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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
四章『チェックポイント』

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5話:後半 試作開始

2016/10/23 14:22

本日十二時半に間違って6話前半を投稿してしまいました。

この投稿が、本来の本日分である四章5話後半になります。


読んでいただいた方、申し訳ありません。

 コンコン ガンガン ガンガン コンコン!  ガン、ガン、カーン!!


 工房と化した倉庫には木と鉄を打つ音が反響している。窓際には即席の煙突と炉が設置され、木炭とふいごを使ってかなりの高温を発している。開放形の自由鍛造と違って、狭い範囲に熱が集中するように形を変えたらしい。


 試作品の小型の錬金金型を使って、普通の鉄を用いての鍛造は成功。今は真鉄を使うために温度の調節をしている。もちろん、大きさが変われば条件は変わるが目安となるというのがボーガンの判断だ。


 同じ鉄でも温度によって結晶の大きさが違って、それが堅さや粘りに関係するんだったか。


 カン、カン!


 ボーガンが鍛造した二つの玉を打ち合わせた。ここまで来るのも大変だったのだ。最初はひびが入ったり、形が欠けていたり。金属の量を調整した後も、中の空洞が残った。鈍い音で見分けれるらしい。


 鉄でこれである。鉛がいかに扱いやすかったのか。俺はボーガンを見た。鍛冶屋はわずかに頬を緩めると、もう一度球を打ち合わせる。カーンという澄んだ音が工房に響いた。


「ボーガンさん。ドルフさんが「もうちょっとバネの間を広げてくれ」とのことです」


 アルフィーナの伝言に、ボーガンが頷いた。


 馬車の振動を吸収するための板バネの作成だ。それが決まらないと、ベアリングの外径が決められないのだ。多くの馬車を最低限の手間で置き換えるためにも必須だ。


 アルフィーナはボーガン、ドルフ、ノエルの間を駆け回って連絡役をしてくれている。


 実は、ベアリングの外径を決めるのにも一悶着合ったのだ。ドルフの主張する外径と、ボーガンの判断がわずかな差でぶつかったのが三日前。譲らぬとばかりに怒鳴るドルフと、それを無視してハンマーを打つボーガンの対立で、工房の空気は最悪になった。


 解決したのはアルフィーナだ。特に説得したわけでも無く、二人の間を回ってただ話を聞いていたら、自然に妥協点が生まれていた。


 持ち前の好奇心と素直さ。目の前の作業を理解しようと必死な姿は誰の目にも明らかだった。二人の職人の心をつかんだのだろう。


 まあ、二人とも使用人というアルフィーナの身分を信じていないだろうけど。平民から見たら、立ち居振る舞いから言葉遣いまで違うのだ。多分大公家のお目付当たりだと勘違いされている。


 まさか、王女とは思うまい。


「じゃ、じゃあ大きさはこれでいいのね」


 ノエルは工房に持ち込んだ錬金術の金床に向かう。ミーアと一緒に作り上げた、作図はほぼ完成している。ノエルが言うには、形に比べて大きさの調整は時間が掛からないらしい。


 もちろん、大きさによって必要となる魔力も魔導金も増える。騎士団とケンウェルをはじめとした顧客を確保しているとは言え、魔結晶と魔導金は経済原理では補えない。


「計算結果が出ました。先輩。予定よりも一割増しです。これが限界ですね」

「い、言っておくけど、私とミーアじゃ無きゃこんなもんじゃ済まないんだからね」

「分かった、その程度の超過なら問題ない」


 俺は、ノエルと職人達の視線に平静を装った。一単位毎に金貨が飛んでいく様な物だから、内心は冷や汗である。


◇◇


「ノエルさん。ボーガンさんが言うには、バネの強度と軸受けの穴の大きさが……」

「は、はい殿……フィ、フィーナ。調整してみます。ミーアお願い」


 最初は声を掛けられるだけで、直立不動になっていたノエルとアルフィーナも意思疎通が出来るようになっている。聖堂の行事のため、明日で戻ってしまうのが痛いな。


「頼むぜ、ノエルの嬢ちゃん」

「わ、私を誰だと思ってるのよ」


 まあ、ノエルも畑違いの相手との遣り取りに馴れてきている。あれ、勝手に親近感を抱いてたけど、俺よりもコミュ力ある?


◇◇


 すっかり和やかになっていた工房が、今日は朝からぴりぴりしていた。表で、車輪の音がする。俺たちは揃って表に出た。


「馬車が完成したそうじゃな」

「お久しぶりねリカルドくん」


 執事がドアを開けると、エウフィリアとルィーツアが出てきた。大公と子爵継嗣が乗るには貧弱だが、比較のために同じ物が存在する馬車を選んだ結果である。新旧の馬車の乗り比べというわけだ。


「よーし。そのままそのまま」


 ドルフのかけ声と共に、滑車で引き上げられた車体が板バネとベアリング付きの車軸周りと組み合わさる。車軸から、彼が考案したベアリングの位置を保つ治具が取り外された。依頼主の目の前で、改良馬車ができあがった。


