10話:前半 アフタヌーンティーパーティー
「外の火はもう消して良いんだよな。そろそろ煙を止めないと不味いぜ」
汗をぬぐったダルガンが箱をいくつも乗せた台を押しながら言った。
「そうですね。テーブルの数を考えたらこれで十分だと思います。ロストン先輩はどうですか?」
「――あっちの部屋も準備完了だね。そろそろ音を消さないと。それにしても、僕のことは外しておいてこういう時だけ駆り出すとは」
「はは、先輩は最近まで王都の外だったでしょ。そのうち埋め合わせはしますから」
ロストンは手を振って廊下に向かう。俺は小さくドアを開けた、ひやりとした空気が顔に触れた。
立派な暖炉を二つも供えた隣室。暖炉のそばには第一王女の公爵夫人とアルフィーナがいる。二人の王女は皇女の相手をしているらしい。どんな話をしているんだか。
アルフィーナの側にはクラウディアとルィーツアが立ち。少し離れたところでリルカとシェリーが直立不動だ。ドアを開けた俺に気がついて恨めしげな目で見られる。
女性だけのお茶会だ。俺たちは裏方に徹するしかないんだから仕方がない。
窓の外から次々と到着する馬車が見えた。
◇◇
茶会が始まった。まずはホスト役の三人の王女が年齢順に歓迎の言葉を述べる。そのたびに集まったご令嬢達からは大きな拍手だ。学院で見たことがある女の子が多い、のだと思う。
最後にリーザベルトが立ち上がった。全員の視線を受けて柔らかく微笑む。俺だったら拷問部屋に連れ込まれたかと思う光景だ。
挨拶は歓迎に感謝する普通の物だった。儀礼が終わると、壁際に控えていた侍女達がテーブルを回る。琥珀色のお茶がカップに注がれていく。参加者は口を付け、少しほっとした顔になる。
テーブルには、スコーンを細切りにした土台に野菜やチーズや肉をのせた軽食が準備されている。
参加者達はそれをつまみながら、準備をした公爵夫人や第二王女への賞賛を口にしている。そして、ドリスディアとアルフィーナが立ち上がる。
いよいよだな。リルカとシェリーが緊張しているのが分る。厨房のナタリーとヴィナルディアはなおさらだろう。まあ、プルラが付いているのだから大丈夫だと思うが。
そろそろと思った時に、豪華な赤いドレスの令嬢が立ち上がった。
「アルフィーナ……殿下。いささか暖が足りないように感じるのですけれど」
ヒルダだ。大公令嬢の言葉に控えめに頷くその周囲の令嬢達。第二王子閥あるいは第三王女達の取り巻きだろうか。まあ、そう言えないことはない程度に、押さえているからな。
「まあ、確かに少し肌寒いですけれど、急な準備で苦労したのは仕方ないですわね」
「ええ、今年は暖の費用がかさんでいるそうですから。ただ、せっかくの歓迎会。ましてや同級生となるのですから万全を尽くすのが礼儀ですよ。申し訳ありませんリーザベルト殿下」
第二王女とドリスディアがフォローを交えるふりをしてアルフィーナを貶める。妹の不首尾をわびる姉の形だが、意図は明らかだ。俺は会場の面々を覗った。口に手をやるご令嬢達が半分弱、頬が歪んでいる。困ったように顔を伏せるご令嬢達が三分の一。そして、アルフィーナに同情の目を向けるのが残りだ。
自称本物の王女ズが呼んだ人間が多いのにこの比率というのは面白いな。アルフィーナに同情的な人間や中立の人間が思ったよりも多い。
あちらが焦るわけだ。それにしても、ヒルダは本当に良い仕事をしてくれた。
「なるほど。では、よろしいでしょうかアルフィーナ様」
ルィーツアの言葉にアルフィーナが頷いた。俺は大きく扉を開いた。俺のいる部屋の暖かく重い空気が会場に流れ込んでいく。
同時に、反対の部屋が開く。暖気と湿気の挟み撃ち。さらに、中央のドアが開くとダルガンが四角い箱を積んだ台を運び込んだ。侍女達の助けを借り、テーブルの下に箱を入れていく。
