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5話:後半 対魔会議

「大丈夫だったか。館長!」


 館長室のドアを開け、急いで中に入った。無言のアルフィーナが後に続く。


「おお、来たかリカルド」


 フルシーはのんきな顔で答えた。俺は室内を見渡した、ミーアとノエルは?


「先輩」「あっ、やっと来た。ととっ……アルフィーナ様お久しぶりです」


 書庫側のドアが開いて、ミーアとノエルが顔を出した。ふう、無事か。


「帝国の皇女と名乗られてはな。二人は隠れてもらったわい。儂でもそれくらいは考える。お前じゃあるまいし」


 フルシーは言った。


「そうですね。心配なのは先輩の方です」


 ミーアまで同調した。ノエルが自分の口を押さえた。アルフィーナが居なかったら絶対に笑ってたな。そのアルフィーナは沈黙を守っている。


「……皇女はどんな話を」


 俺は話題を戻した。


「当たり障りのない話だったな。ドラゴンのことも聞かれなかったぞ」

「馬車とかアンテナのことは?」


 フルシーは首を振った。


「じゃあ、どんな話になったんだ」

「魔獣氾濫のことは話題になったな。ああ、言うまでもないが年輪のことは口にしておらんぞ。逆に帝国の魔獣対処についていくつか聞くことが出来たわい」


 お客さん、実際には国賓に近い、に自分の興味を優先とは流石だ。それは興味深い。もちろん本当のことを言ったとは限らない。だが、帝国のことはただでさえ情報不足だ。嘘の付き方を検証すれば見えてくるものがある。


「向こうでもやはり魔脈の活性は注意しておるようじゃ。王国に二カ所しか測定所がないことに驚かれた。」


 少なくとも測定感度に関しては、こちらに優位があると思いたい。


「国中に魔獣が発生する場所があるような物だから当然か……」

「年に何度も王国で言う小規模の魔獣氾濫が起こっているようなものじゃな。盆地毎に中心となる貴族が討伐の責任を負っているようじゃ」

「なるほど、中央でいちいち指示を出してたら間に合いそうにないな」


 こちらは東西で同時に起こるかもしれない、で大わらわなのだ。となると盆地の集まりという地理条件からも、中央集権と言うよりも分権傾向か?


 とにかく、王国に比べて厳しい環境であることは間違いないのだろう。山地が多いことは農業生産にも不利だ。鉱物資源が豊富と言っても、それは魔獣の領域の周辺にある資源だ、採取にはコストが掛かる。帝国の言うように、魔獣が活性化しているならなおさらだ。


 だからこそ、五十年前までの帝国と王国の戦争は、全て帝国が王国の土地を求めて起こっている。王国にとって、帝国の領土は得たとしても経営出来ないのだ。昔の中国と北方遊牧民の関係に近いと言えるか。


 ただ問題は、その環境の違いがそれぞれの国家システムの進化に与える影響だ。


「ノエルの方はどうだ。魔術寮に何か変化があったとか?」

「書庫でミーアにも聞かれたけど、特に変化はないわね。といっても……」


 ノエルは難しい顔になった。


「どうした?」

「引っ越しで忙しくてそれどころじゃなかったから、あんまり期待しないで」

「なんだ、そういうことか。新しい部屋の居心地はどうなんだ」


 前に見たのは小さな工房だった。多少は使いやすくなったのだろうか。


「分厚い絨毯の上に座ってる感じかしら」

「それは快適そうだな」


 待遇が上がったのなら結構なことだ。


「その絨毯が金属性じゃなきゃそうね」

「うん? 錬金術士特有の例えか」

「一般的な意味よ! 見習いがいきなり宮廷魔術師になったのよ。上司はどうやって大賢者様に取り入ったんだってしつこいし。先輩達はやたらと愛想が良くなった人と、敵視する人がいて。ほとんど相手にされてなかった頃にもどして……」


