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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
五章『和のベンチャー』

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9話 黒くて、ツヤツヤしてて、粘っこい

「……とんでもないものを食べさせおる」

「評価するのは早いですよ。これの真価は暖かくなってからですから」


 小倉抹茶アイスの皿を空にしたエウフィリアは言った。


「やめよ。氷室を氷で満たしたくなるではないか。東大公の様な浪費家と思われたらどうするのじゃ」

「例の馬車を使えば多少は値段も下げられますよ。マレルの山頂近くには冬は凍る湖があるそうですし」


 俺は騎士団からの聞いた情報を告げた。輸送効率が上がるということは、これまで手が届かなかった資源に手が届くことを意味する。


「悪魔のささやきじゃな」


 エウフィリアはため息をついた。そしてスプーンを置くと改めて俺を見た。まじめな話が始まるらしい。


「今日のご用件は?」

「むろん茶会のことじゃ。状況が少し変わってきて、役割分担に変更があった」

「確か第一王女が会場を提供して第二王女が準備を手伝い、第三王女とアルフィーナは菓子を持っていくという話でしたが……」


 第三王女名前なんだったか?


「茶会の参加人数が増えた。それで、下の二人も準備の分担という話が出たのじゃ」


 第二王女と第三王女が会場の内装を担当して、アルフィーナが暖房ということらしい。俺は首をかしげた。そこまで問題とは思えない。


 壁を飾るタペストリーなど布類は高価で希少。言うまでもなくオーダーメイド。基本的に持ち主の紋章なりが刻まれる。欲しければ買ってこれるという物ではない。


 一方、いくら今年の薪が高いからと言ってもたかがしれている。


「第一王女……公爵夫人としてみれば化粧料が少ないアルフィーに配慮したのじゃろう。第二、第三王女にしても、自分の屋敷の物を持ちよれば良いだけじゃがな」


 第三王女にしてみれば自分は金が掛からず、アルフィーナには負担が増えるというわけかな。かわいい嫌がらせだ。


「参加人数を増やしたのはドリスディアじゃ。おかげで、会場が倍の広さの大部屋になった。同時に薪の値段が引き上げられている兆候がある。必要な量が三倍、値段が倍というところじゃな」

「薪の値段ですか?」


 俺は首をかしげた。薪は買っているが気がつかなかったぞ。


「其方はしらんじゃろうが。薪にも格式という物があってな」

「勘弁してください」


 王国では農村で泥炭、王都の平民などは竹を燃やしたりする。木材は高価。中でも貴族が公式の宴に使うような上質な薪、匂いが少なく燃える時に竹のように音が立たない、はさらに高価で量が少ない。


 なるほど、買い占めれば簡単に値段が上がるな。しかも、関係ない庶民には恨まれない。貴族だっていざとなれば普通の薪でも使うだけだ。


「買い占めだけじゃなくて供給も操作されてそうですね。クルトハイトあたりが……。で、そのつまらない嫌がらせで、向こうが得るものはなんでしょう?」

「薪の費用で菓子が貧弱になればそれを笑い、薪が足りなくて会場が冷えていれば文句を付ける。アルフィーの経済力の低さをアピールするつもりじゃろう」

「なるほど、そちらできましたか。王女といえど普通は自由になる金銭は多くないですからね」


 貴族は大資産家であることは間違いない。だが、よほどの大貴族でない限り大”金”持ちではない。貴族の資産の大部分が土地、農産物、そして領民(労働力)だからだ。広い屋敷で大勢の使用人に傅かれているが、自由になる金銭はそこまで多くはない。


