6話:前半 松竹梅
2016/10/24:
昨日の投稿ミスにより、ご迷惑をおかけしております。
この投稿は昨日(2016/10/23)の12時に間違って投稿した『6話前半』となります。
内容に変更はありませんので、昨日読まれた方はこの後すぐ投稿する『6話後半』に飛んでいただいて問題ありません。
昨日14:22に投稿し直した『5話後半』を読まれていない方は、先に前話を読んでいただけたらと思います。
申し訳ありませんがよろしくお願いします。
「かなり仕上がってきたな」
久しぶりの学院廊下で、俺は王都までの旅路の感想を言った。ベルトルドから四日の馬車の旅は、少なくとも普通と同じくらい。ジェイコブの言うには、巡航速度と持続時間が上昇しているらしい。数日間では心許ないが、実際の道を走ったことは大きい。
「当たり前でしょ。私とミーアがあれだけ頑張ったんだから」
「そうですね。先輩は手先は不器用ですし、力は弱いしであまり役に立ちませんでした。アルフィーナ様の後の調整役だって、私の方がマシでしたし」
「俺だって次の策を練ってたんだよ。見本市とか」
あまり役に立たなかったのは事実である。だが、この帰還の間もチェックポイントの選定の為に、いろいろ考えていたのだ。
「先輩が策を練れば練るほど、周りの人間の苦労が増えますね」
「い、いや、まあ……。見本市の方だって先輩達に頼りっきりだけどさ」
俺はこれから向かう会合のことを考えた。
「まあ、リルカは結構楽しんでたみたいですけど」
ミーアの言葉に少しだけほっとした。小心者の俺としては、周りを振り回すのは胃に優しくないのだ。
「そ、それで、私も本当に参加しなくちゃいけないの」
図書館が近づくにつれて、もう一人の小心者ノエルがキョドリ始めた。
「問題ないだろ。この前に比べたら王子と大公がいないんだし。アルフィーナ様とだって、結構打ち解けてたじゃ無いか」
「あ、あれは、そういう状況だったでしょ」
学院生ではあるが、魔術寮にこもりきりだったノエルにとって、同級生とのつきあいはまだハードルが高いようだ。だが、今日に限っては外すわけにはいかない。彼女は貴重な判定役なのだから。
◇◇
「……ああ、やっと帰ってきたか」
部屋に入った俺を迎えたのは、いつもより少し切れが無いプルラだった。実験室の長机のうち、一つが綺麗に片付けられ、セントラルガーデンのメンバーが座っている。もちろん、アルフィーナも一緒だ。
ちなみに、部屋の主はいない。西方測定所のノイズ問題と、旧第二騎士団が蓄積していた魔獣の記録のため王子に呼ばれている。
「先輩。なんか疲れてますが?」
「誰のせいだと思ってるのかな」
「そうだぜ。見本市の料理、無茶な希望だけ伝えて丸投げしやがって。おかげで腕も腹もくたくただぜ」
ダルガンの言葉にプルラとロストンが頷いた。
「それで出来たんですか?」
「俺たちを誰だと思ってるんだ」
「そうよ、自信作なんだから」
こちらが馬車にかかり切りの間に、すっかり準備が進んでいたらしい。
「まずは、『マツ』だね」
プルラがバスケットをテーブルに置いた。俺が言った松竹梅って正式名称にしたんじゃあるまいな。この世界では意味不明だろう。
最高級品の『松』は浅い篭に布に包まれた中身が置かれている。俺はノエルを促した。この中で内容を全く知らないのは彼女だけだ。
「うそ、これが料理なの」
運ばれてきた包みを解くと、ノエルの表情が驚きに染まる。中身は竹の筒に入ったスープを3種類のサンドイッチが囲む構造だ。
きめ細かく柔らかそうなパンは、それだけで高級品だ。さらに、三つそれぞれが別の色と形に切り抜かれている。幕の内弁と言うよりも、キャラ弁がインスピレーションの元だ。もっとも、詳細については一切口出しはしていない。
これほど多様な職の専門家が揃っているのだ。俺の口出しなど無用だ。
「緑からどうぞ。お嬢様」
プルラの芝居がかった言葉に、ノエルが手を伸ばす。植物の葉をモデルにした紡錘形の形。挟まっているのは多彩な色彩の具だ。形を惜しむようそれを眺めていたノエルだが、カラフルな中身に耐えかねたように、口を開いた。
「何これ、お、おいしい」
ノエルが唸った。
「……う、うちが厳選したたっぷりの野菜と、リルカのチーズを使った、サラダサンドイッチ」
「ポイントはトマトとチーズの組み合わせね」
ベルミニとリルカが解説を加えた。俺も手を伸ばした。口の中に酸味とまろやかさが広がる。さっぱりしているのに、インパクトとコクもあるという素晴らしい組み合わせだ。BLTサンドに近いが、蜂蜜を使った鳥ハムで控えめな味にしているのが、次への期待をあおる。
「二つ目は、うちの自慢の肉だ」
