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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』

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8話:中編 二日目

 ただでさえ立派な校舎の中でも一際立派な部屋、学生会室の前には学生たちが集まっていた。彼らが血走った目で見ているのは、部屋の前に張り出された暫定順位のリストだ。全部で42。その中でも、飲食関係は半分を超える22店を数える。


「予想通りとはいえ。景気はよくねえな」


 リストの下まで視線を下げて、ダルガンが呻くように言った。ホールディングスのメンバーの順位は一番下に固まっている。6店全てが初日は赤字なのだから無理も無い。ヴィンダーに至っては、最下位二歩手前だ。下にいるのは破綻したような店。無理してテナントを取った挙句、大商会の豪華なスペースに挟まれた2店だけだ。


「校舎が盛況だったから、見に行くことは出来なかったのですけれども。頑張っているみたいですね、アルフィーナ」


 部屋から出てきて、平民学生たちを睥睨したヒルダだが、アルフィーナに近づくと少し悔しそうに言った。彼女にとっては売上だの利益だのより、聖女ぼっち化計画の方が優先らしい。


「はい、フードコートの皆が頑張ってくれたのです」


 皮肉たっぷりの言葉に、アルフィーナはクラウを制しながら穏やかに応じた。こういう時は適役だ。何の危機感もないように見える。


「中庭にあの大きさの模擬店を出現させただけでも大したものだね。えっと、ヴィンダーだったか」


 レオナルドが声をかけてきた。この順位策定の責任者だ。できれば名前なんか忘れて欲しいのだが。


「なんとか形になりました。チャンスを与えてくれた学生会のご厚意に背かないように頑張ります」


 俺は後輩の鏡のような態度で答えた。


「先輩として忠告しよう。物珍しさで気を引けるのは最初だけだぞ」

「カレストは堂々の一位のようですね。おめでとうございます」


 メンバーの殺気のこもった視線も意に介さず、カレストズが声をかけてくる。


「ああ、次期食料ギルド長の家としては恥ずかしい順位は取れないからね」


 セオドールの目がかなり差がある次席のケンウェル兄妹に向かう。ギルド長決定はまだ先だろうに、気の早いことだ。


「明日は帝国第二皇子、ダゴバード殿下も来席されるわ。王国学院生として恥ずかしくない活躍を期待していますね」


 ヒルダが締めくくった。平民学生たちは彼女に頭を下げると、部屋を出て行く。帝国も気になるけど、今はホールディングスの運営と学内の敵への警戒でいっぱいだ。そちらはジェイコブ達に期待するしかない。


◇◇


「ちょっと待て、今日の倍の量を用意しろって」

「午後からは確かに客足は伸びたけど、まだ採算にも到達してないのだけどね」

「売れ残ったら……うう」


 中庭に戻った俺は、明日の準備についてメンバーたちに提案した。もちろん、困惑の視線を集めることになった。赤字なのに量を増やせと言っているのだから当然だ。


「話だけでも聞きましょうよ。ほら、ヴィンダーは一応ホールディングスの管理責任者なんだし」


 俺を庇うようにリルカが言った。ダルガンとプルラが言下に否定しないこと。リルカが俺に味方するのに遠慮しなくなったことが少しくすぐったい。


「――確認したいんだが、ワンプレートランチの担当分だけを倍だね」

「そうです」


 ロストンの言葉に俺は頷いた。


「そりゃ、食った客の評判は上々だたけどよ。うーん」

「…………一つ一つが小さいから、倍と言われても対応はできるけどね。ウチの力なら」

「いいじゃん、言っちゃ悪いけどうちは汁物だから割と簡単だよ」

「…………で、でも根拠は聞いておかないと」


 俺は全員の目の前に、ミーアから受け取った集計結果を出した。


「顧客タイプの推移から、フードコートの評判が雪だるま式に広がっているのがわかるからです」


 ミーアが集計していたのは、ワンプレートランチを注文した客の装飾品の傾向だ。


「あの客の数でか? というか、客のタイプなんてなんで分かるんだ?」

「それはリルカとミーアがチェックした装飾品の傾向です」


 俺は今流行りの色や意匠、ひとつ前に流行った色や意匠、そしてまだ流行の兆しすらない変わった意匠をつけた客の数を記録したグラフを見せた。


「そして、噂の広がりも想定よりも早いです。時間ごとの売上のカーブを見てください」

「時間ごとにって、そんな細かいコト考えてるのかよヴィンダーは」


 呆れたようにいいながら、ダルガンの目はミーアのグラフに釘付けだ。いわゆるイノベーター理論だ。ただし、SNSで常時つながっていた現代日本と違って、こちらは情報の流通速度は低いしマスメディアもない。


 だが、エベレット・ロジャースがこの理論を発表したのは1960年台初だったはず、スマホはおろかガラケーすらない時代だ。そして、今回の市場はとても狭い。貴族社会は噂大好きの小さな村とも言える。


