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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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7話:後半 試食会

「ものは良い。そりゃ驚いた。だけど、いくら見た目が綺麗で上品でも、こんな見たこともないのを売るのはリスキーだぞ。三日間しかないんだからな」

「なれない香りまで付いているのはマイナスにも働きかねない。貴族のご令嬢をターゲットにするなら尚更だ。客は臆病だからね」


 筋肉の上に経営感覚を載せたダルガンと、このメニューのターゲット層に一番詳しいだろうプルラがいち早く現実に戻ってくる。

 正しい意見だろう。そして、その答えを俺は持っていない。だから、この料理が果たして想定顧客に受け入れられるかどうか、直接試すことにする。


「もっともですね。だから、今日は試食役に来てもらっています」


 俺が合図をすると、ミーアが実験室のドアを開いた。四人の女生徒が入ってくる。あれ、四人? 予定より一人多いぞ。


「ルィーツア様からお話しを聞いて、是非にって連れて来てもらいました」

「マリア先輩」


 悪びれずに言ったのはケンウェルの双子の妹だ。まあ、平民の中じゃ上流の上。貴族客のこともよく知ってるだろう。このメンバーと並んでも、気品も美しさも見劣りしないのはすごい。ある部分なんか平均押し上げてるし。


「クラウディア様」「子爵令嬢……」「お、お、王女殿下」「…………」


 不意打ちを食らった、リルカ以外のメンバーは固まってしまった。高貴なるご令嬢のマーケティングには最高のメンバーだろう。


 一通り、皿の上のコラージュが賞賛された後、美少女たちはナイフとフォークを動かす。金属と陶器が触れ合ってるのに、殆ど物音がしないのがすごい。蕎麦をすすって食べる生粋の日本人だった俺には真似ができない。


 そして食べ終わった今、全員が満足そうな顔をしている。大丈夫みたいだな。


「前菜でしょうか。とても彩り美しいですね。野菜だけなのに食感と味の違いでとても美味しかったです」

「こ、光栄でございましゅ……ございます。王女殿下殿下」


 ベルミニが震える舌をなんとか動かす。敬称を重ねてるぞ。


「これなら姫様に恥を掻かせることもなかろう」

「ありがとうございます。クラウディア様」


 ダルガンが大きな体を折る。何だこの反応はさっきまでと雰囲気が違う。


「のどごしが見事ね。よほど良い乳を使ってるのでしょう」

「光栄です。ルィーツア様」


 多少は慣れてきたのだろうかしこまった顔を崩さず、それでも嬉しそうにリルカが言った。


「この香りがまた新鮮ですね。舌先でとろけるムースとあいまって素晴らしいわあ」

「……はい」


 さすがのプルラもおとなしく賞賛を受ける。そして、独立系の品を褒めるあたりわかってる先輩だ。


「これなら行けるんじゃねーか。そりゃ、まだ場所とか不安だけどよ」

「後はフードコートの内装次第だね」

「……王女殿下からお褒めの言葉を…………」

「…………」


 メンバーたちはすっかりやる気になっている。しかしロストン、本当に必要以外のことはしゃべらないな。まあ、バゲットはバゲットだから変な主張を込められないで助かるが。でも柚子の香りの評価に耳をそばだてたのは知っているぞ。五人は俺を放り出して、それぞれの料理の改良の事を話し合い始めた。プルラなど、ソースを使って皿に模様を加えるアイデアを出している。そういえば、元の世界のこれにはあったな。見落としていた。さすが本職か。


 アルフィーナ達はそんなメンバーの質問に答えたりしている。これは俺の出番はないな。いいことだ。


「ヴィンダー君」

「いかがでしたか、マリア先輩」


 招いていない客が話しかけてきた。俺は笑顔で応じた。


「フードコートだけでも驚かされたのに、この皿の発想も素晴らしいものなのね。無理を言って付いてきたのは正解だったわ。それに……」


 マリアは自分が離れた後の、貴賓席を見た。


「とんでもない人脈。ジャンだけじゃなくて父様にも報告しないと行けない案件だわ」

「いや、俺は一品たりとも作ってないですから」


 保身アラートが鳴った。俺は慌てて両手を振って否定する。


「それ、査定上乗せ要素ですよ。うーん、小さな商会の手腕じゃないですよね。部下も優秀らしいわね。リルカからはあの女の子の事しか聞いてなかったくらいだから。一度会ってみてくれって言われてたのよ」


 マリアはミーアを見ていった。それって、うちの秘書引き抜こうとしてたってことか。まあ、銅が抱える人材じゃないのは見える人間ならわかるか。多分リルカにしてみれば、ミーアの為を思ってだろう。そういえば、前は俺に対するあたりが強かった気がする。