 ノエルは胃のあたりを押さえていった。ああ、針の筵的な意味だったか。


「あれは困るよな。対応は統一して欲しいよ」


 俺は共感を込めていった。俺に対する学院生の反応もそんな感じに分かれるんだよな。


「あんたは自業自得でしょ」

「ノエルさん。私に出来ることがあったら言ってくださいね」

「は、はい」


 アルフィーナの心配に、ノエルは曖昧な顔で頷いた。こういう場合、作用も反作用も激烈な王族カードは使い方が難しい。


「魔獣騎士団に協力するという名分があるから、ある程度は大丈夫じゃろう。儂や大公に王子が後ろ盾という話になっておる。ま、後ろ盾など匂わす程度が丁度良いのじゃ」


 むしろ、匂わす以上のことをする必要がない後ろ盾だな。第二王子派閥には逆効果になる可能性が高いけど。


「ノエルのことはともかく。皇女が来た目的はわからずってことか」

「そうですね。ただ、いきなり間諜の様な行動はしないでしょうから」


 ミーアが言った。書庫のドアから中の会話は聞こえたらしい。俺は少しほっとした。ミーアの判断が一番信用出来る。


「あっ、一つだけ。あの皇女、魔術の資質はそこまで高くないと思うわ」


 ノエルが言った。フルシーも頷いた。ちょっと意外だな、あの馬車といい皇子といい、向こうはそういうのエキスパートかと思っていたが。


「結局向こうの動き待ちか……」


 内部に入り込まれた状態で受け身というのは気持ち悪いが、仕方がない。大公あたりに期待だ。探ろうにも、対人交渉能力に難があるのが揃っているしな。まあ、最たる物が俺な訳だが。


「そろそろ今日の話を始めるぞ。まずは西方の魔脈に関してじゃな」


 フルシーが言った。俺たちは石板の前に移動した。


 自然を相手にしている方がずっと気が楽だ。それに、やることが多い時こそ優先順位を決めないと破綻する。


「西方魔脈測定所を悩ましていたノイズじゃが。この前の測定馬車で原因が西方一帯が発しているごく薄い魔脈、瘴気であることが分ったじゃろ。おかげで補正が出来るようになった」


 フルシーが言った。ベルトルドまで馬車に揺られた成果だ。この前の馬車レースならぬ騎士団演習の想定ではないが、東西同時に魔獣氾濫の可能性が出来た以上、観測には万全を期す必要がある。


「あの、このまま西部の瘴気が強くなって、ということには……」


 アルフィーナが聞いた。なるほど、予言に関わるとしたら有力候補だ。万が一、王国西部が魔脈に飲まれるなどと言うことになったら、どう対処して良いか想像も付かないけど。


 帝国と違って、王国には現在強化進行中の限られた対処能力しかないのだから。


「今のところ心配ないみたいです。ミーアと私が計算したら、瘴気の量はむしろ減り気味という結論ですから」


 ノエルの説明に、フルシーとミーアも頷いた。アルフィーナがほっとしたように胸を押さえた。


「今後は季節変動などを注視すると言ったとこじゃな。王子の指示で測定所と騎士団との連携も進めているようじゃから、当面は問題あるまい」


 フルシーの結論に俺もうなずいた。一応対処済みという形だな。労力が報われるのは素直にほっとする。問題が解決する毎に次のもっと大きな問題がというのはきついんだよ。


「次は帝国の馬車じゃ」


 結局、あのギルド長の馬車はリタイヤだ。ケンウェルに次いで二位だったりしたら、表彰台にさらし上げて観察することも出来たかもしれなかったけど。


 不正の証拠があるわけでもないのに取り上げることは出来ない。ギルド長がどうやって魔結晶を入手したのかを問い詰めればいいが、そうなるとどうしてそれを知ることが出来たかという話になる。


