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4話 栞

 学院の春季休業は一ヶ月ある。新学期が始まって三週間がたった放課後、俺はミーアと中庭のベンチに座っていた。


 地球の感覚ならもうすぐ6月。午後の日差しは夏へのスタートダッシュをかけようとしている。誰との予定もないのにわざわざこんなところにいるのは、新学期になって一度も顔を出さなかった同級生の様子をうかがうためだ。


「身分は絶対じゃなかったのか?」


 尖りそうになる声を抑える。視界の端に捉えた東屋の中には、青銀の髪の女生徒が一人座り、入り口で肩を怒らせたポニーテールの女生徒が立っている。


「新学期になって”予言”を話題にする学生は皆無だったことは先輩も気がついていましたよね」


 確かに、学生達は予言の予の字も口にしなかった。いつもどおりの学院に拍子抜けしたくらいだ。だが、水面下の光景は随分違ったらしい。


「元々派閥とは無縁の方です。茶会を主催することも月に一度程度でした。ただ、これまでなら義理その他で参加していた者が四五人はいたのですが」

「また断りか。でも、これだけ綺麗に手のひらを返されてるのはおかしくないか?」


 東屋に学生が入り。姫が穏やかな顔でうなずき、女騎士が怒りを露わにする。使者を押し付けられた学生が逃げるように去っていく。ドレファノの妨害で態度を一変させたかつての取引先と重なる光景だ。


「王家から一代に一人出さなければいけない巫女姫ですが、クゥエルの水晶を光らせる資質が必要な上、一度任じられれば少なくとも二十年は引退できませんから」

「そりゃたまらないな。結婚もできない」


 大昔の日本の斎宮に近いのだろうか。この世界の女性の結婚適齢期は16から20。それをすぎれば行き遅れ。アラサーはもちろん、アラフォーとなれば話にもならない。現代日本だって、四十超えれば出産等に危険が伴うと言われていた。


「あの方がクラウンハイトを名乗るのは二年前からです」

「王家には養女として入ったってことか……」

「正確には継承権がないので猶子ですね。父方は現王の弟にあたる故ベルトルド大公ですが、母親がフェルバッハ公爵家の出でした。父親は隠居後に病死。母親は三年前に病死しています。現ベルトルド大公は父親の妹、当主が女性なのはフェルバッハとの繋がりの濃淡が継承に影響したようです」

「反乱を起こした公爵がフェルバッハだったな。あの姫さまは反逆者の血筋ってことか。それがどうして王族に……、ああそういうことか」

「はい、資質があったので、誰もやりたがらない巫女姫にするためでしょう」

「つまり、予言云々の前から体のいい出家だったってことか」


 日本の歴史でも、反逆者の一族が出家させられるのは珍しくなかった。寺に押しこめ、聖職者は結婚しないから血筋も断てる。


「実際、王族女性に与えられる化粧料などもありません。むろん、建前としては聖職者がそのようなものを持つことはない、ですが」

「思った以上の冷遇ぶりだな。反乱からもう二十年だから、お姫様は生まれてもいないだろうに。しかも、母親だって公式に罰せられたわけじゃないんだよな」

「どうなさいますか?」


 ミーアの言葉に、思わず握りこんでいた拳を開いた。今の説明なら、彼女に影響力は皆無どころかマイナスだ。俺にとって一番の問題は、レンゲ蜜が予想よりも早く有名になることだ。そういう意味では、一安心ともいえる。あとは予定通り俺が近づかなければ解決するだろう。


 余計なことはしなければいい。俺は懐にしまった紙包みを意識から遠ざけた。


「近づくのは危険かと思われます」

「……今そう判断してたところだ」


 書庫で偶然会ったことはミーアにも伝えてある。最初からそんな気はなかったが、庇護どころか王家に睨まれる完全な地雷だ。


 だが、疑問が残る。保身を第一に考える俺には理解し難い。


「そんなきつい立場でなんでまた、あんな危ない真似をしたんだ……」


 姫と女騎士だけの東屋、それを避けるように歩く貴族学生たち。近づくことすら憚る平民学生。華やかに見える放課後の中庭で、中央の東屋の周りだけが空白だ。


 薄暗い書庫の明るい窓の下、野草の花の話に顔をほころばせていた同級生の顔が蘇る。あの時彼女は学院に通えることを喜んでいるように見えた。


「先輩?」

「せっかく用意した物だからな……」


 ミーアの訝しげな視線を浴びながら立ち上がった。懐から小さな紙包を取り出し、ゆっくりと人気のない東屋に近づく。


 むしろ迷惑だったとはいえ、あの時アルフィーナには俺の仕事をかばってもらった。王族に借りを作ったままなど精神衛生上最悪だ。今なら、この「つまらないもの」で解消できるかもしれない。そう、これはチャンスだ。


「何のようだ」


 入り口前で立ち止まると、顔をこわばらせたクラウディアが出てきた。俺の顔を確認するなり苛立ちを隠さない声をぶつけた。それでも主のピンチが堪えているか、頭ごなしに排除しようとしない。


