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12話:後半 見本市

 フォルムの奥にある野外舞台には、多くの商人が詰めかけている。

 セントラルガーデンと取引のある商人も多いが、見たことも無い商会の人間も沢山いる。どうやら宣伝効果は抜群のようだ。ちらちらと職人の姿も見える。良い傾向だ。


「あれは、王都の鍛冶ギルドの親方だね」


 プルラが言った。職人ギルドはどちらかというと本来の同業者組合的性質が強いんだったな。当然ギルド長が名誉貴族だったりはしない。


「本当に、あの前でしゃべるのか」


 ドルフが顔をゆがめた。


「大丈夫ですよ。実演が中心になる段取りでしょ」

「本当に目の前でみせて良いのか。お前の考えた金型が技術の要だろう」


 ボーガンの目が部隊に設置された簡易炉に向いた。


「ええ。アルフィーナ。二人にとってはフィーナですね。彼女と大公のおかげで権利関係がクリアになりましたから」


 少なくとも王国に関して言えば、誰もまね出来ないだろう。隠さなければいけないのは、金型そのものでは無い。


「鉛で作る姿を見られても、真鉄のノウハウはばれませんから」

「わかった。要するに、ベアリングが量産出来ることを見せつければ良いのだろう」

「そうです。逆にドルフさんは治具のこととかはなるべく隠してください。既存馬車の軸受けを置き換えれることだけを分らせれば良いんですから」

「俺の方が難しいじゃねーか。……まあ、王女殿下に説明してたことを思えば大したことないか」


 ボーガンがやっといつもの顔になり、ドルフがやけくそのように言った。目隠しで崖の淵を歩かされてましたみたいな顔をしている。見えていたらそれはそれで怖かっただろ?


「……というわけで、王都ベルトルド間の所要時間は一日短縮され。積載量は二割増加します」


 予選と本選それぞれの区間毎の所要時間など、馬車の買い手が欲しい情報をミーアが説明した。いつもの冷静な口調で淡々と語られた数値。だが、集まった顧客候補達は大いにざわめいた。


 特に身なりの良い観客。商人達が目の色を変え始めている。一方、これから登場する二人と同じような格好の人間はまだ疑いの表情だ。これまで馬車とは関係なかったヴィンダーだのベルトルドだのからの突然の技術革新の話だ。そりゃ信じられないだろう。それでも、誰も席を立ったりはしない。


 天幕の前には結果の証明が置いてある。第一騎士団の馬車、トップでゴールを切ったクレイグの物、とケンウェルの馬車だ。実物の存在は大きい。共に一台しか無い馬車の存在自体が、この見本市が本物であることの証明なのだ。


 逆に言えば、これから説明することを受け入れさせるためにはこのくらいの演出はいる。


「この続きは天幕の前にある馬車の改良を担当した二人の職人が説明します」


 ルィーツアが言った。ベルトルド大公の肝いりであることを証明する為に来てもらった。エウフィリアは流石にやらせるわけにはいかないからな。アルフィーナにいたっては論外だ。クレイグまで顔を出そうとしたのは勘弁して欲しかった。


 もちろん、子爵令嬢の登場に会場は度肝を抜かれている。


 現段階の商売には関係ない客を大量に集めてしまうだろ。


 二重円を中心にベルトルド大公の紋を簡略化した工房の印。その前に、二人の男が立った。


「ベルトルド工房を差配する鍛冶屋のボーガンと、木工職人のドルフです」


 明らかに職人の格好の二人が舞台に上がったことで、ざわめきは大きくなる。彼らの感覚では演劇の舞台に役者では無く、掃除をしている雑用係が上がった様な物だろう。


 ガチャン!


 金型がニつに分かれ、鉛で作られたベアリングのボールと内枠、外枠が取り出された。ボーガンは無言で観衆にそれを見せた後、すでにバリと研磨がおわったものに取り替える。料理番組のような手順だ。時間の節約のために俺が提案した。実演という意味では落ちるが、説得力はすでに十分すぎるほどの実績がある。


 完成品のベアリングが軸に通され、ごく少量の潤滑油が刺される。そして、軸に重りが付けられる。ミーアがその重りを軽く押すと、軸はくるくると回転する。何度か回転させた後で、ゆっくりベアリングに触れてみせる。熱があまり発生していない事の証明だ。


 「おお」という歓声が上がる。さっきまで疑わしげだった職人層が目を見張っている。これは後で希望者には自由に触らせるつもりだ。


 次に、ドルフが馬車の足回りだけをベアリングに取り替える作業を始めた。これは、ほぼ取り替え終わった状態で準備した物を二つ並べる。板バネの大きさや角度の調整など、ノウハウの塊だからだ。


 それでも、観衆の目が途端に真剣なものになった。新しい馬車を買うのでは無く、既存の馬車にレースで示された性能を与えることが出来るのだ。新車を買うよりも優れた改良だ。計らずとも、馬車ギルドがこれ以上無い形で証明してくれた。


 もちろん、馬車によっては軸が合わないなど取り替え不可の可能性はある。何しろ現状ではベアリングの大きさは調整出来ないのだ。それもノエルの立場が変わったことで徐々に改善する予定だが。


