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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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8話:前編 紹賢祭一日目の営業

 斜めからの陽光に照らされた中庭に、八つの影が伸びる。キノコ派大勝利のモニュメントならぬ、フードコートのパラソルである。ちなみに前世の俺は完全にタケノコ派だった。


 三日前まで何もなかった空間には、俺達のフードコートが出来上がっていた。校舎を見ると、下品にならないように飾り立てられた五枚のドアがそれを取り囲んでいる。各商会のマークが、倉庫であった部屋の前身を必死に隠そうとしているのが少しおかしい。


「なんとか間に合ったな」


 設営に関してはメンバーの商会からの手伝いが大きかった。さすが、中堅と言われる商会。機材の準備やそのクオリティーは大したものだった。東屋との差別化をはかる空色のパラソルと、白いテーブルクロス。そして、グレイの敷き布はすべて新品だ。


 六つの商会が資金を出し合ってこその贅沢である。


 この上品さはフードコートというよりも高級レストランのテラス席というべきかもしれない。


 俺は調理助手が集まっている場所に行った。八つのテーブルの中心には、各商会から持ち寄られた小さな料理をワンプレートランチに構成するための場所が用意してある。


「これが手本だ。くれぐれも参考にするように」


 プルラが淡い黄色のソースの着いた細い棒を引くと、皿の上には料理を取り囲む模様が現れた。


 俺が考案したワンプレートランチは様変わりしていた。各自の色や形の特徴はさらに目立ちながら、味は調和されている。例えば、そのプルラ商会のムースは円形だったものが、二つに切られ互い違いに並べられている。スープの容器と形が被らないようにだそうな。


 さらに、柚子のソースによる模様が美しさのレベルを一段階も二段階も引き立てる。


 もう俺の手は離れた感じすらする。というか、実際の実務になると彼らは俺よりもずっと頼りになるのだ。現代知識の応用にかまけて、基本的な技能を磨くのを後回しにしたことを実感させられる。


 情けない話だが、フードコートの管理責任者として全体の方向性と、安全保障に集中できるのはありがたい。


「ジェイコブとレミは午後から入るそうです」

「そうか、くくくっ」


 俺は二人の姿を思い出して吹き出した。


「先輩は策士らしく人が悪いですね。あの服装を承知させるのに、私とレミがどれだけ苦労したか」

「ミーアだってジェイコブを説き伏せるまで、レミも同行するんだって隠してたじゃないか。裏切られて唖然とするレミの顔はすごかったぞ」

「各個撃破は基本ですから」

「そうだな。敵が強大な場合は特にな」


 中庭を挟むように立つ校舎と東屋を見た。校舎には大商会が広いスペースを活かした豪華でゆったりとした空間を作っている。東屋は貴族のお茶会に商人が伺候するような形で販売が行われるらしい。


 左右を挟みこむ立派な箱を見ると、苦労して作り上げたホールディングス城が野戦陣地に見えてしまう。何しろ中身はともかくまわりは土だからな。天気がいいのだけが唯一の救いか。


 ついさっき、校舎の窓から中庭を指差して笑うカレストの兄妹が見えた。そう来なくっちゃいけない。油断してもらわないと話にならないからな。


「おはようヴィンダー。はい、ミーアこれ頼まれてたものだよ」

「助かります」

「アクセサリーの流行なんてどうして必要なの?」

「それは商売上の秘密だな」

「ヴィンダーには聞いてない」

「後で話します」

「ええ、ミーアまで」

「先輩は策士を気取ってる割に情報の秘匿が下手なので、私が締めないといけないんです」


 ひどい言われようだ。


「ご来場だぜ」

「そうですね」


 ダルガンが俺の隣に来ていった。門が開き、立派な装丁の馬車が入ってくる。


 自分が背負う責任にちょっと怯みかける。前世とはいえ、一度は成人したことがあるのに情けない。


「気合入れろよ。バッチリ商売成り立たせて、カレストに一泡吹かせるんだからな」


 背中をバンと叩かれた。メンバーの気合が入っているのはいいことだ。実際、フードコート設営の音頭を取ったのはダルガンだ。


「正直、初日はきついと思います。そっちこそ、へこたれないでくださいよ」

「当たり前だ」


 もう一撃を背中に食らう。クリティカルヒットだ。ま、こういうやり取りが出来るようになったのは大きいよな。



 馬車を降りた豪華な服装の客達は、神殿のような校舎に吸い込まれていった。わずかの例外が東屋の方に向かっている。彼らにとって中庭のパラソルの群れは、荷物置き場くらいにしか見えてないかもしれない。


 したがって、フードコートには客は一人も居ない。正確には、正規の客は一人もだ。


「手はず通りやってるけど、まだ誰も……」

「まだ十人。そんなものさ」


 ベルミニが心配そうな顔で俺を見た。アルフィーナに挨拶が来る度に、メンバーがさりげなくその横を通って、ワンプレートランチを運ぶ。食べるのもメンバー。名づけてセルフ桜だ。見たところ、興味は引いているようだが、未だ注文なしだ。


 ちなみにアルフィーナはベルトルド大公家から運ばせた天幕で、クラウディアとルィーツアを左右に座っている。計画通り、ちょうどすべての店のドアが見える場所だ。


 ちなみにアルフィーナには、決してフードコートを勧めたりしないようにお願いしてある。彼女がそういう腹芸が出来る性格ではないというのもあるが、本日の想定顧客には逆効果だからだ。彼女はただ人を集めてくれればそれでいい。


