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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
三章『第二の予言』

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5話:後編 災厄の地

「クルトハイトが特殊というのはどういうことですか」


 俺の質問に、マリアとロストンが互いの顔を確認した。小さくうなずくロストン。マリアが口を開いた。


「私が言いたいのは時期の話。帝国との岩塩の交易の話は覚えているでしょ」

「あっ!」


 クルトハイトからは岩塩の輸出が行われる。


「そうか、地理的に遠い帝国との交易。しかも、国家主導の限られたチャンネル。輸送はなるべくまとめて行われる。そうですよねマリア先輩」

「ええ、塩は食料ギルドの管轄じゃ無いから、詳しいことはだけど。クルトハイトの塩は近く大部分が運び出されるわ。あそこの商売を取り仕切っていたカレストが叩かれて、資金的にも苦しいみたいで、急いでるのね。クルトハイトにとっては、塩はすぐに補充出来るのだし」

「じゃあ、もし何らかの理由で山に入れなくなったら」

「塩に関しては豊富とは言えない状況になるでしょうね。不足まで行くかどうかはわからないけど」

「わかりました。じゃあロストン先輩は?」

「――僕が言いたいのは食料に関してだ」

「資料を見る限り、都市の人口に見合った備蓄があるわよ。仮に公爵領との連絡が途絶えても、半年やそこらは持ちこたえるわ」


 ルィーツアがもう一度資料を見ていった。


「――問題は、都市外の住人だ」


 ロストンが言った。どういうことだ、都市の外なら食料はむしろ豊富なはずだ。


「クルトハイトは王国には珍しく山地だ。岩塩などの鉱物や、貴重な山林の産物が採れる。帝国の木材をクルトハイトに運ぶ計画だって、あそこに林業の拠点があるからだしね。ちなみに、ヴィンダーの言ったトリュフかい、あれもあそこで採れるんだ」

「そうか……」


 俺はもう一度地図を見た。山に抱かれるクルトハイトの近くには、いくつもの村が密集している。しかも、その多くが平地側では無く山地に面している。鉱業も林業も大量の人員を必要とする。


「クルトハイトの周囲には農業に従事しない人口がかなりの数存在する」


 俺はこの前の災厄のことを考えた。もしも、国が動かなかった時は、俺は村人を近くの都市であるベルトルドに避難させるつもりだった。


「災厄の種類によってはクルトハイトの孤立と周囲からの避難民の流入が同時に起こる。となると食料は……」


 俺はミーアを見た。


「その仮定で計算すると、食料も塩もすぐに不足します」


 ミーアが一瞬で答えを出した。


「クルトハイトが第一候補か……」


 俺は結論を出した。


「最悪ね」


 ルィーツアが言った。よりによって敵対派閥の総本山だ。


「どういうことよ。今から警告すれば、食料の備蓄や塩に関しても用意出来るんじゃ。東の大公と宰相は仲良しなんでしょ。ほら、紹賢祭の時もヒルダ会長とレオナルド先輩は……」

「こっちから出た意見を聞いてくれればな」


 確かに、備蓄の豊富な公爵領からクルトハイトに事前に食料を融通出来ればいい。だが、こちらの意図を曲解して、何らかの策謀だと思う可能性は高い。もし、アルフィーナの予言を派閥対立に利用すると思われたら聞く耳を持たないだろう。


「――災厄の正体が不明だというのも痛いね。説得力が無くなる」

「どうしてよ、こんなにはっきりしてるじゃない。そもそも、理由が何であろうと商品が届かなければ一緒なのよ」

「ええっとね、皆がリルカのようにまっすぐじゃ無いんだよ」


 ベルミニが言った。


「うー。私を単純馬鹿みたいに言わないでよ」

「大丈夫、それでも先輩よりだいぶマシだから」

「それって何の慰めにもならないわよ。ヴィンダーと比較の対象になること自体、手遅れっぽいじゃない」


 なんだよ、手遅れって。言われなくてもそれくらい自覚してるぞ。


「災厄の正体は引き続き検討してみます。でも、災厄は起こると仮定して、食料ギルドの方で動くことは出来ませんか」


 気を取り直してマリアに聞く。


「相手はクルトハイトとその周辺も合わせた人口規模でしょ。こちらの意図が悟られないことも考えれば、規模はかなり限定されるわ。私たちが商うのはあくまで余剰分。そして、備蓄に関しては直接領主の管轄よ。市民に売るようには行かないわ。費用的にもね」

「そうですよね」


 例えば、クルトハイト周辺で食料の値段を下げるように流通を操作したとする、大公家は食料を買い込もうと考えるかもしれない。秀吉が鳥取城攻めでやったのと逆の作戦だ。だが、直接同じ量の食料を買わせるのに比べると、何倍もの資金を必要とする。しかも、帰ってこない。


「岩塩の方は?」

「言ったとおり、食料ギルドと塩ギルドは別組織よ。カレストは土地柄どちらもやってただけ。そうね、代替わりしたカレストの邪魔して、輸送を少し遅らせることくらいは出来るかもしれない。ただし、私の言葉だけじゃどうしようもないわよ」

「そうですね。そこは大公閣下に動いてもらわないと。とにかく、皆で出したこの結論を伝えましょう」


 出荷が遅れれば、クルトハイトには塩の備蓄が残る。食料と塩分のダブルパンチよりはずっといい。ミネラルの不足は食料よりも遙かに早く人体をむしばむ。助かっても後遺症などの深刻さは段違いになる。