 せっかくの三日間なので、明日以降の商談会でそこら辺の相談は受けることになる。


「その新しい軸受けの力は分った。だが、どうにも信じられない。どうやらその型が重要なようだが、そのような精度の型をどうやって用意した」


 聴衆の中で大柄な男が腕組みをしたまま立ち上がった。雰囲気がボーガンに似た五十前くらいの男だ。王都の鍛冶ギルド長だったか。


「この型は、錬金術で作られています」


 ルィーツアが答えた。会場を大きなどよめきが走った。ボーガンが型を使えば加工が難しい、真鉄を加工出来ることを補足した。実際に、真鉄で作ったベアリングが質問した鍛冶ギルド長に渡された。


 信じられない顔でそれを見たギルド長は隣の初老の男、のこのこと顔を出した馬車ギルド長、を見て首を振った。


「そ、その型を売れ職人。金はいくらでも出す!」


 馬車ギルド長が立ち上がってわめき散らした。


「それは出来ない相談だ。この型の持ち主は儂らでは無いからな」

「だ、誰だ。いやだれでもいい。馬車を売る権利は馬車ギルドにある、売らぬと言うなら相応の手段を執るぞ」


 ギルド長はわめきながら周囲を見渡す。


「ベルトルドの工房が行うのは飽くまで足回りの修理ですよ。ちなみに、錬金金型の所有権はヴィンダー商会に有り。商会はその型の使用権を契約に基づきボーガンとドルフが管轄するベルトルド工房に認めています。念のため言っておきますけど、ヴィンダー商会はベルトルド大公が資金を出しています。工房の契約者には魔獣騎士団と、ケンウェルを初めとした食料ギルドの商会が控えています」


 俺が立ち上がって説明した。馬車ギルド長はルィーツアが頷くのを見て顔を青くした。


「今回のレースではベルトルドの貴方の傘下のペガッタ商会がずいぶんと活躍したようですね」


 ルィーツアの言葉でギルド長は完全に黙った。


「肝心なことを聞きたい、そのベアリングへの交換にはいかほどの費用が掛かるのだ」


 ひときわ身なりの良い大柄の商人が言った。ミーアが俺に耳打ちをする。流通の金商会か大物だな。


「は、はい。ええっと、馬車の大きさや形でその、調整の時間に差が出ますが、金貨2、3枚くらいです」


 ドルフが答えた。後ろの方で、がたっと言う音がした。見ると馬車ギルド長が椅子から転げ落ちている。ちなみに、金型が一回ガチャンと鳴るたびにヴィンダーには銀貨が入ってくる。今のヴィンダーからすれば大した額では無いけれど不労所得って良いよね。保身の本懐みたいな感じだ。


「ベルトルド大公家と契約して金属や木材を運ぶ馬車は順番を優遇することになります」


 ルィーツアが言った。商会にとっては商売のついでに交換出来ることになる。ベルトルドまで来てもらう動機だ。そして、ベルトルドに不足しがちだった金属などが流通しやすくなる。ベルトルドに立ち寄る商人が増えれば、経済効果も大きいし西方の農産物の輸送費用も下がる。


 さらに言えば、ベアリングの応用範囲はきわめて広い。このまま行けば馬車にとどまらず、ベルトルドを物作りの一大産地に……。っと、大公にあまり急ぐなと言われていたな。まずは、ベルトルドの工房の規模拡大だ。木材等が運び込まれれば今はガラガラのあの倉庫をいっぱいにする。


 そのために材料よりも必要なのが……。俺は聴衆の中でかすんでいる人間達を見た。


 興奮しているのは商人達だけでは無い。明らかに職人の身なりをしている人間、特に若い職人が、舞台上で説明しているボーガンやドルフにあこがれのまなざしを向けている。


 クルトハイトが大きな被害を受けたことで、職を失った職人が王都に流れてきたという話だ。チャンスがあれば国をまたいだ人の移動さえ可能だった現代地球と違って、この世界では村を移動することすら普通では無い。よほどのことが無ければ、生まれた土地で一生を過ごすのだ。


 地縁血縁で絡みついた社会で新しい人間を得る千載一遇のチャンスなのだ。


「希望者には明日から我がケンウェルと系列の商会が所有する改良馬車に試乗して頂きます。希望があれば荷物を積んで頂いてかまいません」


 登場したジャンが言った。故障などのトラブルに備え、改良が終わった馬車は三台王都に運んである。明日以降はそれを使った試乗会というわけだ。


 商人達の目の色が変わった。これには二つの意味がある。一つは実際に試せると言うこと、もう一つは、見本市と密接な繋がりがあることが明らかなケンウェル達セントラルガーデンの商会が、いち早く改良馬車を手に入れることが出来ていることだ。


 ライバルの商人達が自分たちより早く改良馬車を手に入れたら、そういう恐怖心が見える。


「ちょっとやり過ぎたか」


 俺はミーアに聞いた。


「ちょっとではありません。いったいどれだけの注文が来ると思いますか」


 もはや放心しているギルド長を見て、ミーアは言った。こりゃ、タイミングを見て向こうにも部品だけでも供給してやらないといけないかもしれないな。もちろん、こちらの競争力を保つ値段でだが。


 異例続きだった見本市のことを熱心に話し合いながら、帰途につく商人達。家族への土産なのか、『竹』の包みを手にしている者も見える。


 彼らの横を第一騎士団の馬車がゴールへと向かう。馬も人も疲労困憊だ。だが、哀れにもそれに注目する人間は一人もいない。

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