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9話:前半 スタートライン

 幸いの晴天である。


 王都正門の外に広がる平原には、三十台を越える馬車が弧を描くように並んでいる。その周りを行き来する大勢の人々。さらに、城壁の上にも鈴なりの観客だ。


 長距離耐久馬車レースになってしまった催しのスタートの日が来てしまった。


 参加車両の中でも目立つのは、弧の左右に配置された二つの集団だ。左右に分かれた各6台ずつの二頭立て馬車は、大きさだけで無く形も似ている。ところが、午前の太陽に照らされて両軍は全く異なる印象を与える。


 正門から見て左の6台は陽光を反射して輝く真新しい新車。一方、左は傷や汚れでくぐもった中古車だ。


 ぴかぴかの馬車には白地に青の円が四角を囲む紋章。曇った馬車には黒地に山猫の意匠の旗が翻っている。


 馬車の周りには、それぞれの紋章をつけた騎士が取り囲んでいる。今は離れているおかげで感じないが、さっきまで両軍の間にはぴりぴりとした雰囲気が醸成されていた。というか、新車組が、あからさまに中古車を指差していた。流石に王子が姿を現すと静まったが。


 どうやら、第一騎士団は馬車ギルドから新品の馬車を格安で提供されたらしい。新品の馬車の足回りには、板バネが覗く。そして、箱の前方がわずかに傾斜をつけられている。


 実用の最たる物である軍用に高級品の仕様を投入はいい。だが、あの傾斜って空気抵抗対策だろうが、居住性や耐久性は落ちるんじゃ無いか? どちらにしろ、昨日今日で用意できる技術じゃない。すでにあったけど使ってなかったってことか。


 どちらにしろ、あちらのスポンサーは相当奮発したってことだ。まあ、正々堂々競ってくれるなら、それくらいは全然かまわないんだけどな。


 騎士団の重々しい集団の間には、様々な色や形の馬車が並んでいる。こちらはいわば一般参加者、いろいろな商会の馬車だ。発表がギリギリだったのに、よく二十台近く集まったものだ。これでも、さっき数台減ったのだ。


 有事の際には、民間の商会も協力する可能性があるという建前だ。参加商会には順位に応じて協力金が出る。


 中央付近に、ケンウェルのマークをつけた馬車が見える。セントラルガーデン代表として、ジャン先輩が参加を希望したのだ。他の商会は流石に見本市と掛け持つだけの人員がいない。ケンウェルの馬車を挟むように、妙に新しい馬車が数台見える。


 全ての馬車に番号と四つの四角の枠が浮き上がった金属製のプレートがつけられている。アレを用意するのは苦労したのだ。


 俺は正門の上、城壁から飛び出た楼閣に翻るクルトハイトの紋章を見た。薔薇の紋章も一緒に掲げられているのを見ると、弟の活躍を見に来た兄もいるみたいだな。めんどくさいことをさせてくれた元凶である。


 左右の馬車団から、それぞれ一台が走り出し、中央で会した。年季の入った馬車から一人の騎士が立ち上がると、城壁から一斉に歓声が上がった。英雄王子の登場だ。


 真新しい馬車から立ち上がったのは厳つい大男。第一騎士団の隊長の一人で、子爵家当主でもあるらしい。


「この演習は、王国を扼する魔獣の群れに騎士団が迅速に……」


 クレイグが演習の意義の説明を始めた。まず先年の西方の魔獣氾濫という事実から、今後東西で魔獣氾濫に備える必要があるという背景が語られる。


 次に、今回の訓練の想定だ。東西の両方で魔獣氾濫の兆候が出現、しかも片方は中規模の氾濫というシナリオだ。騎士団はまず中規模氾濫を全力で打ち、返す刀で西方の氾濫を討伐に向かう。片方が中規模となっているのは、第一騎士団も力を貸す理由作りだ。


