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1話:前編 挨拶

「ヴィンダー先輩。おはようございます」

「おはようございます。ヴィンダー様」


 二学期最初の二日を仕事で休んだ俺は、一人だけ初日気分で廊下を歩いていた。二人の女生徒から挨拶されるというハプニングはその時起こった。


「……あ、えっと、おはよう。…………様!?」


 知らない顔だ。下級生だろうから先輩はわかる。だが、様付けされる理由はない。

 いやまて、一学期に後輩から挨拶された記憶なんて無いじゃないか。

 

 やっぱりおかしい。人の顔を覚えるのが苦手スキルを発揮して忘れているだけか? いや、二人共一度見たら印象に残るくらい整った顔だった。強力なスキルだが、男の本能に基づいた情報は流石に例外なのだ。


「なあ、今のは何だ?」

「何だと言われても、通りすがりの一年生から”ただ”の先輩への”普通”の挨拶では?」


 こういう時こそと秘書に頼った。だが、ミーアの答えはにべもなかった。

 

「いや、挨拶なのはわかってるんだが」


 知らない人間からいきなり挨拶。俺にとっては魔術攻撃だ。混乱の状態異常が付与される危険性がある。

 

 そもそも挨拶とは何か。俺の持論では反射である。人間にとって一番大事なのは安全だ。そのためには目の前に居る存在が危険かどうかの判断は最優先。この判断は、道路を歩いているとき車が突っ込んできた時どうするかと一緒で、考えていては間に合わない。

 

 そのためのツールが挨拶だ。相手に自分が敵ではないとアピールし、相手から挨拶が返ってくれば敵じゃないと安心する。挨拶すべき相手かどうかは、顔を見た瞬間に判断している。そこに理性や思考が介在する余地はない。

 何が言いたいかといえば、挨拶される度に相手の意図を考え始める俺はコミュ障だということだ。

 

 まあ現状なら、仕方なく潰した某ギルド長とか、やむなく失脚させた某副ギルド長の関係者に警戒しているので、正しい保身のあり方といえよう。

 つまらないことを考えていると、もう一人の下級生が歩いてきた。金髪のツインテール。小顔の可愛い子だ。吊り目がちの大きな目と、知らない人から反射的にそらそうとした俺の目があった。少女は進路をこちらに修正した。

「あ、おは……」

「ふんっ!」

 下級生女子はわざわざ俺の前まで来てから、俺を睨んで進路を変えた。せっかくの迎撃挨拶が空振りだ。

「……なんか学院に戻ってきたって感じがしたな」

 ちなみにコミュ障にも長所がある。たとえ相手が挨拶を返さなくても動揺しないのだ。まともなコミュ能力を持っている人間は、それに驕る。挨拶すれば必ず返ってくると無意識に仮定している。

 だから、極たまに返ってこなければ、階段を踏み外したレベルで動揺する。俺にはそれはない。常に挨拶しても返ってこないリスクを考えているからだ。

 

「……先輩がおかしな性癖に目覚める前に言っておきますけど、ドレファノとカレストの両方と取引があった商家の娘です。警戒してください」


 ミーアが溜息とともに説明してくれた。なるほど、ドレファノが強かった時はカレストは普通にギルド長に従ってたんだよな。そういう立ち位置の商会もあるか。

 

「おはようミーア。せっかくの新学期なのに明るくしないと。ついでにヴィンダーもおはよう」

「ああ、おはようリルカ。なんかミーアのやつ機嫌が悪いんだよ。それにさ、下級生から挨拶されるようになって困ってるんだが、なにか情報はないか?」

「そんな情報の求められ方は初めてだけど……。まあ、たった四年で銀に昇格した期待の新星ヴィンダーの跡取だからでしょ」

「なんだそれ、学院に通う銅はウチだけだったんだ。昇格しても一番下だろ。新参者は死ねが標準反応じゃないのか?」

「あのね……。それだけじゃないでしょ。救国の聖女、平民学生の女神アルフィーナ殿下とお近づきになりたい。西の大公エウフィリア・ベルトルド閣下のコネが欲しい。憚りながら、食料ギルド長ケンウェル商会に繋がりを持ちたい。あんたに近づく理由なんて山ほどあるでしょうが」


 となると、先ほどの最初の二人の挨拶は反射でなく、思考の結果ということか。よけいに怖いぞ。俺を睨んだ金髪女子が素直でいい子に見えてくるレベルだ。

 

「死ぬほど迷惑なんだが。誰がそんな厄介なレッテル張ってるんだ」

「そりゃ、ダルガン、プルラの両先輩に…………。あと私も?」

「ミーア、友達は選べよ」

「いやいや、そうじゃないでしょ。ミーアの心配も解ってあげなきゃ。ねえ、心配だよねミーア。蜂蜜だけにハニー……」

「リルカ。私友達を選んだほうがいいかも」

「そりゃないよ」


 リルカは両手を広げてミーアに哀れをこう。うん、リルカに対してはいつもどおりのミーアか。

 

「……えっと、今日もアルフィーナ様は来られないのかな」


 友人のジト目に耐えかねたリルカが、露骨に話題を変えた。ちなみに「こいつ今話題を変えたな」と俺が気が付くレベルは全て露骨と定義される。少しでもさり気ないと俺は気付かないからだ。

