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2話:後半 セントラルガーデン……

 館長室から出た俺は、ミーアと一緒に次の場所に移動した。二階に上がり、普段は三年生が使っている教室のドアを開ける。


「遅いぞヴィンダー」


 入った途端、両腕を組んで机の上に腰掛けたダルガンの声がぶつかってきた。


「はっ、銀に上がっただけでなく、西の大公の御用商会だからね。調子に乗ってるんじゃないのか」


 椅子の上で足を組んだプルラが唇を歪めた。


「ヴィンダーの推薦人集めた時、一番先に手を上げたプルラがよく言うわ」


 呆れた様にリルカが言った。


「じゃあ第二回目を始めましょう。ホールディングス参加商店の会、セントラルガーデンの」


 マリアがパンパンと手を叩いた。この中では一番包容力がある。手を叩いた弾みで揺れるんだから。


「少女小説に出てきそうな名前が勝手についてますけど。マリア先輩はオブザーバーですよね」

「あら、中庭で培った関係だからセントラルガーデン。いいでしょ」

「先輩はその時校舎にいましたよね」


 どこかの秘密機関みたいな名前だ、いやマリアが言うと女子校の生徒会の名称っぽいか。各人におかしな称号とか付かないように注意しないと。


 参加者を見て解るように、この会合は紹賢祭のメンバーの集まりだ。音頭を取ったのはダルガンだが、何故かマリア先輩も参加している。そして仕切っている。最初話を聞いた時は、共通の敵も目標もない状況で、空中分解するのではと思っていた。


 実際には各分野の情報交換の場として機能し始めているのを認めざるを得ない。将来の商社設立を踏まえても意味がある。


 考えてみれば学生という立場はありがたい。これだけのメンバーが場所と時間を共にしているのだ。しかも目立たない。なるほど、秘密機関っぽい名前になるわけだ。


「議題は帝国との交易だったわね」

「はい、交易交渉はどうなっていますか?」

「食料ギルドのトップが立て続けに失脚したでしょ。一度振り出しに戻ったのがやっと進み始めたところなの。西方が豊作だってことを考えると、国もギルドも早くまとめたいところでしょうね」


 西北で大河越しに国境を接する帝国だ、西方からの輸出が効率がいい。食料は重いのだ。


「カレスト商会は東方の中心都市クルトハイトを拠点にしてるんですよね。帝国との交易の主導権を握ろうとしたのは何故ですか?」

「クルトハイトからもかなりの額の輸出が行われる計画だったみたい。ギルド長就任を焦ったのはそういう理由ね。おかげで、引き継ぐことになったうちは大変」

「――それもわからない話だ。クルトハイトの周りは、この国には珍しく山地だ」


 ロストンがやっと口を開いた。ベルミニは今日は不参加だったな。


 トゥヴィレ山。地球基準で言えば約千七百メートルで富士山の半分にも満たないが、平原の国である王国では最高峰だ。もちろん、東西の山脈は考えない場合。クルトハイトはその山麓にある東方第一の都市だ。ちなみに、孤立山系で魔脈は通ってない。


 周りは平原だが。特に食料生産が豊富な場所ではないはずだ。


「塩だろ。トゥヴィレじゃ岩塩が産出するからな。肉の保存には欠かせないのに、値段を釣り上げやがって」


 ダルガンが憎々しげに言った。


「そうね、カレストと帝国の契約ではそうなってるわ」

「紹賢祭の帳簿の情報でもそれは裏付けられます」


 マリアの言葉をミーアが補足した。


「帝国は塩にも困ってるのか? あっちは岩塩が豊富だってきいたけど」

「西方では帝国から輸入した岩塩が使われていたくらいだぜ。魔獣とやらのせいで山には入れないとかじゃないか」

「それかなりまずい状態じゃないか。今回の交易はやっぱり特殊なんですか? マリア先輩」


 紹賢祭の学ラン軍団のことを考えると、どうしても警戒してしまう。


「貿易の中心が食料と魔結晶を含む鉱物資源の交換だというのは変わらないわ。ただ、向こうは少なくとも一年は魔結晶の輸出も絞りたがってるみたいなの。他の鉱物は現状維持だけど」

「それも、魔獣が原因ですか?」


 魔結晶の産出は当然魔脈のある山だ。倒した魔獣の額からも取れる。食糧不足や先ほどの塩の話とも繋がる。


「待ってよ。じゃあ帝国は何を売ろうっていうんですか」


 リルカがばっと手を上げた。もっともな疑問だ。


「むこうの使節が言うには、木材の輸出を増やしたいって話みたいなのよ。王国では不足してるでしょ」


 確かに、山がちの地形なら木材は豊富だろう。木材が手に入りやすくなるのは、蜂蜜生産のため水車を必要とするヴィンダーにも朗報だ。ただ、木材はかさばる。輸送は大変なはずだ。


「大河を使ってクルトハイトに輸送する計画があるみたいね。カレストが噛んでたのはそこら辺でしょ。東方に木材を運べれば、かなりの利益が見込めるわ」

「なるほど、水運か。……いや、帝国からだと、魔域の影響圏を突っ切る形になるじゃないか」


 俺はさっき聞いたばかりのフルシーの地理講義を思い出した。


 大陸は中央を西から東へと流れる大河によって二分される。大河の南は左右を山脈に挟まれた平坦な地形。我らがクラウンハイト王国だ。平原の国で農業国。


 川の北には二つの国家がある。西半分は山地で問題の帝国の領土。山の国で鉱物資源、とくに魔結晶の産地。いわば資源国か。そして、東は何本もの川が流れる土地。川に沿った幾つもの都市が緩やかな連合を作っているらしい。


