1話:中編 株主たち
株主総会は大公邸大ホールが会場だった。流石に学院のほどは大きくないが、結婚式くらいは開けそうだ。
会場の中央に円形に並べられた机には、まったく違う立場の人間が座っていた。右側が、俺とミーアと親父というヴィンダー勢。つまり平民組。反対側がアルフィーナと大公という貴族王族組だ。円卓がいつバランスを崩してもおかしくない。
大公の後ろにはいつもの執事と侍女。更に、モノクロームの中年男が控えている。始まる前に、財務担当者だと紹介された。こちらを見る目に軽蔑の色はないが、無表情を頑なに崩さない。
ちなみに、ミーアも俺達の後ろに控えようとしたが、大公に止められた。招いた以上は客だそうだ。まあいい、彼女をただの従者や部下と思ったことなど一度もない。
「では始めてくれ」
俺をちらっと見て、親父が立ち上がった。こういう場でなければ溜息の一つもついたはずだ。
「経営者としてヴィンダー商会の今後の事業方針について説明させていただきます」
かしこまった顔でそう言った親父は、蜂蜜ビジネスについて説明していく。一度話を始めると恐れも気負いも感じられない。本番に強い性格はこういう時は頼もしい。
大公の出資とそれを信用にしたケンウェルからの借入金により、事業拡大の資本は揃った。最も重要な、事業を守るための大公の後ろ盾もある。新しいギルド長は一応味方。もはやドレファノにおびえていた銅商会ではない。
養蜂がその持てるポテンシャルを発揮させるための準備が整ったのだ。
アルフィーナの采邑になって遠慮無く増産を始めたレイリア村はもちろん、大公領内を中心に幾つもの村に養蜂を導入する計画が進んでいる。新しく養蜂を始める村には、経験を積んだレイリアの村人を派遣する。
農作業の副業としてでは無理だったが、この規模なら賃金を保証して専属の人間にできる。村の孤児たちも空いた畑や、養蜂その物に関わる仕事を与えられている。
銅の蜜の市場は都市市民層に限られる。市民に甘味という新しい市場を作り出すという目的は不変だ。ただし、プルラとの提携で貴族向けのお菓子素材として評判を得始めている。いずれは上位市場、つまり貴族層も狙える。御用商人の看板と合わせれば、これまで広めた悪評などいつでも覆せる。
ミーアが親父に紙を渡す。無表情だった財務役は今季の収益予定を聞くや、にわかにペンを動かし始めた。無理もない、大公家の領土経営に比べれば小さな割合だが、利益率がとんでもない上、今後拡大していく予定なのだ。
しかも不労所得に近い。領地からの収益は大きくとも管理の手間もまた膨大。年によっては赤字もあり得る。そろばんを弾きたくなるのもわかる。
安全な相手から安全を買うことがどれほど難しいかを考えれば、こちらも不満など無い。
「最終確認ですが、出資比率は商会長の私が30、役員のリカルドが7の計37。大公閣下が63となります」
ただし、これはどうだろう。ヴィンダーの約2/3は大公のものになる。事実上独立を失ったに等しい。現時点で経営は親父が取り仕切り、大公にそれを覆すメリットは皆無だが。
そもそも、法的な裏付けが無い状況で株主の権利やルールなど極端な話紙切れだ。大公がその気になれば、昨日のカレストは明日のヴィンダーだ。
大公が信頼できるから大丈夫? 永遠の信頼を前提にするなら、そもそもルールや仕組みは要らない。
「一つ修正したい。妾の持ち分は49。残り14はアルフィーナの出資とする」
株主総会がアルフィーナが参加可能な日になった理由はこれか。親父に動揺がないところを見ると、知っていたのか。大公の出資比率はこれで半分以下になる。悪い話ではない。だけど……。
「よろしくお願いします。これで、私たちは株主として同じ立場ですね」
「……倍の差がありますよ大株主様」
アルフィーナの笑顔に、俺はおどけることで表情を隠した。レイリアを采地とするアルフィーナは立派なステークスホルダー。大公の説得には、紹賢祭の運営を見たルィーツアと共に口を添えてくれたことも知っている。ヴィンダーでの経験も使って大公に説明してくれたらしい。
それでも、いやだからこそアルフィーナの言葉と表情は引っかかった。
「それで、アルフィーナから一つ提案があるそうじゃ」
アルフィーナは視線を俺の隣に向けた。さて、いったい何を言い出すのか。
「私の持ち分の半分をミーアさんに譲渡します」
「はっ!?」「えっ??」
俺は素っ頓狂な声を上げた。流石のミーアも驚きに固まっている。
ミーアが商会の一部を所有することに何の不満もない。親父もミーアのことは養女にというほど気に入っているし、将来的には当然パートナーとして迎え入れるつもりだ。単純に能力的に考えても、ミーアにはそれくらいの価値は余裕である。
それでも、これは何か違うのではないか。
ミーアが立ち上がった。いまさら気がついた。ドレス姿は、使用人としてこの場に居るのではないという演出として用意されたのだ。それも含めてサプライズプレゼントというわけだ。
違和感の正体がわかった。ビジネスの場で貴族の遊びに付き合わされている気分になったんだ。あれだけ説明しても、結局お姫様は理解してくれなかったのだと。