「そうね、皆さんの働きは大公閣下に伝えるわ。ヴィンダー君も一緒に来てもらうわ」


 ルィーツアの言葉に俺はうなずいた。災厄の結果飢餓が起こるなら、それを遅らせることで、災厄に対応する時間的余裕も増える。もちろん、起こさないことがベストだが、ベストを前提とすると、ベターな状況にすら対応出来なくなる。


「待った。こんな時になんだが、鳥の準備が出来たんだ。明後日には納品出来る。館長室で良いんだよな」


 部屋を出ようとした俺はダルガンに呼び止められた。そうだった、生き物を扱う以上、あの実験は時間をおくと準備がパーになる。


「…………そうですね、館長に予定を確認しますけど、明後日でお願いします」


 ああ、もう、どうしてこんなに忙しいんだ。


「おう、実験? だったか。鳥を使うなら俺にも出来ることあるんじゃねえか」

「ええ、もちろんですが、大丈夫ですか」


 ここにいるメンバーも決して暇な人間ではない。何しろ銀商会の跡取り達なのだ。


「ああ、何するか知らねえけど、鳥の扱いには多少覚えがある」

「本当に助かります」


 鳥をさばける人間がいるだけで大違いだ。そうだ、やることも増えたが手を貸してくれる仲間も増えた。文句言ってる場合じゃないな。


 俺はダルガンがつきだした拳に、自分の拳を軽くぶつけた。


◇◇


「なるほどな、これがこの前言った商人としての働きの成果というわけか」

「……リカルドくん。リカルドくんは本当に…………」


 セントラルガーデンの結論を俺が説明すると、大公は俺をまじまじと見た。アルフィーナは目を潤ませている。


「いやいや、この結論はセントラルガーデンの皆の協力のたまもので……」

「分かっておる。妾に出来る褒美は考えよう」

「皆さんにちゃんとお礼を言わないと」


 どうやら二人とも、結論には異議がないようだ。となると次は……。


「特に危険な都市を三つあげてますけど、本命はクルトハイトです。東の大公と宰相に対応をとってもらうように出来ませんか……」


 俺がそう言うと、大公はぷいと顔を背けた。


「なんで助けてやるやつに頭を下げなければならんのじゃ。宰相もじゃ。あの資料を入手するためについこの間、やり合ったばかりじゃ。そうじゃ、クルトハイトがつぶれれば、少しはやりやすくなるな」

「いや、そこをなんとか――」

「などと言えたら、政治は楽な物なのじゃがな。まあまともに受け取りはせんじゃろうが、あの見栄っ張りが不安になるような情報を流そう。後は……」


 からかわれたらしい。交渉は大貴族様に任せるしかない、というか絶対にやりたくない。知らない人間と話すだけで胃が痛いのに。


「叔母上様、グリニシアス公爵の説得には私も参ります。叔母上様は公爵と一悶着あったんですよね。私がいた方が良いと思うのです」

「じゃが……」


 大公は言いよどんだ。アルフィーナを倒れるまで追い詰めた宰相だ。俺も止めたい。もし間違っていた時の責任問題もある。アルフィーナはただでさえ予言に対する責任を負っているのだ。


「予言のことは私の役目。なのにリカルドくん達ばかりに苦労を背負わせてしまっています。それに、公爵は少なくとも、公務をおろそかにする方ではないと思っていますから」

「まあ、確かに東の大公よりは言葉は通じるが……」


 確かに、あの資料の精度がなければこの結論は出せなかった。


「それに、私がいれば予言と言うことでいろいろと押し通せます。ミーアの力を知られるわけにはいかないでしょう」

「アルフィーナ様」


 俺は止めようとした言葉を飲み込むしかなかった。


「大丈夫です。今の私に怖い物はありませんから」


 アルフィーナはにっこりと笑った。よく見るとすっかり血色も戻っている。

 元気になったのは良いけど、そういう無根拠な自信はちょっと保身的危機感を感じるのだが。


「そういえば、病床のアルフィーを熱烈に口説いたらしいの」

「アルフィーナ様を口説くなど。そんな覚えは、どこにもないのですが」

「おや、妾がアルフィーと呼んでいる時は、其方も呼び捨てで良いと言ったであろう」

「それはあくまで、大公閣下との間の話でしょう」

「何なら妾のことも叔母と呼んでも良いのじゃが」


 まさか心の中ではもう呼んでるなんて言えないよな。俺が叔父設定としてだけど。後、おばさんとか言ったら首が飛びそうだ。


「お、叔母上様、リカルドくんが困っています。でも、そういえばあの時はアルフィーナって……」

「先輩? いつの間にそんなことに」


 ほおを染めたアルフィーナはなぜか上目がちに俺を見る。アレは勢いというか、そういうのが正しく思えたから一度だけです。そして、ミーアのジト目が突き刺さる。二人の後ろでにやにやしている大公が憎らしい。


「と、とにかく。王宮のことはお任せしましたから」


 俺は三人の視線を逃れるように言った。勝てるわけがない。この三人でヴィンダー議決権は三分の二に迫るんだから、株主的に。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > どうやら二人とも、結論には意義がないようだ。 「異議が」では? 結論に意義がなかったら、それは結論とは言わない。
2021/11/14 08:27 退会済み
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