 移動中も測定可能なアンテナの存在は秘密にしたい。さらに言えば、ベアリング普及のためにもレースにケチが付くリスクは控えたかった。


 リタイヤ前にわずかでも観察出来たことをよしとするしかない。


 その後の調査で、クルトハイト大公邸に帝国商人の馬車が何度も出入りしていることが分った程度だ。上の箱は王国の馬車だったから、馬車の足回りだけを帝国の物と取り替えたのだろう。


「王子から提供された騎士団の資料を見たぞ。まだ帝国と戦っていた時の物じゃから、古い上に記述も少ない。輜重のことなど残りにくいしな。ただ、流石に馬車に魔獣の素材が使われていたなら記録が残るじゃろう」


 それがなかったということは、少なくとも五十年前までは馬車の水準は王国と変わらなかったと言うこと。あるいはあったとしてもごく限られた台数か。


「帝国で魔獣の害が頻発しておるなら、素材が手に入りやすくなったということはあり得るな……」


 こちらだってイレギュラーなベアリングの金型作りには、討伐の戦利品である魔結晶を使ったのだ。あの黒い皇子の自信満々の態度から、向こうには竜に対処する機会と必要とノウハウがあるのは間違いない。鱗が手に入るなら竜鱗鋼というのは作れるわけだ。


「この前の貪竜の鱗から、どれくらいの竜鱗鋼が作れるんだ?」


 もし軽くて丈夫な金属が大量生産されているなら、それ自体が大きな脅威だ。


「記録上の金属だから、私じゃ作り方が分らないわ。鱗をそのまま使うんじゃなくて、鱗から抽出した物を使うらしいの。竜の首からスプーン一杯を取り出している絵があったから、そこまで簡単じゃないんじゃないかしら」


 半分生物なんだ。そのまま鉄に混ぜたら普通は強度が落ちるか。だが仮にレアメタルじみた物だった場合、数パーセント添加しただけで作れるという可能性もある。スプーン一杯なら大した量じゃないが、その絵が誇張されている可能性もある。


「職人達の意見を聞く限り、あの馬車が最大の力を発揮するのは、帝国内で使う場合じゃろう」

「道を走るだけなら、そこまで差が出るわけじゃないからな」


 希少な素材を使わずにすむ分、こちらの馬車の方が優れているとさえ言えるかもしれない。あくまで商業用に大量に用いるならだが。


「最初に、魔力を遮断するようなまねをしていた理由も分らないわね。帰り道……本戦ではレーダーに影はなかったんだし」

「そうだったな」


 魔獣素材の性能だけで勝てると踏んでいたのか。いや、魔力を使わないだけならともかく、魔力を遮断する理由が分らない?


「帝国の木材はまだ届かんのか」


 フルシーがじれったそうに言った。


「ケンウェルが言うにはあと少しらしいです。届いたらすぐに測定をお願いします」


 王国にネット通販があったら、何度も配送状況をクリックするだろうくらい気になっている物だ。一本では帝国の魔脈変動についてなんとも言えないだろうが、木材と言っても種類が違うだろうから実験手順プロトコルの調整は必要だろう。


 そもそも、測定出来るかどうかの確認が第一だ。魔脈が強すぎて飽和してましたなんて可能性もある。


 そういったことが解決したら、ベルトルド工房の拡張当たりに理由を付けて大量に入手する交渉をする。どうせ木材は必要だし、測定にはわずかな部分だけで済むのだから。


「到着待ちですけど、現時点ではこれが最優先ですね。もちろん、予言が現れるようなことにならない限りですが」


 俺の言葉に皆が頷き会議は終わった。情報の整理と対処の方針は出来た。


 だが、皇女という問題が増えている。俺の指が思わず胸ポケットに伸びた。指がむなしく空を切った。


 生まれ変わっても抜けない癖だ。前世ではこういう時に頼りっきりだったアイテムがこちらにはない。少なくとも、瞬時にスタンバイ出来る形では。

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