 相反する要素がどうせめぎ合うかを読み切ることは不可能だが、応用は可能だと判断した。


「顧客の性格上の区分か。聞いたことのない考え方だな。いや、理屈はわかる。珍しい物好きの客っていうのは一定数居る。気取った貴族たちの中にだってな。そして、その客の評判が別の客を呼び寄せることはある。だけどな、たった三日だぜ」

「ある種の理は認めるよ。でもね、例えば今夜を挟むことでどうなるか。しかもいきなり倍というのはね」


 疑念はもっとも。だが、勝負はたったの三日間ともいえる。売れ残りのリスクよりも火を消してしまうリスクのほうが大きい。視覚的希求力には自信がある。噂を耳に挟んだ客が、校舎と東屋の行き来のついでに見るだけでも効果はあるはずだ。


「リスクは有ります。一方このまま行けば明日は赤字は免れるでしょう。どうしますか?」


 俺はメンバーを見た。この決断は全員で共有してもらわなければならない。そして、これは取れるリスクだ。ここにいる人間ならそう判断してくれると思っている。


「――ワンプレートランチはいわばホールディングスのメニューだ。つまり、ヴィンダー君の管轄。ボクは彼の方針に賛成する」

「参加する以上、勝ちにいかないわけにゃあいかないか」

「勝算があるなら乗るしないか。まあ、倍と言っても大した量じゃないからね」

「最悪宣伝費だと思えばいいんだしね」

「そ、そうだよね……。うん、頑張る」


 全員がうなずいた。この増産のリスクは分割される。小分けすることの利点は株式だけじゃないのだ。ただし、全員が賛同すればの話だ。その難しい条件を俺たちはあっさりと達成した。


◇◇


「あんたの予想ほどじゃないけど、昨日よりはずっとましね」


 半分弱まで埋まった席を見てリルカが言った。皮肉っぽい口調とは別に表情には安堵が浮かんでいる。


「心配させて悪かったな」

「べ、別にあんたの予想が大ハズレして恥かかなくて良かった、なんて思ってないわよ」


 そんなつもりじゃ無かったんだが。


「やっとプレート以外も売れ始めたし。皆なんやかんや言っても文句なんて無いって」


 リルカはそう言うと自分のテナントに戻っていった。


「どうだミーア」

「仮説にそった展開は続いています。ただ、少し割合の変化が早いです。アーリーアダプターを完全に捉えていると思います」

「まだ二日目の午前だぞ。今日中にボリュームゾーンに食い込むなんて事になったら」


 客の数が一気に跳ね上がる。倍じゃ足りない可能性までは考えなかった。


「ワンプレートランチのクオリティーが高すぎたみたいです。美しさは目で見れば分かりますから」

「ダルガンとプルラに相談しよう、少なくとも昨日食った客は各商会の料理に誘導するんだ。最初からそのためのメニューなんだしな」


 俺は上級生の元に向かった。


 午後になり、客足はさらに増えてきていた。席の埋まりは六割程度。外から見たら、やっと体裁が整ったといったところだろう。しかし、増加率を考えたら脅威だ。ミーアの分析結果を見ると、すでにもっとも大きなカテゴリー、つまりアーリー・マジョリティーに入っている可能性がある。


「プレートランチはぎりぎり持つか?」

「各商会のメイン料理への誘導が成功しましたから。ただ、先輩の仮説通りなら明日は確実に足りなくなります。料理の前に席の方が」


 本来なら物理的制約は一番解決が難しい。だが、そこは中庭の利点だ。場所だけはいくらでもある。


「席を増す?」


 キョトンとしたリルカだが七割に届きはじめた客席を見てハッとした顔になる。


「わかった。本店以外のケンウェル系にも聞いてみる」

「頼む。ダルガン先輩。今日の営業が終わったら、旧図書館長室のテーブルを運びたいので手伝ってもらえますか」

「おうよ、力自慢を集めとく」


 打てば響くように二人が応える。


 後は、カレストの妨害に注意だな。さっき偶然を装ってやってきたゼルディアは「採算が取れそうでよかったわね」と少し引きつった笑顔で言ってきた。中庭で普通に商売できていることに驚いているといったところか。それならまだ余裕がある。


 だが、今日の終わりに同じように油断していてくれるだろうか。


「逆桜で席を専有……。そこまでの人員の余裕は向こうもなさそうだし、そもそも動かせるのは平民学生。貴族客が待ってるのに居座る度胸はないだろう。直接的な妨害は少なくとも開催時間中は難しいだろうし……」


