4話 派閥会議
ノエルとミーアを質問攻めにしたセントラルガーデンのメンバーが引き上げた。フルシーとミーアは大役を終えてふらふらになったノエルをつれて控え室だ。自然、残ったメンバーは俺を除けば王族関係者ばかりだ。
侍女はお茶を入れると、大公の合図ですぐに引き上げた。執事は入り口付近で警戒態勢。第三王子の派閥会議というところか。
出来れば俺は外して欲しいんだが。
と言うか、今の状況は身分云々を抜いてもとても居心地が悪い。
「そこでリカルドくんはこう言ったんです。これは俺たちが共に作った予測だから、もう予言を一人で背負わなくてもいい、と」
「ほう、ほう。そういう思考方法か」
クレイグはテーブルに頬杖をついたまま、義理の妹の言葉を聞いている。「私は今日は全然役に立てませんでした。ヴィンダーの株主なのに情けないです」と言った義妹の言葉をとらえ。王子が、俺とアルフィーナの馴れ初めが聞きたいと言い出したのだ。
結果、一体どこの勇者だって突っ込みたいどこかの誰かの話が、プリンセスの口から延々と語られ続けている。
「いやいや、「一人で背負わなくてもいい」の下りは、館長が勝手に付け加えたのであって、俺の言葉じゃ無いですよね」
俺は慌てて訂正した。アルフィーナは「でも……」と唇をとがらせた。大公がため息をついた。
「西方の魔獣氾濫の予測はそのようになされたわけだ。参考になった。では、ドラゴンの方は」
まあ、予言を解析した手順については隠すようなことでは無い。
「そ、それは……」
アルフィーナは何を思ったのか、顔を赤らめてしまった。
「これはまた。そういえば、リカルドを討伐に連れて行く時はずいぶん……」
王子が俺に視線をくれた。
「と、とにかくです。リカルドくんは私の同級生であるだけで無くて、ヴィンダー商会の株主としても、その予言の災厄を退けてきた同士としても、何重にも懇意なのです」
「ほう、つまり、リカルドは自分の物だから手を出すなと、そう言いたいわけだな」
「そ、そうじゃ無いです。リカルドくんは誰の物でも無いけれど、私がその……。では無くて、リカルドくんを危険な場所に連れて行ってはダメだと言うことが言いたいのです」
アルフィーナはしどろもどろになってしまった。まあ、戦場なんてもうごめんだって言うのが俺の本音だけど。でも……。
「大公よ。このような者を隠して置いてどうするつもりだったのだ。ドラゴンの時も驚いたが、今回はまた王国に与える影響の桁が違うのではないか」
足を組んで椅子に座ったクレイグが言った。戦場だけが危険って訳じゃ無いんだよな。
「知らぬ。アルフィーが突然学院で拾ってきたのじゃ。今の話は、まあ美化されているかもしれんがだいたい事実じゃ。ちなみに、妾もヴィンダーの株主じゃから、そうそうこやつへの手出しは認めんぞ」
「そ、そうでした、私は何の役にも立てずに。ミーアは大活躍だったのですよね」
アルフィーナは一人の株主を気にしている。会議では、なんとか手を上げようとして、そのたびにとどまったのを見ている。人それぞれ得意があるし、自分の範囲外に下手に口だししないことも、お偉いさんとしては大切な資質だと思うけど。
「株主というのにも興味があるが、この辺にしておくか」
王子はなんとか矛を収めた。
「そうじゃな、味方の腹を探るよりも、考えなければならないことがある。其方がかき回したことで王宮はまためんどくさいことになっておるからな……」
「第二王子閥ですか?」
一応まだ第三王子閥のつもりは無い俺が聞いた。
「相手がある以上、こちらが有利になれば向こうが無理をするのは当たり前だ。その無理を叩ければ、”我ら”はさらに有利になるし、叩けなければ向こうに逆転される。そういう話だ」
