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6話:後半 デモンストレーション

「最後は『ウメ』だな」


 ダルガンが黒パンのスライスを積んだ篭をテーブルに置いた。


「えっ、パンだけなの」


 拍子抜けしたようなノエルの声だ。ここに来るまでのオドオドはどこへ消えたのか。


「違うんだな。これはこうするの」


 リルカがパンを一切れとる。ロストンとプルラがいくつかの鍋を持ってきた。リルカが手に持ったパンを突き出すと、ロストンが鍋の中身をパンによそった。緑多めのカラフルな色合いから、先ほどのサラダサンドに似ている。


 リルカはパンを折りたたむと、ぱくついた。


「うーん、ちょっと固いけど、これはこれでいいのよね」

「そ、そんな下品な」

「いや、平民向けなんてそんなものだけど。サンドイッチなんて歩きながら食べるぞ」


 俺は言った。元銅商会の面目躍如で有る。


「客はまずこの黒パンを買います。そして、周りの屋台で具を挟んでもらう形式ってわけ」


 手巻き寿司が発想の元である。平民達は懐具合に応じて、いろいろな味を楽しむのだ。値段は少し高めだが、中身はそれを上回る。


「いろいろな味が楽しいのよね」

「はい、私はむしろ、白いパンでこちらを食べたいくらいです」

「無理なので、この場で堪能してください」

「でも、パンはともかく、中身はさっきとそんなに違わないんじゃない」


 恐る恐る黒パンに口をつけたノエルが驚いた顔になる。豪華版を食べた上での反応としては上々だ。鳥ハムやチーズは少なめ、刻んだ安価な葉野菜で増量されている。


「そりゃ、材料はマツタケウメで共通なものが多いからな。一度にこんな沢山の肉を手に入れる算段は初めてだったぜ」

「野菜だってそうだよ」

「――黒パンだって、普通よりはずっと良質な粉を使ってるよ」


 パンに関してはケンウェルとロストンの力で大量にそろえる。


 もちろん、使っている香辛料が違う。デザートは別物だ。いくら収穫量が増えても、あんな珍しい果物を庶民が買える値段には出来ない。


 甘味としては、松に使ったパンの切れ端を油で揚げて、蜂蜜を水で溶いたシロップを薄く掛けた物を別売りする。


「最初に聞いた時は俺たちもどうかと思ったが、道理にはかなってるんだよな。何しろ容器が要らない」


 そう、梅の最大のポイントは容器だ。大勢の人間に料理を提供するとなれば、容器の値段が問題になる。石油からプラスチックを作って、工場で大量生産した使い捨て容器。卸値なら一円もしないは存在しない。


 料理が100円でも、容器が200円と言う話になる。とてもじゃないが提供出来ない。


 地球でも中世の食堂ではパンを食器代わりにしていたという。つまり、パンが食器になるサンドイッチ形式しか、不特定多数の人間に料理を提供する方法が無い。


「松は見た目に思いっきり凝る。締めのデザートでしっかり稀少感と高級感を出す。そして、竹はその簡易版。梅はなるべく材料と調理法を共通にすることで、原価を下げる。これがこの3種類の弁当の経済構造だ」

「ひょ、商人ってそこまで考えるわけ……」


 手巻きサンドを咥えたままノエルが言った。結果、松は単価が高くて原価率は低い。ほとんどがガワ代だ。一方、竹は単価が安くて原価率が高いが手間を掛けないで、大量に売る。


