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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
三章『第二の予言』

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4話:前半 蜂の死因調査

「リカルド・ヴィンダー様? ですか」


 村長は渡した紹介状と、俺の顔を何度か見比べた。紹介状には、俺が養蜂の開発者だと書かれている。16そこらの子供とはギャップがあるだろう。レイリアから派遣する村人には、俺のことは基本口止めしているしな。


 領主から委任を受けていることだし、ここは押していこう。


「村の東側に設置した巣箱でだけ、特に多くの蜂が死んでるという話でしたね。そこで採れた蜂蜜は口にしてないでしょうね」


「はい。ただ指示をいただく前に、その……、村の子供が。いえ、何の問題も起こりませんでした。指についたのを舐めただけですし。今日もピンピンしてますよ」


 村長はばつが悪そうに言った。少なくとも少量で効く毒なんてことは無いみたいだ。少しだけほっとするが、長期的な影響を考慮する必要がある。安全に関わるのだ、できる限り慎重に行かなければ。


「それで、解決は可能なのでしょうか。村としてはこの事業に期待していまして」

「最悪でも、蜜源となる植物を導入します」


 レンゲなら種さえまけばすぐに育つ。試験段階の間は、それが伸びても、かかる費用の半分は負担することと。残りについても、返済は蜜の本格生産が始まってから現物で良いこと。俺はこちらの条件が変わらないことを説明した。


「というわけで、今後も異常があったら正確に報告することを徹底してください」

「わかりました」


 明らかに安心した顔で村長が大きくうなずいた。こういった保証が無いと新しいことに取り組んでもらうのは難しい。リスクを共有する姿勢は大事だ。


 なにより、都合の悪い情報を隠されたら最悪だ。この出張は単に蜂蜜生産を軌道に乗せるよりも、もっと大きな意味がある。


「じゃあ、蜂を食べて死んだ動物を見せてもらいます」


 村長から案内されたのは、村でも比較的大きな家だった。レイリアから派遣された村人の住居だという。なるほど、期待しているというのは本当というわけだ。


「えっと、確か名前は……」


 俺は心の中で、今から会う人物の情報を反芻する。ペドロはレイリア村の農家の三男。村から離れる任務に真っ先に志願した変わり者だ。


 さっきまで巣を巡回していたらしい。良い対応だ、少しでも異常があったら大変だし、村人の不安を鎮めるにも効果的だ。


「リカルド様。これです」


 家の横の、納屋だった場所で見せられたのは、鳩くらいの大きさの鳥の死骸だった。巣箱から少し離れた場所に数匹死んでいたらしい。腹を割いてミツバチの死骸が出たことまで確認されている。やるじゃないか。


「鳥ばかりですね。ほかの動物は死んでないんですか。カエルとか蜥蜴とか、……ネズミとか」

「見つかったのは鳥の死骸だけです。実は、村で飼ってた犬が死んだ鳥をかじったんですが、そっちは平気だったみたいです」


 貴重な情報だ。蜂と鳥には影響があって、ほ乳類には無いのか。いや、効果が薄いだけかもしれない。蜂と鳥という全く違う種に被害が出ているのも気になる。


「助かりました。明日は実際に巣を見てみよう」


 いろいろ考えることはあるが、予想以上にしっかりとしたペドロの対応に、俺は感心した。

 

 用意された部屋は村長宅の二階。VIP待遇と言っていいだろう。


「犬と人間、しかも子供が無事だったのなら、そこまで心配はいらないか……。ただ、ミツバチと鳥って組み合わせはやっぱり気になるな。確か、そういう農薬があったはずだ」


 藁に布をかぶせたベッドに横になったままつぶやいた。


 フェンチオンだったか。広く昆虫からほ乳類まで広く動物に毒性を有するが、特にミツバチと鳥に強く効いたと記憶している。この世界にそのものがあるとは思えない。だが、植物が動物に食われるのを防ぐために毒を生産するのはよくある話だ。


 何らかの化学物質、いわゆるアルカロイド、が植物から蜂そして鳥と食物連鎖をたどった可能性はあり得る。ミツバチはその性質上同じ場所に咲く花の蜜を集めることを考えるとなおさらだ。


