3話:前半 国土縮小計画
俺とミーアが魔術寮に行った日から、一週間がたった。秋も深まる、と言っても石造りの王都ではあまり実感はないが、大公邸にはいつものメンバーが揃っていた。
フォルムで開催する見本市の為に集まってもらったのだ。あの広い空間を貸し切っての催しは、一介の銀商会にどうこう出来る範囲を超えている。彼らの協力は不可欠だ。
ただし、見本市実行委員会の第一回会合である今日の話は、ちょっと抽象的な物になる。
「二度目だけど慣れねえな」
ダルガンが言った。
「ドラゴン討伐への貢献で表彰されたダルガン様が弱気なことじゃないか。後輩の手伝いでだけど」
「そっちこそ、王都一の菓子店なんて評判だぜプルラの旦那。後輩のレシピでだけどな」
皮肉を言い合っているのは最近は独立系の雄と目されている、二つの商会の跡取り。頼もしい話だ。
「――当然メンバーはこれだけじゃないんだよね」
「そ、そうだよね。ヴィンダーがわざわざここに集めるってことは……」
彼らの後ろには、ケンウェル組の三人が固まっている。ベルミニは自分たち以外の椅子の数を数えている。
「いやそんなに気にしなくても。ほら、テーブルが丸いだろ。立場に関係なく、忌憚ない意見が聞きたいんだ」
緊張をほぐそうと俺が言ったのに、ベルミニはかえって縮こまった。
「おー、よしよし。ヴィンダーは気にするところを間違ってる。紹賢祭のちょっと派手なバージョンをフォルムでって話だったよね」
リルカがベルミニをあやしながら俺を睨む。
「ま、まあ、初めての試みだし。外に漏らせないこともあるからさ、学院でって訳にはいかないんだよ」
「秘密保持は大事だね。セントラルガーデンだっけ、このちょっとあれな名称は学院だけでなく、商業ギルド内でもいろいろと噂になってるからね」
「お久しぶりですねジャン先輩。ちなみに、命名者は妹さんですが。兄の権限で変えてもらっても良いんですよ」
「ははは、兄にそんな権限はないんだよ」
「――前来た時よりも警備が物々しいね」
いつもの冷静な態度でロストンが指摘した。
「……それはある程度仕方が無いって言うか」
俺が口をつぐむと、場になんとも言えない沈黙が広がった。義理の兄妹の声が廊下から聞こえてきたのはその時だ。
「……とにかく、クレイグ殿下は不用意にリカルドくんに近づかないでくださいね」
「……まて。俺はちゃんと招待を受けて来ている。お前のように気軽に会えぬのだから。ここはアルフィーナが遠慮すべきだろう」
「リカルドくんの許可があるからって、それはそれです。叔母上様、叔母上様も何かいってください」
「アルフィー。もうすぐ会場じゃから声を抑えよ」
高貴な方々の会話だ。ほら、砕けた雰囲気じゃないか。
「リルカ……。私帰りたい」
「ごめん、私も同意見だから。ミーア……」
「参加者については口止めされてた。あと、リルカはもうそろそろ慣れて、私は努力した」
全員の目が俺に集中した。
「必要最低限のメンバーなんだよ。ちゃんと説明するし、最後には納得してもらえると思うから」
俺の必死な釈明は、あまり効果がなさそうだった。
参加者が円形の席に着いた。商人勢のたっての希望で、顕貴組は正面奥の席に固まってもらった。
俺は立ち上がると、会合の目的の説明を始めた。王都のフォルムで開催する見本市の背景だ。何しろ、市自体は氷山の一角だから。
「……と言うわけで、西部の中心であるベルトルドに新しい産業を興したいって言うのが、見本市の本当の目的なんだ」
人口増加、産業バランス、クルトハイトに対向する部分は伏せてるけど、このメンバーなら察しただろう。基本はフォルムで大公に説明したことの繰り返しだ。
「てっきり見本市で出す食事の話だと思ったが、ずいぶんと大げさな話じゃないか、です」
ダルガンがちらっと中央を見ていった。
「もちろん、見本市そのものを盛り上げるためには、料理の提供も重要です。皆さんには……」
「ヴィンダー、、、私たちのことは後で良いから」
まず商人勢のメリットを話そうとすると、リルカが小声で言った。商人が一番関係するんだけどな。
「当のベルトルドにとってのメリットは、都市に流入を始めた人口の吸収による税収アップと、将来の治安の悪化の改善ですね」
俺は仕方なく、説明を切り替えた。
「治安維持の費用は減って収入は増える。改めて聞いても夢のような話じゃな。じゃが本当に可能なのか」
大公の言葉に、リルカ達も思わず頷いた。これまでほぼ農業だけの経済圏にいきなり工業、と言う言葉はないが、を興すのは普通は無理だ。
「いっては何じゃが、ベルトルドは生活必需品の製作修理程度の基盤しかない。人口相応の規模ではあるが、資源を持つクルトハイトはもちろん、帝国からの水路も無いから材料を輸入するにも王都に負けるぞ」
