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2話:中編 錬金術士

「俺はリカルド・ヴィンダー。彼女はミーアだ。食料ギルドのヴィンダー商会の人間だ」

「商人が錬金術に何の用よ、いくら第三棟だからって馬鹿にするにもほどがあるわ」


 小さな第三棟のさらに端の部屋で、俺達は改めて名乗った。ノエルという錬金術士見習いの工房らしい。見習いでも工房があるのがすごいというべきなんだろう。小さな隠れ家みたいな感じで、これくらいの方が雰囲気があって俺は好きだな。


 部屋の中にはコンパスや定規、傾いた台がある。製図室みたいな雰囲気だ。鍛冶屋という例えに怒っただけあって工具や火の気はほとんどない。


 部屋の主は顔を背けている。ちなみに、フルシーが去るとすぐにフードをかぶったので表情はよく分からない。それでコミュニケーションを遮断するのか、ちょっと親近感わくじゃないか。


「大賢者の代理人である私たちに、そういう態度は良くない」

「なっ、いくら賢者様のお言葉があるとは言え、平民が調子にのらないで」


 頼りのミーアは相変わらずだ。


「私たちのことを平民っていうけど、貴方も貴族ではないでしょう。入り口に、紋章がなかったわ」


 ミーアの言葉にノエルが悔しそうにうつむいた。俺と違って、険悪な雰囲気の中ちゃんとそういうことを確認してるのは流石だ。


「わ、私は由緒正しい……」

「ジュアルゼン家、西方にあった旧子爵家ね」


 流石の俺も察した。西方と言うことはおそらくフェルバッハの乱に関わったのだろう。ミーアが厳しいのはそのせいか。


「もしも、貴方が館長の様に魔術で家を建て直すつもりなら、先輩の話を聞いた方が良い」

「……私は別に家を復興させるなんて考えてない。ただ、家の後ろ盾がなくても魔術士として大成したフルシー様を尊敬してるだけ」


 なるほど、フルシーも男爵家の四男から宮廷魔術師にまでなった、いわゆる成り上がりだった。この世界の基準ではだけど。


「えっと、誤解しないで欲しいんだけど、俺たちも館長のことは尊敬してるんだ。地味に見えても観測精度は全ての基本だから、それが改良されたら上に乗っている全ての技術に貢献する」


 これまでの話から、相手はどうせ俺たちとは話が通じないと思っている。特に、俺の魔術の素養は低いらしい。そういえば、あの謁見室で帝国の連中もそんなことを言ってたな。


 だから、そっちの世界の基準は理解していると言うことを伝えたのだ。ノエルはやっと俺を見た。


「……良いわ。このままじゃ私の時間ももったいないし。聞いて上げる。どうせ汚らわしいお金儲けの話でしょうけど」


 錬金術士に金儲けを否定されるのはシュールだが、魔術士が元の世界の科学者に当たるなら分からないではない。浮き世離れしているのはフルシーだけじゃないと。


「先輩の時間は貴方より……」

「もちろんだ」


 俺は慌ててミーアを制すると、懐から包みを出した。袋からこぼれた物体がテーブルの上をコロコロと転がった。


 俺がテーブルに置いたのは、元の世界で言えばビー玉くらいの大きさの金属の球だ。ちなみに、プルラ先輩の伝で手に入れた。お菓子の型など特殊な金属加工品を扱う商会の商品だ。見た目には完全な球にしか見えないが、テーブルの上で描く軌道を見ると、わずかに歪んでいる。そして、大きさも微妙に違う。


「これくらいの金属の球、粒が完全にそろったものを沢山作りたいんだ。錬金術で、なんとかならないかな」


 俺はここに来た目的を告げた。


「資質が無いと思ったら、頭も悪いのね。そんなの不可能よ」


 ノエルは心底あきれた顔で俺を見た。俺はミーアを押さえた。最初に否定から入ることは予想済み。それも含めての情報収集だ。


「どうして不可能なのか聞きたい」

「まず、貴方は錬金術の素材がどれだけ高価か分かっていない。魔導金オレイカルコスでそんなどこにでもありそうな球を作るですって。しかも大量に。ばかばかしいにもほどがあるわ。黄金で釘を作る……、ううん、それ以上のことよ。それこそ、町の鍛冶屋にでも頼みなさい」

「鍛冶屋に頼んだのがこの結果だ。しゃれにならないほどの精度がいるんだ。この前見た第三騎士団長の剣とか鎧ってとんでもない精度で作られていた。その魔導金ってので出来てるんだよな」