◇◇
今日の朝、俺たちはかなり早くから公爵邸に乗り込んだ。
ダルガン先輩が庭で泥炭を燃やし大量の石を暖める。テーブルの下に入れた箱、簡易炬燵の中身だ。
同時に、俺は会場の隣の部屋に大量の竹薪を持ち込んでガンガン燃やした。暖炉には水の入った鍋を置き。湿度も高める。
石は暖まるのは遅いが暖まれば大きな熱を保持出来る。会場の左右の部屋が大きな熱を蓄えたわけだ。俺は暑さを我慢していたほどだ。
肝心の会場だって、ちょっと足りないくらいに暖められている。もちろん、燃えているのは高価な薪だ。
敵に思惑通りと思わせるために敢てそうしたのだが、ヒルダのおかげで予想以上に上手くいった。
◇◇
「まあ、なんて暖かいのでしょう」
部屋の温度が一気に上がり。参加者の顔がほころぶ。
「これほどの準備を整えておられたとは、流石アルフィーナ殿下ですわ」
「本当に。アルフィーナ殿下のお心の温かさが伝わるようですわ」
絵に描いたような賞賛が出てきた。さっきドリスディアの言葉に顔を伏せた娘達かな。本当にめんどくさいな。
ドリスディアは苦虫をかみつぶしたような顔になる。視線を向けられたヒルダがびくっと首をすくめた。気の毒に。
「で、では私たちの歓迎のデザートを味わって頂きますわ」
なんとか表情を回復させたドリスディアが宣言した。そりゃ、出し物には自信があるよな。
会場に二つの大きなトレーが運び込まれる。
「まあ、何というかぐわしい香りでしょう」
最初に被いを取られたのはドリスディアのデザートだ。中央に厚手のカップが置かれ、左右に細長い焼き菓子。上下に色とりどりの果物。運んできた侍女達がカップの上に白いクリームで模様を描いていく。ラテアートとはやるじゃないか。
……黒一色の菓子を出す間抜けは俺くらいという訳か。
「まあ、何と美しい。ドリスディア殿下、この見たこともないような素晴らしいお菓子はどのような物なのでしょうか」
必死でヨイショするのはヒルダだ。
「ええ、とても珍しい木の実で作られていますの。入手するには苦労しましたのよ」
ドリスディアは満足げに頷くと、アルフィーナを見た。
「アルフィーナはいつものフレンチトーストかしら。確かにありきたりの材料を使う割には美味しいのだけど……」
まあ、そう誤解させるような材料も持ち込んだけど。そんなこと口には出すなよ。
「いいえ、私も少し目新しい菓子を持って参りました。フレンチトーストに負けないと思います」
アルフィーナはいつもの穏やかな笑顔で言った。いや、そこはフレンチトースト以上といって欲しい。ルィーツアの合図で、こちらのデザートの被いが取られる。途端に驚きの声が上がった。
「まあ、冬に氷菓子ですの」
驚いた声を上がった。会場がざわつく。気味の悪い物を見るような視線がトレイに集中した。
トレイには氷が敷かれ、その上に皿が乗っている。
「さあ皆さん。暖かいうちにどうぞ」
ドリスディアがせかすように言った。チョコレートを先に食べさせれば、そのインパクトで次の品をかすませようという魂胆かな。好都合だ。
「このようなコクのある甘さは初めてですわ」「なんと深みのある芳香でしょう。初めてなのに素晴らしく心惹かれますわ」
会場から掛け値なしの賞賛が上がる。初めてチョコ食わされればそうなるのは分る。入手方法はともかくとして、最高の出し物だ。
「どうでしょうか。リーザベルト殿下」
ドリスディアは自慢気に胸を反らし、余裕の表情で皇女に尋ねた。
「え、ええ、とても素晴らしいですわ」
リーザベルトは少しぎこちない笑みで応じた。なんか反応が微妙だ。まあ、彼女にとっては目新しくはないのだろうけど。
まあいい、次はこちらのターンだ。
 




