9話:後半 祭りの終わり
学生会室には、長机で方形の会議室が作られていた。参加商会約四十人と、レオナルド達学生会の役員五人が席についた。
全員が席についた後、アルフィーナとヒルダが入ってきた。
「何もなかった中庭をあのように盛り上げてしまうなんて。アルフィーナさんは大したものね」
「ヒルダ先輩が素晴らしい場所を任せてくれたお陰です」
アルフィーナは素直にうなずいた。引きつった笑顔で応じるヒルダ。思わずさん付けになってたな。
「そ、そう。私が卒業した後も学生会は大丈夫みたいね」
何もない中庭は、ワンプレートランチとフレンチトーストという新しい趣向を生み出し。まるで、流行の発信地だった。午後後半など、三つの区画で一番の賑わいを見せていた。学生会長はさぞかし当てが外れただろう。
「さて、今年の紹賢祭は実に盛況だった。まず――」
レオナルドが当り障りの無い言葉で全体の数字を説明していく。中堅を追い出したバブリーなルールも、小さな部屋を入礼させたマッチポンプも学生会の功績らしい。
「フードコートとやらを管理したヴィンダー君には驚かされた。銅であることを考えればなおさらだ。いくつもの銀商会を凌ぎ、三十位と言う位置に居るのだからね」
おっと、意外にも真っ当な評価が来た。だが舐めないでもらいたい。保身家は褒められようが、けなされようが他人の発言すべてに警戒するのだ。
それはただの人間不信か。ただし、カレスト兄がニヤニヤしてるこの場面では、人間確信と言うべきだろう。
「ただ、君のやり方には幾つか……」
レオナルドが続けると、視界の端でセオドールが腰を浮かせた。
「お待ち下さい。私は、今回の順位については異論があります」
「……どういうことだね?」
レオナルドの声が低くなった。立ち上がりかけたカレストが席についた。ざわついているのは微妙な順位、つまりヴィンダーより少し上にいる商会だろう。彼等は俺がこう言うと思っているに違いない。「あれだけのハンデキャップに打ち勝ったのだから、もっと上に評価しろ」と。
心配しなくても最初からお前らとは争っていない。
「ヒルダ会長とレオナルド先輩の温情で参加を許されたヴィンダーは、他の商会と異なり場所代を免除されております。また、今回の祭りでヴィンダーは何も売っていません。収益はフードコートを活用した模擬店よりもたらされたもの。言わば、ダルガン先輩達の上前を跳ねたようなものです。分不相応な順位を誇るなど、出来ることではありません。したがって、今回の順位については、ヴィンダーは除外が適当だと思います。私としては今年は貴重な経験をさせていただけただけで十分なのですから」
「そ、それは殊勝なことだね」
言おうとしたことを先取りされたのだろう。レオナルドは頬を引きつらせた。
対照的に、俺に抜かれた銀商会達が安堵の胸をなでおろす。紹賢祭の”公式”結果は、夏休みが終われば全生徒に伝わるのだ。これからずっと銅に負けたと後ろ指を刺され続けるのは恐怖だっただろう。俺もやっかみを相手にする暇はない。
それに、これから始めることのためには中立の学生達を味方にしておかなければいけない。
「そういう意味で言えば、中庭を活用した模擬店はもっと高い評価でもいいくらいですが、はは」
ゼルディアが顔を歪ませるのが見えた。おそらく、ウチの運営形態に文句をつけることで、芋づる式にホールディングスのメンバー全てに難癖をつける気だったな。
「そうね。如何に頑張ったとはいえ、他の商会におんぶにだっこでは、同じ条件とは言いがたいですわね。残念ですけどヴィンダーの活躍についてはこの場で褒めるにとどめましょう」
ヒルダが言った。銅なのに銀にもまさる、アルフィーナの友人が有名になることなど、この女が望むわけがない。
「で、ではヴィンダーについては来年に期待ということで、公式結果からは除外する」
レオナルドが追随した。やっぱり、一度筋書き崩されると弱いなこの男は。
「そして、今年の紹賢祭の第一位はカレストということでけって……」
「お待ち下さい。カレストの収益に関して私には疑義があります」
気を取り直したレオナルドが結果を確定させようとする。ジャンが手を上げた。レオナルドのメガネがひくついた。
ジャンはカレストの隣の店として、最終日の客の入りの様子について説明する。前日比、二割減という数字に、参加者たちがざわめき始める。学生会の後ろ盾があるとはいえ、今回のことでカレストを恨む商会は沢山ある。
「誹謗はやめてもらおう。我が商会の後塵を拝した事実を、そのような根拠の無い言葉で覆そうなど、恥を知るがいい」
