5話:中編 危機予測マップ
「お父様から聞いてたけど。新参の銀商会さんっていうのは、ずいぶんと顔が利くのね」
「出資者なんですよ」
マリアが皮肉っぽく言った。何とでも言って欲しい。今回の件に関して食料ギルド長の協力は不可欠だ。
「出資者っていってもあの蕪、、じゃなかった株ってやり方でしょ。しかも、ミーアも出資者の一人ってことになってるんだよね。私の知ってる出資者と違う」
屋敷の侍女が集まったメンバーに茶を入れた後、俺とミーアに頭を下げて出て行くのを見て、リルカが言った。
「大公家にとっては遊びみたいな物だからな」
「ウチ、ヴィンダーにお金貸してるのよね。万が一のことがあれば、どうやって取り立てれば良いのかしら」
マリアがおっとりとした顔で言った。
「いやいや、債権者様。ちゃんと返しますから。それより本題、本題に入りましょう。ケンウェルならある程度のことは知らされているでしょう」
俺は食料ギルド長の長女に水を向けた。
「それはお父様までの話よ。ルィーツア様も同席とは、いったいどんな話になるか怖いわね」
「秘密を守る必要があるの。私のことはお目付役だと思って」
ルィーツアはさらに怖いことを言った。まあ、これからここで扱う話題の重要性を考えれば仕方が無い。
あの見舞いから三日後、俺は大公邸にセントラルガーデンを集めていた。
「もったいぶってないで教えてもらおうか。この非公式の会合の目的をさ」
ルィーツアに遠慮してか、いつもよりも深く椅子に腰掛けたプルラが聞いた。俺は良く聞いてくれたとばかりにうなずいた。
「この国のある都市が飢餓状態になるんですけど、それをなんとかしたいんです」
「何だって?」
せっかく本題に入ったのに、ダルガンが聞き返した。難聴型商人なんて、コミュ障と同じくらい致命的だろ。いや、あれは都合の悪いことだけ聞こえなくなるのか、むしろ商人向けなのか。
「ね、ねえ、セントラルガーデンって……紹賢祭の模擬店の交流の場だったよね」
ベルミニがリルカの肩を揺さぶった。リルカは困った顔で頭を撫でてやってる。
「――ある程度予想してたけど、君に関わるととんでもない事態に巻き込まれるね」
ロストンは俺をボラティリティー高過ぎ人間に認定した。やめて欲しい。
「ちゃんと説明しますから、実は――」
あっけにとられた一同に、俺はアルフィーナから聞いた予言のイメージの説明をする。この国の北方に飢餓が襲う可能性があるという予言のこと。アルフィーナが倒れるほど無理した結果、イメージの範囲は拡大して、わずかに町の壁のような物が見えたということを付け加える。
「予言、ね。前回のことを考えれば信じないわけじゃ無いけど。ウチが把握してる限り、兆候は無いわよ」
「そうだな、穀物のできは肉の相場にもすぐに響くんだ。こっちもそんな情報は全くないぞ」
マリアとダルガンが言って、残りの三人もうなずいた。王宮の対策会議の結論と一緒だ。やはりあの資料は信頼出来るのだろう。
「ええ、でも飢餓が生じる原因は必ずしも不作とは限りません。そもそも、予言の性質上、飢餓はあくまで災厄の結果として起こります」
俺は言った。アルフィーナの体調管理を怠ったと宰相府に乗り込んだ大公と、ついて行ったミーアにより王宮の対策会議の集めた資料の概要はつかんだ。少なくとも豊作不作の調査に関してはちゃんとした分析が行われており、これで予測出来ないなら俺たちが何をやろうと無理だという結論に達している。
宰相は有能なのだろう。少なくともこういった作業に関しては。
というわけで、別の方向からアプローチだ。そして、それこそが商人の出番。民間の力を見せてやろう。
「ふうん。つまり、何らかの突発的出来事によって流通の遮断が起こり、食料不足が生じる都市が出るってことね」
マリアが言った。近代以前の飢饉は絶対的な食糧の不足以外の理由でも起こる。ある地域が不作だと、ほかの地域が豊作でも人が飢えるのだ。
ちなみに今回は戦争や内乱は最初から除外している。北方には大河があるが、洪水もだ。予言のイメージと合わない。アイルランドのジャガイモ飢饉のような農作物の病気の蔓延を考えたが、流石に病原体の伝播の時間が無い。イナゴの害は例が無い。
「あと、飢えた人間の姿を考えると。おそらくミネラル、カリウムの過剰による健康被害も同時に起こっている」
話に聞いただけの俺にも飢餓のイメージはインパクト抜群だった。何しろ食料の半分近くが捨てられるという飽食の国から来て、転生したのが豊かな農業国だからな。
「――カリウムとは」
「ああ、ごめんなさい。簡単に言えばその地域は食糧だけで無く塩も不足する可能性が高いってことです」
