秘密の大半がここにある。


 幸いフルシーは部屋に居て、対策会議の条件は整っている。


「それで、アルフィーナ様。新しい予言というのは一体どのようなものでしょう」

「は、はい、ベルトルドの城壁が崩れて、街がめちゃくちゃに……」

「ことは緊急を要します。一刻も早く対応を。ベルトルドに戻られている叔母上にもすぐに連絡しなければ」


 いつもは比較的冷静なルィーツアまで動揺している。ベルトルドに近い彼女の領地のことを考えれば理解出来る。


 俺だって不安だからな。何しろベルトルドはもはやヴィンダーの商売の中心と言っても良い。


 だが、気になるのはこれまでの予言との違いだ。一度目の予言はレイリア村。二度目の予言はクルトハイトだった。どちらも、水晶の見せるイメージから苦労して割り出した。


 一方、今回はアルフィーナはベルトルドだと断言している。となると懸念は二つだ。


 一つ目は一次情報、つまり予言のイメージにアルフィーナの主観が入っている可能性だ。アルフィーナはベルトルドに二回いっている。だから一目で分ったのだという可能性が一番高いが、万が一間違っていた場合は取り返しが付かない。一次情報は主観を除くことが第一だ。


「落ち着いてください。まず主観を交えず予言のイメージをなるべくそのまま話してください」


 俺は紙とペンを出した。


「リカルド。姫様が間違っていると言うのか」

「アルフィーナ様は二度、ベルトルドを訪れているのですよ。どちらもヴィンダー君は同行したはずです」


 クラウディアとルィーツアが言った。


「いいのです。一次情報、予言を見ることが出来るのは私だけですから。私が冷静にならなければでした」


 アルフィーナは小さく深呼吸をした。控えめな胸が上下に動くと、少しだけ落ち着いた顔になる。俺の意図を分ってくれたようだ。


「まず、イメージは大きな都市でした。城壁が崩れていて、崩れた石に潰されたベルトルドの旗が見えました。その奥には倒れた塔が見えました。そして、あの工房の……、いえ塔のさらに向こうには黒い煙が立ち昇っていました」


 アルフィーナは悲愴な顔で語った。塔は俺も見覚えがある。ベルトルドの大聖堂。何より旗が決定的か。そして、あの工房なら大きな火元がある。しかも、鍛冶の火は一度点けたらそう簡単には消えない。


「つまりイメージは、ベルトルドの東門近くからということですね」


 アルフィーナは頷いた。これならまず間違いはあるまい。災厄が起こるのはベルトルドと考える。となると一番考えられる災厄は西にある……。


「そして、災厄の来る方向は東なのです」

「東じゃと!」


 アルフィーナの言葉にフルシーが驚きの声を上げた。俺も驚いた。一番可能性の高いのは西、一度目の予言と同じく赤い森からの災厄だと思っていたのだ。


「時期は分りますか」


 俺は動揺を抑えて聞いた。


「多分ですが春の内だと思います。城壁の外の草原に桃色の花が咲いていました。確か春の花ですよね」


 あの花か、日本のサクラみたいな色だが、木ではなく草花だ。春の初めに咲き、夏との境目にある雨期の頃までに散る。


 今が冬の終わりだから、最長でもあと二ヶ月だ。


「先輩……」


 ミーアが不安そうに俺を見た。ベルトルドが崩壊するほどの被害となれば、レイリア村にも災いが及ぶ可能性は高い。ヴィンダーのダメージも半端じゃない。


 ベルトルド大公は大株主だ。広げつつある養蜂もベルトルドを中心にしている。工房が崩れて産業育成が滞れば、職人ギルドと商人ギルドの関係の再構築や、王国全体の商業活動の活発化も遅れる。一つの篭に卵を詰めすぎた状態だ。リスクヘッジを怠っていたな。


 ベルトルドの外に目を向けても、第二王子閥がここぞとばかりに盛り返そうとするに違いない。


 さらに、ベルトルドは王国西部の要、帝国の動きが油断できないときに。ベルトルドが崩れれば不測の事態を誘発しかねない。


「確かに、一刻も早く対処しないといけないな」


 本当に参った、計ったような急所への一撃じゃないか。


「まず城壁ですね。城壁の崩れ方はどうなっていましたか」


 城壁が崩れるなどよほどのことだ。地震あるいは戦争。いや、ドラゴンの襲撃とかもあり得るのか。空から隕石が召喚されるとかは勘弁して欲しい。


「はい、一番はっきりと見えた東門近くのイメージでは外から内へです。でも、断片的に見える別のイメージでは逆の方向に崩れているように見えた場所も……」

「崩れた城壁は一カ所ではないと言うことですね」


 どういうことだ。外から内なら明らかに外部からの攻撃だ。内側からとなれば、やはり地震か。あるいは反乱?


