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13話 黒くてちょっと茶色がかってて、所々テカテカしたアレ

「祭りもやっと終わりだな」


 軽快にフォルムを走る試乗用馬車を見てほっと一息ついた。これが最後の一周だ。まだまだ希望者はいるが、見本市としての日程は終わった。


 ベルトルドまで来なければいけないにもかかわらず、馬車の”修理”を工房に頼みたいという注文が殺到している。


 ちなみに、ボーガンとドルフは工房の助手の面接中だ。これに関しては俺が手を出せる領域じゃ無い。


 セントラルガーデンの商売も盛況そのものだった。プルラのチェリモヤも、ダルガンの新しいハムも。ロストンのトリュフも多くの引き合いが来ているらしい。商人が対象だった竹は二日目で売り切れ、馬車が走り回るのが評判を呼んだのか、梅まで売れ続けた。


 俺たちは例のレリーフに向かっていた。修復はもう終わっていて、リルカはほっとした顔になっていたらしい。


 見本市は成功したと言って良い。少なくともギルド長の反撃は無い。対抗してあの馬車で試乗会でもされたら、評判をさらわれる可能性はあった。


 やはりアレは商品としては用意出来ないらしい。


 ある意味一番ほっとしたのはそこかも知れない。俺は帝国馬車、もうそう呼んでしまっている、を観察した職人達の言葉を思い出した。



「あんなのは見たことが無い」

 レース終盤で力尽きた馬車を見たドルフが言うには、泥よけの下は別世界だったらしい。何よりも特徴的だったのは四つの車輪が独立して動く仕組みだったこと。

 そして、車輪と車体の間にある肌色のグニグニした布のような物が取り付けられていた。構造は単純だがおそらくサスペンションのたぐいだろう。ドルフが布? についていた模様を覚えていたおかげで、フルシーがある魔獣の皮では無いかと推測を付けた。

 ボーガンが言うには軸周りは普通の馬車と変わらないが、見たことが無い金属で出来ており。軸まで金属性だったらしい。魔導金では無いらしい。鱗のような模様があったというボーガンの言葉から、ノエルが竜の鱗を混ぜて作る竜鱗鋼という金属を思い出してくれた。

 軽くて丈夫という反則みたいな素材だという。レアアースで性質を変えた鉄みたいな物だろうか。

 要するに、あの馬車には魔獣の素材がふんだんに使われていたということだ。

 予想通り商売敵では無かった訳だ。素材のことも考えたら魔結晶云々どころでは無い。

 山地を走る為に作られたことは想像に難くないし、帝国の地理を考えれば納得がいく話だ。問題は、向こうにとってアレがどれほど希少かということ、そしてそれを差し引いても……。



「……くん。リカルドくん。着きましたよ」


 思考に沈んでいた俺は裾を引かれた。


「あ、ああ、すいませんアルフィーナ様」


 帝国の馬車のことを考えていたら、いつの間にかレリーフの前に来ていたらしい。俺がアルフィーナに応えようとした時、


「リカルド・ヴィンダー」


 俺の方にまっすぐ近づいてくる一人の少女に気がついた。金髪のツインテール。かすかに記憶にある。学院で俺を睨んできた一年生だ。


「ダメ、ダメだよヴィナ。私は大丈夫だから」


 彼女の後ろから褐色のショートカットの少女が必死に止めようとしている。


「先輩」


 ミーアが俺に注意を促す。確か、ドレファノとカレストと親しい家の子だったか。もう一人は見たこと無いな、服装から学院生ではなさそうだけど。流石にギルド長の刺客とかじゃ無いよな。


「えっと、なにかな」


 俺はなるべく穏やかに話しかけた。


「あんたがフォルムをめちゃくちゃにしたせいで、ナタリーの店は!」


 ヴィナと呼ばれた少女は怒鳴った。まなじりが裂けんばかりになっている。いつの間にか人の怒りを買う技能には多少の覚えがあるが、なんでここまで腹を立てられているんだ。


「言ったわよね。フォルムで勝手なことするなって。ナタリーの店を追い出すようなことして、絶対に許さないわ」

「店を追い出した? いったい何のことだ……」


 俺は聞き返した。騎士団の勝負が持ち上がった段階で、松竹梅だけではとても足りない状況は確定していた。他の屋台もこの人出で儲けたのだと思っていた。いや、実際俺たち以外の屋台だって行列が出来ていた。


「ああ、この人だかりだろ。フォルムの中央は馬車の為に空けなきゃいけなかったし。食料ギルドの方である程度の量の商品を販売出来る店を優先したはずだ」


 ダルガンが言った。つまり、このナタリー? って子の屋台ははじかれたって訳か。なるほど理解出来た。フォルムの商売の生態系を崩したのは間違いないのだろう。だけど……。


