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6話 謝肉祭

 分厚いテーブルの上には、水差しに活けられた一輪の花が置かれていた。


 珍しく彩りが添えられた実験室。だが、そこに集合したのが老人、体育会系、そして俺という男三人では到底バランスは取れない。そもそも、その花も実験材料なんだけど。


 俺の目にはただ紫色の花だが、見る人間が見ればかすかに光って見えるのだろう。


 俺は元の世界で見たことがある、緑色の蛍光を放つ遺伝子組み換え植物を想像した。そういえば緑色蛍光タンパク質(GFP)は日本人の大発見だったな。生きた生物の中である特定のタンパク質や細胞を可視化する。生物学の革命だった。


 今日これからやるのはそれに近いが、そこまで複雑な技術ではない、どちらかと言えば、小学生のインクを混ぜた水を花に吸わせる実験に近いか。強いて難しく言えば実験動物を使った薬物動態テストだ。


「またおかしなことをやらせよって。欠片とは言え、魔結晶がどれほど貴重か知らんわけじゃないだろう」


 カラカラと音を立てて水差しを揺すりながらフルシーが言った。いや賢者って称号は便利だね。


「またまた、ノリノリで手伝ってくれたじゃないですか」

「ふん、たまたま気が向いただけじゃ」


 俺が言うとフルシーは苦笑いになった。


「……賢者様がおまえの手伝いをしてるんだな」


 ぼそっとダルガンが言った。


「いやいや、俺には手も足も出ないってだけの話ですから。ほら産学連携ってやつですよ」


 端から見ると俺が教師と先輩をこき使ってるように見える。とても保身に悪い光景だ。


「訳の解らん言葉使いやがって。まあ良い。鳥の方は準備出来てるぞ」

「花の方は魔結晶の欠片を入れた水に入れて三日目じゃ、そろそろ染まっているじゃろう」


 二人が俺を見た。実験開始だ。


「まずは、花粉が魔力でマークされてることの確認ですね」


 俺はフルシーから受け取った紫の花から雄しべを取り出し、魔力に反応する黒い紙に花粉を落とした。しばらく待って、花粉を除くと、花粉のあった場所が白く感光していた。


「大丈夫みたいですね」

「くくくっ、儂の特製紙の感度じゃなければとてもできん実験じゃぞ」


 フルシーは胸を張った。その通りだ、フルシー謹製の魔力反応紙の感度は通常の一桁上、それがなければこんなうっすらとした魔力などとらえれない。ダルガンが首をかしげる。


「花粉に毒があるって話は聞いたけど、それで何が解るって言うんだ」

「ええっとですね。俺が知りたいのはこの花粉の毒が神経に影響するかどうかなんですよ」


 魔力を吸わせて花粉をマークする。それを鳥に与えれば、魔力を追うことで体のどこに毒が運ばれるかが解るというわけだ。放射性同位体でマークした薬物を動物に投与して、体内の動向を放射線で知るのと同じ原理だ。


「はあ、聞いたことのない方法だぜ。魔術って言うのはやっぱすげえんだな」

「心配するな。儂も初めて聞いた方法じゃ。相変わらず、どこから出てくるのじゃその発想は……」


 フルシーはこめかみをとんとんと叩く、だがさっきまでとは目の色が変わっているのは明らかだ。


「一ついっておくが、魔樹でもなんでもない草じゃ。魔力はすぐに抜けるぞ」

「二三時間持てば大丈夫だと思います」



「死んでおるな」


 花粉を食わせたウズラくらいの大きさの鳥をフルシーがつついた。小動物を毒殺するというのはあまり良い気分じゃないが、仕方がない。


「お願いしますダルガン先輩」

「……ああ、任せとけ」


 ダルガンの顔色もあまり良くない。食べ物である自分の商品に毒を入れられたのだから当然だろう。それは俺も申し訳なく思う。だが、俺にもフルシーにも鳥をさばく技術はない。ダルガンは自分が持ってきた解体用の刃物を抜いた。


 板前が魚をさばくように、流れるような動作で小鳥から各種の臓器が取り出されていく。薄いガラスの上に、各種臓器をなるべく元と同じ配置のまま置き、それを黒い紙の上にのせた。後は待つだけだ。


 先ほどの花粉の反応からして、そこまで時間はかからないだろう。


「……おかしいな」


 結果を見て俺は首をかしげた。消化管が光るのは当たり前だ。だが、花粉は胃にとどまっていた。まだ消化が進んでいないのだ。ならばなぜ死んだ。青酸カリみたいに、胃酸に反応して毒性をってことだろうか……。


「もう一カ所光ったのはこの小さな器官じゃな。いくつかあるようじゃが、これは何じゃ……」


 フルシーが首をかしげた。黒紙には、膨らむ前の風船のような白抜けが複数、六個くらいか、写っている。


「ああ、知らねえのも無理はない。これは気嚢きのうって言って肺に付いてる袋みたいなのだ。食っても旨くねえ」


 あくまで肉屋の視点でダルガンが言った。へえ、これが気嚢か。見るのは初めてだ。何しろほ乳類には存在しない。気管と食道はつながっているが、だからといってそんな簡単に食べ物が肺に入ったら、鳥は窒息してしまう。やはり、青酸カリのように一度胃に到達した後、気体として働くのだろうか?


