5話:後半 ファンタジーな仮説
「次のステップ…………。そうです、場所が特定できたのですから、避難の……」
「違います」「王国を説得するにはまだ不十分です」
予言そのものが相手にされていないのだから、少々地域が限定されても対策は取られない可能性が高い。第一、アルフィーナの見たイメージは限定的だ。被害が生じたのがレイリアだけという保証など無い。
「災厄の種類の特定です」
「で、でも、予言は災厄そのものを見ることが出来ないんです」
「新しく災厄が起こる地域の情報が得られました。つまり、周囲の地理などから起こりうる災厄の候補を絞り込めます。どんな災厄が起こるのかの仮説を立てることが出来るわけです」
「仮説……ですか?」
アルフィーナは怪訝な顔になる。予言に対して仮説をたてるなんて、俺だって違和感バリバリだ。
「まずは起こりうる災厄の候補を挙げていきます。村人が逃げていくというのが大きなヒントです。ここから解ることは……」
「豊作の畑を捨てて逃げるのですからよほどのことです。冷害や干ばつなら村人にも予兆がわかります」
「そうだな、突発的な出来事だ。少なくとも村人にとってはそうだったということだ」
こういうことなら、ミーアの感覚のほうがずっと頼りになる。十歳まであそこに居たんだから。
「自然災害と人為的災害の両方が考えられますが…………。まずは人的要因から検討します」
俺の言葉にミーアはうなずき、アルフィーナは顔を曇らせた。西方、正確には西北、には帝国との国境がある。国土の多くが山である帝国は常に食料を求めてきた。過去には大きな争いが有った。現在の長い平和は、帝国が国内に抱えた問題と相互貿易の利益が釣り合っているおかげだ。
「アルフィーナ様が口止めをされた理由の一つが「帝国を刺激しないため」ではないですか?」
「……その通りです」
国家に善悪などないのだから、隣国に警戒しなくていい国など存在しないと俺は思っている。帝国だって勿論こちらを警戒するべきだし、しているはずだ。そして、だからこそ下手な刺激を避けるのも当然。それ自体は間違っていない。
もし、王国が西方に警戒しているという話が不必要に大きくなれば、それが帝国の王国への警戒レベルを引き上げる。それが王国の警戒を引き上げ。最後には、「件の予言とは帝国の侵攻である」などという噂が独り歩きする。五十年の平和など一瞬で破れかねない。
ただし、それを恐れることと、帝国の侵攻という可能性を検討しないのは全く別物だということだ。だから、検討はする。
「しかし、可能性は高くないでしょう」
俺は地図を指差した。帝国と隣接するのは西方北部。そして、大軍が行軍可能な道は東へ東へと王都へ続く。純粋に食料そのものが目当てでも、南方より北方が目的にかなう。国境よりレイリアに帝国軍が来るまで、何の警告もないというのも考えづらい。それに……。
「イメージの確認です。家屋は倒れたりしていましたか? 地平線の向こうに煙などは見えませんでしたか?」
「いえ、そういったイメージは浮かびませんでした。晴天で、だからこそ逃げ惑う人たちが余計に……」
俺が質問するたびに、悲惨なイメージを思い出すことになるかも知れない。だが大事な情報だ。もし戦争なら煙の一つも上がってもおかしくない。侵略なら村が燃やされる、あるいは敵に食料を与えないため燃やす。
「次の可能性は大規模な反乱が起こることです」
俺の言葉に、アルフィーナはますます顔を青くした。彼女の家系を考えればそれもわかるが、検討しない訳にはいかない。この地方は、二十年前の反乱の影響で今でも王都からは嫌われている。税率などもキツ目だ。だが、村人皆殺しになるかもしれない反乱などよほどの事だ。レイリアもその周囲も、そこまで追い詰められていない。豊作ならなおさらだ。
「これも考えづらいです」
俺の説明にミーアは頷いた。農村のことを一番知っているのはミーアだ。アルフィーナは安心した顔になる。
「次は天災です。地震、洪水、火山の噴火……」