だからといって、止める理由も権利も利益もない。せめてもの抵抗で、俺は大公を見た。こういうことを諫めるのは後見人の役割じゃないのか。
「恐れながら。株式はそのような遊びに用いるものではありません」
全員の注目の中、萌黄色のドレスの少女はきっぱりと言った。大公や王女、雇い主である俺たち親子、と対等な立場。そして、農民基準なら何十年分の収入。いや、配当を考えればさっきの事業計画が話し半分でも一生遊んで暮らせる。
それを、ミーアはきっぱりと拒否した。俺が考案して、俺達が苦労してつくりあげようとしているシステムは、ごっこ遊びではないと。そうはっきり言った。
「問題ない。これは魔獣氾濫阻止に関するそなたの褒美の分じゃ。国難を防いだ功績は賞されねばならんじゃろう」
だが、大公が首を振った。確かに、俺が手柄を譲ったことで、資料集めや計算に活躍したミーアの功績も譲ってしまっていることは気になっていた。……ううむ。
「では、私への褒美は先輩……リカルドに渡してください。私はリカルドの部下ですから」
「そうはいかん。あれはフルシーの監督下で行われた活動じゃ。建前上、学生としてそなたとリカルドは対等な立場。別々に賞すべきであろう。アルフィーナの出資はレイリアからの税で支払われる以上、その一部をミーアの褒美としても、そこまでおかしなことではあるまい」
「っ! で、でも……」
どれだけ理由をつけても、これはアルフィーナのお花畑思考が成したことだろう。三人仲良く七パーセントずつ。身分の差はともかく、株主としては同じ立場というわけだ。
だが、ここまでちゃんと理由がつけられたらいいのではないか、そう思い始めている自分に気がつく。この甘すぎるやり方に、暖かさを感じてしまったのだから仕方がない。
ここに来る前の自分は従者に過ぎないというミーアの言葉。あれを否定できるのは、俺にとってもやはり嬉しいことなのだろう。
「受け取っとけ。それとも、経営側の議決権強化を邪魔する気か?」
「そ、それは……」
俺が言うと、ミーアは泣笑いの顔で頭を下げた。
「分かりました。アルフィーナ様。喜んで受け取らせていただきます」
「はい、これからもよろしくおねがいしますね。ミーア先輩」
アルフィーナは微笑んだ。彼女はこれでいいのかもしれない。利害やルールに頼るのは、俺のように人徳のない策士のやり方だ。まあ、さらなる株主教育は必須だけど。
◇◇
「ではリカルド君、後で」
「先輩、じゃあ行ってきます」
アルフィーナとミーアが連れ立って浴槽に向かう。二人でお風呂とか羨ましい。じゃない……。
「混ざりたかったか?」
「……からかわないでくださいよ」
二人の後ろ姿、というかこのあとの姿、を想像しそうになる眼を無理やり貴婦人に戻した。彼女が俺を残したということは、もちろん覗きの監視などという理由ではありえない。ちなみに、大役を終えた親父は自分にあてがわれた部屋に引き下がっている。
「先ほどの処置、どう思った」
「正直言えば甘いかと思いました」
「そうよな。だが、そなたらの付き合いは長くなりそうじゃ。次世代にも相応の責任と権利を与えておく。これも、株式という仕組みの活用法じゃろう」
俺たち三人が合わされば21パーセント。つまり、大公と親父が対立した場合は、俺達がまとめて賛成したほうが通る。また、俺達三人が賛同したことなら。どちらかを説得すれば通せる。学院組がある意味キャスティングボートを握りうる配分だ。
ヴィンダーの掲げる目的、総合商社の設立、のタイムスパンを考えれば、俺達が責任を背負わなければいけないことは確かだ。そう考えると、むしろ長期的な可能性を信じたとも言えるのかもしれない。
「そこまで考えていただいたなら」
俺は最後のわだかまりを捨てることにした。
「それにしても、あの娘の言葉は見事じゃったな。そなたにはもったいないぞ」
「解ってますよ」
「もっとも、確かにアルフィーは甘いがのう。最初は妾も止めたのじゃ。安易なことをすれば却って友好を損なうとな。じゃが、あの娘とは対等な立場でなければいけない気がするなどと、可愛いことを言うのでな。くくっ、本人もどこまでわかっているのか……」
納得しかけた俺に、大公は意味がわからないことを付け加えた。だが、今大事なのはそこじゃない。俺は本来なら雲の上の権力者をまっすぐ見た。
「それで、俺を残した理由は?」
ビジネスと友人関係を混同する以前に、ちゃんと引いておかなければいけない線がある。王族との関係は、本人たちの意志とは関係なくただの友情では済まない。少なくとも周りの人間はそうとらない。俺が学院でアルフィーナのお気に入りなどと根も葉もない噂の対象になっていることで、それは明らかだ。
ミーアを巻き込む以上、大公が必要とする物と範囲をはっきりさせておかなければならない。
「もちろん、こちらの都合でもある。今後を考えれば、アルフィーにはしっかりとした味方が必要でな。これからはその話じゃ。いい場所がある、ついてまいれ」
恐ろしいことを言うと、大公は羽扇で廊下の向こうを指した。やれやれ、第二の本番か。利益の分配などよりも遙かに重要な、リスクの管理だ。