 方針は俺が提案したが、ここまで見事な物になるとは思わなかった。


 そして、見本市の名の通りこの構造には別の意図がある。


「それだけじゃ無いよね。貴族や大商人の金を使って、ウチらがこれから扱う新しい食材や料理を広く王都の住人に、アピールするってわけよね」


 リルカが言った。


「まったく、ヴィンダーの悪巧みには底がねえぜ。ただし、それでも値段はぎりぎりだぜ」

「そうだね、最悪宣伝を込みと割り切っても……」


 メンバーがそれぞれの費用の計算をミーアに渡す。実はあり得ないのだが。まあ、一種の運命共同体だからな。


「松竹梅のそれぞれの原価は……」


 ミーアの計算結果が販売数量別に示される。もちろん、数が増えていくほど原価率が下がる。


「松竹梅の割合は王都の人口と身分比を参考に、平民側を膨らませています。想定される値段で売った場合の採算ラインは1547個と半分です」

「王都の人口の二百人に一人を集める必要があるってことか。かなり厳しいな」

「――新しい馬車のお披露目ってだけで、それだけの人数を集めることが出来るのかい」

「儲けの多い貴族をフォルムに集めるのは大変だよね」

「――貴族客にはプルラを中心に宣伝をするとして。それでも足りないだろうね」

「私や叔母上様も協力します。あまり派手には出来ませんけど。それに、クラウから騎士団の方にも」

「『タケ』は馬車に興味を持ちそうな商人がターゲットだが、平民を集める方法もいるよ」

「まって、むしろ邪魔したいギルドだって有るんだから、それは甘いって」

「普通の市民こそ、フォルムに集まる動機が薄いぜ、数をさばくにはやっぱり一番大事なんだから」


 各人が問題点を挙げていく。お金の話になると、先ほどまでの浮ついた雰囲気は消える。ノエルはいきなり生臭くなった話に面食らっている。 


「そうですね、馬車を飾ったり、フォルムを走らせるくらいじゃダメでしょうね。そこで、騎士団の出番なんです」


 俺は最後の仕掛けを説明する。騎士団の馬車を使って、デモンストレーションをするのだ。


「つまり、ただ馬車をみせるだけで無くて、一種の競争にするって言うのか」

「そうです。それも長距離の競争です。ベルトルドから王都までの四日間ですね。これなら単なるスピードでは無く、積載量や耐久性をアピール出来ます」

「馬車を使うのは騎士団の輜重部隊です。従来の馬車とベアリングに置き換えた馬車を同じ数用意してもらって、ベルトルドと王都間の輜重部隊の訓練という名目ですね」


 アルフィーナを通じて騎士団にはクラウディアを連絡役として行ってもらっている。


「まあ、あの王子様の様子なら乗るんだろうな。でも、やっぱむちゃくちゃ派手な話しになってるじゃねーか」


 ダルガンが頭をかいた。


「いやだな、あくまで騎士団の馬車のテストじゃないですか。ゴールが竜討伐の銅像があるフォルムなのは不思議の無い話ですよ」


 俺には輸送能力の秘匿と、国内外の抑止力アピールのどちらをとるか判断出来なかったのだが、クレイグはどうせ広まるのだからと後者をとった。


 新生騎士団は、これまでよりも早く魔獣討伐を果たす能力があるというアピールである。


 討伐に成功したものの、経験の無い魔獣氾濫への不安が存在する西方の安定にも寄与する。それが大公の判断だ。


「騎士団の実演って形でベアリング、改良馬車の性能が目に見えて分るって訳ね」


 ノエルが言った。口の中が空になり論理的思考が戻ってきたらしい。


「――ベルトルドと王都の商業的な距離が近づいたことは、商人なら誰でも気がつくね」

「英雄王子が統率する新生騎士団か。否が応でも話題になるね」

「……りょ、料理足りるか、心配になってきたよ」

「ヴィンダーが始めることだから、派手になるのは予測しておくべきだったわね。マリア先輩に言って小麦粉はもう少し余裕を持たせるわ」

「はは、王族を客寄せに使う。考えてみればいかにもヴィンダーの考え方だな」


 各人は勝手なことを言い出した。


「王子に関しては、むしろ向こうが乗り気なんですよ。あっ。もちろん、この訓練は毎年開催してもらいます。見本市に合わせてね。今年次第ではありますが、来年以降もよろしくお願いしますね」


 俺は言った。馬車の改良が毎年話題になる。前世の自動車レースなんかと同じ構造というわけだ。


「はは、卒業しても逃れられないってことだよ」


 プルラの言葉に、上級生組が揃って頭を振った。

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