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8話:前半 貪竜討伐? Ⅰ

「ダメ、ダメです。絶対にダメです」


 ああ、右腕に当たる感触がとても天国で、今から向かう地獄への恐怖を忘れそうだ。


「姫様。お気持ちは解りますが、そのお姿はあまりにも」

「約束が違います。リカルドくんは決して危険な場所には連れて行かないって」


 大公邸の玄関であられも無い姿をさらす主をたしなめる側近を無視して、アルフィーナは義理の兄を睨んだ。俺に向いた王子の視線が痛い。お前妹に何したの? みたいな。いや、俺だってここまで反対されるとは思わなかった。あと、妹さんは時々だけど、ちょっと幼さが出ることがあって……。


「……大公。これは本当に妹なのか。聖堂や王宮で見た時とはあまりにも違うのだが……」

「アルフィー。言いたいことは解るがな、その姿はちょっと妾もどうかと思うぞ」


 俺の腕にすがりついたアルフィーナを見て、大公もため息をついた。


「アルフィーナよ。ヴィンダーはあくまで、後方で待機させる。戦いには出さないから」

「危険であることは変わりありません。学生であるリカルドくんを無理矢理連れて行くなんて、ひどすぎます。見損ないました」


 涙目で首を振るアルフィーナ。いくら頼りないサイズと言ってもそこまで強く押しつけられると、流石に……。


「いやだが、ヴィンダーは承知したのだ」

「リカルドくんは確かに無謀なところはありますけど、戦場に同行することを願うなどありえません。とんでもないお人好しだから騙されているんです」


 いや、確かに絶対に行きたくないよ。というか、俺が無謀って何だ?


「あの、アルフィーナ様。納入する商品の確認の為に、私が同行せざるを得ないのです」


 もちろん、保身的に論外だ。だが、ヴィンダーが今回騎士団に売る商品は、試作品の域にすら達していない。現場で効果を判断することは俺にしか出来ない。


 「お前がどや顔で勧めた商品に効果無くて、騎士が何百人も死んだ」とか、そんな報告が戻ってくるかもしれないのを王都で待つのは、胃に穴が開いて腹膜炎で死にかねない。いや、もちろんどや顔なんかしてないけど。


「姫様。私が同行して、この男は騎士の誇りにかけて守って見せますから」


 結局、クラウディアが俺の護衛を引き受けると言うことで、アルフィーナはやっと折れた。ちなみに、最後まで俺の腕は浅めの谷間に挟まれていた。


◇◇


【ビギィィィィィーーー!!】


 耳を引き裂くような咆吼と共に、四つの棘の生えた尾が振り払われる。風圧が落ち葉どころか小石まで吹き飛ばしてきた。よく見ると葉はかすかに赤みがかっている。なるほど、季節的に紅葉でもおかしくないか、と考える俺はおそらく現実逃避している。


 だって仕方ないだろ、現実が現実離れしているんだから。元の世界で、復元された骨格模型の前に立った時すら迫力満点だったのに、いま向こうにいるあの生き物は生きているのだ。ジュラシックな映画や、恐竜が生き残っていた平原の中の台地の小説に胸躍らせた前世の自分よ。願いは叶ったぞ。


 そして言いたい、良い恐竜は滅んだ恐竜だけだった。


「気をつけろ」


 ぐいっと腕を引かれた。次の瞬間、折れた木の枝が俺の横を通り過ぎた。


【ビギィィィィィーーー!】


 右腕が不格好に垂れ下がったドラゴンがもう一度咆哮を上げた。


「隊列を組み直せ」


 よく通る声が戦場に響いた。俺よりも遙かに巨大生物の近くにいる300人の騎士団。ばらばらに散開していた彼らは、あっという間に四つの部隊に組み直される。飛ぶ力を失った巨大な竜へ四方から牽制をかける。四つの部隊の内、剣や槍で武装した三隊はおとり。


 残りの一隊が貪竜に接近すると、ハンマーやメイスを振り下ろした。


【ギッギィ!! ギャガガガガァーーーー!!!】


 重い装備を抱えているのに、まるでしなやかな山猫のように、一撃離脱ヒットアンドウェイが決まる。貪竜の右腕は完全に折れ曲がった。それを見ていた残りの三隊の中央で騎士団長が剣を掲げた。


 怒り狂ったドラゴンに、三隊が次々に打ち掛かる。打ちかかると言っても、最初の一隊がある程度まで近づいてすぐに退き、次の部隊が別の角度から同じことをする。完璧な連携だ。高地トレーニング済みとはいえ、息も乱れていない。