「……そうですね」
無理が通れば道理が引っ込む。世界をまたいだ共通の原理である。もちろん、相手が無理を重ねて自滅することはあり得るが、現実では相手がつぶれる前にこちらが潰れたりする。
「あんな無茶続かないさ」という負け惜しみは、それが正しくてもダメなのだ。最終的に相手が滅んでもその前に自分が滅んでいては意味が無い。だから、相手の無茶は可能な限りとがめねばならない。
ちなみに「お前も関係者だ」という王子の無理が通ったので「いやいや、第三王子閥じゃ無いです」という俺の道理は引っ込んだ。
「俺が騎士団の半分以上を押さえたので、二の兄は第一騎士団を抱き込もうと必死だな」
「第二王子殿下は文官畑だったのでは」
「第二王子の資質は置いておいても、二度にわたる魔獣討伐の功績は筆では覆せん」
「だからって、第一騎士団っていわば親衛隊でしょ。特定の王族に味方するんですか?」
古代ローマでは首都在住の武力である親衛隊が、皇帝を取っ替えひっかえした歴史があるからなんとも言えないが、基本王に直結しているはずだ。
「第一騎士団の騎士団長は先の内乱で大功を立てたテンベルク侯爵じゃ。この前のレリーフの件で不満を漏らしているらしい。そうでなくても、ここのところ全ての名声がクレイグ殿下に集まっている状況だからな」
なるほど、向こうにとっちゃ自分の功績にケチをつけられたように感じたのか。やっかいな。
「そこでこの話だ。乗ることは決めたが、第一騎士団におかしな伝わり方をすれば反発を買う。わざわざ敵側に追いやるのは面白くない」
「あの馬車の件が表になれば、クルトハイトが面白く思わぬのも確実じゃしな。こちらの意図を知られるのは遅ければ遅いほど良い」
大公が言った。二人とも、最終的には伝わることを前提としている。当然の話だ。
「ちなみに、この件でヴィンダーはどういう形で利益を得るつもりじゃ。株主としても聞く権利があるな」
「ヴィンダーとしての利益は金型の使用料金として得るつもりです。馬車の製作をベルトルドでやってくれさえすれば、誰が作ろうといいんですが、それはベアリングの力を示した後の話です」
販売ではなくお披露目とは言え、馬車を扱う商人が喜ぶはずがない。
「当然じゃな。王都ではなく、ベルトルドで作る理由の一つであろう」
「それでも圧力は皆無にはなりませんよね」
「当たり前じゃ。職人には職人の世界があるからな。例えば、妾が馬車を新調するなら、商人が御用聞きに来る。馬車を作る職人など見たことも無い」
「騎士団でもそうだな」
依頼主から注文を受けた商人が、職人に馬車を作らせる構造だ。それ自体は、取引を仲介する商人の役割そのものだが、商人と職人の立場の違いを考えると、中抜きされる利益は大きい。
俺の調べた限りでは搾取というレベルだ。
「それから守るための場所ですね。今回は、あくまで大公家の馬車を一台修理するという形で始めるのが良いでしょうね。ベルトルドにある大公家の地所の一つを、工房として用いたいですね」
「倉庫の一つも空ければよいか。問題は人じゃな」
「はい、金型を使ってベアリングを作るのも、それを馬車に組み込むのも既存の職人です。一から養成なんて無理ですから」
「将来の事業の大きさと影響力を考えると人選は難しいな」
「大公の酔狂に無理矢理付き合わされたかわいそうな職人、あたりがベストですね。最低限必要なのは、腕の良い鍛冶屋と、馬車の修理の経験のある木工職人の二人です」
「……この件に関して最大の受益者は妾じゃからな。御用商人の顔を最低限立てれば、領主としてそれくらいはできる」
大公はピエロ役を引き受けてくれるようだ。
「では、大公家の馬車を改良……、修理したらまず殿下に見てもらうという形で良いですか」
