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11話:後半 本戦開始

「むっ、見つけたぞ」


 街道を走る馬車の中で、フルシーの水晶に二つの光点が光った。


「ここ……ですね」


 ノエルが地図上で赤い駒を二つ配置した。予選の途中で消えた二台の馬車が見つかったのだ。丁度街道沿いの森の陰。クレイグの三台が通過した後、あえて遅れたケンウェルの馬車が孤立している様に見える。実際には、食事とメンテナンスの為の休憩時間をずらしただけだが。


 現在の場所は本選、つまりベルトルドから王都までの街道、のチェックポイント一つ目を過ぎたところだ。二つ目のチェックポイントまでの間は一番人目が無い。


「何のひねりも無いな」

「そりゃ、あのナンバープレートのせいで丸見えとは思わないからでしょ」


 ノエルは馬車を表す駒を地図上で配置しながら言った。


「若はあんまり役に立ちませんね」

「仕方ないだろ。俺は資質ゼロなんだから。片づいたら御者役くらいは変わるよ」

「結構です。若の運転なんて危なっかしいですし。御者よりも悪巧みに集中してください」

「そりゃ言えてるわね」


 ノエルが笑った。


「ひどい言われようだ」

「適材適所ってやつでしょ。そもそも、あんたに魔術の素養まであった日には……。動き出したわよ」


 ノエルが地図上の駒を街道に移した。


 ちなみに、ケンウェルの背後には明らかに無理してついて行っている、馬車ギルドの予選通過組の二台。退路を断とうってところか。


「挟み撃ちするのはこちらの方なんだな」


 俺が馬車の外に合図を送った。鏡を利用した光の合図だ。先の森から光が戻ってくる。これで、騎士団が動く。俺は何も言わず、フルシーとノエルの観測を見守る。敵を意味する赤い馬車が、ケンウェルの青い馬車に近づいていく。


 赤い駒が突然停止した。怪しい馬車として騎士団の騎馬隊に補足されたのだろう。本来なら騎士団の輜重部隊を護衛しているはずのアデル伯が活躍中だ。


 光点が二回明滅して消えた。敵排除成功の合図だ。どうやら武器まで用意していたらしい。


「後ろの二台はどうするの」

「そのまま走らせるさ。ウチとギルドの差が分って良いじゃ無いか。サンプルとしては二台で十分だし。それに……」

「もう一つの敵はどうかな」


 さっきと違って、こっちの敵はレーダーには映らない。


「第一騎士団の方は予定通り動き無しだ」


 連絡に来たクラウディアが言った。第一騎士団はクレイグの率いる改良馬車と、旧型馬車の中間に挟まれている。つまり、二位だ。例え限りなく三位よりでも二位なのだ。そして、魔獣騎士団は一位と三位だ。つまり、このままを維持すれば、第一騎士団対魔獣騎士団は平均二位どうしで引き分けだ。


 もちろん向こうは、新しい馬車を使ってクレイグに勝利するつもりだったのだろう。たが、予選の結果で追いつけないことはもう分っているはずだ。王子率いる馬車に非常の手段なんて仕掛けたら反逆罪だ。


 一方、こちらの目的にとってこの状況は何の問題も無い。魔獣騎士団が従来よりも早く国内を駆け回れることを示せば良いのだ。


 魔獣騎士団同士なら茶番と思われるかもしれないが、第一騎士団が二位になることで、むしろ信憑性が増すくらいだ。


 ウチにとっても、クレイグが先頭でゴールすれば馬車の宣伝も見本市の盛り上がりも申し分ない。その後で第一騎士団が引き分けだったと主張しても全然かまわない。


 こちらは目的を達成し、あちらは面子を保つだけ。保身的に言えばこれ以上無い勝利の形だ。


「ベルトルド勢の方はどうかな」


 俺は言った。前にも言ったが、敵が非常の手段を用いる決心をしたタイミングでは、すでに完全にこちらのテリトリーなのだ。ベルトルドで向こうが用意出来る手札は?