 ただでさえ高価な菓子を大人数分そろえる時、追加で大費用が発生すれば耐えられない負担と考えるだろう。普通はだけど。


「なかなか考えましたね」


 名声ではどうやっても勝てないから経済面で攻めるという訳か。金がないところに人は集まらない。貧乏王女というレッテルを貼りたいわけだ。


「そなた、あまり深刻じゃないの」

「薪ぐらい大公閣下が親しい貴族から買い上げてくださいよ」

「いくら金が掛かると思っておる。妾が出しても良いが名分がな」


 大貴族は顔をしかめた。


「金で解決出来るなんて安い話ですよ。人や物を出せと言われた方が困るでしょう。ミーアアレを頼む」

「はい。本年の新しい決算の予想です」


 ミーアがエウフィリアに決算書を渡した。今日のもう一つの報告だ。大株主は新しい決算予測をじっと見た。そして、ため息をついた。


「貨幣収入で言えば領地が二つあるようなものか。金のことは心配いらんな」


 蜂蜜に加えて、フレンチトーストのライセンス料、ベアリングの金型使用料、さらに黄砂糖の契約料も入る。来年はその全てがさらに増える。


「第三王女だかは、アルフィーナの財力の半分を知らないんですよ。言うまでもないですけど、今年の分なんて小手調べですよ」


 総資産はともかく、自由になる金銭だけなら倍以上の化粧料を持つ第三王女に勝っているだろう。


 もちろん、こんなつまらないことに浪費するのは腹が立つ。だが、向こうだって仕掛けるためにいろいろリソースを消費している。時間と共にこちらが有利になるのだから、金でしのげる攻撃なら安いといえる。


 そうこうしているうちに総資産も抜かしてやればいい。勝つ見込みがあるときと、負けそうなときでは戦略が違う。


「分った。確かにこちらは問題ではないようじゃ。じゃが、もう一つあるのじゃ。菓子のことだが。向こうは珍しい品を入手したらしい。最近こちらに付いた貴族を使って手に入れたのがこれじゃ。何か分るか」


 侍女の一人がテーブルに皿を置いた。白い皿の上に黒いチップが乗っている。それが何かは特徴的な芳香ですぐに分った。


「……どこで手に入れたんですか」


 俺は恨めしげに言った。なんで昔さんざん探して見つからなかったカカオマスがあるんだよ。こっちの世界にあの呪われた二月十四日が出来たらどうしてくれるんだ。


「国外から来たものですよね。でも王国の南には……」

「ほう、どうして即座にそう判断したのかは興味深いが。半分は外れじゃ。どうも出所は帝国の商人らしい。あの馬車ギルド長の屋敷に出入りしてたな」


 何で北国にカカオがあるんだよ。生態系仕事しろ。


「で、どうじゃ」

「……ちょっと普通の物じゃ勝てないですね」


 俺は正直に答えた。チョコレート菓子を出されたら、プルラがいくら黄砂糖で頑張っても勝ち目は薄い。だが問題はもっと深刻だ。


「それより。第二、第三王女に加えて招かれる側の帝国皇女までが組んでいるということでしょ。勝負なんかどうでも良いから、アルフィーナの安全が第一でしょう。いっそ仮病か水晶にかこつけて欠席しても」

「ルィーツアとクラウディアも当然同席させる。会場の警護にはクレイグ派からも人数を出させる。そちのセントラルガーデンからも手伝いの名目で人を出して欲しい」


 俺は顔をしかめた。


「木材の交渉が良いところまで進んでいてな。来春にはまとまった量をベルトルドに運ばせられる。帝国を邪険にできんし。中立の第一王女の顔も潰せんといったじゃろ。ついでに言えば、夫の公爵は王都に隣接する中では一番の大貴族じゃ。影響力も大きい」

「……これは手に入らないんですよね」

「無理じゃな」


 手に入ったとしてもカカオマスからチョコレートにする製法なんて知らない。粉末にして砂糖を加えれば終わりじゃないよな。とても間に合うまい。


「冬じゃなければこれで申し分ないのだがな。出来れば体が暖かくなるような物が望ましい。何かないか」


 エウフィリアは皿を見た。確かに、今じゃなければチョコレートにも対抗出来るのに。


 なるほど、向こうはそこらを狙っているのかもしれないな。確かチョコレートは元々飲み物だ。寒い部屋でホットチョコレートでも出されれば、味と合わせてとんでもないインパクトになるだろう。


 ますます苦しいな。いや、待てよ…………。


「一つ思いつきました」

「おお、そうか。で、どんな菓子じゃ」

「まずは、会場の左右のスペースの状況を教えてください。公爵夫人の第一王女には準備のためにこちらの勝手がどれほど通るか確認してもらってください」


 身を乗り出したエウフィリアに、俺は矢継ぎ早に必要なことを告げていく。


「ああ、それは良いが菓子は……」

「あっ、宣伝費ということで薪代金はこちらも負担します。名目上は、レイリアの蜂蜜代金の先払いでいいでしょ」

「先輩……?」

「だ、大丈夫。費用のことはちゃんとミーアにチェックを頼むから」


 俺は商人としてそろばんをはじき始めた。あの道楽ようかんでは原価計算もしてなかったとミーアからこってり絞られたのだ。


 向こうがその気なら、逆手に取ってやる。王女そろい踏みのお茶会なんて、餡子のアピールに丁度良い。

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