セオドールが吠えるように言った。予定通りの筋書きが崩され、汗を流すレオナルドを励ましているようにも聞こえる。
「そ、そうだね。会計処理において不正が有ったなど、確かな証拠もなく口にしていいことではない。客の入りなどという印象論ではなく、明確な証拠を示せるのか」
汗を拭くと、レオナルドが言った。そんな証拠が存在するわけがないことに気がついたのだろう。最終的な売上の数値。つまり、紹賢祭で流通したコインの量は、各商会から回収した学生会しか知らない。貴族学生から構成される学生会は中立(笑)なのだから。
しかも、責任者は宰相の次男であるレオナルドだ。疑うなど出来るわけがないと考えているのだ。出来ない。俺達平民学生は無論、ヘタしたら教師だって躊躇うだろう。普通の方向からならば。
「ちょっと失礼させてもらえるかな」
ガラガラという音がして、ドアが開いた。全員の目が入り口に集まる。入ってきたのは老人。片手にアンテナ、片手に紙の束というシュールな格好をしている。
「これは賢者様、如何なさいましたか? ああそうですわ。学生会の主催した特別講演のお礼を申し上げなくては」
ヒルダが言った。フルシーが愚痴っていた講演会は、ヒルダの発案だそうだ。聖女ではなく、フルシーこそ魔獣討伐における学院の功労者であることを強調したかったらしい。
「いや、ちょっと実験の答え合わせをさせてもらいたくてな」
「実験の? 答え合わせとは??」
生徒たちの疑問を代弁するようにレオナルドが言った。次から次へと予定外のことが起こる。その辛さは、よく分かるよ。俺も苦手だった。必死で情報を集める癖は、そうやって作られたんだからな。
「実は、より正確な魔獣氾濫の予測のために測定器の改良をしておってな。今回の祭りの間、その試運転をしておったのじゃ」
「まあ、それは素晴らしいですわ。何しろ賢者様の測定こそが、先だっての国難を防いだ一番の要因なのですから。そのお役に立つとなれば光栄な話ですね。どのように協力すればいいのでしょうか」
ヒルダが頷いた。
「簡単なことよ。各々の場所が得たコインの量を知りたいのじゃ」
「コインの量ですか? 順位を決めるために集計しておりますから大丈夫ですね。レオナルドすぐにお見せしなさい」
フルシーは言った。ヒルダはきょとんとした。今回の不正会計にはこいつは無関係か。
文字通り神輿なのか。しかも、神輿であることに無自覚。とすると、ヒルダとレオナルドの間の繋がりは思ったより浅いな。そして、レオナルドとカレストの間にも貴族と平民というギャップがある。
これは思ったよりも切り離しやすい構造だ。
「なっ!」
「そ、そんな」
案の定、真っ青になったのはレオナルドだ。メガネを落としそうになっている。
カレスト兄妹も、信じられないという顔になっている。
「ふむう、おかしいのう。この二番教室のコインの量が、魔力量から考えられるよりも明らかに少ない。ほかは予想通りなのにじゃ」
フルシーは言った。二番教室はもちろん、ケンウェルのテナントだ。
「実物としてのコインの数を確認させてもらうか」
「そ、それは……」
「ああ、気にするでない。これはまだ試作品だ。間違っている可能性はあるのは分かっておるよ。だからこそ、実際に確認しに来たのじゃからな」
フルシーは笑顔で言った。レオナルドはメガネを直す余裕も無くなっている。
三つの金庫のような箱が開かれた。カレストと無作為に選ばれた2商会の収益である。まずは無関係の2つの商会のコインの数が数えられる、僅かな誤差で賢者の予測と一致した。会議室には感嘆の声が上がる。そして、もちろん……。
「ふむ、二番教室のコインの量も測定結果と一致するではないか。そちらの数値にミスが有るぞ。二割は違いがある」
二割という数値に、会議室の視線が一斉にカレストに集まる。
「どういうことですかレオナルド」
ヒルダが部下を睨んだ。
「いえ、こ、これは、そうですカレストが報告を過ったのです」
「レオナルド様!」「そんな」
切り捨てられたカレストの二人が悲鳴のような声を上げる。プルラの果物代金、高くついたな。
「では、ミスを修正して新しく順位を……」
レオナルドが言った。カレストはケンウェルに抜かれるどころか、三位に落ちる。だが、その程度のことで済ませる訳にはいかない。
「レオナルド様。商家の立場として言わせていただければ、このような不正をその程度で許しては紹賢祭の信用その物に関わります」
ジャンの言葉に、参加者の多くがうなずいた。彼らは殺気立っている。食料ギルド以外の商会もいるし、独立系もカレストの影響は薄い。何より、あのやりようが反感を買っていないはずがない。カレストにまったく味方は居ない。