「大丈夫だよ。今日で見本市は終わりだし。明日からは……」

「もう遅いわよ。今回が最後のチャンスだったのに。あんたが、あんたがそれを」


 ヴィナはますます声を荒げた。


「コネだけで成り上がったあなたみたいなのには、ナタリーの努力なんて分らないでしょうね。そうよ、せっかくの蜂蜜がナタリーのジャムに負けると思って妨害したんだわ」


 ヴィナは俺の周りに集まってきたセントラルガーデンのメンバーを見ていった。


 いや、この子のジャムなんて聞いたこともないし。そもそもこの子は誰だ。


 くそう、話が通じない相手だ。ほぼ初対面から言葉の洪水とか一番苦手なパターンだぞ。しかも相手は女の子。ああ、ミーアの報告書読んどくんだった。


「おおここに居たかリカルド。実は第一騎士団までお前が考案したあの馬車に興味を持ってな。どう扱うべきか相談したいのだが」


 副官の騎士と一緒にクレイグが現れた。そういえば、時間を取れって言われてたな。後でこちらから訪ねるって言ってたのに。


 俺たちの中に混じってもギリギリなんとか、布の質はともかくデザインは目立たないワンピースのアルフィーナと違って、こちらはお供の騎士もいる。胸には薔薇の紋章まで完備してる。


「今後の其方の計画を聞きたいのだ。今回の見本市で其方の立案した計画がさらに大きくなったであろう。ベルトルド工房の今後についてちゃんと説明してもらわねば。広さはどうする。いっそのこと道も変えてしまうのか」


 折りが悪いことに、ルィーツアを連れたエウフィリアまで現れた。やばい、俺がコネで成り上がった感がどんどん高まっていって無いか?


「王子殿下に大公様……」


 さらなる罵倒に備えたのに、ヴィナは口をぱくぱくさせて固まった。


 そりゃそうか、この状況で罵倒継続とか俺でもやらんか。


「も、申し訳ありません。ヴィナ、ヴィナルディアは私の店を応援してくれてたから、それで」


 ナタリーと呼ばれていたショートカットの少女がヴィナ、ヴィナルディアらしい、の前に出て俺に必死で頭を下げた。


「もしかして痴情の縺れか。リカルドよ。甲斐性があるのはいいが、そういうことは一番をちゃんと決めてからする方が良いぞ」

「クレイグ殿下は状況をややこしくしないでください。これは平民同士の商売の話……みたいですから」


 全く役に立たない忠告をする王子にそう言うと、俺は大人しそうな方の娘に向き直ろうとした。


「それなら、ヴィンダー商会のことなら私も関係者ではありませんか」


 今度はアルフィーナが口を挟む。ヴィナルディアは二人目の王族に気がついたらしい。ああ、学院生だから顔は知ってるよな。体の震えが二倍になっている。ナタリーの方はもう泣きそうだ。


 参ったな、この状況どうやって収めるんだ。そもそも、まだ状況が分らない。


「えっと、大丈夫。この二人は割と怖くない方だから。それで、君の店がっていうのは?」


 慰めにならないだろうことを言いながら、俺はナタリーを促した。


「あ、あの、お砂糖を仕入れるための借金の期限がで、その」


 資金ショートしたわけだ。だが、屋台で砂糖を使った物を売るって言うのはチャレンジャーだな。ジャムって言ってたけど。この世界のジャムは砂糖なんか使わない。果実を保存のために煮詰めた物だ。


「そのジャムって言うのは?」


 よしいいぞ。こういう時にはとにかく物、目に見える物を話題にするのが俺の処世術だ。物なら人間関係みたいにややこしくない。


「あの、…………豆のジャムなんです」


 ナタリーは自信なさげに言った。


「豆のジャムだって!」


 俺は思わず叫んだ。


「豆のジャムって」「……そんなの蜂蜜の替りにはならないよ」


 首をかしげるリルカとベルミニ。だが、俺には一つの予感があった。


「もし良ければ、君のそのジャム、食べさせてくれないか」


 俺は思わずそう言っていた。


「な、何よ、王族のけ、権威をか、か、か、嵩に着てナタリーのジャムを貶めるつもりでしょう」

「ヴィナ、ダメだよ。あの、はい。言うこと聞きますから。お願いします」


 ナタリーは慌てて手に持っていたバスケットをひらくと、中から大きめのウェハスくらいの物をとりだした。おそるおそる俺に前に差し出されたそれを見て、ウチのメンバー達は一斉に顔をしかめた。


 なるほど、見た目は最悪だ。黒いパンにのせられた黒いペースト状の物体。所々に茶色の皮が光っている。だが、俺はためらわずに手を伸ばした。


「待ってくださいリカルドくん。そんな黒、見たことも無い食べ物を……」


 アルフィーナが心配そうに言った。元の世界じゃ西洋人はチョコレートと勘違いするって話を聞いたことがあるが、こっちにはチョコレートもないんだった。


「先輩。私が先に毒味をします」

「そ、そんな。毒なんてありません!」


 ナタリーは自ら一口食べた。そうして差し出された物を、俺は口に含んだ。


「リ、リカルドくん!!」

「ああ……」


 俺は目をつぶった。本当に懐かしい味が口腔に広がっていく。


 優しい甘さ。懐かしい甘さ。故郷の甘さ。俺は思わず涙を流しそうになった。


「……これは君が作ったのかい」

「は、はい。えっ」


 俺はナタリーの両手を握った。


「せ、先輩!」「リカルドくん」「ちょっと、ナタリーから離れなさいよ」


 ミーア達が驚く。だが、俺はそれどころではなかった。


「俺が君の天使エンジェルになる」


 俺は決めた。彼女の事業を育成して、この味を王国全体に広めるんだ。

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