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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
四章『チェックポイント』

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2話:後編 数の力

「それは興味深いけど。まずは一番単純な加工で、大きさに対する関係を知りたい」


 俺はミーアを横目で見ながら言った。さっきまで仏頂面だったのに、食い入るように説明を聞いている。


「そんな単純じゃないの。大きさが増す毎に、必要魔力の増加”率”も増加するっていえば分かるかしら」

「なるほど具体的な数値は?」

「そんなこと貴方が知ってどうしようって言うのよ。錬金術士の資質、体調その他で変わるに決まってるでしょ。普通なら……」


 ノエルは五つの数値を書き出した。1単位、2単位、5単位、10単位、100単位の必要魔力らしい。ちなみに剣一本を作り出すのに必要なのが100単位前後らしい。


「頼む」


 俺は紙を渡した。ミーアが目を輝かせた。


「体積がn倍になると、単位体積当たりの必要魔力はnの1.2乗で増えていく」

「なるほど。ちょっときついな」

「な、何言ってるの?」


 俺とミーアの会話が理解出来ないらしい。


「多分だけど、貴方は本当の必要量から、律儀にプラスマイナス5パーセントずらした値を書いている。そんなパターンのある偽装は何もしてないのと同じだから気をつけて」

「ミーアにとってはな。ちなみに、君なら?」

「…………」


 ノエルは改めて五つの数字を書いた。さっきよりも少しよれてるぞ。


「nの1.1乗。確かに優秀、みたいです」

「そりゃすごい」

「な、何も分かってないんでしょ。はったりなんか効かないわよ」

「普通の錬金術士が32単位の魔導金の加工にかける魔力の2/3で貴方は加工が可能。64単位なら六割弱、128単位なら半分強で済む」

「う、嘘でしょ。なんで分かるのよ」


 正解らしい。フルシーの宣伝文句に偽りはなかったらしい。


「貴方が書いた数値から計算しただけ」

「……商人の技術ってことかしら。ふん。でも私のすごさが分かったようね」


 驚きから冷めたノエルが自慢げに胸を反らした。あっ、ミーアの視線がとがった。まあいい、ここは気持ちよく進めてもらおう。


「大きさについては分かった。次は形だな。具体的に錬金術って言うのはどうやって魔導金を加工するんだ?」


 俺は部屋を見渡した。それらしきものがないのだ。


「……実践してみせるには、魔結晶を使わなくちゃいけなくて、私の今の権限じゃ無駄遣いなんて無理よ。商人にみせるために使ったなんて言えないもの」

「館長からもらってたのがある。今の話だと、一単位にも満たない量だと、そこまで魔力は要らないだろ」


 俺は魔結晶の欠片を取り出した。


「魔術師が平民に預けた……」


 ノエルは台形に半球の皿をつけた台を取り出した。皿の部分に俺が渡した魔結晶を慎重に置く。そして、台の中央、円形の模様が描かれている場所に先ほどの四分の一ほどの魔導金を置いた。