ヒルダは知らんぷりだ。レオナルドは目を左右に泳がして、必死に言い訳を考えている。同罪であることは明白だが、いくら問い詰めてもこの罪状でレオナルドを潰すことは出来ない。カレストから金銭を受け取った証拠でも出れば別だが、流石に無理だ。
というか、おそらくそう言った話ではないはずだ。
「レオナルド先輩は公爵家のお方。商家の作法など不慣れなのではございませんか。商家のものが、こうだと差し出した帳簿のミスを見逃しても無理はございません」
「そ、そのとおりだ」
ジャンが言った。レオナルドが飛びつく。
「では、こういうのはどうでしょうか。今回の不正がどのような形で行われたか。カレストの帳簿をこの場で精査するというのは。同業の者同士で確認すれば、今後の抑止力ともなります」
「なるほど、商会同士で解決するというのだね。それはいい案だ」
レオナルドは一も二もなく賛成する。これで話は平民同士。何があろうと自分が逃げられるのだから。
「待ってください。紹賢祭のものとはいえ、帳簿を他の商会に見せるなど。しかも、ケンウェルに」
セオドールが机に拳を叩きつけた。セルディアは青くなったまま震えている。当然だ。帳簿を見られるのは衆人の前で丸裸にされるようなものだ。
「では、中立の立場であるヴィンダーにその役目を果たしてもらうのはいかがでしょう」
マリアが発言した。
「そ、そうですわね。ヴィンダーの公正な態度は先ほど示されたばかり。私はそれでいいと思いますわ」
「うむ、順位が関係ないヴィンダーなら、公正に判断できるではないか。帳簿を出すのだセオドール」
学生会の二人は、もはや収拾を図るのに必死だ。俺を睨んでいたセオドールの肩が、ガクッと落ちた。
「ミーア手伝ってくれ」
俺はミーアを隣に座らせて、帳簿をめくる。幾つかの数値を確認するふりをする。ミーアは横でフルシーの実験結果と突き合わせるふりをする。別にこれ以上の不正が眠っているなどとは思っていない。欲しいのは情報だ。
「賢者様の実験結果と、一致しております。先ほど出た以上のごまかしはないと判断いたしました」
思ったより早く済んだことに、カレストが戸惑っている。知らないだろうが、ミーアは数字の群れなら写真の様に記憶できる。数が高さや色を持ったパターンとして見えるのだ。後は、ウチが持っているホールディングスのデータ。さらにケンウェルの協力があれば、彼らの動向はある程度把握できる。
「学生会まで欺いたカレストの責任は大きいと言わざるを得ません。カレストを失格とすると共に、学院に報告します」
法院に飾られている真実の女神のようなポーズでヒルダが言った。少しは監督責任感じていいんだけど。
リストの頂点に君臨していた名前がバツで消される。王都の名だたる商会が集まる紹賢祭で、跡継ぎが引き起こした不正会計。学院のみならず、商業ギルド内での評判はガタ落ちになるだろう。
◇◇
「まさかリルカ達だけじゃなく。僕らまで助けられるとはね」
「本当に参ったわ。あんな仕掛けを隠してたなんて。コインの情報を欲しがったのはそういうことだったのね」
「ホールディングスのメンバーに手を出されたので。管理者として反撃しておかないといけなかっただけですよ」
「それは、銅の発想じゃないんだけどね。……さて、うちはどんなお礼をすればいいのかな」
ジャンの言葉に俺は頷いた。カレストの恨みには対処して置かなければならない。
「二つあります。一つ目ですが、ケンウェルがヴィンダーを銀へ推薦するという噂を流してください」
「噂じゃなくていいんだけど」
「そうよね。今回貴方と組んだ独立系も賛成するわ。トリットやベルミニ、ロストンを合わせれば推薦者は揃うわよ」
伝統ある商業ギルドでは、昇格は単に規模や業績ではなく、商会員の推薦が必要なのだ。それも、一つや二つではない。
「銀看板に興味はないので」
「銅はいわば準会員だ。ギルド幹部のカレストならいかようにでも出来る弱い存在だよ。正会員である銀なら、仮に手を出すにしろいろいろと手続きがいるし、ウチが介入するまでの時間も稼げる」
「そうですね。では二つ目です。カレストが副会長の権限を使ってヴィンダーに手を出そうとしたら、その情報を事前に教えてもらえますか」
「今回の失態をてこに、ウチはこれからカレストを追い落としにかかるからね。それは構わないよ」
「ではお願いします」
さて、カレストはどうでるか?
子供の喧嘩に親が出たら容赦は出来ないな。子供ではなく、親の方をだけど。




