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2話:前半 対策会議

「ではアルフィーナ様。もう一度お聞きします」


 広い円形の会議室に甲高い老人の声が響いた。


「はい」


 この部屋の格式は、御前会議の為に置かれた玉座が証明している。新年祭の予言を告げた時は入ることすら許されなかった場所に彼女は座っていた。


 彼女に問うのは豪奢な法服を着た白髪の痩せた男。王国宰相サイプレス・グリニシアス公爵。対策会議の主催者である。


 ちなみに、一度目の会合に申し訳のように顔を出して以来、玉座は空いたままだ。


「予言の水晶が告げる災厄が、飢餓であることは間違いがありませんか」

「はい、間違いないと思います……」


 アルフィーナは悲惨な光景を思い出す。痩せこけた手足に、腹部と足の甲に不自然な膨らみという痛々しい姿。目の力を失った子供が、道端の草を漁っている。直接脳に流れ込むのでなければ、瞳を覆ってしまいたくなるような光景だった。


「北方であるということは?」

「はい。ただ、あくまで災厄の来る方向ですから。場所や原因に――」

「しかし、おかしいですな。現在まで得られている農地の情報をいくら検討しても、不作の兆候はありません。季節はすでに晩夏。麦の穂が実り始めているのですが」


 老人は机に置いている分厚い紙の束を手で押さえた。アルフィーナの言葉を簡単に遮ったことからわかるように、彼にとって彼女は水晶のイメージを伝える道具に過ぎないのだろう。


「水晶は災厄を直接見ることは出来ません。ですから……」


 老人の冷たい目にひるまず、アルフィーナは役割を果たそうとする。

 それでも、どうしても前回の予言を解き明かそうとした時と比べてしまう。


 あの時、彼女はその甘い考え方を同い年の少年に問いつめられた。言葉はぶっきらぼうで追究に容赦なかった。一方、宰相は丁寧で慇懃な態度は崩さない。それなのに、どうしてこうも違うのだろうか。


「……一度当たったからといって、次も当たるとは限るまい」


 義理の兄、血のつながりから言えば従兄弟に当たる男が言った。こちらは明らかに敵対的態度だ。


「外れたならそれでいい。当たると仮定して対策を練るのが有事への対応だろう」


 勲章をつけた騎士服の男、この部屋ではアルフィーナに次いで若い、がフォローした。


「両殿下のご意見はいずれもごもっとも。ですが、この時間も調査費用もただではありませんからな」


 宰相が二人の王子をとりなしながら、さり気なく主張を加えた。もう半刻以上、議題は進んでなかった。


「今日の会議はここまでとしましょう。巫女姫には引き続き水晶に向かっていただき。我々は不作の兆候を掴むことに力を注ぎましょう。ハウエルは引き続き降水量の調査。ロドスは各地の備蓄の査察計画を作成。定められた備蓄量をごまかしている領地がないか特に注意せよ」


 宰相はもはやアルフィーナを見ずに、官僚たちに指示を始めた。指示に反応して、八人の男女が動き出す。第二王子や第三王子との打ち合わせを始める官僚もいる。政治に疎いアルフィーナにも、彼らの動きはチームとして整っていると感じた。


 実際、宰相以下が精力的に行動しているのはこれまでの会議でもわかっている。飢饉に備えた備蓄の確認など、万が一のための措置も正しいのだろう。


 それでも、これで未知の災厄に対処できるのだろうか。彼女の中に募る不安は日を追う毎に大きくなっていた。


 魔法のように一度目の災厄を解決してしまった彼を見たからこそ、彼女は考えてしまう。このやり方ではおそらく、あの災厄は防げなかった。


 彼らは誰でもできることを、誰よりも正確にこなしているだけではないか。調べること自体を目的にしているのではないか。


 聖堂へと戻るドアへと歩きながら、彼女は唇を噛んだ。


◇◇


 頭を下げるクラウディアの前で、重いドアが閉まった。六角形の部屋の中でアルフィーナは一人になった。石造りの冷たい部屋の中で、少女は思わず肩を抱いた。中央にある丸い祭壇には、予言の水晶が鎮座している。


