8話:後半 業務拡大のお知らせ
久しぶりに訪れた駐屯地。いくつかの建物の骨組と積み上がった石材が、編成中の新生騎士団の様子を物語っている。俺が案内されたのは、この前と同じく駐屯地中央のトラックに面した天幕だ。
配下の人数が倍増しても、司令部の様子はそこまで変わっていないのだろうか。
「うむ。これは旨いな」
クレイグがフィッシュフライサンドを手に言った。従者が慌てて差し出した皿がむなしい。デジャビュを感じる。料理屋になった気分だ。蜂蜜を商うヴィンダーとしては軍用馬車の世話しているよりは正しいのが複雑だ。
いや、それを言ったら王子と食事をしている時点で間違ってしかいない。ついでに言えば、伯爵令嬢がまるで護衛みたいに控えているのも十分アレだ。もしかしたら、アルフィーナの命令は解かれていないのか。今度弁当を差し出そう。
「言ったであろう。リカルドはなかなかの美食家でもあると」
王子は同じ物を食べた左右の副官に言った。意外そうな顔をする二人の騎士。まあ、騎士団にとっては俺は毒薬を売る商人だろうが。
松は貴族向けなので、この反応は心強いと思っておこう。
「ほう、この果物は初めてだな。いささか甘すぎるが、どうだエレーネ」
王子が副官の一人、女性の方にデザートの感想を聞いた。
「毒味に感想はございません、殿下」
女騎士は言った。マジで毒薬商人扱い!
王子の方は「ははは、リカルドに警戒しても仕方あるまい。いずれ身内になるかもしれぬ相手だぞ」などと意味不明の言動をしている。万が一そういう相手だったらより警戒するのが王族の嗜みじゃ無いのか。
「私めを呼び出されましたのはどのようなご用件でしょうか。馬車のことでトラブルでも起きましたか」
らちがあかないと俺は用件に切り込んだ。
騎士団にはすでに二台の馬車が置き換えられている。想定顧客の筆頭であるだけでは無く、多数の馬を日常的に走らせる騎士団はテスト走行としても最適である。
騎士団にとっても、しっかりとしたテストを経ていない馬車を実戦に投入するなどあり得ない。つまり、これはあくまで顧客の希望と必要上の措置であって、別に騎士団を利用しているわけでは無いのだ。軍産の癒着とかじゃ無い。多分。
「ああ、そちらは至極順調だ。アレは本当に試作品か」
クレイグは口元をハンカチでぬぐうと立ち上がった。天幕の入り口に立っていた二人の騎士が、布を左右に引いた。
ドドドドドッという音が聞こえ、グラウンドを走る二台の馬車が、車輪から土煙を上げながら通過した。
「最初は苦労したがな。荷を引かせたら差がはっきり出た」
俺はクレイグと一緒に天幕をでた。指揮官を見て、濃いあごひげの立派な鎧の騎士が駆け寄ってきた。
「最初は馬が馬車の軽さに戸惑ってスピードを出しすぎたようです。むしろ早くばててしまいました。ですが……」
白い布を巻いた馬車が黒い布を巻いた馬車を抜き去った。ゴールに立つ二人の兵士が、旗を揚げた。
「これで13周対11周です。今は、輜重部隊に馬にとってベストなペースを保たせています。明らかに巡航速度が速いのです」
約二十パーセント弱のアップか。初めて納入先を聞かされた二人の職人が、胃を押さえながら頑張っただけあって悪くない。ボーガンのじいさんの青い顔なんて初めて見たからな。
「しかも、ベアリングの方が積み荷が2割ほど重いのだ」
クレイグが言った。速度と運搬能力でだいたい1.4倍と言ったところか。費用は板バネを合わせても、従来の馬車の一割、作業費で二割くらいだったか。
一日の距離が伸びれば、運搬する荷物以外の食糧なども少なくて済むことを考えれば十分だな。
「馬を取り替えて、最高速度で長時間走らせるテストもしたぞ。俺の腕が疲れた以外は全く問題は無かった。元の馬車は軸受けが歪んだがな」
クレイグは満足そうに言った。玩具のようにいろいろ試しているらしい。
「順調じゃないですか。ボールベアリング用に完全に一から作った馬車ならもっと行くでしょうね」
俺が考え込んだ。まあ、完全にベアリングの性能を引き出すのは無理だろう。エンジンが馬であるかぎりオーバースペックなのだ。
「むっ。このものが娘、、、団長殿下のおっしゃっていた……」
顎髭の騎士が俺を睨んだ。そういえば知らない顔だな。鎧などはかなり立派だ。
「紹介しておかねばな。新騎士団の輜重部隊を束ねるアデル副団長だ」
輜重を副団長という最高幹部が務めるのは素晴らしい。……じゃない。クラウディアの親父さんだ。思わず顔を反らした。こめかみにギロリという視線が突き刺さった。
「……板バネをもっと強化出来るか。費用はもっと掛かってもよい」
副団長は厳しい目のまま聞いてきた。
「……そこら辺は、担当者が職人と直接話してください。その方が良いものになります」
俺は言った。譲れないところだ。騎士団からのフィードバックが直接伝われば、改良の速度はさらに上がる。あえて担当者と言ったのは、伯爵閣下じゃ無くて部下で良いですよという意味だ。あの二人だって伯爵が来たら困るだろう。