 アルフィーナに挨拶に来る人間が出始めたのはついさっき。思ったよりも早いし、人数も多い。おそらく、聖女殿下の惨めな姿を見せようと言うヒルダあたりの意向が働いているんだろう。だとしても幸先は悪く無いということだ。


 マーケティングでは、アーリーイノベーター(珍しい物に目がない客)の割合は2.5パーセントと言われている。最初は数が集まらないと話にならない。大丈夫、かどうかなどデータが出始めないと分からないが、統計的に焦るような時間じゃない。


「先輩」


 ミーアが俺の袖を引いた。アルフィーナの居る控室から、ちょび髭の中年貴族が出てきた。娘も一緒だ。ミーアの視線の先には、彼女がつけた首飾りがある。花の意匠が主流の社交界で、珍しく鳥を象った物だ。


 さっきまでと同じように、メンバー用のワンプレートランチが運ばれる。娘のほうが足を止めた。給仕を監督していたプルラが呼ばれ、それはなにかと聞かれている。そして、


「記念すべき一人目だな」


娘に促されるように、渋っていた父親が席に向かった。


「先程も思いましたけど、この皿の美しさと言ったら食べるのが惜しいほどですわ」

「そうだな、実に見事な趣向ではないか」


 父娘の声に、プルラがニヤリと笑った。


「それにお父様。素晴らしい香りだわ」

「ああ、最初は抵抗があったが、慣れると面白い。うん、悪くないではないか」


 無言のロストン。だが、ギュッと拳を握っている。


 反応は上々だ。耳をそばだてていたメンバーがあからさまに安堵のため息を付いた。リルカとベルミニなどは手を合わせている。


◇◇


 太陽がちょうど天頂に差し掛かった。パラソルの影が真円を描くフードコートは、なんとか様になってきた。だが、問題は客のカテゴリーだ。もちろん、爵位だの何だのではないし、客単価など気にする段階ではない。


「どうだミーア」

「はい、今のところ先輩の仮説通りです」


 パラパラと席が埋まっている。閑古鳥が鳴いていた午前中に比べてメンバーの顔に多少の明るさが戻ってきた。基本的には、アルフィーナに挨拶に来た貴族だ。だが、校舎と東屋を見終わったのか、フードコート目当てにやってくる客も出てきたようだ。


 目論見通り女性客が多く、男性客はいやいや付き合わされた感じだ。そして、席につきさえすればどちらも満足している。


 おっ、男のほうが単品のローストビーフを注文したな。


「うむうむ。これはまたこの前食べたものよりも旨いではないか」


 関係ないが、俺の後ろではパラボラアンテナモドキを手にしたフルシ―が舌鼓をうっていた。一緒に来ていた数術教師も今は真顔で頷いている。


 この場に集った客の特徴は、老若男女関係なく新し物好きということだ。確かに貴族は伝統を重んじるし、家の格を背負っている以上下手なことは出来ない。だからこそ、新しい物に対する飢餓感はある。そして、彼らにとってはこれは祭りだ。失敗しても笑い話で済む。


 こちらは笑い話ですまないが。


「小屋と倉庫で商売するなど正気を疑ったが、頑張ってるじゃないか」

「くく、そうね。予想外の健闘だわ」

「これは先輩がた。…………はは、勉強させていただいていますよ」


 二組しか居ないパラソルの下を見て、カルスト兄妹は上機嫌だ。いいタイミングで来てくれたので、俺も気分がいい。如何にも困っているという顔でお出迎えする。


「どうですか、一つ試していただくというのは」


 俺はなるべく客席に運ばれる料理が見えないように彼らの視界を塞ぎながら言った。もちろん断れと念じながらだ。


「残念だけど遠慮しておくわ。私達忙しい身ですもの」

「はは、もうちょっと頑張ってもらわないと。ウチがお客様をさばくのに大変だからね」


 珍しく祈りが通じる。これで、向こうが何かしようとしても初動が遅れる。警戒するのは三日目だけで済みそうだ。


「上々の立ち上がりだな。ミーア」

「はい」


 俺はミーアの差し出したメモの数字を見て言った。


 クラウディアとルィーツアの対照的な視線に挟まれながら天幕に入った俺は、アルフィーナの向かいに腰掛けた。こちらは一段落したようだ。


「私はてっきりリカルド君はフレンチトーストを売るのだと思っていました」

「今回ヴィンダーはあくまで裏方ですので」


 あれを表に出すつもりはない。でしゃばりたくないというのもあるが、この世界で再現できる貴重な異世界知識だ。今回のことで小さいとはいえ柚子という隠し玉を使ったことだし。情報という弾丸の在庫管理は厳しくしないと。


「そのフレンチトーストというのは……。いや、いい」

「クラウにも今度作ってあげましょうか。とても美味しいのですよ」

「なっ、姫さまが料理など。火傷でもされたらどうするのですか」


 クラウディアが俺を睨む。平民の食べ物で大事な主が汚されるとか思ってそうだ。


「とにかく、お気をつけ下さい。帝国のこともあり警戒が必要なのです」

「そうですねアルフィーナ様。昨夜のこともありますから」


 帝国、やっぱり何かあるのか。クラウディアが俺よりも警戒するなんて普通じゃない。



 初日の営業時間の終わりを告げる鐘がなった。

 さて、敵の巣窟に今日の結果を見に行きますか。


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