あの村の周囲に大きな川はなく、山が噴火したという記録はない。もちろん噴火するかもしれないが火山の噴火など、現代日本でも十分な精度で予測など出来なかった。地震もまた然り。俺は地図を指差しながら、一つ一つ可能性を消していく。
「疫病の流行も考えづらいでしょう……」
この時代の人口密度で疫病で村を捨てることは考えづらい。疫病が起こった時、走って逃げるだろうか。俺はじっと地図を見る。俺の言葉にミーアは頷いた。アルフィーナも異は唱えない。
「では次の可能性は……、次は、次の……」
「リカルド君?」「先輩?」
口をつぐんだ俺に、二人の少女の視線が迫る。困った、可能性は大方検討してしまった。他に考えられる自然災害は。津波? 海に隣接してない。隕石の落下、イメージと合わないし文字通り杞憂だ。いや待てよ、もしかしたら隕石召喚的な魔術があるとか……。
異世界から魔王が召喚されたとか。……俺の中に魔王的何かが有ってそれが突然目覚めるとかじゃあるまいな。その手のチートがあるなら欲しいくらいだ。検討する気にもならない。魔王が現れるならご一緒に勇者もと祈るくらいだ。ちなみに俺が勇者だったは却下だ。
…………いかん、どんどん思考がファンタジーになっていく。俺は頭を振った。だが、何かが引っかかる。
「待てよ、ここはファンタジー世界だ…………」
人為にしても自然災害にしても、俺の発想はどうしても地球準拠だ。
だが、今考えなければらないのはこの世界で起こりうる災厄だ。ファンタジーという言葉が理解できないアルフィーナとミーアが怪訝そうに見る中、指がページをめくっていく。図鑑の最後尾付近、地球には居ない生物のページで指が止まった。
もう片方の手が地図に伸びる。レイリア村に置いた人差し指がまっすぐ横に動いた。茶色に書かれた山脈と赤で書かれた森が記されている。普通は人間とは交わらない魔物の領域。だが、例外がある。赤い林から大量のモンスターが溢れる現象。
「魔獣氾濫……」
俺の口から、俺にとっては現実感のない単語が出た。元の世界のゲームのイベントでも話しているような錯覚に襲われる。
「魔獣氾濫ですか。モンスターの群れなら、少なくとも積極的に放火はしませんし。食料を奪われるのを恐れて自ら燃やすこともありません。でも……」
「西方で魔獣氾濫が起こったという記録はありません」
ミーアとアルフィーナが言った。確かに、俺だってレンゲプロジェクトに起こりうる災害の検討ぐらいした。可能性で考えれば、魔獣氾濫は火山の噴火や洪水と同じように除外すべき候補だ。
「でも、考えてみたらなんでだ、なんで西方では魔獣氾濫が起こらない?」
俺は王国全体を表す地図を開いた。王国の東西はどちらも山脈がある。山脈に隣接する赤い森は、そこが山脈からの魔力の影響を受ける領域、モンスターの生息域であることを示す。東西の地形は対称、そして東方では数年おきに魔獣氾濫が起こる。
俺はモンスターの載ったページを捲る。ただでさえ貧弱な記述の中、人間が入りこむことが殆ど無いモンスター生態系の情報は乏しい。『魔獣氾濫の原因とは』と検索窓に打ち込んで解決することも出来ない。
「検討するには、情報が少ないな。別の本は……」
「先輩。魔獣氾濫に対応するのは騎士団の役割です」
「軍事情報か」
ただでさえ情報の価値は高い。ある情報を得ようと思えば、その情報を”知っている人”を”知っている人”を”知っている人”を探すという感覚だ。では、そういう人間を探すか。
王国の安定を揺るがす予言に与する人間、俺はあくまで中立だが客観的には、が軍事情報へアクセスを試みる。死亡確定だ。
俺は頭を抱える。ミーアも首を振った。だが、
「あの、魔獣氾濫の知識でしたら誰よりも詳しい方がいます……」
アルフィーナが言った。彼女の指先は閲覧室ではない方のドアに向いていた。何故か書庫に繋がるドア。
「図書館長は引退した宮廷魔術師ですね」
ミーアが言った。そんな前歴だったのか。一度も見たこと無いから、全く意識してなかった。