「ほう、私に鍛冶屋と話せと……」
アデルの目が鋭さを増した。助けてくれ、貴方の親父さんが怖いです。俺はクラウディアを見た。なんか最近この娘の背中に隠れてばかりな気がする。
「ち、父上……。いえ、副団長殿。この者は一見無礼極まりなく、実際に無礼なのですが、実のないことは言わぬはずです」
「ほお。このじゃじゃ馬がそこまで言うとは。やはり、ずいぶんと親しいようだな」
「父上。私は姫様から命じられたお役目を……」
なんか話がおかしな方向に転がっていないか。アデルさんところのクラウディアさん。
「商人がうるさくなるな。今回も、本来の半分しか整備に出さなかったからな。不満を持っただろう」
「馬車ギルド長は、クルトハイトと王都のどちらでも大きな商売をしているみたいですね」
クレイグの言葉に俺は飛びついた。頭越しに行き交う、ほほえましい父娘の語らいから逃げ出すのだ。
木材と鉱物資源が存在するクルトハイトは馬車の生産も盛んだ。馬車ギルドについてはいろいろ調べてある。ミーア達がだが。
「そうだな。派閥争いに巻き込まれたと勘ぐったかもしれんな。というか勘ぐったのだな」
「はずれていないのが怖い。…………いま、断言なさいましたね」
一瞬でアデル親子が意識から消えた。俺は王子を見た。
「第一騎士団が演習を合同にしろと言ってきた」
「…………」
これはひどい。騎士団同士協力する体制を作りましょうなんて話な訳がない。第一騎士団と新生騎士団の対立に巻き込まれたってわけだ。
さっきまでの、これで見本市のお披露目はばっちりだって気分を返してくれ。
「レースでもするって事ですか」
「第一騎士団には馬車ギルド長が協力しているようです」
「当然背後にはクルトハイト大公と第二王子殿下がいますな」
エレーネが言うと、伯爵も仕事に戻ってきた。つまりそれほど深刻と言うことだ。
「新しい騎士団はまだ一枚岩では無い。責任を取って引退した元団長と近かった者や、アデルに罪をかぶせようとした連中。新しい体制に不満を持つ者は少なくない。もちろん、そういう者にはなるべく馬車には関わらせないようにはしているが」
それで、命がけで戦ったあげく不名誉な冤罪をかぶせられたアデル伯が責任者か。
「向こうの意図はなんでしょうか?」
「一つは牽制だな。第一騎士団を差し置いてあまり大きな顔をするなと言うわけだ」
「負けたら逆効果でしょう?」
細かい数値はともかく、改良馬車の存在は向こうにも伝わっていると見るべきだ。
西方への行軍訓練という建前がある以上、長距離耐久レースになる。改良馬車にとって有利な条件だ。さらに言えば、魔獣騎士団は遠征を前提とした体制で、第一騎士団は王都を守ることを想定した体制だろう。
「馬車ギルドが向こうについているとしたら、何かあるかもしれんな。あるいは……」
「最初からまっとうなレースをする気は無いかですな」
冤罪でつぶされかけたお偉いさんの言葉はとても真実味があった。
「避けられないんでしょうね……」
こちらとしては、目的の達成はすでに保証されている。既存の馬車の性能をアップ可能というデモンストレーションさえ出来れば良い。第二騎士団の馬車を従来型と改良に分けて競争させるだけで、ボールベアリングの優位性は証明されるのだ。
「リカルドの主催する見本市は大いに盛り上がるのでは無いか?」
「盛り上がりすぎてセントラルガーデンのメンバーは悲鳴を上げますね」
メンバーだけではとても足りないだろう。フォルムには通常の屋台も沢山ある。別に追い出すつもりは無かったが、何か考えないとな。
「後はルールですね、正確にはルールを守る仕組みです」
俺はため息をついた。
「向こうの横やりだ、ルールについてはある程度こちらに合わせさせる。アデル。王都とベルトルドの間の想定時間の割り出しを急がせよ。エレーネは引き続き向こうの意図を探れ。これに関してもアデルの情報を重視する」
クレイグが言った。アデルは一礼するとトラックに向かった。場の空気が少しだけ軽くなった気がする。
「リカルドは先ほどの、ルールを守る仕組みを頼むぞ」
そんなドラゴンに比べたらましだろ、みたいな顔で言わないで欲しい。十分な難題だ。人間同士の争いのルール作りなんて、俺の一番苦手な分野だ。
ルールを守らせるルール、要素は三つか。アレを流用するしか無いな。
「この前の戦利品、もうちょっと使いますよ」
さらに、フォルムへのゴールの時間を合わせる仕組みがいる。夜中にゴールというのはこの世界ではあり得ないが、早朝とかだと商売的に困る。クレイグの騎士団だけなら何とでもなったが、競争となればそうも行かない。
「チェックポイントを設けて……。その証明も組み込まないと……」
これだったら馬車にトラブルの方がまだ良かった。
「さらにだ、第一騎士団はもう一つ付け加えていてな……」
「今度はなんですか」
「実は……」
王子の言葉を聞いて、俺は更に暗鬱たる気分になった。一般の馬車まで参加させろって……。ルールからなにから更に複雑になる。




