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7話:前編 呼び出し

2016/10/06:

第二章8話で第三王子の名前がジゼルフォードとなっていましたが、

この話で書かれているクレイグに変更します。

これまで読まれた方申し訳ありません。

「クラウディア殿……」


 いつも通りに見える同級生に、俺はかける言葉を失った。いや、元々言葉をかけるような間柄じゃないという話ではない。彼女の胸元には小さな喪章が付いているからだ。


 先日、壊滅状態の第二騎士団が帰還した。騎士団ともなれば貴族出身者が多く。幹部クラスには貴族家当主が座る。学院にも親類縁者が戦死したという人間は多い。何しろ、正規の騎士だけで500人を数える。もちろん正確な犠牲者は公開されていないが、学院の雰囲気でかなりの被害だと言うことは解る。


 組織を維持出来ないレベルかもしれない。


「クラウ。その、このような時まで無理をすることはないのですよ」


 兄が戦死、父親が重傷なのに気丈に振る舞うクラウディアをアルフィーナが気遣う。


「姫様は病み上がりなのです、このような時にお側を離れるわけには参りません」


 あれを予測出来たなどとうぬぼれるつもりはない、竜の襲来など王国には昔話としての記録しかないのだから。ただ、フルシーが得た情報だと、トゥヴィレ山にうっすらとだが魔脈の反応が出たという。第二騎士団は魔獣氾濫に対処していたのだから、魔脈の反応に着目するのは当然だ。


 魔脈は山脈の上の方から吹き出るのだから、山頂付近は相応の濃さになっていることが予測される。そもそも、魔脈がなければ上位魔獣であるドラゴンが留まれるはずがないのだ。


 こちらとしては、大陸規模の魔脈変動を予測しておきながら、後手を踏んだという気持ちもある。


 災厄は起こってしまった。トゥヴィレ山に棲み着いたドラゴンにより、クルトハイトは孤立。判っているだけで周囲の村が三つ壊滅。派遣された騎士団だけでなく、クルトハイトに出入りする商隊にも被害が出ている。どうやら山頂から動く物を認識して襲うらしい。


 トゥヴィレ山を中心に人間が立ち入れない円形の領域ができあがったわけだ。


 結局俺たちに出来たのは、塩の輸送をわずかに遅らせることと、クルトハイト周囲の村の食糧事情の改善だ。クルトハイトに逃げ込んだ村人達が少しでも食料の余裕を持っていることを祈ろう。


 大公が言うには、クルトハイトが予言の地だと事前に進言したことで、アルフィーナが責められるような状況にはなっていないらしい。それは一安心だが、問題はこのままでは飢餓が実現されてしまうと言うことだ。


 実際、アルフィーナはひどく沈んだ顔をしている。側近に不幸があったと言うことだけではないだろう。この事態、俺はどう動くべきか、あるいは動かないべきか。


「それで、リカルドくん……」


 アルフィーナが言い辛そうに俺を見た。たおやかな手には、一枚の封筒が握られていた。飾り気のない、商人同士がやりとりしそうな封筒だ。だが、封蝋にはバラの紋章が刻まれているのが見えた。


「第三騎士団長であるクレイグ殿下が是非ともリカルドくんに話を聞きたいと。実は、以前から何度も話はあったのです。自分を討伐に推薦したリカルドくんと話してみたいと。私と叔母上様が止めていたのですが」

「第三王子殿下、ですか……」


 まさか魔獣討伐を押しつけたお礼参りとかじゃないだろうな。そういえば紹賢祭の時に帝国の皇子を押しつけた形になったのもあった。王子同士の派閥争いなどに巻き込まれるのはたまらない。それは、第四王女を手助けするのとは比較にならない危険だ。


 アルフィーナや大公のラインで止めていたが、状況がそれを許さないということなのだろう。第二騎士団が敗れた今、魔獣に対応出来る戦力は王都を動けない第一騎士団を除けば第三騎士団だけ。実際、先の魔獣氾濫を収めた第三騎士団およびクレイグ王子への期待は高いだろう。


「あの、リカルドくん。私が断って」


 ……よく見ると、アルフィーナの指が手紙を握り潰さんばかりになっている。


「解りました。ただ、私が役に立てるとは思えないのですが……」


 俺は慌てて手を伸ばした。だが、向こうが何を求めているのかさっぱり解らない。何しろ軍事知識はゼロだ。世界有数の平和ぼけ国家から来た俺は、その手の素養は絶望的にかけている。


 だが、だからこそ情報が必要だと言える。いなくなることを願えば、ドラゴンが消えて無くなる訳では無い以上、ドラゴンの情報が無ければ対処など出来ない。問題は、情報を得ることそれ自体に危険が伴ったり、情報を得たこと自体が危険を呼び寄せる場合なんだが。


「……解りました。ありがとうございます。それで、もう一つお願いが……」


 アルフィーナは隣を見た。そこには思い詰めた顔の女騎士同級生がいる。


「こんなことを頼める筋合いではないのは解っているが、第三王子との会談に私も同行させて欲しい」


 クラウディアが俺に頭を下げる。いやいや、王女殿下ならともかく、伯爵令嬢が平民に頭を下げちゃまずいでしょ。あれ?