「英雄であるクレイグ殿下の剣を手にしたって言うの」

「先輩は、先日のドラゴン討伐に同行している」

「騎士団の装備を作ったり、メンテナンスしたりは魔術寮の錬金術士の仕事なんだよな。もうちょっと詳しく教えてくれないか」


 俺がそう言うとノエルは驚きを仕舞うと不敵に笑った。


「……良いわ。自分がどれだけ愚かなことを言ったか知らずに追い出すのも気の毒だもの。貴方がおかしなことを触れ回ってフルシー様が恥をかいてもいけないし。基本の基本のところから教えてあげるわ。もっとも、貴方たちはその基本中の基本ですら理解出来ないでしょうけど」


 ノエルは机に、白銀のキューブを出した。大きさは2センチ四方くらいか。


「これが魔導金。私たちはこれを一単位と呼んでいる」

「やっぱり結構重いな」


 少なくとも鉛くらいの比重がありそうだ。


「勝手に触らないで、資質がない人間が触れると腐るわ」

「そんなに腐食に弱いのか、それは困ったな」

「…………魔導金は硬度と粘度が高くて、温度にも腐食にも強いわ。この一粒で金貨5枚。もちろん、これはあくまで予算計上としての値段で、貴方がどれだけお金を持っていても買えない。王国の管理だから。しかも……」

「帝国からの輸入に頼っている」

「分かってるじゃない。ただでさえ足りないの。私たちだって満足に使えないのだから。だから、私たちも新しいものを作るよりも保守が主。第一棟の連中はもっと……。そんなことは良いのよ」


 元の世界で胡椒が同じ重量の金と交換されるって話が有名だった。こっちでは、ちょっと前までの蜂蜜がそんな感じだった。それ以上、重量比で金の倍以上だ。でも、俺が作りたいものはだいたいレンガ一つ分くらいあれば良い。中抜きした部分は再利用してもらえれば……。


 俺は材料費を金貨80枚程度とはじいた。金貨一枚十万円だから日本なら800万円か。作るものの価値を考えれば安いな。


 元の世界でもあれは相当高価だったからな。何より、今の話を聞く限り、魔導金って言うのは俺の目的に最適じゃないか。後は加工費だが。


「それだけじゃないわ」

「さっき言ったのの裏返しだな。つまり魔導金は普通の方法じゃ絶対に加工出来ないってことだ。そこで錬金術ってわけだ」


 やっと分かってきた。素材も高い、加工出来る人間もごく少数しかいない。用途が限られるわけだ。


「まともに頭がついてるじゃない。そうよ。普通の金属は熱を加えれば柔らかくなる。でも魔導金は全く影響を受けない」

「素晴らしいじゃないか」

「バカね。魔導金を加工するには大量の魔力を流さないといけないの。その魔結晶が希少なのよ。特に……」

「帝国からの輸入が絞られてる今はさらに希少、帝国の希望が通れば、来年の供給量は今年の8割以下」


 ミーアが補足した。その通りだ、だがここ一年に関しては持ちこたえる。


「はあ、そんな細かい話私も知らないわよ。なんで王宮が管理してる魔結晶交易のことなんか知ってるのよ。その手の商人なの」

「いや、ウチの主力製品は蜂蜜だ」

「蜂蜜…………」


 ノエルの喉が鳴った。


「じゃない、じゃあ何でそんなこと知ってるのよ」

「そりゃ、ウチの出資者の一人がベルトルド大公だから。えっと魔結晶については、今年は前回と前々回の魔獣討伐で採れた分があるから少し余裕があるだろ」

「西の大公出資!」


 西の大公の名前に、ノエルがびくっとなった。だが、ブンブンと首を振った。


「ダメダメ、魔狼程度の小さな魔結晶だと効率が悪いのよ。魔結晶の価値は大きさが二倍になる毎に十倍になるのはそういう理由。継ぎ足し継ぎ足しで使うとロスが大きいの」

「じゃあ例えば、これくらいの大きさの魔導金を加工するとしたらどれくらい掛かるんだ」


 俺はレンガくらいの大きさを両手で作って見せた。


「そんなの、作る形に依存するに決まってるでしょ。貴方の言ってることはそういう意味でも非常識なのよ。直線じゃなくて球なんて、一体どれくらい必要魔力が増えると思ってるのよ」


 ノエルはにべもない。相変わらず完全にこちらを無知だと決めつけている。その判断に間違いは無いさ。だけど……。

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