要するに人、物どちらも足りないのだ。輸送能力が限られたこの世界で、立地はとてつもなく重要だ。
「そもそも、その話だと。俺が噛む余地が無いと思うが」
クレイグが言った。
「ちゃんと皆に関係するんですよ。俺が考えているものが出来れば、ベルトルドに限らず、商業全体の活性化。そして、軍事活動にも農業にも、そして資源の獲得の問題も全部解決することが出来るんです」
俺はバラ色の未来予想を告げた。
「要するにこの国の全ての活動が活発化するという話ではないか」
クレイグは首をひねった。
「――そんな都合が良いものがあるとは、信じがたいんだが」
「そなたの話とは言えいささか吹っ掛けすぎではないか。ベルトルドを丸ごとどこかに持って行くとでも言うのか」
否定的な意見の羅列、当然である。俺が話を聞く側なら、帰り支度を始めるところだ。だが、この話にはちゃんと根拠と実体がある。
「大公閣下の言葉がある意味で正解です。ただし、ベルトルドだけでなくこの国全体の話ですが」
俺は会場の入り口を指差した。フルシーに付き添われて、今日の主役が入場してきたのだ。
「彼女は魔術寮の錬金術士ノエル・ジュアルゼンです。俺が作りたいのは彼女の手によって改良された新しい馬車です。その馬車は、積載量が増え走行距離が伸びます。さらにメンテナンスの手間も軽減される。輸送速度の最大はほとんど上がらないでしょうが。輸送費用はトータルで従来の半分近くになるはずです。つまり、輸送という意味で国の大きさを半分にするわけですね」
輸送手段が貧弱ならそれを解決するものをベルトルドの産業にすれば良い。日本だって、資源がないのに世界中に製品を輸出していた。もちろん、化石燃料も大海もないクラウンハイトで同じことは出来ないが、長距離輸送コストが半分にまでなれば、これまでの立地条件は激変する。
魔術寮で俺がノエルに頼んだのは、その要となる部品だ。
◇◇
数時間前、フルシーと一緒に大公邸に来たノエルは、控え室でフードを深く押さえていた。自分がプレゼンするメンバーのことを聞いたらしい。ここに来るまで明かさないとか、フルシーも性格が悪い。
「な、なんで、なんで。しょ、商人の集まりだって言ってたじゃない」
もちろん、フードの奥から睨まれたのは無実の俺だ。
「いや、一番多いのは商人だって言っただろ」
「残りが全員王族関係者じゃない。しかも、クレイグ殿下って魔獣騎士団長でしょ。どうなってるのよミーア……」
「仕方ない。仕方が無いの。先輩はそういうものだから」
ミーアがノエルの背中を撫でた。
「試作品は良いのが出来たんだし。自信持って大丈夫だからさ」
俺は手の中の金属を回転させながら言った。
「それ以外の全部に自信が無いの! そ、そうだ、賢者様、か、変わってください」
「賢者ともあろうものが、若い魔術士の功績を横取りするわけにはいかんじゃろ。こやつらとの付き合いを続けるつもりなら、早く馴れよ。若いのじゃから大丈夫じゃろ。儂なんか、今更男爵にされて親戚のねたみとか大変なのじゃ」
フルシーのローブにすがりついたノエルは、がくりと首を落とした。
いやまあ、気持ちは分かるんだけどさ。ドラゴンの火球が飛んでくるのを見たり、国王の前で逆ギレかますよりは難易度低いと思うぞ。
まあ、あの三人に関わると高確率でそういう事態になるんだけど。
◇◇
「あ、あの、えっと……」
円卓の中心に設置した講義壇についたノエルは周囲の視線に、足を震わせた。ローブ越しで分かるんだからよっぽどだ。進行は司会役に任せてもらおうか。
「彼女が発表するのは、画期的な馬車の部品です」
「ほう、初めて見る顔だな。魔術寮と言うことは、もしかして魔導金で馬車を改良するというのか」
食いついたのはもちろんクレイグだ。遠征の時も、軍事物資の輸送に関する苦労はよく分かった。規模が大きくなればなるほど、団長として切実だろう。あのとき軍用馬車を見たことが、今回のことを考えたきっかけの一つだ。
「え、あ、えっと。そうじゃ無くて……。ひ、あ、殿下、、、申し訳ありません。あの半分、、いえ殆ど正解です」
自分が反論した相手に気づいて、ノエルはますます落ち着きを無くした。
「あの、そ、それで、私が作らされた、、、作成しましたのが、このベアリングで……」
ノエルは円形の部品を震える手で持ち上げた。俺とミーアが同じものを全員に配っていく。この片手に収まる部品が、馬車の輸送能力の革命を成し遂げる部品。この世界では画期的な軸受け。ボールベアリングだ。
「見たこともない複雑な仕掛けだな。ベアリングといったか、これは何なのだ」
クレイグが内輪と外輪の間をのぞき込みながら言った。