 俺は頭のなかで起こりうる妨害工作を考えていた。ターゲットは当然管理会社を仕切ってるウチだろう。それなら対処の仕様がある、何も売っていない俺達は身軽だ。


「フィーナ……じゃなかったアルフィーナ様へのご挨拶も峠を超えたみたいだし。今日は持つなら、結局のところ問題は営業時間後か。安全保障とフードコートの拡大の両方なんて時間足りるのか? …………何だあの集団は!?」


 アルフィーナの天幕に向かって物々しい黒い服が歩いて行く。周囲の学生と変わらないくらいの五人の男、いや一人は女か。ミッション系スクールの中に学ランを放り込んだみたいな違和感だ。


 そして、天幕からはクラウディアとルィーツアが出てきた。二人は黒い集団と押し問答を始めた。


「先輩」

「ああ、ちょっと行ってくる」


 正直関わり合いになりたくはないが、これもフードコートの責任者としての役割だ。せっかくいい雰囲気で食事してるお客様たちに水を差されたら管理者失格だからな。


「ダゴバード殿下に対して無礼だろう」


 一際立派な格好の男の側に控えた少女が言った。黒髪で青い瞳のサイドテールの気の強そうな女の子だ。


 不敵な顔をしたその男、ダゴバードも黒髪で青い瞳も共通。親戚か何かか? ダゴバードの左右と背後を残りの三人の男が固めている。赤と茶が二人だ。

 五人は全員、剣を三つ束ねたような紋章を胸に刻んでいる。


 帝国の国旗と同じだ。そうか、こいつらが昨日言っていた帝国の学生だ。アルフィーナを表敬といったところか。それにしては空気がおかしい。


「殿下へのご挨拶は昨日の歓迎会で済んだはず」

「ダンスにお誘いしようとしてたのに、逃げられてしまったのが心残りでな。せっかくの機会。国を背負う者同士友誼を深めようというのだ。それを邪魔するというのか」

「アルフィーナ様は聖堂に入っておられる身、国政に直接かかわられない。しかも、二十年前のことを考えれば。これが両国のためであると私は信じております」


 礼儀正しい言葉を維持しながら、クラウディアは一歩も引かない。家の指示で主から離れた彼女を思い出し、俺は本気で感心した。


「クラウ。ルィーツア」


 アルフィーナが天幕から出てきた。


「おおアルフィーナ姫」


 男の目が獲物を見る猛禽のような光を帯びた。


「聞けば、魔獣氾濫を事前に予知して国を救ったという話ではないか、帝国は魔獣の害に悩まされること久しい、是非ともその時の話など聞いてみたいものだ」

「予言のことは国家の大事。国賓のお立場なれば、控えられるべき話題ではないですか」

「それに、アルフィーナ様は紹賢祭役員としてのお仕事が詰まっております」


 クラウディアに続いてルィーツアも前に出た。


「おかしいですね。ヒルダ公女からは、余裕のある役目を割り振ったと聞かされていますが」


 側近の少女が言った。だが、ルィーツアはフードコートを手の平で示した。


「いえ、このように大変賑わっております。しかも、中庭に模擬店を出すなど今年が初めての試みで、アルフィーナ様にご裁可いただかなければならない案件が山程ございます。わざわざ帝国からお越しいただいた皇子殿下を始め皆さんに楽しんでいただくためにも、ご理解ください」


 ルィーツアの言葉に黒髪の少女が僅かに怯んだ。ここがチャンスか。


「も、も、も、申し訳ありません」


 俺は如何にもお偉いさん達に気圧されているという体で進み出た。この半年で得意になった「なんでこんなところに自分がいるんだ」「貧乏くじ引いちゃった、どうしよう」という演技だ。いや、演技の必要はないのかもしれない。帝国の皇族は目の前にすると迫力満点だ。


 背は俺よりも頭半分高く、がっしりとした体型。服の上からでも、筋肉に覆われた体つきがわかる。皇子というよりも、映画で見た剣闘士のようだ。


「アルフィーナ様。その…………、模擬店の者同士が、トラブルを起こしまして。できれば王女様にご仲裁の労をおとりいただければと…………ええっと」


 俺は黒い皇子を怯えた目で見ながら言った。向こうは虫でも見るような目だ。いや、皇子だけでなく他の四人も基本変わらない。そして、その対象は俺に限らない。アルフィーナも、クラウディアやルィーツアも、そして周りに集まり始めた学院生たちも、その全てを見下しているように感じる。


 帝国は魔獣による被害で大変で、王国に食料の融通を頼みに来たんじゃないのか?


「それは捨て置けぬ。ヴィンダー、そなたが姫様をお連れしろ」


 強引に前に出ようとした皇子の前に立ちはだかったクラウディアから、耳を疑うような言葉が発せられた。だが、聞き返すまもなく、黒い集団が殺気立つのを感じた。


 俺は反射的にアルフィーナの手を取った。


 視界の端に待機していたジェイコブとレミに辛うじて視線で合図を送る。あとは後ろも見ずに、アルフィーナの手を引いた。

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