「見てなさい。これが錬金術よ」


 台の上に両手を置くと、魔結晶が赤く光る。台に描かれた模様に沿って光が走る。最後に、魔導金が金色の輝きを発した。次の瞬間、正方形だった金属が球形になっていた。


「すごいじゃないか。想像したとおりに形を作るのか」


 想像以上の神秘に、俺は驚いた。CADと精密加工機を兼ねてるようなものじゃないか。


「分かったようね。ちなみに、全く好き勝手な形を作ることは出来ないの。とても厳密な理論があるのよ」


 ノエルは俺たちに錬金術で作る形について説明していく。厳密な理論はとてもわかりやすかった。


「要するに、コンパスと定規で作図出来る形しか作れないってことね」

「…………何なのよ貴方、本当に平民なの。まさか、魔術寮の情報が漏れてるなんてこと無いでしょうね」


 ミーアの言葉にノエルは首を振った。これも正解らしい。実際には立体を作ってるんだから。紙の上の作図ではなくて空間上の作図だろうが。


「多分だけど、複雑さに従って魔力の効率が悪くなるよな。同じ長さの線を引くとしても、例えば直線と円じゃ必要となる魔力量が違うとか」

「そ、そうよ。長さが決まれば定義出来る直線と違って、円はとんでもなく魔力量が増えるの」


 定義か。それなら希望はあるぞ。俺とミーアはうなずき合った。


「具体的にはどうするんだ」

「………………いくら何でも、これは理解出来るわけ無いけど、教えてあげる。円の直径にある特別な数字を掛け合わせるの」

「ちなみにその数値っていくらだ」

「教えるわけ無いでしょ。錬金術の秘密よ」

「何桁かくらいは教えてくれても良いんじゃないか。極端な話、車輪にインクを塗って、それを紙の上で……」

「三桁よ!」


 やけくそのようにノエルは言った。うわあ、そんな原始的なのか。でも、その方法で三桁なら相当苦労して出しただろう。これなら勝ったな。この世界と元の世界で同じである保証はないが、多分大丈夫だろう。自然対数とかそこら辺の数字が違う世界で、地球原産の生き物はおろか、物質ですら存在出来るとは思えん。


 それに俺の考えが正しければすぐに検証出来る。


「3.14か……」

「…………どこから」

「いや、その数値って円の直径と円周の比だろ」


 いわゆる円周率だ、数学の中で、いやもしかしたら世界の中で一番重要かも知れない数の一つだ。


「π《パイ》の精度が上がったら、必要魔力が減ったりしないか? 極端な話円周率が決まれば、その線の情報量は、曲線だろうと、直線だろうと同じなんだが」


 もちろん、円周率がいわゆる普通の意味で数字になることはない。超越数だからな。記述には無限の桁数がいる。


 とにかく、俺の想像通り魔術が超効率的な情報処理なら、数学との相性は良いはずだ。


「じゃあ、π《パイ》が3.142だとしたら」

「おかしな言葉を使わないで……、サークレットが3.142ね。ふん、良いわ試してあげる」


 ノエルはさっき作った球を立方体に戻した。なるほど、一瞬で戻るな。直線と曲線じゃそれくらい違うってことだ。そして、もう一度同じことをした。


「うそ、こんなのって……」

「どれくらい節約出来た」

「……8割と半分くらい」


 信じられないものを見たと言う顔でノエルは言った。球だと体積的にπ《パイ》の三乗だ。ちょっとの違いが大差を生むのは不思議じゃない。

「じゃあ、次は3.1416」


 ミーアの言葉にノエルが痙攣した。それでも同じことを繰り返す。


「な、七割と少し。何よ、私は今何を見てるのよ」

「3.141592」

「半分になった……」

「じゃあ、」

「まって、これ以上は、私の方が調整が出来ないから。でも、教えて。教えてよ、どうやったの」

「円周率はこうやって計算出来る」


 ミーアは紙の上に円と内接する正多角形を書く。多角形の角の数が増えるだけ、多角形の辺の長さの合計と、円周が近づいていく。俺がこの原理を教えた時、ミーアは128角形まで計算してみせた。ただし、実はその程度では円周率小数点6桁は達成出来ない。


 俺が円周率を六桁まで知っているのはゆとり教育に切れた恩師が、ゼミ生にπ《パイ》を十桁まで暗唱させたからだ。流石に後半は忘れたが。


 ちなみに、多角形の数を無限大まで増やしても多角形は円と全く同じにはならない。でも、無限級数の概念を使って正確に定義したらどうなるか、ちょっと気になるな。まあ、俺が知ってるやつなんて1-1/3+1/5ー1/7……ってプラスマイナスを反転させながら奇数を並べていくやつだ。確かまともなπ《パイ》に収束するのに何百億回って計算がいる。


「どうして、こんなこと分かるのよ」


 ノエルはミーアに掴み掛からんばかりだ。巨人の肩の上に乗ってるだけの俺が威張っても仕方が無い。


 一人の人間が設計と製造の両方をやってる弊害だな。どうしても、実際の作業に引きずられるんだろう。抽象的な数学理論を研究する方法に向かうには、錬金術士は実働戦力として貴重だというのもあるのだろう。