 万が一、フェンチオンに似た化学物質なら人にも有害だ。神経系の毒で自殺に使う人間がいるって聞いたことがある。


「あと、問題は強さだな」


 ある物質に厳密な意味での毒性があるかという問いは無意味だ。


 極言すれば、食べ物を含め体に取り入れる物質はすべて毒だ。二酸化炭素は人間を窒息させる毒ガスだが、大気中に一定量含まれている。水のコピペは有名だし。香辛料なんて、あの刺激は食べたら駄目という警告なんだから。


 だから、毒とは単位量当たりの効果と、どれくらいの濃度で存在しているかの兼ね合いだ。


 試すつもりなんて欠片もないが、致死量の毒を百倍に薄めて、それを一日一回、一年飲み続けても死なない可能性は高い。もちろん、体の中で処理されず蓄積するタイプの化学物質もあるし、塩分のように何十年も過剰摂取して初めて深刻な病気につながる例もあるから、油断は出来ないが。


「そういえば。こちらの暮らしはどうです」


 翌朝、俺は問題の巣箱に向かいながら尋ねた。


「ははは、その話が一日たってとは坊ちゃんらしい」


 ペドロは面白そうに笑った。


「いや、正直言って農作業よりも性に合ってますわ。まあ、今回のことはちょっと肝が冷えましたけどね。主に坊ちゃんがこちらに飛んでくるって話を聞いたときにですが」

「いや、そこは違うことを警戒してくれよ」


 俺と違って、会話のとっかかりに近況を聞く高レベルスキルを有していても、彼はこの村にとってはまだ異物だ。もしも毒を広めたなんて話になれば、袋叩きに遭ってもおかしくない。


 巣箱に近づくと、俺は防護服、簡単に言えば網を三重に重ねた物を頭に被り。ペドロの後に続いた。この世界の製糸技術だと結構重い。目の部分だけでも少し薄くて細かい物を使うべきだろうか。後で考えよう。


「この巣箱です」

「なるほど、死んでるな」


 巣箱の前に十匹ほどの蜂が落ちている。そのうち一匹は、まだひくひくと痙攣している。巣の中で死んだ蜂は外に捨てられるはずだ。約一日の死亡数としたら確かに多いが、巣全体の割合としてはごく一部か。毒があるにしても限定的なことを喜ぶべきか、解析が難しいことを悩むべきか。


「じゃあまずは、この死んでる蜂と生きている蜂で何が違うのか調べよう」


 俺が言うと、ペドロは慣れた手つきで巣箱の入り口に網をかぶせ、帰ってきた蜂を十匹ほど捕まえてくれた。俺はフルシーから借りてきた拡大鏡、ちなみに超高級品、を取り出すと観察を始めた。


「何も変わらないな……。いつも蜂を見てる目からしたらどう思いますか」


 虫眼鏡を渡した。


「そうですね、俺の目にも違いはないように…………、いや待ってください」


 ペドロは痙攣していた死にかけの蜂の足を指差した。


「ここの色が変じゃないですか?」

「そうか? 俺には別に…………。いや、確かにちょっと違うな」


 俺は死んだ蜂をじっと見た。蜂の足には花粉団子がついている。生きていた蜂は普通に黄色の団子。その蜂のはわずかに青みがかった黄色だ。注意して見ないと気がつかないレベルだ。媒介昆虫との共進化の結果、花粉は植物によらず黄色がほとんどのはずなので、これは珍しい。


 ちょうどそのとき、巣箱に戻ろうとした一匹の蜂が地面に落ちた。俺はそれを虫眼鏡の下に持ってきた。やはり、色合いの違いがある。


「そうだ、蜂が植物から得るのは蜜だけじゃ無い、花粉もだ」


 トリカブトのことを思い出した。時代劇の毒薬として有名だが、植物全体、花粉にまで毒がある。その花粉が混じった蜜は毒を持つ。


「花粉ですか?」


 ペドロは首をかしげた。


「蜂にとっては蜜がパン、花粉は肉みたいな物だよ」


 対比としては白子の方が正しいのかもしれないが。ちなみに元の世界ではビーポーレンと呼ばれて健康食品として販売されていた。効果は知らない。


「ただ、もしそうなら……。巣箱の中を見れるか?」

「了解」


 ペドロは慣れた手つきで巣箱の外枠の一部を外した、中には木枠が並んでいる。この木枠というアイデアが近代養蜂の要なんだが、それはおいておこう。俺は六角形の穴の中をじっと見た。