 だが、やらんからな。


「ねえ、妹が居るんだけど。もらってくれないかしら?」


 逆にくれる話になった!? なんでだ、上流階級ってのはもうちょっとのんびり振る舞うんじゃないのか。大公と言い、マリアと言い。もうちょっとそれらしくして欲しい。


「いえいえ、ケンウェルの傘下に入るつもりはないので」

「ふうん。私に似た美少女なのに」


 マリアは腕組みをする。寄せてあげる下着もないのに綺麗な膨らみがより強調される。


「さ、傘下にお誘いいただいたというお言葉だけ、ありがたくいただいておきます。マリア先輩」

「残念だわ」


 ケンウェルがウチを傘下に求めてるって噂は使えるかもしれない。祭りが終わってあれが片付いた後なら特に。


「そうだ、紹賢祭の順位決定方法と祭りで使われる専用通貨のこと、ちょっと教えてもらえますか」


 俺は強引に話題を変えた。マリアが目を細めた。この話はもう勘弁って意味もあるけど、ちゃんと真面目な話だ。


「店の準備だけでも大変なこの状況なのよ。全体の仕組みにまで目を広げて、起こりうるかも知れない問題まで気を配るのね」


 意図が伝わったらしい。それが対策ってものだからな。

 

 ただし、メンバーにも言ったとおり順位には興味はない。中庭が適当に賑わい、ヴィンダーに赤字が出なければ最下位でもいい。と言うか、銅が下手な順位にいたら保身が危ない。いくら大事とはいえ、学園祭の出し物でそんなリスクは割にあわない。


 問題は未だ解決していないあの疑問だ。カレスト、いやヘタしたら第二王子閥があそこまで強引なことをした理由。それが未だ解けない疑問として残っている。



◇◇



「ふむこれは旨いな」


 メンバーと試食役が帰った後、俺はフルシ―に二度目の使用料を支払っていた。賢者が酒の肴につまんでいるワンプレートランチではなく、魔脈測定用のアンテナの改良だ。というか、酒飲みながら仕事するな。そういえば、ヨーロッパでは昼からワインを飲むって本当だったんだろうか。


「集中してくださいよ。こっちは幾つもの仕事の合間を縫って付き合ってるんだから」


 もっとも、さすがの腰の軽さだ。フルシーの手には出来合いの陶器を使った試作品がある。何種類も試して、良さそうな大きさと形が決まったら特注するらしい。陶器の特注ってかなり掛かるだろうに。国からの年金いくらだろう。


「紹賢祭か。儂にとっては面倒くさいわ、うるさいわじゃが。これなら食いに行ってもいいかもな」


 確か賢者として公開講義とかさせられるんだっけ、それだけは同情してやれる。気の毒に、本人もやる気のない話を聞かされる生徒たちも。


「そういえば、この紹賢祭用の通貨って、どんな仕組みになってるんですか」


 俺は一枚の銀貨を取り出した。縁を金で覆ってある。ユーロ硬貨みたいなコインだ。紹賢祭の各店舗の売上をごまかされないために、客は入り口で両替されたこのコインを使う。偽造を防ぐための特別の仕組みがあるらしい。マリアから聞いた情報だが、魔術要素を絡めているらしい。


「儂も詳しくはないがな。ここの女生徒がつけてる指輪。基本はあれと同じじゃ。元々は騎士団の符丁なんかが発祥だったはずじゃ」

「ああ、あの防犯ブザーですか」

「防犯ブザー? つまり、特定の魔力波長を組み込むことで真贋を判別できるということじゃな。もちろん、この硬貨につけられている魔力は極々僅かじゃ」

「へえ。…………じゃあこういうもの作れますか。特定の魔力波長を拾えるように、アンテナにフィルターを……」


 俺はちょっと思いついたことを口にした。


「ほう、祭りを使って実験するというのか。それは面白い」


 俺の意図を知ってか知らずか、フルシーはあごひげをしごきながら笑った。一つ保険ができたかもしれない。使わなければいけないような状況は勘弁だけど。


 後は帝国の情報収集か。祭りには親父が来れそうにないから、ジェイコブに招待状を使わせよう。冒険者の本場である帝国のことは詳しいしな。あっちで活動していたことがあるくらいだ。


 喜々としてアンテナをいじり始めた賢者を見ながら、俺は祭りの日のことを考えた。あの強面に礼服を着せるのはちょっと骨だな。レミと一緒に夫婦に偽装させるか。どちらも嫌がるだろうけど、俺ばっかからかったお返しだ。


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