11話:前半 予選結果
「やっぱり馬車よりも地面だよな」
ベルトルドの工房で、俺は思いっきりのびをした。短縮されたとはいえ、三日と半分の旅はやはり負担が大きい。今夜だけでもベッドで眠れるのが地味にうれしい。
「じじくさいわよ」
「本物のじいさんは、あのざまだろ」
俺は腰を押さえて仮眠用のベッドにうつぶせになったフルシーを指差した。道中は集まっていくデータに嬉々としていたが、工房についた途端に腰痛を思い出したらしい。
それでも、ベッドの前に職人二人を集めて馬車のことを聞いている。おそらく移動式観測所の精度をさらに高めようとでも言うのだろう。探究心を忘れない姿は流石である。
矢継ぎ早の質問に目を白黒させている二人が、ノエルに救いを求めるような視線を送ってきた。彼らにとっては男爵様だし、気を遣うよな。
「私もボーガンさん達と話して来るから」
「ああ、金型のことについて確認しておいてくれ」
「分ってるわ。あんたのせいで、ここを出た時よりも状況は切迫したもんね」
「俺じゃ無い。第一騎士団と馬車ギルドの横やりだろ」
俺の反論に答えずに、ノエルはフルシーの方に向かった。
「また新しい女の子ですか? あんまりミーアに心配かけちゃダメでしょ」
工房で合流したジェイコブが言った。
「今のビジネス談議のどこがだ。だいたい、彼女に関してはミーアの方が親しいんだぞ。それより、予選のことを教えてくれ」
「……了解」
久しぶりの柔らかい寝床の前に、片付けておかなければならない事案が山積みだ。すべて第二王子派閥が悪い。
「まず騎士団だが。先頭の三台が、今日の午前にベルトルドに到着。つまりほぼ三日で王都とベルトルドを結んだことになるな。もちろん、クレイグ王子の魔獣騎士団の改良馬車三台だ。それから約五刻後に第一騎士団の六台、その半刻後に魔獣騎士団の残り三台って順番だ」
「約半日の差か。予想通りだ」
「王子様の馬は余裕って感じだったが。第一騎士団は馬も人も疲労困憊って感じだったな」
短距離なら馬に無理をさせれば差はでない。だが今回のレースは重い荷物を積んで長距離の移動だ。
「もっとインパクトがあったのは、唯一王子の三台についていったケンウェルだな。他の馬車は、第一騎士団について行くのが精一杯だったみたいだ。予選で半分が脱落。馬をつぶしちまった参加者までいる。荷の重さがこたえたんだろうな」
こっちは圧倒的な差という訳か。予選落ち組はまだベルトルドに到着もしてないんだから。ベルトルドで一度リセットで正解だった。
「乗ってりゃ分かるがありゃ大したもんだ。早さだけじゃない。旅の疲労が全然違う」
「気持ち悪いくらい順調だな」
俺は言った。だがジェイコブは首を振った。
「一般枠で参加した中に四台新しい馬車があっただろ。その内の二台がベルトルドに到着していない。残った二台はケンウェルについで予選二位と四位なのにだ。もっとも半日近くおくれちゃ順位に意味なんて、だけどな」
「馬車ギルドの息のかかった馬車が二台、自由に動ける様になってるってことだな」
向こうはベルトルドまでの予選で、こっちに絶対に勝てない事を知ったのだ。馬車ギルドの深刻さは、実は騎士団の比では無い。このままでは、騎士団も一般も両方でベルトルドで改良した馬車がぶっちぎりだ。
「向こうはもう非常の手段を使うしか無いな。狙われるのは当然……」
「ああ、敗退した以上。荷も下せる。ナンバープレートも隠すだろうな」
「壊したら弁償はともかく、真鉄のプレートを剥がすのは、ちゃんとした鍛冶場が無いと無理だからな」
となれば向こうは丸見えである。俺は職人達にアンテナのことを力説しているフルシーを見た。
測定は上手く行った。頭の痛い測定結果だが、俺たちも帰りは自由に動けるわけだ。
「むしろ仕掛けて欲しいって状況だな。相変わらず人を追い詰めるのが上手い」
ジェイコブが俺を見て片頬をつり上げた。荒事もいとわない仕事だけあって、迫力がある。
「人聞きが悪すぎる。ここは俺たちのホームグランドだからな。有利になるのは自然だろ」
相手の取れる手段もタイミングも予想出来る。動かせる人間だって限られる。