「先日のお礼にアルフィーナ様に持参したものがあるのですが、取り次いでもらえますか」

「先日……、持参した物だと……」

「リカルドくんですか?」

「アルフィーナ様。このような時だからこそ平民などを軽々しく近づけられてはなりません」


 本来の自分を思い出したように、クラウディアが両手を広げて入り口を塞ぐ。そうだろうな。落ち目の状況で平民学生を新たに招く、零落を印象づけるようなものだ。不遇の友が真の友という言葉があるが、世界はそんな単純ではない。


「入ってもらいましょう。お茶もお菓子も余っているのですから」

「いえ、女性のお茶会に男がしゃしゃり出るわけにはまいりません。私はただこれを受け取っていただければと」


 深入りするつもりはない。せっかく用意した物を無駄にしたくないだけだ。


 入り口まで出てきたアルフィーナに紙包みを差し出した。クラウディアがそれをつかみとると中を改める。顔をしかめるが、しぶしぶと言った体で主に渡した。


 なにか察したのだろう、姫の顔が明るくなった。


「白から赤へ流れる色が可憐ですね。これがレンゲの花ですか」

「はい」

「このような花が野原一面に咲き誇るのですね」


 栞を胸に抱くようにして、心からの笑顔を浮かべるアルフィーナ。その笑顔に思わず頬が緩んだ。だが、クラウディアはますます厳しい顔になった。


「野草を貼り付けた紙切れとは、姫さまを愚弄しているのはあるまいな」

「クラウ。レンゲの花を見てみたいといったのは私なのです」

「しかし、王家ならば花は薔薇を用いるのが格式……」

「私は聖堂に入った身ですよ。それに、とても可憐ではないですか」

「しかし、このようなときに近づいてくるのはあまりに……。そもそも、そのような話をいつ……」


 クラウディアの警戒心が上昇していく。クラウディアだけではない。周囲に目をやると、遠目にこちらを伺っている人間も増えてきた。


「お喜びいただいて嬉しく思います。それではこれで失礼します」

「はい、ありがとうございましたリカルド、、君、、」


 俺が辞意を告げると、アルフィーナは素直に開放してくれそうだった。だが、もう一度栞に目を落とすと、表情を驚きに染めた。


「如何なさいましたか。何か不備でも……」

「リカルドくん。この赤い花が野一面に咲く、そういった光景が西方では見られるのですよね」

「はい。西方南部の赤い森の近くですが。それが……」


 さっきまでほころんでいた顔に憂いが戻っている。なにかまずったか。


「…………いえ。リカルドくん。心から御礼を申し上げます。早速今日から使わせていただきますね」


 アルフィーナは笑顔を取り戻した。


「光栄にございます」


 クラウディアは限界が近そうだ。俺はあらためて一礼してから背を向けた。少し離れた場所にいたミーアが立ち上がった。多分ため息を付きながら。


「クラウ。今日はここにいても意味は無いでしょう。せっかく時間があるのですからフルシー先生のところに参ります」

「分かりました」


 俺がミーアと合流しようとした時、後ろで主従のやり取りが聞こえてきた。思わず止まりそうになった足。心配そうなミーアの顔を見て、俺はなんとか平静を装って中庭を離れた。


◇◇


「図書館ですか? しかし、今日の予定では……」

「ああ……。いや、多分勘違いだけど、ちょっと確認しておきたい事ができてな」


 図書館に入ると閲覧室には二人の生徒が居た。そのうちの一人がミーアに気がついて小さく手を降った。俺が頷くと、なにか言いたそうな顔のままミーアはそちらに向かう。


 俺の視線は本棚の奥、書庫の入り口に向いた。


 放課後、人気のない場所に女の子に呼びだされる。元の世界では一度としてなかったシチュエーションだ。いや、自意識過剰にもほどがあるか。単なる勘違いだと思うべきだ。相手は王女だ、まさかあんな安いプレゼントでどうこうなるほどチョロくないだろう。


 だが、あの栞を見つめる瞳。今日から使わせてもらうという言葉。気になる。


「万が一ってこともあるし。下手な恨みを買うのは一番危険だからな……」


 俺はそうつぶやくと、ゆっくりと書庫の扉を開いた。薄暗い書庫の中、光の方向に向かう。前と同じように椅子が置かれ。その前に一人の女生徒が立っていた。


「来てくれたのですね」


 勘違いでも自意識過剰でもなかった。だが、一体何の用事だ。今のアルフィーナの状況で俺を味方につけても誤差、いや逆効果なはずだが。


「この花のことでお聞きしたいことが有ります」


 アルフィーナの手には、先ほど献じたばかりの栞が有った。俺は首を傾げた。確かに、アルフィーナはレンゲに興味を持っていた。だが、それはどちらかと言えば漠然とした外へのあこがれのようなものだと考えていたのだが。


 あの花におかしな花言葉、愛を誓う的な、がある可能性を考え首を振った。アルフィーナの真剣な表情には、そう言った色はないように見える。先ほど垣間見えたそれは、今ははっきりとその美貌を覆っている。まるで深刻な危機を憂うような、そんな表情だ。


「私には見えたのです。この花を踏みしだいて逃げ惑う人々の姿が」


 立ち止まった俺にアルフィーナが言った。俺はますます混乱する。逃げ惑う人々? 一体何の話だ??

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