 いよいよ最初の試乗だな。


◇◇


「どうですか?」


 揺れる馬車の上で、俺は大公に聞いた。


 馬車の中には俺の他には、三人の女性だ。隣にアルフィーナ。向かいに大公とルィーツアだ。


「其方の話では、振動がひどいと言うことじゃったが、乗り心地はここに来るまでのよりは良いでは無いか。さすがに妾が使っているものには及ばぬが」

「そうですね。ずいぶんと楽です」


 エウフィリアの言葉にルィーツアも頷いた。横に座るアルフィーナも、途中から敷き布をどけてまでして試してくれた。流石に衝撃がおしりに来たのだろう。今はもう戻しているが。


「石畳の道だけでは判断出来ませんが。職人二人の頑張りですね。板バネの大きさや角度など、かなりの試行錯誤でしたから」

「なるほど。それが其方が言うノウハウの蓄積というやつか」

「はい。改良が進めば、振動はさらに抑えれると思います。それは部品の耐久度やメンテナンスの手間の軽減につながります。もちろん、一番大事なのは物を運ぶための性能ですが」

「叔母上様、すごいのですよ。二つの車輪の間をぴたりとそろえる木組みがあって……」


 アルフィーナが大公に説明する。改良とはいえ、新しい部品と裁量を与えられた二人のやる気は大した物だった。オーバースペックとも言えるベアリングの精度と強度があったとは言え、すでに俺の予想を超えている。


「すごいのですね。アルフィーナ様」


 ルィーツアが俺をちらっと見て、アルフィーナに相づちを返した。何をやらせてるのかと言いたいのだろう。あなたには言われたくない。


「ベアリングについては、めどが立ったと考えれば良いのだな」

「はい。一から作るためにはまだまだ時間が掛かりますが。あっ、一から作ればさらに性能は……」

「まてまて、まだ時間が掛かって良い。街が対応できん、馬車一台にどれだけの職人が絡むか分っておるのか」


 自動車ほどでは無いが、一から作るとなると布や、革製品なども必要になる。自動車ほどでは無くとも、馬車も十分裾野が広い産業だ。鉄、木材、布、皮の職人基盤も最終的には育てなければならないし。逆に言えば、育てることが出来る。


 馬車の要領で上手く職人に裁量を与えれれば、それらの素材が組み合わさって馬車以外の……。


 いやいや、これは急ぎすぎか。


「王都の方はどうですか?」


 俺は頭を切り換えた。


「クルトハイトはドラゴンの被害の復旧で手一杯のようじゃから。こちらに手を出す余裕は今のところあるまい。ただ、第一騎士団に関してはあまり思わしくない。宰相が第二、第三王子のバランスをとろうとする限り、宮廷でのこちらの不利は免れぬ」

「宰相は見本市については?」

「王の御前で決まったことじゃ、覆しはせんじゃろう。ただ、妾はともかくクレイグ殿下が関わっておると分かれば、どう動くか分らぬな。馬車のお披露目に関して其方が考えていることが実現すれば、いやでも人目を引こう」

「そうですね。少し派手な仕掛けですからね」

「少し、な」


 馬車は工房に戻った。職人二人が御者を質問攻めにする。御者の反応も上々のようだ。


「其方らの働きには満足しておる。これは褒美じゃ。これからも励むが良い」


 銀貨の袋がボーガンとドルフに渡された。二人はその重さに固まった。アルフィーナが「試乗は成功と言うことですよ」と告げ、やっとほっとした顔になった。


「それで、馬車の外で問題は起こっておらぬのか」


 エウフィリアは羽扇を傾けると職人達を促した。


「は、はい。それが……」


 ドルフが言葉を濁した。


「この事業は妾も重視しておる。かまわぬから聞かせよ」

「ベガッタの旦那、ええっと馬車商人が俺たち……私どもが何をやっているのかしつこく聞いてきます。ご、ご領主様のご命令だと言うことで、ごまかしていますが。普通、修理にこのような日数は掛かりませんから」

「ジェイコブが言うには、工房の周りをうろついている者もいるみたいですね」


 俺が補足した。執事も頷いた。


「ギルドに関しては妾が上から押さえる。その商人には、妾の馬車を知ってどうするつもりだと釘を刺せ。嗅ぎ回るものは、ゼルドリックが対処せよ。もしも、抵抗するなら容赦は要らぬ」


 エウフィリアが執事に命じた。ゼルドリックという名前だったのか。


「じゃあ、次はボーガンさん達とノエルとミーアが試乗してくれ。それが終わったら、いよいよ積載量のテストだな」

「残念です。私ももっとお手伝いしたかったのに」


 アルフィーナが戻ろうとする大公を待たせて、こちらに来た。


「十分助けて頂きましたよ。こちらのめどが立てば、長距離走行テストの一環として王都に戻りますから」


 ベアリングは同じものがいくつも出来ている。馬車の可動部についても、別のタイプの馬車が大公から回される。使いつぶしてもかまわないという太っ腹の実験台だ。


 見本市はセントラルガーデンの皆に任せているが、王子にも進捗報告をしなければならない。


「……分りました。私は王都でセントラルガーデンの皆さんと待っています」


 そう言うとアルフィーナはノエル達にも挨拶をして馬車に戻る。侍女の格好をした少女を、大公が待っている光景に、職人二人が驚いている。


 大公のお目付役というのも間違ってないけどな。二人がもらった褒美の銀貨は、アルフィーナの力説のたまものだ。

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