 王国を一周する軍事行動、ネックとなるのは当然ながら輜重部隊だ。だからこそ、騎士団は輸送能力を強化するための演習を行うという説明だ。


 商人が参加しているのは、足りない輸送能力を補うために民間も協力したという建前だ。背景を知らなければ美しい話である。建前というのは、美しければ美しいほど建前としての力を持つ。現実にぶち当たるまでの話だが。


 魔獣の群れに挟撃される王国というシナリオに、いったん静まりかえった観衆。だが、「例え東西で同時に魔獣氾濫が起こっても、魔獣騎士団は王国の民を守る力を証明しよう」という力強い言葉に観衆は沸いた。


 クレイグの指示で、魔獣騎士団の6台の内、半分の三台に白い布が結び付けられた。白い布が巻き付けられた馬車がボールベアリングを装着した改良型。そうでないのが旧来の馬車。


 観衆にも、いかに改良馬車が優れているかわかりやすく伝えるベンチマークである。


「流石大舞台に慣れてるな。俺とはえらい違いだ」


 離れた場所にぽつんと止まった一台の馬車。その窓から俺はつぶやいた。「騎士団の代理戦争に巻き込まれた哀れな平民の姿がそこにはあった」とナレーションの一つも入れたくなる。


「騎士団の衝突を作り出した張本人が何を言ってるのよ。あんたのお願いで、こっちは大変だったんだからね」


 馬車の中からノエルの声が聞こえた。


「張本人という言葉にはうなずけないけど、ナンバープレートのことは感謝してるよ」

「本当かしら。どうもあんたは錬金術士を安く使えると思ってる気が……」

「約束通りフレンチトーストは差し入れただろ。見習いさん」


 馬車中に頭を引っ込めて俺は言った。


「あ、あれはおいしかったけど。……賢者様のお手伝いと同時だったから、大変だったのよ」


 馬車に打ち付けられているプレートはノエルのおかげだ。


「若。女の子にはもうちょっとちゃんとした言葉遣いを」


 御者台から声が掛かった。藍色のショートカット、ちょっときつめの瞳振り向き、俺をたしなめた。ジェイコブと同じく、ヴィンダーが専属として雇っているレミだ。ちなみに、ジェイコブはケンウェルの馬車に乗っている。ノエル一人が女の子という状況を避けるためだ。ミーアの助言まで気がつかなかったけど。


「それより、ジェイコブのいう怪しい馬車ってどれだ?」

「はい。第一騎士団のすぐ横に止まっているあれです」


 丁度反対側だ。俺は目を絞って見た。


「あのマークは馬車ギルド長の商会だよな、言うまでもないド本命だけど……」

「足回りが泥よけで隠してあります」


 レミが言った。俺は窓から身を乗り出して、鞭の先を見た。一見何の変哲も無い馬車だが、確かに車体から裾が下りている。


「気になるな、ルール違反じゃないけど」

「さらに言えば、引いているのはかなり良い馬ですが、馬車を引くのを嫌がっている」

「馬の感情なんてよくわかるな。俺なんか――」

「人の心すらわかりませんものね。知ってますよ」

「あはははは」

「間違ってないけど言いかたが……」


 反論はしないけど、割と同類の匂いのするノエルにまで笑われるとは。


「耳を見て下さい。垂れているでしょ」


 騎士団の馬車にも負けない立派な馬だが確かに耳が立っていない。なるほど、馬車ギルド長の商会なら良い馬の中でさらに体調や気分ののっている個体を選べるはずだ。


「何を仕掛けてくるのかな。まあ、対策は打ったが……」

「各馬車につけられたプレートが参加者の証明である。これを剥がせば資格を失うだけで無く罰則も与えられる」


 草原では、アデル伯がルールの説明をしている。馬上の騎士達は、いわばこのレースの監視委員だ。


 小学生のころ、繰り返し教えられた言葉がある。「貴方たちがちゃんとしていれば決まりなど要らない」というやつだ。


 自ら律するのが一番と言うことに異議は無いが、決まりが無くても出来るのが本当なんてとんでもない。ちゃんと決まりを守るだけでも大したものなのだ。従って、決まりには決まりを守らせる要素が不可欠だ。