「やっぱりだ。この区画と、この区画で幼虫が死んでいる」


 幼虫は花粉を食べて育つ。花粉が原因なら成虫よりも毒から大きなダメージを受ける。もちろん、毒の種類によっては成虫のみに効く物も多いが、これはそういうタイプではないようだ。


「つまり、この色の花粉が毒だってことですね」

「ええ。後は、この花粉の出所だが……、この巣箱だけで蜂が死んでるってことは、その植物はこっちにしか無いはずだ。周囲の地形で特別なことはありますか……」

「うーん、ほかの場所との違いって言えば、向こうに小さな灌木があるってことくらいですか」

「行ってみましょう」


 灌木にはツタ性の植物が絡みつき、紫色の花をつけていた。毒々しい色に一瞬足が止まる。


 トリカブトだって花に近づいただけで害は無いだろう。というかそこまで強力なら周囲に鳥が死んでてもおかしくない。花粉が原因だとしても、死んだ鳥はミツバチが固めた大量の花粉を一度に食べたのだ。


 手袋はしているし大丈夫だろう。俺は五枚の花弁の奥からおしべをちぎり取る。白紙を取り出すと押しつけた。黄色の花粉が付着する。虫眼鏡で見ると、かすかに青みがかっている。


「たぶん間違いないな。実際に鳥に食わせよう。花粉を集めるのを手伝ってくれ。あと、この草を一本持って帰る」

「毒を集めるんですか、はは」


 ペドロはいやな顔をしたが、ちゃんと手伝ってくれた。


「やっぱりだね」

「当たりですか」


 翌日、花粉を振りかけたパンくずを置いていた場所で、鳥が死んでいるのを確認した


「てことは、この花粉のついた蜂が死んでない巣箱の蜜は安全ってことですか」

「ええ、これで判断基準が出来ました」


 実際にはあの巣箱の蜜だって、含まれている毒物はごく少量だろう。それこそ、塩分の取り過ぎの方が害があるレベルかもしれない。


 だが、杞憂と知りつつもフェンチオンのことが頭を離れない。安全管理に関しては出来るだけのことはしたい。情報伝達が遅いこの世界で、一度毒なんて話が広まると、覆すのに十年単位で時間がかるだろう。


 ペドロが村長に、灌木のある方には巣箱を設置しないこと、もしも蜂が沢山死んでる場合は花粉団子の色を確かめることで養蜂の再開が出来ることを説明している。


 「ああ、その草ですか、じいさんから鳥よけの効果があるって聞いたことがあります」との村長の言葉でさらなる確証が得られた。

「思ったよりも早く片づいたな」


 村長がペドロの肩をばんばん叩いてから去った後、俺は言った。


「まったく、坊ちゃんの知恵には感心しますよ」

「いや、あんなわずかな色の差を見つけるくらい蜂に入れ込んでるペドロのおかげだよ」


 それに、今回は運が良かった。花粉の色なんてわかりやすい基準があったから。


 それでも、先ほどの村長との関係を見る限り、ペドロならそのうち答えにたどり着いたかもしれない。頼もしい話だ。


「解決を確認したら特別ボーナスを出さないとな」

「そんな、こっちはわざわざ足を運んでもらったのに……」

「所帯を持つくらいの収入は要るんじゃ無いのか」

「いや、はは……」


 俺は村娘の一人と親しいらしいペドロをからかった。


「気にする必要はありませんよ。商会にとっても大事なことなので」


 ペドロ自身の手柄はもちろん、危険な兆候を発見した時に隠さない組織にすることは大事だ。養蜂業のレジェンドとして語り継いで欲しいくらいの事例だ。


「後は、念のためこの草を一本持って帰って、王都で調べてみる」

「ほら、坊ちゃんの方がよっぽど凝り性だ」


 ペドロが笑った。単に違う世界の知識を持ってるだけだ、蜂と鳥類に特異的に効く毒物を知らなければ、気にもしない可能性だ。


 フルシーとダルガンと協力すれば、何かわかるかもしれない。ひっくり返して、この世界初の農薬の開発が出来たりしてな。

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