7話:後編 トレーニング
「前回の魔獣氾濫の予測、今回の災厄の地がクルトハイトであることの絞り込み。さらに……大公や賢者の言うには、大規模な魔脈の変動を把握する準備までしているそうではないか。前回の西方の魔獣氾濫も、今回のドラゴン襲来もおそらく魔脈の変動が関わっている。そんな其方なら、何か策があるのではないかと思ってな。そういえば、あの紹賢祭で馳走になったワンプレートランチも、見たことの無い形式だったな」
なるほど、とんでもない過大評価がされている訳か。クラウディアが気の毒そうに俺を見た。彼女から同情されるというのは希有な経験だな。
実際、こっちは異世界知識があるだけの凡人。しかも地球にはドラゴンいなかった。ただし……。
俺は王子を見た。とんでもない危険な相手に自らリスクをとる。王族としてどうなのとは思うが、どうにも協力したくなる話ではないか。俺はリスクが大嫌いだ、命に関わるリスク、つまり計算出来ない、はなおさらだ。だからこそ、そのリスクを負おうとしている人間には敬意を表する必要がある。
元の世界でも、軍人に敬意を払うのは多くの国で常識であったという。それは、そういう理由では無いか。
今得た情報から、俺の持つ異世界知識を応用出来る可能性が二つ出てきた。
「私の知識などつたない物ですが、二つ進言出来ることがあります。ただしどちらも現時点では仮説でしかなく、実際の検証は騎士団でやっていただかなければなりません」
「言ってくれ」
クレイグがこちらに身を乗り出した。
「まずは、鉱夫達の無実の証明です」
「なんだと!?」
俺の言葉が意外だったらしい。俺は高地の環境について説明した。トゥヴィレ山は1800メートルを超える。そこまで高い山だと、平地の人間は呼吸に支障を来し始める。平野が大部分の王国では、少なくとも一般的には知られていない知識だろう。
「空気が薄い?」
「はい、トゥヴィレ山ほどの高さになると、平地よりも空気が薄くなります。簡単に言えば呼吸がきつくなる。トゥヴィレの岩塩鉱床の場所は確認しました。山の中腹よりも上にある、かなり過酷な場所です。鉱夫はその空気の薄さになれているんです。騎士団よりも速く逃げ出せたのはそれが理由では無いでしょうか」
「高地特有の環境が原因だというのか、にわかには信じがたい……」
副官の一人が疑わしげな顔になった。
「第二騎士団の騎士達は、山の上では体が重くなったと言っていたな。馬が使えず、登り坂ゆえ当然だと思っていたが」
王子はもう一人の副官を見た。
「鉱夫達から聞き取った証言と一致します。てっきり罰を恐れて言い訳をしているのだと思っていたのですが……」
「となると、山で戦うことは、さらなる不利を被ると言うことか」
王子はうなった。魔脈から離れられないという範囲があるとは言え、空を自由に飛ぶドラゴンと戦うには、その根拠地である山に登るしかない。
「その不利を軽減する方法はあります。地図を見せてください」
俺が尋ねると、副官が机に地図を広げた。
「そうですね王都とクルトハイトの中間にある、マレル山くらいでしょうか。ここで十日、出来れば二週間ほど訓練するのです。方法については鉱夫達に聞くことです。おそらく高地になれるためのノウハウがあるでしょう」
いわゆる高地トレーニングだ。アレは高地で酸素を取り込む能力を上げて、その状態で平地の競技に臨むというやつだが、基本的な考え方は一緒。
「待て、この時のない中で聞いたことがない訓練に十日もとれというのか」
女性副官が言った。だが、王子は片手をあげてそれを制した。
「この者が言ったとおり、検証すれば良いのだろう。囚われている鉱夫と軍団の騎士を数人、この山に派遣しろ。この者が言っていることが正しいかどうか、それで判断する」
こちらが検証手段を言う前に王子が答えを出す。
「はい、素晴らしい判断かと」
「今の話が本当ならば、討伐には鉱夫達の協力は不可欠だ。それに……」
王子は俺の後ろを見た。
「結果としてアデル伯の行動がいかなるものだったかも証明出来るわけだな」
鉱夫達が逃げ出したのが、騎士団の敗北の後なら、裏崩れではないし。鉱夫達がそのような必死な状況の中、なぜアデル伯を見捨てずに運び出したのか、それが分かれば自ずと真相は明らかになるだろう。
「ヴィンダー……」
後ろで、クラウディアの言葉が聞こえた。いや証明されたのが「伯爵いち早く逃げ出す」だったとしても俺は知らんぞ。
「ふむ……、それでもう一つの策とは?」