 透き通った球体から赤い魔力がゆらゆらと立ち上る。部屋の空気まで不吉なものに変えているようだ。

 幸いというか、新しい反応はない。そもそも、今回の予言はすでに明確なイメージとなっている。


 彼女は神官衣の裾から一冊の本を取り出した。本を開くと、赤紫の花が貼られた栞が現れる。彼女はそれを胸に抱くと、テーブルを離れ小さなベッドに腰を下ろした。


「今頃どうしてるかな」


 まだ学院だろうか。ミーアやリルカといった、彼女よりも遥かに彼に近い立場の娘たちに囲まれるリカルドが思い浮かぶ。一人部屋にこもって、禍々しい水晶に向き合う自分が惨めに見えた。


「リカルドくん……」


 つぶやきが漏れた。一度目の予言の時、他に誰も頼る人はいなかった彼女に一人手をさしのべた。紹賢祭の時、彼女を孤立させようとしたヒルダに誰も顧みない中庭の管理を押し付けられた。内心楽しみにしていた祭りを一度は諦め、その役割を受け入れた。だが、気がついたら彼と一緒に祭りの中心に居た。


「だめ」


 アルフィーナは首を振った。彼女は自分の役割を果たさなければならない。彼女が生まれた価値を証明しなければならない。愛する両親のために。それは、あくまで彼女の望みだ。


 彼には彼の目的がある。完全に理解していないが、彼の夢がとても大きいことくらいはわかる。紹賢祭の後、株式やホールディングスの仕組みを説明した時に、大領主である叔母が何度も呆れた位だ。彼の日常の忙しさも、その一端を直接見た。


 さらに、彼は目立つことを嫌う。少なくとも、国難を救った英雄という立場を欠片も求めていないことは明らかだ。


 一度目の予言が解決した後、彼があまりに報われないことに悩んだアルフィーナは、ルィーツアに相談した。公式の場で、王女と踊るのは最高の名誉であるという言葉に背を押され、ダンスに誘った。今思えば、あれもダメだったのだろう。


 申し訳ないと思いながら、あの行動を後悔できない自分に彼女は戸惑う。


 彼女には彼に与えられるものがない。彼が何を望むのかわからないのだ。


「なんでも望んでくれればいいのに」


 アルフィーナは栞に向かってつぶやいた。思わず力を込めた指が、赤紫の花の形を僅かに歪めた。


◇◇


 株主総会から二日後。人気のない廊下を通り、人の居ない図書館でミーアと合流した俺は、書庫から館長室に入った。


 まるで秘密基地だな。


 大人の隠れ家と言えないのが悲しいが、部屋の中のとっ散らかりようも雰囲気に拍車をかけるのだから仕方がない。図書館長の仕事できないだろこれ。ああ、最初からやってなかったから問題ないのか。


「予言については儂の耳には何も入っていない」


 俺の質問に館長という名の趣味人は言った。この二日アルフィーナは学院に来ていない。聖堂から出られないらしい。


「先の魔獣氾濫の功労者でしょう」

「この前の祭りで宰相に睨まれたかもな。……冗談じゃ。あの公爵はそんな面白みのある人間じゃないわい。物事を分けて考えたがる性格でな。儂の専門が関係ないと思ったら相手にせん。後は予算と予算にしか興味がない」


 そういえば研究費を削られたという恨み言を聞いたことがある。


「じゃあ、水晶の仕組みについて知りたい、どんなメカニズムで動いてるんだ」

「予言の水晶の仕組みか。宮廷に居た時、興味を持って調べたことはある」


 フルシーはアンテナをいじる手を止めた。


「じゃが、それを知ってどうする」

「先輩はアルフィーナ様のことが心配なんです」

「違う、未来を見せるなんてとんでもない力だろ。だから……」


 科学リテラシーが抜け切れない元二十一世紀人類としては、予言という言葉には未だに抵抗がある。ついでに言えば経済予言という、必ず外れるという意味では信憑性抜群の予言を沢山知っている。


「解ったことはな、水晶がどんな仕組みで動いているのか誰にも解らんだろうということじゃ。あのクラスの魔具はいわゆるアーティファクト。人間が作ったかどうかすら怪しい」