「だから諦めてくれるのが一番楽なんだ」
「へえへえ。まっ、とにかく王子様だけじゃ無く、あちらの方にも動いてもらってる。用意は万全だ」
ジェイコブは狩人のような目で言った。
「あの馬車はどうだ」
俺は最大の懸念材料を口にした。馬車ギルド長の馬車は途中で見失なった。普通に考えれば姿を消した二台と同じく姿を隠した、あるいはリタイヤだが。
「三位だな。騎士団もベルトルドの近くに現れるまで動きをつかめなかったらしい」
「俺たちにも、騎士団にも動きが掴めなかったのに三位?」
相当おかしなルートを通ったということか。俺は地図を見た。
「例えばここをショートカットすれば距離は大幅に縮まりはするか……」
「普通に考えれば余計時間がかかる。というか馬車が壊れかねないぜ」
予選を突破したという事は、公式の順位を求めるという事だ。馬車ギルド長の商会が予選敗退なんて致命傷だしそれはわかる。予選の順位に従ってスタートだから、予選の時間差は問題にならない。馬車ギルドの三台はケンウェルのすぐ後ろになる。
「本選はチェックポイントを通らないといけない。予選みたいにルートを自由に選べないんだから。じっくり観察させてもらおう。最悪、一品物の特別製なんて商売上の競争相手じゃ無いからな」
「そうだな」
ジェイコブが地図を指差した。ベルトルドから王都まで、三つの印がついている。森との距離や、周囲の視界など。条件が書き込まれている。
「じゃあ、あの馬車は若旦那に任せて泳がせるとして、その他だ……」
「じゃあ。味方は今の計画でそれぞれ動くってことで連絡するぜ」
相談を終えてジェイコブは言った。
「そういえば、第一騎士団は気にしなくて良いのか?」
「ああ、アレはもう進むも引くも出来ないジレンマ状態だ」
第一騎士団については面子だけは保ってもらう。というか、それに集中してもらうのがいい。
「ボーガンとドルフが話があるって」
ジェイコブが工房の外に消えると、ノエルが職人二人をつれて来た。
「ベアリングの生産効率の方はどうですか」
「作業工程はほぼ固まった。不良品の率もかなり減ってきたな」
「騎士団の馬車とあの大商人様ので取り付けも経験を積んだ。馬車毎の板バネの調整も要領がつかめてきたぜ」
「順調ですね。数台を相手にするなら十分だ」
騎士団とケンウェル、それにあと数台なら二人だけで手が足りる。
「バリを取ったり磨いたりだけでもやってくれる人間が増えれば、そうだな一日に十個くらいは作れる。見習いでも一、二ヶ月鍛えれば可能なはずだ。なにしろ型から出した時点の出来がよすぎる」
「はは、その分真鉄の扱いには苦労してもらったじゃないですか」
「こっちはもうちょっと大変だ。興味を持っている仲間は多い。だけど、やっぱりな。いくら大公の肝いりって言っても、これまでのつきあいがあるし……」
「貴族の気まぐれって思われてるか」
俺の言葉にドルフは頭をかいた。気持ちは分る。俺だって一から関わってなければ警戒する。権力というのは調子の良い時は良いけど、そっぽを向かれると途端に反動が来るのだ。騎虎の勢いという諺がある。ボラティリティーの高さは職人の経済状況を考えると警戒して当然だ。
職人に圧力をかけている、ベルトルドの馬車商人だけでも何とかしないと。ペガッタって名前だったよな。王都のギルド長の傘下なんだよな。
職人に対する警告、と言う名の脅しくらいならともかく、例えば本人や家族に対する危害を考えると、いかに大公の膝元といえども守るのに限界がある。すでにこの二人は貴重すぎる人”財”になっている。
将来的には農村からあぶれた人間を吸収するが、プロの職人二人の今の状況では無理だ。ベテラン職人と素人の間の人間の育成がいるよな。
「人数についてはこちらでも考えます。さて、あっちの準備は出来ましたか?」
俺が聞くと、ボーガンとドルフが揃って渋い顔になった。
「人を集めることとも関わるんで、よろしくお願いします」
俺はあえて笑顔で念を押した。小心者としては彼らの躊躇に共感出来るけど、そんなことを言ってられないんだよな。少なくとも今回に関しては、職人がもう少し前に出てもらわなければならない。




