10話:前半 夏休みの終わり
紹賢祭が終わって一週間。夏休み最終日のヴィンダー商会は、祭りの前よりも忙しかった。
「先輩、プルラ商会から注文届きました」
「いきなりこの量かよ。どれだけフレンチトースト売るつもりなんだ」
「先輩が取った注文なんですからしっかりしてくださいね。後もう一つ、ロストン商会から新しいサンプルが来ました。この一週間で四つ目です。何だと思いますコレ?」
ミーアがジト目で箱を開いてみせた。兄に届いた通販の美少女フィギュア、とまでは行かなくともプラモデルを見つけたくらいの温度だ。箱にはゴツゴツとした黒い塊が入っている。ニンニクのような微かな香りが鼻に届いた。
「うお、トリュフじゃねーか。超高級食材だろ」
「……手紙にはキノコとありますね。家畜の餌だと書いてありますが」
「あ、ああ、なるほど豚の……。一度しか食ったことないぞ。使い方なんか覚えてない」
確かちょっといかがわしい効能もあったような気がしたが、科学的根拠あったっけ?
「新しく届いた234番から251番までチェック終わりました」
「了解ですフィーナ。では次は――」
夏休み限定のアルバイトは今日もよく働いてくれている。
今日はエックスデーだからできれば避けて欲しかったけど。
「大変だよヴィン!! ……お店間違えました。……えっ!? アルフィーナ様?? どうしてそんな格好……」
「どうしたリルカ?」
店に飛び込んできたリルカは、俺達を見て目を白黒させた。
「なんで平常感漂わせてるの? あんたのところじゃお姫様に店の手伝いをさせるのが普通なわけ!? 流石に引くわよ?!?」
「違う、これは一種の社会勉強でな。それよりもどうした、リルカが来るなんて初めてじゃないか」
「私のほうがレア扱い……。じゃないわ、カレストがギルド本部を出たの。マリア先輩が伝えろって」
「そうか、予定通りだな」
最終確認まで送ってくれるなんて気が利いている。事態は予定通り進行中だな。
「じゃあ、廃棄する壺を玄関に運んでしまおう」
「そんな呑気な。向こうはギルド職員だけじゃなくて、用心棒まで動員してるんだよ」
そこまでやるか。まあいい、スケジュールの調整には苦労したんだから、最大限活かさせてもらおう。
「運び終わったら、ミーアとアルフィーナ様は奥に隠れていてください。リルカはどうする? 店から離れたほうがいいぞ」
「いいわ、二人と一緒に見守らせてもらうわよ」
店の前の道に二台の馬車が来た。一台はかなり豪華な金持ちの移動用、もう一台は大型の輸送用でほろで中身を隠している。二台は”く”の字を書くように店の前に止まった。
これから起こることを外に見せないようにって感じか。
俺はゆっくりと店の前に出た。
立派な方の馬車から、葉巻を咥えた豪華な服装の男が降りた。タバコは知られてるんだよな。なくても広める気はなかったけど。
直々にきたか。背の高さは普通だが、怒り肩でがっしりとした体格。太鼓腹だったドレファノよりも迫力がある。
テオドールと同じ馬車から出てきたギルド職員は後ろでニヤニヤしている。会員だけでなく、ギルド組織もいろいろと問題がありそうだな。当たり前か。
二台目の馬車から、明らかにギルド職員じゃない男達が出てきて店の周りを固める。
「これは何事でしょうか?」
「銅商会ヴィランダー。ギルド長のカレストだ。お前たちには不正な商売の疑いがかかっている、おとなしくギルドの――」
「待てよ」
「なんだギルド長に向かってその言い方は。申し開きは後にしろ」
「違う、ウチはヴィンダーだ。敵の名前くらいちゃんと覚えろ」
俺はちゃんと覚えたぞ。カレスト兄妹の父親テオドール・カレスト。四十五歳。食料ギルドの”副”ギルド長で、ギルド長が空席の今は実質ナンバーワン。紹賢祭の息子の失態でケンウェルに巻き返されている途中。
ほころんだ威信を取り戻そうと、いじめの標的を探していた。ライバルであるケンウェルが、息子の失態の原因であるヴィンダーを銀に推薦するという情報にブチ切れ中。
完璧だろう。
「ふわはははは! 銅が敵だと。息子に聞いた通り、おかしな頭をしてるらしいな。これは正式な査察だといっただろう」
「正式な査察って事前の通告もなしにやっていいんですか? 会長も居ないんで、できれば明後日にしてもらいたいんですが」