 いや、花粉は元々風に乗って飛ぶくらいの粉末だ。うーん……。


「結局神経系には反応はなしですね」


 脳みそと背骨の下が黒であることを確認して、俺は一応ほっとした。


「すいません先輩。気持ち悪い作業をさせてしまって」


 手に付いた血を洗っているダルガンに俺は言った。顔色はまだ若干青いように感じる。いつも元気はつらつだからこそ気になった。


「いや、なんてことはねえよ。それより役に立ったのか」

「ええ、花粉の毒が働くのが呼吸器だって解ったので、一応心配は消えました」


 フェンチオンだったら神経系の働きが阻害される。だが、この結果を見る限り神経が冒される前に勝負が付いている。


「ま、、鳥の死体なんて見慣れてるんだけどな。そりゃ、自分で手を下すのは久しぶりだけど……。ちょっといやなことを思い出しただけだ」

「いやなことですか」

「ああ、八歳だったか、最初に鳥を締めた時の話だ」


 肉を扱う商会の跡取りが、動物を殺せないって訳にはいかないだろうけど、なかなかスパルタ教育だ。


「まあ、餓鬼だったって言うのもあって、なかなか思い切れないでな、結局刃物を使う前に、首を絞めて殺しちまったんだ。この鳥の死に方が、それとそっくりだ」

「なるほど」


 気嚢は肺に付属したポンプみたいな物だ。それに毒が作用して、窒息死したわけだ。


「だいぶ待ったが、脳や背骨には反応はないぞ」


 フルシーが言った。


「ありがとうございます。おかげで確証が持てました」


 ここまでだな。一応鳥の死因は解った。人間に対する毒性がないことを証明は出来ないが、おそらく大丈夫だろう。


「蜂蜜の取引はなるべく急ぎます。そちらで試作に使う分くらいは、明日にでも届けます。代金は今回のお礼と言うことで。館長は何かありますか」

「ふん、魔力をこんな使い方をするという知識で十分じゃ」


 知識としては貴重だが、俺には実行出来ないのだから、館長に知っておいてもらっても損はない。俺が自前で考えた技術じゃなく、あくまで応用だしな。


「太っ腹じゃねえかヴィンダー。よし、じゃ、飯にしようぜ」


 すっかり回復したダルガンが自分の荷物に走った。包みを取り出し、先ほどまで鳥の死骸があった机の上に置く。包みを開くと、香ばしい匂いが。おいこれって……。


「焼き鳥……ですか」

「うむむむ……」


 笹のような葉に包まれた串に刺さった肉を見て、俺たちは唸った。


「肉屋ではこうやって厄をはらうんだよ」


 ダルガンが串をほおばった。なるほど逆療法か。勢いに押されるように、俺とフルシーも肉に手を伸ばした。


「うん、ま、まあ、旨いことは旨いですね」


 今日一日くらいは肉は見たくないかと思ったが、所詮人間も動物、食料への反応は消えないらしい。胃のあたりが少しむかむかするが。


「酒が欲しくなるの」


 フルシーが言った。結局一番精神力が弱いのは俺か……。



「リカルドくん。ここだと聞いたのですけど……。ひっ、な、なんですか、これは……」


 わざわざ書庫から入ってきたアルフィーナは実験室の惨状を見て口元を押さえた。彼女の後ろからはクラウディアとマリア、そしてミーアも入ってきた。


 女性陣が見たのは、鳥のばらばら死体の横で焼き鳥を食う男三人だ。フルシーはワインを傾けているし、ダルガンは鳥の各部位の調理法について、解剖された死体を指差して講義中だった。


 二人に挟まれた俺の口は串を加えたまま。カオスだ。


「ん、うんんっ。コホン。つまり、東の大公は言うことを聞かん。クルトハイトの統治に口出しなど無用ということか」


 酒杯をそそくさと仕舞い、アルフィーナの話を聞いたフルシーが言った。アルフィーナよりもその後ろのクラウディアの視線が怖い。


「ただ、グリニシアス公爵は何かあった時には一応注意はすると」

「ギルドの方はどうですか」


 あの惨状を見てもおっとりとした表情を崩さなかったマリアに聞いた。


「食料ギルドとして出来ることはしたわ。クルトハイト周囲の村々に、ちょっとだけ安値で食料を下ろしたことと、カレストの新会長をいじめ……。向こうが輸送に使える足をちょっと邪魔して岩塩の輸送を遅らせたわ。どちらも十分とは言えないけど」

「よくやってくれました。予言を預かる者として、お礼を申し上げます」

「光栄でございます、王女殿下」


 アルフィーナはセントラルガーデンのメンバーをねぎらう。分析も含めて、今回のことは本当に彼女らの手柄だ。


 結局、空になるはずだった、クルトハイトの塩の貯蔵をわずかに残したこと。クルトハイト以外の村々の食糧事情をわずかに改善といったところか。


 それで足りるかと言われたらもちろん心許ない。だが、動きの速さは申し分ない。ところが俺の方といえば……。


「結局災厄の正体がわからないと直接的な手が打てないんだよな」


 頭をかいた。クルトハイトと仮定して様々な災害を検討したが、これという仮説は出てこない。浮かんでも検証のしようがなかったのだ。せいぜい崖崩れくらいだ。


 結局その日は、どこか冷たい女性達の目の中、片付けをして解散した。


◇◇


 突如飛来した巨大魔獣によってクルトハイトが孤立した、という知らせが王都に届いたのは数日後だった。


 俺はなすすべもなく、第二騎士団が出陣していくのを見守るしかなかった。突然ドラゴンが襲来して、トゥヴィレ山周囲の交通を遮断とか、予測出来るかよ。

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