「そうだ、王女殿下の事を聞かれたらお前が王女の友人だと紹介しよう。おまけにケンウェルの一員だ。これで面倒の半分はお前に行くな」

「無理ね。例えば、私はアルフィーナ様が今どうしてるかなんて知らない。でも、ヴィンダーは知ってるんじゃないの」


 俺の名案は一蹴された。

 

「先輩は今日会えますからね」

「ほら……って予想以上だね。ま、いまさら驚かないけど。次はどんな大事をやらかすの?」

「たまたまだ。それに、れっきとした仕事だからな。ちゃんと堅実なやつだぞ」

 この世界で初の株主総会を開くだけだ。

「仕事って、お姫様にメイド服を着せるあの倒錯した行為のこと?」

「ほんと容赦なくなってきたな。不敬罪で首飛ばされるぞ。それに、ミーアも招待されてるだろ」

「へえ、すごいじゃない」

「私は先輩の従者としてだから。先輩や、……アルフィーナ様とは立場が違うから」

 ミーアは言った。いや、招待状にはちゃんと名前があったじゃないか。


◇◇


 王都でも有数の規模を誇るベルトルド大公邸。その中央にある大公の執務室に俺たちは居た。到着の挨拶をして部屋を出ようとすると、大公がミーアを呼び止めた。傍らに控えた侍女が、ミーアを見て手をワキワキさせた。

 

「……私には似合いませんから」

「遠慮することはないであろう。アルフィーが世話になった礼と思えば良い」


 大公の言葉に、侍女がミーアに迫る。彼女の手には萌黄色のドレスがある。これを来て出席しろということらしい。大貴族の気まぐれも大変だ。

 

「俺は外にいるから」

「見捨てるなんて上司失格です。あ、あの、ですから、私には似合いません。それに、そんな服きたことが……。ひゃあ、脱がさないでください」

「心配するな。メイアはその道の専門家じゃからな」


 廊下に出ると、窓枠に身を預けた中年男がいた。西の大公邸には似合わないくたびれた姿だ。

 

「リカルド君。今日は任せたからね」

「いやいや。経営方針の説明は会長の仕事でしょう」

「リカルド君も株主なんだけど」

「株主っていうのは、むしろ説明を受ける側だからな」

「ボクも株主……。はあ、本当にこの株式って仕組みは面白いね。所有と経営の分離とか、普通なら考えられない」

「今はまだ分離してないけど。大公の出資を受けてもルールを通すには仕方ない。まあ、重大案件の拒否権は握られてるけど」


 俺は探るような目で上司を見た。大公の出資が予定よりも増えている。議決権を強化されたということだ。大公の出資は半分以下に抑えるはずだった。部分的にとは言え、大公の財産ということで安全を確保。大公出資の信用で有利な利率で借金をする。そういう計画だった。

 

 とんでもなく虫のいい要求だが、大領主である大公にとってヴィンダーの規模は小さい。株式のシステムその物に興味を持たせ、面白いおもちゃだから観察対象として好きにさせてみよう、と思ってもらうのが交渉の肝だった。俺が模擬店でシステムの力の一端を見せたことで、交渉は有利に進むはずだったのだ。

 

「いや、だからいつも通りリカルド君がやり過ぎ…………。おお、ミーア! まるで天使のようじゃないか」


 メイドに付き添われて出てきたミーアを見て、親父は息子から一瞬で意識を逸らした。


「昔から女の子が欲しかったんだよね。何しろ息子はまったくと言っていいほど愛想が無いし」

「待った、話はまだ…………」


 そう言って振り返った俺は絶句した。シンプルだが一目で高級な布だとわかるドレスを着た女の子が居た。肩を出しているのと胸元の一輪の花の刺繍が新鮮だ。普段が地味だからこそ、見違えるほど華やかに見える。


「……どうでしょうか。先輩」


 珍しくモジモジとする仕草も初々しく、さらに調子を狂わされる。

 

「じょ、上司である会長が褒めたものを貶せないな、部下としては」


 吸い付けられそうになる視線を無理やり逸らした。メイドがミーアに何かを耳打ちした。ミーアは一瞬頬を染める。そして、俺の前でぎこちなく一回転してみせた。スカートの裾がふわりと舞う。反則だろ。


「ま、まあ。その……だ、見違えたのは確かだ。うん」

「くすっ。先輩に気の利いた褒め言葉なんか期待してませんから。良しとします」


 ミーアはキョドる俺を見て笑顔になった。


「まあミーア。とても良く似合いますね」


 ちょうどその時、廊下の向こうから白いドレスの令嬢が現れた。

 

 可憐な姿に、どうしても祝賀会のダンスの時を思い出してしまう。制服姿のアルフィーナには結構慣れたつもりだが、こうやってお姫様力を発揮されるとこのザマだ。

 

「リカルド君。ちゃんと褒めましたか?」

「ほ、褒めましたよ。と言っても本物のお姫様のお墨付きに比べれば、なあミーア」


 女の子の服装を褒める技術を採点されてはたまらない。俺はミーアに向き直ると言った。

 

「……はい。ありがとうございます。アルフィーナ様」


 さっきの笑顔を一瞬で仕舞い、ミーアはかしこまって答えた。ヴィンダーで新人アルバイトをしごいていた指導者の姿はない。大公の目を気にしているのだろうか。

 

 まあ、ミーアは優秀だからな。俺と違ってそういう切り替えもちゃんとできる。

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[一言] デレミーアちゃん可愛過ぎる
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