「ああ、先ほど言ったとおり、輜重能力の強化は重要だ。こちらは馬車の整備の予定などをなるべくずらそう」
王子が言った。これで輸送革命を開始するめどは立った。
「一つ付け加えれば、隠さなければいけないのは国内に対してだけではない」
「帝国ですか?」
「ああ、必死になってウチの情報を集めているようだ」
「……それも、当然ですよね」
あの時の様子から、帝国は王国がドラゴンを討てるとは思っていなかった。帝国からしたら、隣国の戦力を過小評価していたということになる。重大事態だ。
「幸い、騎士団の戦力をいくら探っても、竜を討てた最大の秘密には到達できん。せいぜい、あの高地トレーニングくらいだ」
「今更ですが、派閥と帝国の関係はどうですか?」
「帝国との関係を損ねたいと考える訳ではないが、私が帝国警戒派だとすると、二の兄と宰相は親帝国派ということになるだろう」
軍人がタカ派、官僚がハト派になるのはある意味自然だ。だが、それはあくまで自国の安全のためという条件付きだ。それを超えて隣国の味方をするのは全く別の話だ。それに、帝国にアルフィーナを差しだそうとした第二王子閥には絶対に油断してはいけない。
「帝国の情報収集については苦戦中じゃ。地形が地形な上に、少しでも道をそれれば魔獣の生息域じゃからな」
「となると、冒険者がらみの情報を得た方が良いですね。」
ジェイコブ達が頼りか。と言っても、流石に帝国にやるわけにはいかないからな。後は……。
「木材の輸入じゃが、其方の望みのものとなると難しそうじゃ。馬車のこともあるから、さらに押してみるがな」
ケンウェルにも頼んでいるが、地域をばらして樹齢百年越えの大木だ。流石に時間が掛かるな。
「ふむ。今回はこんなところか。流石に頭が痛い」
「こやつが関わるとこんなものじゃ」
王子と大公が勝手なことを言う。この二人が絡むから、こんな大事になるという側面を綺麗に無視されるのは納得いかない。
本当なら、十年後にも始まってないはずの段階なんだが。
「あの……」
アルフィーナがおずおずと手を上げた。
「魔結晶の監理は王宮、グリニシアス公爵の管轄ですよね」
「そうだな。魔結晶は普段は最低限の量だけを騎士団が保持し、魔獣討伐などの時には必要量が渡される。王宮による一種の統制だな。まあ、国内の争いで魔結晶を使うのは効率が悪すぎるが」
「今回は先の討伐の戦利品が使えたが、錬金金型をこれからのも使うなら、クリアしておかなければならないな」
見習いとはいえノエルは魔術寮の一員である。法的には公務員に副業させているような物だ。魔導金の確保だって、もし別の金型を作るなどと言うことになれば、すぐに足りなくなる。
「公爵にも、何らかの形で話をする必要があると思うのです」
「そうじゃな……。予言の時は話だけは通ったが。今回はクルトハイトが損をする話じゃからな。難しいのう」
国の形を変えかねない、と言うよりも変える話だ。国家中枢は全員ステークスホルダーというわけだ。勘弁して欲しい。そういえば、国家中枢と言えばまったく登場しない人間が一人いる。
「そういえば、王太子殿下って何してるんですか?」
俺はずっと気になっていたことを口にした。なし崩しに第三王子閥にされた以上、無視していられない。
「うむ……」「……それはな」「…………」
親戚同士である三人の顔が曇った。地雷を踏んだか。
「王太子はここ数年体調を崩していてな……」
「ああ、昔は精力的に職務を果たしていたが。徐々に気力を欠くようになってな。今は大きな行事以外にはほとんど表に出ない。二の兄がいろいろと動き始めたのはそのためだ」
聞きたくなかった情報がまた一つ加わった。状況によっては王位継承争いに発展する話じゃ無いか。