 アルキメデスが自分で王冠を作って実験してるようなものだ。


 ちなみに、この世界にはマジモンの巨人はいない多分。ネアンデルタール人がオークとか言われて存在してないか調べたからな。オークはいなかった、女騎士はいるのに。


「じゃあこの基準で俺の注文を作ったら、どうなる」

「……一つなら出来る。でも、貴方言わなかった。これを沢山作れって。いくつよ」

「最終的には数千個以上だな」

「はあ、化けの皮がはがれたわね。王国中の魔結晶を全部かき集めても足りないじゃない」


 元気になったノエル。俺は頭をかいた。


「ああ、説明忘れてた。ちなみに、実際に作ってもらうのは球じゃなくて球の型だ。それを六個と後、この二つの形も同時に、レンガくらいの大きさの魔導金に……」


 俺は描いてきた設計図を広げた。そこには計3種類の型が描いてある。本当はもう一つ必要なんだが、それは鍛冶屋で間に合うはずだ。そして、実際に作るものの材料は、魔導金ではない。


「全部円を使ってるじゃない。本来ならあり得ないわよ」

「で、どうなんだ」

「このパイ……じゃなかった、新しいサーキュレットがあればなんとか。でも……」

「足りないのは何だ」

「大きめの中結晶がいる。ウチじゃあ所長でも使用許可を申請する必要があるわ」

「分かった。なんとかする」


 確か第三騎士団、改め魔獣騎士団の戦利品にあった。竜ともなると、額だけでなく心臓など複数の魔結晶をもつらしい。あの王子に要相談か。まあ、向こうにとっても重要だしな。


「じゃあまず、この三分の一の試作品を作って欲しい」

「今私が使える魔結晶を使えば出来るけど……」

「補充についてはフルシーに相談するから。どうだろう、受けてくれるか」

「……分かった、けど……」


 ノエルはミーアを見た。


「ミーアちょっと手伝ってやってくれ」

「先輩が言うなら、仕方が無いです」


 …………


「違う。そこはこうやって補助線を引いたら、答えが出る」

「な、なるほど……」

「そこの角度とここの角度は同じ、相似であることが証明されるから」

「確かに、でもそれはダメ、ここで必要魔力が増えるし。線を不必要に交わらせたらダメなの」

「じゃあ、これを使って計算量を減らして」

「それなら、なんとかなるけど、でも、次はここが……」


 ミーアとノエルは俺が渡した設計図を前に議論している。俺は手持ちぶさただ。


「邪魔して悪いが、試作品はどれくらいで出来るか知りたいんだが」


 俺は白熱する二人におそるおそる言った。


「まって、今良いところなの」

「いやいや、今やってるそれ、途中から俺の頼みとは関係ない作図だよな」

「……つ、つい」

「ミーアまで……。えっと、最悪球の部分だけでもいい。精度の把握はそれが一番重要だし、試作品の側は木でもいけるから」


 俺はあきれた。さっきまでめちゃくちゃ険悪だったのに。ただやっぱりという気はする。ミーアの幾何学的センスとこの世界のCAD製作者と言える錬金術士は相性が良いらしい。


「……そうね。魔力が抜けて形が定着するまでの時間も含めて、三日かしら」

「無限大が有限になった」


 ミーアがいたずらっぽく笑った、最初は「絶対無理」だったからな。


「…………な、なによ。確かに貴方はすごいけど、でも」

「まあそうだな。俺たちは実践は出来ない。そこでなんだけど」

「何よ」

「これを他のメンバーにみせる時、一緒にいて欲しいんだ」

「他のメンバーって、商人よね……」

「あー、まあ、一番多いのはそうだな。だけど、館長も来るぞ。呼ばないとうるさそうだから」

「行くわ」


 即答だった。


「後はこれを実際に作る時に鍛冶屋なんかと話してもらうことになるけど……」

「ふ、ふん。平民に数術を教わることに比べればもう何でも無いわ。だ、だから……、その、これからも」


 ノエルはミーアを見た。


「球だけでなく、残りの二つも三日で仕上げるなら、手を貸さないでもない」

「ちょっと、私自身の魔力が枯渇するでしょ。……分かったわ、努力はするから」

「おーいミーア。そこまで急がせなくても。試作品をみせるメンバーがメンバーだし、見本市の為の会議はいつになるか分からないんだぞ」


 俺はミーアに言った。だが、ミーアはすでにノエルと丁々発止のやりとりを始めている。


 まあ、結果オーライか。だが、ノエル、それは俺の大切な秘書だからな。忘れるなよ。


 しかし、やっぱり魔術は超効率的な情報操作だな。予言の水晶の仕組みについても、同じように考えることが出来るかもしれないな。

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[気になる点] Apologies, I'm english using google translate to read this [blast you kodansha, where is vol…
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