 三国志に例えたら、王国が呉で帝国が魏。蜀は東方の川の国ってところか。魏と蜀の位置が逆だけど。後は、川の向こうのちょうど三国の中心に高い山の固まる広い山岳地帯がある。


 三国の要の位置でしかも大河に接する。将来の国際交易を考えると外せない。山地と言っても川沿いには平地がある。


 ここに都市を作れば、大陸の物流の中心となる立地だ。軍事的にも争奪戦が繰り広げられてもおかしくない。俺は当然フルシーに質問した。


「ここはどうして放置されてるんだ?」

「人間が出入りできる環境ではないからじゃ。大陸中央の山岳地帯は知られている限りもっとも濃い魔脈、サングィス山脈・ウルカナスじゃ。魔狼などとは比べ物にならん上位魔獣が棲む。そして、そなたが言っておる大河の河畔は血の山脈の魔獣の影響圏じゃ」

「結構離れていると思うんだけど。やっぱり魔獣氾濫みたいなことが起こるのか」

「そうではない、飛行能力を持つ大型魔獣、代表的なのはワイバーンじゃな。それの縄張りに入るのじゃ。飛行にはかなりの量の魔力が必要だが、上位魔獣は額の魔結晶も大きいからな」


 つまりせっかくの大河はその中央に血の山脈の影響域が重なり。東西をつなぐ通路としては利用できないのだ。

 ワイバーンというと翼竜もどきか。ただでさえ圧倒的な体躯の差があるのに、空から襲いかかられちゃひとたまりもないな。前世では恐竜博士として鳴らした俺としては興味津々だが、保身的にパスするしかない。


「いくら儲かっても、途中で襲われたら終わりですよね。まさか、木材だけ流して、勝手に受け取れって訳じゃないでしょ」

「帝国は魔獣撃退のノウハウがあるからって言ってるらしいわ」

「そりゃ、向こうじゃ魔獣との戦いは日常茶飯事、王国よりも強力な魔獣も沢山いるって話だけど……」


 情報は一致しているように見えてどこかちぐはぐだ。まあ、複数の情報が全て同じ方向を向くなど、捏造でもしないかぎり無いからな。他国のことだ、軽々な判断は慎もう。


「そうだ。帝国が木材を輸出したいなら。赤葉樹、それもとびきり大きな物が手に入りませんか。最低でも樹齢80年、出来れば100年くらいの」


 俺はフルシーとの約束を思い出した。帝国の魔脈の変動がわかれば、向こうの状況もある程度把握できる。最悪、帝国が魔獣の群れに飲まれる状況になれば、難民やこれまで供給されていた鉱物資源の途絶など王国への影響は大きい。


「何に使うの?」

「賢者様との実験ですね。詳しいことはちょっと言えないんですが。すいません」


 年輪を使った魔力記録の詳細は今のところ国家機密だ。


「ふうん。新しい取り決めに基づいた交易が始まるのは先だから、少し時間かかるけどいいかしら」

「念のためなんで、そこまでは急ぎません」


 俺が言うと、マリアは笑った。


「確か、賢者様に紹賢祭のコインを測定してもらってたのも、念のためだったわね」


◇◇


「ミツバチが死んでる?」


 目が回りそうな濃い一日を過ごし、家に戻った俺が聞いたのは本業のトラブルだった。


「レイリア村じゃなくて、技術を教えてる村の一つだ」

「別の蜂にでも襲われたとか……。増産計画への影響は?」

「まだ、巣箱を運んだばっかりだから生産は始まってない。それに、被害は一部の巣箱だけらしいぜ。元々ベルトルドの飛び地でレンゲ以外の花が使えるかの試験だ」


 あの村か、ベルトルド大公が王都に滞在するときの便宜のための、いわば在京領だ。王都から近いという立地を生かすため、前倒しで始めていたんだったな。


「ただ、そこの村長が言うには、蜂の死骸を食った動物が一緒に死んでるって話なんだ」

「待て、それはまずいだろ」


 増産どころじゃない。昆虫よりも動物はずっと人間に近い。もし蜜にほ乳類に感染する病原菌や毒物でも混じったら。


「蜜に毒性でもあったら大問題だ。もし蜂蜜が取れても食べず、死んだミツバチの巣は保管しておくように伝えてくれ。死んだって動物も。直接行って最優先で対応しないと」

「すぐに連絡する。ただし、若旦那が行くのは二三日待ってくれ。レミがベルトルドの方にとられてて、護衛の手が足りない。いくら王国が平和だからって、ウチくらい派手にやってれば、いろいろ注意しないとな」

「……わかったよ」


「好事魔多しか」


 ジェイコブが部屋を出たあと、俺は机の前でため息をついた。トラブルは俺よりもずっと友達が多い。きっと人間味溢れるやつなんだろう。リア充め爆発しろ。ただし俺から離れた場所で。


 予言、王国の派閥争い、帝国、そして本業。情報の奔流に振り回されそうだ。だが、どれもおろそかには出来ない。


「アルフィーナは明日も休みかな」


 机においた小さな布袋を見た。手にとり振ってみる。カチャカチャと安っぽい音がした。王都を離れる前に渡せれば良いんだが。

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