 法律があるだけで犯罪が防げるなら、警察は要らないでは無いか。


 その、一番の要が本人確認だ。参加者の馬車につけられたのはいわばナンバープレートである。現代日本において、あれほど効率的にルールを守らせる仕組みはあるまい。


 材質は真鉄で、刻まれたナンバーは小さな魔導金の印で刻まれている。しかも、意匠には円を組み合わせているから、なまじっかなことでは改変出来ない。


 もう一つの要素が、周りの目だ。騎士団は互いに監視し合う関係だ。商人も相互の目を意識する。


 最後は罰則とそれを実行可能だと思わせる力と権威だ。今回はクレイグが自ら参加しているので権威については問題ない。


 言うまでも無く、周囲の目も罰則も本人確認が機能して初めて力を持つ。


 ちなみに、このプレートを付けることは今日初めて告げられた。もちろん一悶着あったよ。でも、レースでゼッケンをつけることは当然だ。不満を言った参加者はしっかりとリスト済み。


 ここに来る前に馬車ギルド長の様子を観察していたレミが言うには、プレートのことを聞いた途端に顔が引き攣ったらしい。すぐに平静を取り戻したというから、向こうは向こうで性能に自信があるのかもしれない。


「では、荷を積み込め」


 アデルの言葉で、二つの騎士団の輜重部隊には、それぞれ遠征用の物資が積み込まれる。もちろん重さはそろえてある。ボールベアリング有り無しで、一番差が出る程度に。


 商人達の馬車には金属や木材が積み込まれる。西方で足りなくなる軍需を運ぶ的な建前だったか。金属も、木材もあちらで大公家が買い取るという条件だ。ベルトルドで資源を下ろし、食糧を積んで戻ってくる。商人なら都市間の商業活動を模していると分る。


「一般参加者に関しては、ベルトルドまでが予選となる」


 ゴール時間を予測するための方法の一つだ。騎士団の馬車はベルトルドに到着した順位で翌日のスタートの順番が決まる。王都のゴールまで距離によるぶれが半ばリセットされると言うことだ。魔獣騎士団のテストで割り出された時間から、騎士団の先頭は丁度正午に王都に到達する予定だ。


 もちろん、予選結果が出た時点でベルトルドから早馬で知らされ、王都のフォルムに順位が張り出される。以降、本戦は街道に設けたチェックポイント毎に順位を更新する。見本市を盛り上げるための仕掛けだ。


 ちなみにベルトルドまでの往路、予選、は単純なルールだ。とにかく荷を保持したまま到着すれば良い。彼我の差が明らかになった時には、すでに不正をしにくい環境が作られているという訳だ。


 実力で負けたらどうする? 短期間に40パーセントの輸送効率アップなんて普通無理だ。実際、第一騎士団も商人達も「えっ、こんなに積むの?」って顔していた。さらに言えば、ナンバープレートを取り付ける時、向こうの車軸は確認してある。ごく当たり前の滑り軸受け、つまりただの筒だった。


 ちなみにレース中に騎士団の魔術の使用は禁止だ。ベアリングは錬金術で出来ているって? あれ自体はただの金属。魔術は使用していない。


「向こうの企みが何か知らないが、これで半ばつぶしただろう」

「……そなた、本当にえげつないな」


 アンテナに掛かりっきりだったフルシーが言った。


「こちらも忙しいんだから。やっかい事は最初から減らしておかないと、ということですよ」


 もちろん、それで全ては防げない。だが、向こうが非常の手段しか無いと気がついた時には……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 多分誤字です。 四章9話前編 “正門から見て左の6台は陽光を反射して輝く真新しい新車。一方、左は傷や汚れでくぐもった中古車だ。” の部分がどっちも左となっております。 [一言] …
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