 決まっている。馬車ギルド長傘下のあの商会だ。そして、その手札はベルトルドを出る前からすでに大公家の人間にマークされている。今頃は、執事のじいさんの部下の軽装騎士が追っているはずだ。


「片づいたな」


 俺は窓の外を見た。連行されていく罪人達とすれ違ったのだ。人数は六人。抵抗したのか、怪我をしている人間もいる。その周りを大公家の兵士と騎士が囲んでいる。


「ペガッタの旦那の手先は、とっちめられたってことですか」


 馬車から恐る恐る顔を出したドルフが言った。捕らえられた人間の中に、頬に傷のある男がいた。ドルフを脅したことがあるらしい。ほっとした顔になっている。


 この時点で向こうは大打撃だ。この手の人間は替りがききにくい。しかも現行犯逮捕となれば、背景も問い詰めれる。


「今のごろつきとか。さっき捕まえた馬車はどうするの?」

「大公領の中の話だ。ベルトルドに連行だろ」

「向こうの新型馬車も手に入ったって訳ですね」


 レミが言った。


「ああ、ベルトルドに戻ったら、リバースエンジニアリング頼むぜ」


 俺は、二人の職人に言った。二人とも首をかしげる。


「分解して徹底的に調べて、技術を盗んでくださいってことですよ」

「あ、ああ、もちろん。っていうか。俺らは今からでもそっちの方をやりたいんだけど」


 ドルフがベルトルドの方を見た。ボーガンまでそれに習う。


「いやいや、お楽しみは王都でのお仕事の後ですよ。さて、やっかいごとは綺麗に片づいたし。後は……」

「おかしいぞ」


 ほっと一息つこうとした俺を、フルシーが遮った。賢者の手元には皓々と光る点が一つ現れていた。


「あの馬車じゃ。突然魔力を発しおった」

「あの馬車って、ギルド長のか。むしろ魔力を遮断してたはずじゃ」


 俺は地図を見た。仲間の襲撃が空振りして、ケンウェルから離される二台の馬車より後ろに居たのに、すでにその二台を追い抜いている。かなりのスピードだ。


 俺は地図を見た。すでに三つ目のチェックポイントを通過している。後は王都に到着するだけ。ここから追いつけるものか? 破れかぶれで襲撃? 


 まさかだ。ケンウェルの馬車はクレイグのすぐ後ろに戻っている。手出しは出来ないはずだ。


「え、えっ、賢者様。これって?」

「何だそりゃ」


 ノエルが地図の上を動かしている赤い駒の進路がおかしいのだ。俺は水晶を凝視するフルシーを見た。


「間違いないのう。森の中を走っておる。一体、どんな魔術を使ってるのじゃ。馬車の強化か?」

「このままじゃ、ケンウェルは抜かれるわよ。騎士団だって」

「負けるってことか。となると、俺たちの工房は……」

「魔術は知らんが、魔術だけで道なき道を走れるのか」


 馬車の中が騒然となった。突然の事態に各人が別々のことを言い始めた。俺は混乱する。問題はなんだビジネスか、順位つまり名誉か、それともあの馬車の能力か?


 俺は混乱する頭の手綱を探す。


 もちろん全てつながっている。あの馬車の性能が順位に関わり、順位はビジネスに関わる。


「魔術を使ってるんだから反則負けじゃないの?」

「いや、それは騎士団のルールだ」


 魔術の使用を禁止しているのはあくまで騎士団の馬車だ。商人がそんな物を使えるわけが無いからだ。だが、ノエルのその言葉に俺は冷静さを取り戻した。魔力を使って勝っても、王国で馬車を売る上で意味は無い。