きめ細かい生地の中に形の残ったライ麦が入った円形のパン。茶色がかった色と、食欲を誘う香りが漂っている。ゴクリとノエルの喉が鳴った。
「……ふ、ふちの中がお肉の味でいっぱいになっちゃう。そ、それにこの香り……」
「この散らしてあるの、トリュフですか」
俺はロストンに聞いた。
「――ああ、ローストビーフのソースに加えた」
肉汁が閉じ込められた厚切りのローストビーフ。少しニンニクに似た官能的なトリュフの香りがたまらない。ライ麦の力強い味とがぴったりだ。
「――三つ目は特にヴィンダーに感想をもらわないとな」
トリュフの香りに当てられたのか、惚けているノエルに満足そうに頷いた後、ロストンが俺を促した。
「三つ目は……揚げ物ですね」
波打つような長方形の白いパンから、褐色の衣がはみ出ている。その上の赤いトマトソースが指の圧力で顔を出した。
「あっ、もしかして魚ですか!」
一口かじって驚いた俺は、すぐに断面を確認した。白身魚のフライとはなつかしくて涙が出る。フィッシュバーガーは大好きだった。三種類ともに材料も調理法も変えてほしいと言ったときにダメ元で希望したのだ。セントラルガーデンには魚を扱う商会はない。
「そうだよ。知り合いの魚屋から仕入れたパーチ。そして……」
「あの、リカルド君、味はどうでしようか」
アルフィーナが俺の顔を上目遣いで見た。
「まさか、調理されたのですか」
それは、さぞかし周りの心胆を寒かしらめただろう。
「形を抜いたりサンドイッチに仕上げるのも、アルフィーナ様手ずからだからね。誰かさんが楽しみにしていたこの料理は自分がって」
リルカが言った。
「や、やはりまだまだでしょうか。聖堂のお仕事であまり参加できなかったのです」
そんな心配そうな顔で見上げられたら、これがただの黒パンだったとしても、頷かざるを得ないだろう。
「先輩のこの顔は、大満足以上ですね」
ミーアの言葉にアルフィーナが胸をなで下ろす。
「今回はデザートは別に提供ですね」
俺は照れ隠しで話題を変えた。
「はっきり言って食材としてはこれが一番珍味だよ」
プルラが自慢気に白い果実を持ってきた。真っ二つに割られた白い果実だった。蜂蜜漬になっている。ぎっしりと身が詰まった、チーズのような色合いだ。チェリモヤという果実だ。南方の標高が高い場所。つまり、この国では特異な環境でしか採れない上に、結実率が低い。虫媒花なのだろう。
プルラやロストンから話を聞いた俺は、養蜂箱を一つ運ばせ受粉支援を試みたのだ。元の世界でも、養蜂の役割の一つが果実園での虫媒だからな。話によると収穫量が1.5倍になったらしい。
あまり保存が利かないが、馬車の改良と合わせて王都における新しい果物として流通させる計画らしい。
そのお披露目が見本市というわけだ。なんやかんやで、商機を捉えるセントラルガーデンのメンバーの逞しさである。
味の方はとんでもない。冷たければカスタードアイスクリームと思うくらいだ。ねっとりとした食感と、甘さとチーズのようなコクが一体となっている。かすかに香るゆずの香気とカラメルのアクセントも素晴らしい。
すでに試食しているはずのアルフィーナ達ですら。惚けたような表情になっている。ノエルに至っては、一口目を含んだまま。どうして良いのか分からないという表情だ。
「もう、何度も試食したのに、このおいしさは反則だよね」
「はい、特にこのデザートは王宮でも食べたことがありません」
俺たちを驚かせて満足したセントラルガーデンのメンバーも、試食を始めた。女の子達はとにかく幸せそうな顔。デザートの甘さで活力を回復させたようだ。
一方、男性陣はやりきったという疲れた顔。ロストンまで額に手をやって頭を支えている。ベアリングの時と正反対なのが面白い。
ちなみに『竹』は『松』の簡易バージョンで普通の白パンに、同じ具を挟むらしい。デザートは希望があればフレンチトーストを提供。裕福な商人向けの商品だ。試食は必要ないよなということだ。
「えっと、ノエルさんだったよね、どうだった」
「え、えっと、あのびっくりした」
「びっくりしたじゃ分からないよ」
リルカがノエルに話しかけた。友達の友達は友達理論だ、俺から見てみたら、良くそんな高難易度コンボ繋げるな。
「……貴方ももうヴィンダーに引きずり回された仲間なんだから。……遠慮しなくて良いから。ね、ミーア」
「ノエルもこれを食べる資格が有るくらいには十分苦労した」
「あ、やっぱりそうなんだ。これからもよろしくね」
なんだそのリカルド・ヴィンダー被害者の会みたいな言い方は。ちゃんとセントラルガーデンの利益も考えてるぞ。経済構造も含めての三種類の弁当なんだから。




