11話 新しい同級生と予言の地
わずかに肌寒さが減じた教室。俺は部屋の中心の人だかりを観察していた。中心に居るのはリーザベルト。上品で穏やかな笑みで王国人に接する留学生は大人気のようだ。
「ねえシェリー。この前のハーブを練り込んだヨウカン。もうないの」
「あれはナタリーと試しに作っただけだから……」
俺の前にいるリルカがシェリーと餡子の話をしている。あのお茶会の評判が広がると、豆のジャムの味だけでも知りたいという貴族達からプルラを通じて羊羹の注文が入り始めた。
試食をさせているし、値段もあって注文は数分の一になったらしいが、黄砂糖と平行して羊羹を作るナタリーは現在大忙しだ。
「……ちょっと待て、リルカは羊羹否定派だっただろ。なんで抹茶羊羹なんてマニアックな味を食いたがってるんだ」
「うるさいわね。慣れたらあの味が癖になるのよ。シェリーの家の豆とハーブだし。べ、別にあんたの好みに染まった訳じゃないんだからね」
やけにこんがらがったツンデレ発言はともかく、乳製品を扱う商会の娘がそれでいいのか? そこはアイスに操を立てろよ。
「そういえば豆の確保は大丈夫なのか」
俺はシェリーに聞いた。一度は失敗と断じられたアンコプロジェクトだ。振り回されたベルミニ商会は大変ではないだろうか。
「…………超高級品だもの、あの程度の量だったら対応出来るから」
シェリーが言った。リルカがなぜか口元を押さえた。
「そうよね、ヴィンダーの羊羹が失敗したとしても、豆の仕入れ予定は止めなかったんだもんね」
「わ、私は最初から、ヨウカンの可能性を信じてたし」
「まあ、ヨウカンというのは何でしょうか。もしかして、この前のお茶会の豆のジャムと関係するのですか?」
「リ、リーザベルト殿下」
穏やかで上品な声が割って入ってきた。慌てて振り向くと、そこには話題の留学生が微笑んでいた。
「そういえばお二人はお茶会でお世話になりましたね。リカルド殿もおられたのでしょう? この前アルフィーナ様と一緒に歩いていましたし」
リーザベルトは俺たち三人を見て微笑んだ。
「そういえばセントラルガーデンという商会の集まりが、アルフィーナ殿下の御用達だという噂ですね。その中心がつい先ほどまで小さな商会だったというのは本当なのでしょうか」
リーザベルトは俺を見て言った。俺は冷や汗をかいた。調べられている。調べれば分ることとはいえ、なんで一介の商人に帝国皇女が興味を持つのか。
いったいどの秘密が目当てだ。馬車か、花粉か、それとも年輪。
「ドリスディア殿下にお聞きしたのですが、クレイグ殿下とも親しい間柄とか。竜討伐に同行されたというお話も聞きました」
調べられている。調べられている。やっぱり竜、いや水晶ということも……。
「貪竜討伐はあくまで、クレイグ殿下の御武勇でなされたもの。私などは後ろで震えていただけです」
「それはそうでしょうけれども、上位の魔獣との戦いはとても厳しい物なのですから。戦う力がないのに討伐に協力するのは、それだけで立派な行為ではありませんか」
リーザベルトは不自然なほど俺を持ち上げる。行きたくて行ったんじゃない……。じゃなくてやっぱりだ。これはどう対応するのが良いんだ。
情報が少ない相手に対応できない俺が固まっていると、リーザベルトはリルカ達に視線を移した。
「お茶会で頂いたあの素晴らしいお菓子は。お二人の商会の品なのでしょうか」
「は、はい。材料を提供させて頂いただけですが」
「……豆とハーブをたまたま扱っていたのです」
二人は答えた。ちらちらと俺を見る。皇女の視線がこっちに戻ってきただろ。
「ははは、リーザベルト殿下は餡子がお気に召したのでしょうか。てっきり、チョコレートがお好みだとばかり」
俺はここぞとばかりに牽制球を投げる。牽制球って、こっちでは通じないな。牽制矢とでも言うのか、物騒だ。
「ええ、帝国でもとても希少な品です。王国で味わえるとは驚きました」
だが、リーザベルトはこともなげに言った。隠すつもりはないと言うことか。
「どのような場所に実るのでしょうか? 帝国では多くの魔獣を討伐していると聞きます。もしや、赤い森になど、はは……」
俺はカカオではなく、あの馬車の魔獣素材のことを念頭に次の鎌を掛けた。
「…………残念ながら、故郷とは反対側の領地から入ってくるのです。ですから、私も詳しいことは。ごめんなさいね」
「いえとんでもないです。ぶしつけな質問をお許しください」
表情を曇らせたリーザベルト。さて、何が引っかかったんだろうか。
「あ、あのさ、シェリー。ヨウカンだけどリーザベルト殿下にも試して頂いたら?」
気まずさを取り繕うようにリルカが言った。シェリーはコクコクと頷いた。
「まあ、あの豆のお菓子ですか、それはとても興味があります」
リーザベルトはリルカとシェリーとお菓子の話を始めた。端から見ていると女の子同士の会話にしか思えない。
俺は二人に感謝した。考えてみれば結構危ない橋渡ってるな。保身を忘れるとはらしくないぞ。
「アルフィーナ殿下にも改めてお礼を言わなければと思っているのですが。ご公務でお忙しくされていてなかなか機会がないのです。リカルド殿からもくれぐれもよろしくお伝えください」
リルカ達との話を終えると、リーザベルトはにこりと笑った。くそ、どう解釈すれば良いんだ。
「は、はい。お会いする機会がありましたら是非」
今日もアルフィーナは聖堂だ。相変わらず水晶の反応はどっちつかずだが、最近パターンが変わったらしい。もちろん、そんな国家機密を俺が知ってるわけがない。保身的にな。
だが、その時教室のドアが開いた。
「リカルドくん」
俺の名前を呼びながら、アルフィーナが入ってきた。クラウディアとルィーツアまで付いている。
まっすぐ俺に近づいてくるアルフィーナは、リーザベルトに気がついてぴたっと足を止めた。
リーザベルトはアルフィーナに会釈をして、茶会のお礼を始めた。アルフィーナもそれに応じる。丁寧な社交辞令のやりとり。傍目には友好的としか思えない会話が続く。
ルィーツアが俺を廊下へと誘う。しばらく待つと教室のドアが開き、アルフィーナがクラウディアと一緒に出てきた。
廊下の角まで来て、左右をクラウディアとルィーツアが固めた。やっぱり聞かれるわけにはいかない話か。
「それで、どうなされました」
俺は暗い顔のアルフィーナに尋ねた。といっても聖堂から直行したのだから用件は予言以外ない。
「水晶が突然光って。ベルトルドが、ベルトルドが危ないのです」
俺の顔を見るとアルフィーナは青ざめた顔のまま言った。やはり予言だ。いや、今までと違うぞ。場所が特定出来ているというのはどういうことだ?