「ドラゴンの飛行能力に対する対処です。ポイントは二つです。一つはドラゴンの行動からして、飛行能力は魔力と筋力の二つを併せて実現している可能性が高いことです」
話を聞く限り、ドラゴンの羽は腕から魔力で編まれた物だ。ドラゴンはその機動力を発揮するために、その羽の形を変えたりしている。航空力学的な、物理的な制約を受けている。羽ばたいていることから、その浮力は筋力を駆使していることも解る。
魔力の羽が例えば反重力的な力を持っているのなら、そう言った必要はない方向に進化したはずだ。
そもそも、魔力だけで生きていけないから人間などの動物を大量に食うのだ。もしアレが俺の知っている生物の系統なら、体重当たり蜥蜴の十倍以上のエネルギーを生み出す能力を持ち、当然十倍の食べ物を必要とする。
もしドラゴンの羽が腕と独立して背中から伸びてたら自信が無いところだが、話を聞く限りそうでは無い。
魔獣同士で生存競争があるなら、元々の能力も活用する方向に進化した方が有利だ。進化は基本「今より良く」を目指す。その手段は突然変異という偶然だが。生存競争がそれを強いるのだ。
「それで……」
「魔力の翼を支え動かす腕に対するダメージは有効だということです。腕を折ってやれば、魔力があっても飛行能力は失う」
「解らない話ではないな。だが、ドラゴンの鱗は硬く、魔力で守られているのだぞ」
「鱗ではなく、その中身に打撃を伝えるのです。ドラゴンを鎧をまとった騎士相手と考えるのです。山中で戦う場合、馬の突撃力を生かす騎乗槍は使えませんよね。となると有効な武器は……」
「メイスやハンマーと言った打撃系の物だな、なるほど魔具としては剣や槍ほど数はないが。そればかりの部隊を作り、腕を集中的に狙わせれば、飛行能力を奪えるかもしれん」
確かヨーロッパの中世では全身鎧をまとった騎士には剣よりも鎧ごとぶったたく打撃系の武器が有効だったんだよな。それに、俺の予想が正しければドラゴンの骨は、しなやかさはあっても衝撃にはあまり強くないはずだ。
「ただしこれも骨の性質の検証が必要です。帝国のノウハウとやらにはそう言ったこともあるかもしれません。鎌をかけてみるのも面白いかと」
「やろう」
「帝国が自分たちにはドラゴンを倒すノウハウがあるというのならば、その証拠を見せろと言ってもらえませんか。具体的には、ドラゴンの幼生の姿と骨の実物です。向こうの言っているドラゴンが本当にこちらに襲来したのと同じかを確認しなければ、援軍の効果も信用出来ないというのです。大きさ、形、絵があればなおさら良いです」
貪竜とか言う蜥蜴、じゃなかった恐竜は倒さなければならない。相手の最大の武器はその飛行能力と、ブレス。飛行能力は先ほどの打撃系武器で奪うことを期待する。そして、ブレスは……。
「やってみよう。……其方がどうしてドラゴンの骨について予測を持つのか解らぬがな。それに、どうして幼体の姿を知りたがる……」
王子は俺をじっと見た。
「それに関しては全く確証のない話です。この場ではご容赦を」
とてもじゃないけど、ブレスを封殺する方法に心当たりがあるなんて言えない。確証がないのは本当なのだ。しかも、これは検証出来ない。
王子は少し考える仕草をした後で、俺の顔を見た。
「まあ良い。大公の言う異常な知恵、十分見せてもらった。妹が頼りにするわけだ」
◇◇
「今回のことが首尾良く片づけば、騎士団の参謀に迎えたいところだな」
心臓に悪い台詞と、砦の入り口まで直々に送られるという勘弁して欲しい待遇の後、俺はやっと帰路についた。守られている立場で都合が良いのは百も承知だが、軍事には関わりたくない。
そもそも、俺のような保身家は軍人には絶対に向かないのだ。
「今回の恩は決して忘れん」
馬車が動き始めるとクラウディアは俺に頭を下げた。
「お父上が無実かどうかは、お父上がクラウディア殿の言うとおりの人間かどうかで決まる。それだけの話ですよ」
実際にはこの直情径行脳筋騎士には言いたいことがあるが、俺はそう言った。
「それに、クラウディア殿のレクチャーは助かりました。おかげで心強かったですよ」
「殿下と真っ向から渡り合い、自分の策をすべて飲ませたお前が何を……。騎士団のことは無知とはよく言ったものだ」
「ははは……」
まさかスポーツ科学の知識とは言えないな。
「だが、さらなる策など本当にあるのか」
「約束はしてませんよ、欠片も。…………可能性はあるとしか言えませんね。いくつか確かめなければいけないことがあります。館長にも協力してもらわないと」
とんでもない偶然だが、アレが使えるなら勝算はある。
 