「そうです、城壁の崩れ方がちょっと不自然に見えました」

「不自然とは」

「私にはよく分らないのですが、まるでアーチのように、円形にくりぬかれたような穴に見えたのです。それと、地面に引きずったような跡がありました」

「となると、地震じゃないですね……」


 引きずった跡、攻城兵器か。丸太を束ねて、城門を破る破城槌的なもの。いや、考えてみれば人間の攻撃なら城門を狙うんじゃないのか。


 巨大な魔獣が破壊したという可能性がある。何しろドラゴンが飛んでくることもあるのだ。それならその魔獣を養うに足る魔脈が必要なはずだ。


 これまでの予言だって人災になりそうになったが、人災ではなかった。やはりまず考えられるのは魔脈の変動に関係した魔獣の可能性だ。


「魔脈について、分っている状況を整理しましょう」

「ふむ、そうじゃな。まず今年は魔獣氾濫の予兆はない」


 東方からと言われようと、押さえておかなければいけないポイントだ。


「クルトハイトのようにドラゴンが突如飛んでくる可能性はないのか」


 クラウディアが言った。正直もうドラゴンは結構だが、ドラゴンなら花粉で対処できるか。いやいや、次のドラゴンはもっと巨大である可能性がある。何しろ、城壁に大穴を開けるのだ。


「考えづらいじゃろうな。あのときはトゥヴィレ山頂という魔脈の中心があった。今回はそれがない」


 俺がトラウマを刺激されていると、フルシーが可能性を否定した。


「この前俺たちが調査した西部の魔脈はどうですか」


 西方観測所のノイズの原因だった西部の魔脈。魔脈というか、地表にわき上がる薄い瘴気と言った方が良いのだろう。ベルトルドから見たら東方にあたる。アレが活性化して空を飛ぶ巨大な魔獣の足場になるなら、クルトハイトと同じ状況が生じる。


「むしろ沈静化しておる。測定限界ぎりぎりまで下がっておるくらいじゃ。魔脈関係では災厄の兆候は出ていないと儂は判断する。其方はどう思う?」


 フルシーの言葉に、全員の視線が俺に集まった。


「今の時点では何も言えません。ただ、これまでの予言のパターンから、第一候補が魔脈絡みという考えは捨てない方が良いと思います。言い換えれば災厄を引き起こすに足る巨大な魔力がどこかにある可能性です」


 俺は言った。今から二ヶ月以内に、今は姿を現さない巨大な魔脈が突如出現。そういうことなら事前に予想は出来ない。出来ることは予兆が現れた時に、なるべくはやくそれを感知することだ。


「西部の魔脈も含めて、なるべく詳細な観測を継続する必要があると思います」


 俺の言葉に、フルシーとノエルが頷いた。


「ただし、もう一つの可能性も考えないわけにはいかないです」


 ルィーツアが控えめな口調ながらも、思い詰めた顔で言った。彼女が何を言いたいのかはよく分る。


「アルフィーナ様、今回の予言を知る人間は今どれほどですか」


 俺は尋ねた。そう、はっきり言ってこの予言は爆弾なのだ。


 東方には王都、そしてクルトハイトがある。方向的に帝国の侵攻の可能性が低いのが救いだが、王都には留学してきた皇女がいる。


 押されっぱなしの第二王子閥と帝国が手を結んで、東西の内戦など最悪のパターンだ。


「宰相にはすぐに伝えました。公爵はしばらくは伏せるから、決して外部には漏らさぬようにと」

「よかった」「そうせざるを得ませんから」


 俺とルィーツアがうなずき合った。


「どういうことだ」


 クラウディアが首をかしげた。


「クルトハイトが文句を言ってくると言うことです」

「国難だぞ。何が文句だ。実際先の予言では自分たちが救われたのではないか」


 逆なのだ。前回の予言ではクルトハイトだと分ったのはギリギリ。実際にはドラゴンの襲撃は防げなかった。ところが、今回のベルトルドへの災厄は最初から場所が分っているときた。アルフィーナが派閥に有利なように、予言の公開を操作していると思いかねない。


 予言は政治を動かす力となり得る。そうでなくても、ベルトルドが危機となれば向こうはそれを利用して勢力の挽回を図るに違いない。クルトハイトには伝わるのが遅ければ遅いほど良い。


「返す返すも宰相を中立に戻しておいて助かりましたね」


 俺はアルフィーナを見て言った。もし宰相があちらよりだったらと思うとぞっとする。


「第二王子閥、クルトハイトのことは大公とクレイグ王子に任せましょう。ただし……」

「帝国皇女、リーザベルト殿下に関してはこちらでも注意するしかないですね」


 ルィーツアが言った。留学の時期から考えて、無関係とは思えないのだ。災厄と直接関係しているのか。それとも、それに乗じようとしてくるのか。時間がない時に変数を増やしてくれる。


「とにかく、西方観測所からの詳しいデータが届き次第、例の計算をしましょう」

「魔脈に関する地図作りじゃな」


 俺の言葉に、フルシーとノエル、そしてミーアが頷いた。時間がないが、だからこそ情報収集は手が抜けない。


 どこかにあるはずだ、災厄の種が。

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