 俺がフリーズしているのを、断ろうとしていると思ったのだろう。クラウディアがますます深く頭を下げた。


「私は騎士団のことについて全く無知です。騎士団の駐屯地に向かうまでにレクチャーする人間がいれば、助かりますね」


 俺がそう言うとクラウディアはばっと頭を上げた。


「助かる」

「良かったですねクラウ。……えっと、リカルドくん。クレイグ殿下についてのレクチャーは必要ありませんか? 聖堂にいる私とはほとんど交流はありませんけど、それでも人となりについて多少は……」

「是非とも、お願いします」


 謎の迫力でアピールしてくるアルフィーナに俺はそう言った。何しろわざわざ一番小さな第三騎士団の団長に就任して、なおかつ辺境の魔獣討伐の陣頭指揮をするという変わり者だ。情報はいくらでも欲しい。


◇◇


「こりゃ本当に陣地だ」


 クラウディアから聞いたままの光景に俺はため息をついた。


 王都から川一つ挟んだ場所にある小さな砦。第三騎士団の駐屯地は思ったよりもずっと無骨な雰囲気だった。ちなみに、軍団が許しなくこの川を越えることは反逆と断定されるらしい。第三王子がさいころ遊びを好まないことを祈りたい。


 馬車が止まり、俺が降りたのは広さは高校のそれを二倍したくらいのグラウンドだった。その周囲に天幕が並ぶ。鎧を着た騎士達が訓練をしていなければ、運動会でも開かれるのかという感じだ。初めて見る俺にも、騎士団の人間が張り詰めているのが解る。


 戦闘モードの軍人の間を移動するとか、怖いなんてもんじゃない。


「行くぞヴィンダー」

「りょ、了解ですクラウディア殿」


 クラウディアと並んで歩くというのはおかしな感じだが、彼女がいてくれて良かったと本当に思った。


 一番奥に、ひときわ大きな天幕があり、第三騎士団の紋章である山猫をかたどった旗が立っている。入り口を守る二人の騎士。紹介状を渡すと中に入る。


「クレイグ殿下にはごき……」


 天幕の奥に頭を下げようとして、そこの席が空だと気がついた。騎士服の男がのしのしと近づいてきた。ボディーチェックでもされるのかと思ったら、バンと肩を叩かれた。


「やっと会えたな。リカルド・ヴィンダー」


 髪の毛を短く刈り込んだ精悍な顔は、日焼けしていた。中肉中背の体格なのに、やたらと引き締まった印象を与える。騎士服も普通の物に見える。勲章でゴテゴテとか言うことは無い。まあ、胸元に刻まれたバラの紋章だけで十分威圧される。


 ただ、王子なら王子らしく、もうちょっと見分けが付きやすい格好をして欲しい。こっちはうっかり敬語とか忘れるタイプなんだから。


「これは、殿下。この度は……」

「ここは戦陣という扱いだ、ややこしい挨拶は無用だ」


 どうも人の言葉を最後まで言わせないタイプらしい。そんな言葉一つで命はかけられないが、アルフィーナから教えられた人物像そのままだ。誇張されてると少し疑っていた自分が恥ずかしい。


 王子の左右に控えた副官らしき二人の内、細身の方が椅子を持って来た。椅子と言うよりも床几に近いものだ。行軍用に運びやすい物を用いているのだと解った。王子も同じ物に腰掛ける。


 ちなみに二人の騎士の視線が怖い。何でこんな平民が我らが団長殿下と相対してるのかって感じだろう。


「解りました。ではこの度のご用件を。魔獣氾濫から国を救った英雄である殿下に、私ごとき零細商人がお役に立てるとは……」

「ははは、これはなかなか面白い冗談だ。お前達、この男が魔獣氾濫の討伐に俺を差し向けた張本人だ。今回も、災厄の訪れるのがクルトハイトだと言い当てた」


 胡麻をすったのに、粗挽きの状態で止められた上、とんでもない紹介をされる。


「とんでもございません。巫女姫殿下の献身的なご努力と、大公閣下のご決断。それに学院の先輩である多くの商会の協力があってのことでございますれば、我が貢献など後ろから数えなければならない物です」

「解った。では、ベルトルド大公が言う異常な知恵、貸してもらいたい」


 やっと最後まで言わせてもらえたが、俺の言葉は完全に無視された。


「まずはこちらの事情の説明だな。第二騎士団の敗北の話は聞いているな」

「街に流れる噂と……」


 俺はちらりと後ろを見た。クラウディアが俺の後ろに控えているのは明確におかしいのだが、王子と相対していることに比べればおかしくない、おかしな状況だ。


「正直に言えば拙速な出兵だった。前回の魔獣氾濫で手柄を奪われた焦りもあったのだろうな。ただ、仮にもっと準備を整えていても、敗北という結果は変わらなかっただろう。相手はそれほど強大だ。アデル伯の判断は置いておいてもだ」


 王子はクラウディアを見た。クラウディアの兄はこの出征で戦死、父親は腕と肋骨を骨折する重傷だ。普通なら国家の危機に奮闘したことを称えられるべきなのだろうが、そうではないらしい。


「お待ちください殿下。短兵急な出征を止められなかったことも、魔獣に対する敗北も。第二騎士団の指揮官の一人である父の責は当然でございます。ただ、父は決して怯懦な振る舞いなどしておりません」


 クラウディアが言った。彼女の父は敗北の直接的原因を作ったと非難されているのだ。前線で騎士達が奮闘する中、後方で人足の管轄をしていた伯爵がいち早く逃げだした。


 いわゆる裏崩れの原因を作ったと言う話だ。

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