明後日という言葉に力を込める。ケンウェルの推薦が出される、とこいつが思っている日だ。
「黙れ。証拠の隠蔽を図ろうとしてもそうはいかんぞ。構わぬから踏み込め」
周囲を固めていた男たちがボスの指示に応じて俺を押しのける。
ガシャンガシャンと陶器の割れる音が響く。玄関先に並んでいた壺を蹴飛ばしたらしい。
「まて、その壺はウチの財産だぞ」
「しるかよ。テオドール様に逆らった愚かさを悔いろ」
俺は店の中に戻ると抗議した。男たちはもちろん相手にしない。また一つの壺が床に叩きつけられる。外にまで聞こえる派手な音がした。
新品にして弁償してもらおう。
店に押し入った男たちは、手当たり次第に引き出しを開けたり箱をひっくり返したりやりたい放題を始める。もちろん大事なものは全部奥に移動してある。それでも腹が立つが……。
「何よ今の音。ヴィンダー、大丈夫?」
「あ、馬鹿でてくるなって……」
奥のドアからリルカが顔を出した。おまけにミーアとアルフィーナまで。空の棚にきょとんとしていた男が三人を見て、顔を歪ませた。
「へ、何だこの店。従業員が上玉揃いじゃねーか」
「おい待て。お前ら……」
「ご一緒に不敬罪はいかがですか?」なんて商売をするつもりはないぞ。俺が同級生女子達の前に立ちはだかった。
「ああ、どけこのガキが」
胸ぐらを掴まれる。とても怖い。早く来てくれ。
祈りが通じたのか、新たに複数の車輪の音がした。表がざわめき始めた。ぎりぎり間に合ったらしい。
「な、なんだこの馬車は。おいここは今取り込み中だ」
「うちの店に何のようですか、テオドール殿」
「ヴィリンダー」
ミーア達がドアを締めたのを確認して、表に出る。テオドールのが荷車に見えるくらい豪奢な馬車から、一人の男が降りて来た。
正式な礼服。ただし、許されるギリギリの値段の布で仕立てられている。しかも、縫製を値切ったせいか買って一ヶ月でほころびが見える。大貴族の馬車を背景にすると、アンバランスがきわだつ細身の四十男だ。
残念だよ親父。制服で間に合わせた俺が言うことじゃないが。
「出資交渉が終わって戻ってきてみると、随分な騒ぎですね」
飄々とした声で、親父はテオドールに言った。
「は、何が出資交渉だ。お前の店はもう終わりだ。不正会計の罪でな。諦めておとなし…………。な、なんで、なんで貴方様が」
テオドールの言葉が途中で止まった。親父の後から、一人のご婦人が馬車を降りてきた。さすが大商人だ、顔を見たことがあるらしい。
「うん? そなた何処かで見たことがあるな」
さすが大貴族だ。副ギルド長程度はどこかで見たことがある程度らしい。
「テ、テオドール・カレストでございます。ベルトルド大公閣下。これは、いったいどのような……。どうして此処に?」
「うん? この商会は私が出資しているのだからおかしくはあるまい」
「は、ははは、そ、そんなバカな」
テオドールは世界に裏切られたような顔になる。
「では、次はこちらが聞かねばな。これは如何なることじゃ。妾の財産が傷つけられているように見えるな」
手当たり次第に荒らされた店内。玄関に散らばる壺の欠片を見て大公が言った。
さり気なく自分の財産とか言うんじゃない。出資比率はまだ過半数を超えてない。株主の定義から言って、一株でもあれば言葉に間違いはないんだけどさ。
「い、いえ、これは何かの間違いで……」
ギルド職員たちが、テオドールからぱっと距離をとった。
「リカルドよ。この男は何と言っていた」
「はい、副ギルド長として”正式”に当家の査察に来たそうです。そちらのギルド職員の方たちと一緒に」
俺はテオドールと彼の後ろで震えている職員たちを指差した。逃がすわけ無いだろ。ギルド職員という立場に守られているからこそ、やれるときにまとめてやらないといけないんだ。
「ほう、では証拠を見せよ」
「い、いえ、それは……」
「聞こえなかったのか? 妾の商会に査察を行う根拠を示せと言っている。今すぐにな。正式というからにはギルドの書類があるはずじゃな。それも見せよ」
テオドールの肩がわなわなと震えた。隠居した副将軍の内政干渉物語なら、ここでブチ切れるところだが……。
「も、申し訳ございません」
男の頭が地面に付いた。土下座、この国にもあったのか。
「この者たちを一人残らず取り押さえ、衛兵に引き渡せ」
新春祭のひな壇は遠かったな。元副ギルド長。