「そのレベルでブラックボックスなのか。でも、この前使ったその指輪も魔具は魔具なんだろ」

「まあそうじゃな、魔力を流して効果を得るという意味では指輪も水晶も変わらん」


 フルシーは自分の指輪をなでた。魔力を流す回路、魔法陣とでも言うべきか、が微かに浮き出た。人間の意志に呼応してある程度制御可能なスイッチ群だと思うが、資質のない俺には扱えない。


「アルフィーナ……当代の巫女姫はある意味特殊だろ。こんなぽんぽん予言が出てくるのは、使い手の資質なのか、それとも環境要因か。それを判断したい。例えば、予言が出るときは水晶が予兆を示すんだよな。その頻度が変わらないのに予言が多く出るなら、それは巫女姫の資質。水晶の予兆その物が増えているなら、予言が現れるような状況、つまり災厄が増えるように環境が変化しているってことだろ」

「最初からそう言え。それなら資料がある」


 フルシーは戸棚を開いた。手書きの枠に数字が並ぶ紙を渡された。


「五年前から五十年前までの予兆の記録じゃな。四代の巫女姫の間、水晶の光る頻度は変わっておらん。まあ、全員が資質がない飾り物だった可能性もあるが」

「アルフィーナ様は今年になって小さなものを含めると三度目だと言っておられました」


 ミーアが口を挟んだ。それって、裸の付き合いで得た情報……。じゃない。なるほど、記録では水晶の反応は一年に一度有るか無いかだ。半年に三度と言う頻度は突出している。


「環境が災厄を増やす方向に変化した可能性があるわけだな……。となるとやっぱり」


 俺はフルシーの持つアンテナに目を向けた。


「そうじゃな、これまでなかった西方の魔脈変動を考えれば。大きな魔力の流れの変動が起きている可能性がある。そなたの仮定が真実味を帯びるな。相変わらずお前の考え方は特殊じゃな。災厄ではなくそれが起こる原因や環境その物を調べようとする。普通は起こった災厄に対処するのが精一杯。せいぜいが、起こることを考えて備えるまでじゃろ」


 科学技術で環境を操作することが可能だった世界があるんだ。それでも、大規模な災害には対処するしか出来なかったし。環境操作が逆に公害みたいな形で、災厄を生み出すこともあったけど。


「……」

「ふん、あまり焦りすぎるなということじゃ。話を戻すぞ。西方には簡易とはいえ測定所が出来た。アンテナも改良が進んでおるし、紙の感度も上がった。三十年がやっとだった、年輪からの測定も。ほれ、八十年が可能になった」


 フルシーは自慢気に黒紙を取り出した。前回よりも明確な濃淡が映しだされている。ミーアが協力して作った減衰曲線で補正すれば、赤葉樹がある場所なら百年近い魔力の変動がわかるらしい。


 明らかな進歩を見て、俺は少しだけ冷静になった。このプロジェクトは人材に恵まれすぎてるぐらいだ。


「確かに焦りすぎてた。でも、これなら帝国の測定もできるんじゃないか」

「いきなり国外の話か? 焦りすぎてたという言葉の定義が違うようじゃな」


 日進月歩で技術革新が起こってた世界が……。いや、もういい。


「帝国が魔獣の害に困ってるんなら、魔脈からの魔力の増加が起こってるってことだろ、長期的な変化のサンプルとして面白いと思いませんか、賢者殿」

「むむ、確かにそれは知りたいな。じゃが、サンプルを入手できるか」


 すっかり科学者の目になったフルシーが言った。ミーアが心配そうに俺を見た。いや、流石に帝国まで木こりの真似事に行ったりはしない。


「そこら辺は商人としてのコネでなんとかしてみるから」


 この後の会合でちょうどそこら辺の話が出来る。


「ほう、期待しておこう」

「じゃあ次は、王国帝国を含めたこの大陸の地形について質問があるんだけど」

「おまえ、さっきからの話の流れ理解しているか?」

「無理です、先輩は……」


 大陸の地図を広げようとする俺に、二人の呆れた視線が刺さった。

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