 その指揮を執っているのが中央隊の騎士団長クレイグ王子だ。元の世界の小説で「兵を手足のように動かす」って表現は何度も見たが、実際に目で見るとそのすごさに圧倒される。


「伏せろリカルド」


 クラウディアの声で俺は慌ててへたり込む。折れた槍の穂先が頭上を通過した。無事な方の左腕をヘイレイトが振り、吹き飛ばされる騎士が見えた。


 直接攻撃を食らったわけでも無いのにへたり込んだ俺を、クラウディアが手を握って立たせる。


 騎士団はすごい。指揮官もすごい。女の子なのに、俺を守るクラウディアすごい。ところで、この役立たずの俺は何でこんな場所にいるんだっけ。


◇◇


「ここが賢者殿の仕事場か」


 物珍しそうに実験室に入ってきたクレイグが言った。王子が帝国から仕入れたドラゴンの情報と、賢者の知識のすりあわせ。それに、竜の挙動を監視するためのレーダーの提供の為に学院に呼んだのだ。


「そういえば、高地トレーニングの検証結果が出たぞ。ははは、我が隊の体力自慢が、初日の競争では鉱夫の半分も行かないうちに足の動きが止まったらしい。今は鉱夫達から高地になれる方法を学んでいる。鉱夫はもちろん、アデル伯の濡れ衣も晴らされた。これが終わったら、本隊も訓練に向かう。私も一緒にな」

「そうですか。それは何よりでした」


 俺はほっとした。


「もう一つの方だがな。帝国は竜討伐の証を見せてくれたぞ、簡単にな」


 王子は面白そうに言った。切断された腕の骨を自慢げに見せられたらしい。その形状は……。



「ふむ、つまり……、ヴィンダーの言った通り、ドラゴンの骨は中空構造だったと。その構造というのは……」


 王子が帝国から得てきた情報を聞いて、フルシーがごそごそと荷物をあさった。


「こういう物ですか」


 ダルガンが持ってきた鶏の骨の輪切りを見せた。


「うむ、まさしくこのような構造だった。もっとも、ここまで中の空洞は大きくなかったがな」


 情報収集は上々だ。恐竜が鳥類と同じように中空構造の骨を持っていたのは元の世界の化石で確認されている。もちろん、この世界と地球の時間軸が平行だと仮定して、二億年以上の進化をこの世界の恐竜も遂げた以上、変化している可能性はある。例えばペンギンのような飛ばない鳥は中空構造を捨てていた。だが、あのドラゴンは飛行する。


 切断されたというのは、帝国が竜と戦う戦術までこちらの想定通り打撃主体では無いことを示す。だが、それは大事な問題では無い。ドラゴンの骨が衝撃に弱いこと、解剖学的性質が鳥に似ていることが解っただけで十分だ。


「そして、幼体には羽のような物が生えていると言うことですな」

「ああ、帝国と第二騎士団の証言から得られた貪竜の姿がこれだ」


 王子は絵を見せた。ティラノサウルスの類縁に決定だな。空を飛ぶことに適応したのか、頭部は小さくなっている。だが、二足歩行の足は獣脚類恐竜の特徴がもろに出ている。


 なんでそんなこと知ってるんだって? 俺は元の世界では経済学徒である前に、男子だ。男子はすべからく恐竜にあこがれるのだ。これくらい常識である。


 ちなみに、竜の姿に大興奮のフルシーは老いてなお少年の心を失っていないようだ。矍鑠たるかな。


「其方の進言通り、打撃系の武器を集めた部隊を作り主力とする。それで、さらに提供してくれる物があると言うでは無いか」

「館長。そろそろ例のアンテナの説明を」

「お、おう、そうじゃった。これはこれまでとは比較にならんほど優れた性質を持つ魔力測定器じゃ。上位魔獣なら2、3ガルジ離れた場所でも大まかな位置をとらえることが出来るじゃろう」

「ほう、そんな遠方から魔獣の魔力を感知出来るというのか」


 フルシーが自慢げに説明するパラボラアンテナを見て、王子は感心したように言った。索敵の重要性は言うまでも無い。これで、平原での攻撃を受ける前に接近出来る。


 夜間に、魔力をまとわせた鞍を乗せた馬を別方向に走らせて、その間に装備の魔力を切った状態の騎士団が山麓まで到達する。そういう作戦をすらすらと述べる王子は上機嫌だ。騎士団から研究資金を引っ張れそうなフルシーもほくほく顔だ。


 俺はその馬に細工するための商品の納入を提案した。

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