飢餓においては食糧だけで無く食料からとられる塩分も不足。そして、道ばたの草などを食べることによるカリウムの過剰と相乗効果で体内のナトリウムが不足する。
アルフィーナの見た飢えた子供。ガリガリ足なのに甲だけが不自然に膨らむ。浮腫という餓鬼のような姿はそれを意味している可能性が高い。だが、飢餓が起こる季節は秋から冬だ。夏のように汗で失われる塩分が少ない以上、塩も不足している可能性を考える必要がある。
「私たちが集められた理由は? 何をやらせたいって言うの」
リルカが言った。
「ああ、地域ごとの飢餓に対する脆弱性を二軸で評価したい。一つは、その地域の食料生産と備蓄。もう一つは、交易路道がふさがったと仮定した場合の影響の大きさだ。この二つをかけ算して都市の危機予測マップを作る」
「ぼ、膨大な作業になるよ。それに、各地の収穫量の今年のデータなんて…………」
ベルミニが自信なさげに言った。
「王宮の対策会議でまとめられた各地の収穫量と、食料備蓄の状況は資料がある。制作が農務局、監督王国宰相という一級品だ」
「またとんでもない物を、国家機密でしょう。私たちにとってはのどから手が出るほど欲しい資料だけど」
「ええ、ですから皆さんには直接見せられません。あと、使い終わったら焼却しますのであしからず」
俺はここにいる唯一の貴族を見た。資料の管理はルィーツアにしてもらう。ミーアの記憶? ミーアの能力を秘匿する方が優先に決まってるだろ。
「つまり、私たちが調べるのは道の方か。なるほど、物の流れについちゃ、私らの方が役人よりも詳しいもんね」
リルカがスナップをきかせて握り拳を作った。
「そうだな。それに、お姫様の大事とあっちゃ力を貸さないわけにはいかないぜ」
「まあ、紹賢祭の時にお世話になった借りは返さないとな」
セントラルガーデンのメンバーはにわかにやる気を出した。大事をとって連れてこなかったけど、アルフィーナに聞かせたい台詞だ。
メンバー達は喧々諤々の議論を繰り返した。足りない情報はそれぞれの実家や知り合いの伝までたどる。結果として、いくつもの脆弱な都市が洗い出された。
「…………トリ、バッシャー、ポムルス、それとクルトハイトね」
マリアが六個の名前を挙げた。立地や周囲の地形からごく限られた流通路に依存する都市だ。メンバーがうなずく。俺はルィーツアを見た。資料をめくる音が響き、ルィーツアが首を振った。
「こちらの資料で見る限り、特に問題のある都市はないわ」
農業に従事しない大量の人口の密集地である都市は、潜在的に飢餓に対して脆弱だ。だからこそ管理者は食料の備蓄に力を入れる。基本的には大都市ほど豊富な備蓄を誇る傾向がある。季節柄、災厄が起こる時期はちょうど収穫かその直前。仮に直前と考えたら、一年で一番備蓄が少ない時期になるだろうが、それでもだ。
「バッシャーとボルムスはどちらかと言えば南方でしょ。……北にある都市で大きいのはクルトハイトね。周囲が山だし食料は外からの供給に頼っている割合は大きいわ」
あくまで災厄が来る方向だが、無視出来ない。東西に長い王国のほぼ中央に王都があり西にベルトルド、東がクルトハイトだ。王都やベルトルドにくらべてクルトハイトは北方にある。
「でも、資料を見る限り備蓄に問題はないわよ。王国有数の都市だけど、人口に見合った備蓄は十分確保されているわ。それに、クルトハイトに隣接するのはグリニシアス公爵領、食料備蓄という点では最優等生よ」
ルィーツアが資料片手に首を振った。宰相とクルトハイトはお隣同士か、同派閥だしもし万が一があったら協力し合うだろう。
「だけど、地形的にはやっぱり問題ありだよ。例えばだけど、崖崩れでここがふさがればクルトハイトは孤立するね。宰相領との連絡も途絶える」
プルラの指さす地図を見る。クルトハイトは山麓にあり、都市から直接出る大きな道は南方に向かう一本、もちろんすぐに多くの道とつながるが、首根っこの一本が途切れれば、かなりまずいことになる。
「まった、あそこは岩塩が出る。ヴィンダーの言った、塩分不足とは無縁の土地柄だぜ」
「そうだった」
帝国との交易の時に出た話だ。ある意味国内で一番塩分不足が起こりそうもない場所だ。
「資料を見る限り、クルトハイト単独でも食料は大丈夫よ」
地図上はいかにもな場所。だが、情報がそれを否定するなら情報に従うべきだ。冷静にデータを見ないと。敵対派閥の総本山だからな。俺も無意識に叩きたい気持ちがあるかもしれないし。
「クルトハイトは大丈夫か、じゃあ」
俺は残りの五つを検討しようとした。
「いいえ、今回に限っては必ずしもそうでもないわよ」「――あそこの事情は特殊だ」
だが、マリアとロストンが同時に言った。