「工房に関しては問題ない。魔力を使わないと出せない性能なんて、王国では売れないだろ」


 仮に、帝国が王国にあの馬車を売る。つまり輸出を考えてるとする。


 あり得ない、帝国は魔結晶の輸出を絞っているのだ。矛盾する。一台二台ならともかく軍として運用するなら騎士団だって使えないだろう。


 そもそも、そういう目的ならこれまで性能を隠していた理由が無い。


「そ、そりゃそうだな。俺たちの改良した馬車だ。誰にだってこれまでと同じように扱えるんだ」


 もちろん、レースの勝利というアピールを失うのは痛い。だが、致命傷ではない。見本市でアピールする仕掛けもある。


「最初に魔力を遮断するようなことをしていたし、いまだってこの進路は単にショートカットじゃ無いよな」

「明らかに見られたくないんだわ」

「そうじゃな。それに、魔結晶を使っておるなら入手が問題になる。馬車商人がどうやって手に入れる?」

「山地が多い帝国では、それ用の馬車があるという話を聞いたことがあります」


 レミが御者台から言った。やはり帝国か。馬車ギルドと第二王子閥がクルトハイト経由でつながっているのは間違いないのだからな。


「ただ、だったらせめてもうちょっと早く仕掛けないといけないんだけどな」


 俺は敵の行動に中途半端な物を感じていた。


「ベルトルドからの連絡です」


 レミが後方を指差した。鏡の光の反射が見える。


「ちょうど向こうが動いたタイミングで、王都から早馬が接触したそうです」


 レミが言った。執事のじいさんからの伝令が届いたのだ。


「何かなりふり構ってられない事情が出来たってことか」

「馬車ギルドにとっては、例え売り物にならなくても、一位を得ることは意味があります。第二王子閥にとっても、第三王子の面子をつぶすことが目的では」

「釣り合わなく無いか? そもそも帝国のメリットはなんだ」


 馬車の単純性能を40パーセントアップというこちらの情報だって、十分軍事的インパクトはあるのだ。軍事機密として秘匿するより、民生用として解放するほうが利益が大きいと判断しているだけだ。


 情報が帝国に漏れてもむしろ抑止力として働く。西方地域の王国への求心力を維持する。クレイグと大公の判断もある。


 向こうには何がある。こんなオフロード車みたいな技術を持っているなんて、隠すべき情報じゃ無いのか。


「向こうは一枚岩じゃないのでは? 王都側つまり第二王子派閥の事情が優先された」

「でもな……」


 俺は納得出来ない。


「普通の人間はあんたよりは気にするのよ。……私が最初にあんた達に会った時、どんな態度取ったか覚えてるでしょ」


 ノエルが言った。


「…………アレは単に人見知りだろ」

「そ、そういうこともあるけど、それだけじゃないの。と、とにかくどうするのよ」


 ノエルは顔を背けた。耳が赤くなっている。第二王子閥にしても、馬車ギルドにしてもせめて面子だけでもと切り札を切ったのか。


 帝国の方はじゃあいやいやか。俺たちに見られてるとは思っていない? そりゃこのレーダーのことは知らないだろうけど。


「じゃあ、一番いやがりそうなことをするか。もっと積極的にあの馬車の情報を暴いてやる」


 俺は方針を決めた。


「分ったけど。レースはあきらめるってこと?」


 ノエルが悔しそうに言った。俺は首を振る。


「いや、そうとは限らないさ。何しろ俺は策士だからな」

「じゃあ、アンテナを取り替えてください」


 俺は何をするか説明した後で、フルシーに言った。


「これは魔結晶の消費が激しいんじゃぞ。というか、こういう目的に使う物じゃ無いんじゃが」


 フルシーは文句を言いながらもノエルと協力してジンバルの中心にあったアンテナを入れ替えた。


「では始めるぞ」

「最初はなるべく弱くお願いしますよ」

「わかっとる。こちらが見つかっては仕方が無いからな」


 潜水艦に例えると、これまで使っていたのはパッシブソナー。向こうの発していた魔力を聞いていただけ。これから使うのはアクティブソナー。こちらからも魔力を発して、戻ってきた魔力を測定する。本来は測定の感度を上げるために用意したものだ。


 要するに向こうに「どこからか魔力で見られてる」と分からせるのだ。


「止まったわよ」

「よし、じゃあこっちも止めてくれ。やっぱり、向こうも何らかの装置を持っているな」


 情報その一、向こうはこちらと同じくレーダーの様な物を持っている。ただし……。


「こちらの位置が気づかれるか?」

「いや、向こうが止まったってことは大丈夫だと思う」

 走行中では十分な精度は無い。少なくとも悪路を走りながら感知するほどのレーダーは持ってないようだ。


 ただでさえこちらは平坦な道で向こうは森の中だ。フルシーとノエルに、俺の現代知識まで加えた測定装置がそう簡単に敗けたらたまらない。


「向こうが動きだしたら、同じことを繰り返すんだ」

「進路を変えたわ。街道に戻るまでこれでかなりロスが出るわよ」


 俺の作戦は、敵に時間と魔力を無駄に消費させる上に、敵の性能をしっかり調査してやろうというわけだ。


 実際に、敵の馬車の発する魔力は減っていく。俺たちに知られまいとしているのか、それとも魔力がつき始めているのか。


 それでもスピードがほとんど落ちないのはすごいな。これは絶対に魔力だけじゃ無いぞ。

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