SNSキャンペーン特典SS「第三王子」
2019年8月25日:
今回の投稿は『予言の経済学』書籍二巻のSNSリツイートキャンペーンの特典SSになります。
まずはキャンペーンにご参加いただいた方々、改めてお礼申し上げます。
ご参加いただいた方々にはとってはすでに読まれた内容になりますのでご注意ください。
後書にて本日開始した新作の告知をしております。よろしくお願いします。
時系列的には第一巻(web一章)の終盤くらい。
リカルドと出会う前、西の赤い森に踏み込んだ第三王子クレイグのシーンになります。
軍靴が踏みつける落ち葉は赤褐色だった。四十名ほどの武装集団が進むのは、血のように赤い森。
「いささか前に出すぎですな」
部隊の先頭を行く三人の左、白髪交じりの騎士が言った。彼の右腕には三条の大きな傷がある。王国の地図上ではこことは正反対、東の森での戦いの傷跡だ。
部下の言葉に「そうか」と軽く応じたのは、中央の二十代半ばの騎士。軍団の指揮官、王国第三王子にして第三騎士団長クレイグ。
白バラの刺繍をあしらった青いサーコート、森の中より王都の国家行事にふさわしい、を纏った短髪の男性だ。精悍な顔つき。バランスよく鍛えられた肉体。気品と野性味という矛盾する要素を兼ね備えている。それを覇気と呼ぶ者もいるだろう。
「顧問の経験からの言葉は重視せねばな」
クレイグは足を緩めた。といっても、先頭に立つことはやめないのだが。
第二騎士団から派遣された顧問は、中央と東部の境に領地を持つ男爵だ。宰相あるいは第二王子の息のかかった、事実上の監視役というのがクレイグの見立てだ。
「殿下っ」
「そうだな、八つの部隊の作る円の中央といえど周りは森だ。油断はできんな」
そういいながら、クレイグは右の二十歳程度の男を見た。
「魔獣が近づいてきたなら、こいつの目が頼りだ」
「お任せください団長」
襟の大きな長いマントを軽鎧の上に巻く、この騎士団の独自の装備。魔力を扱う資質が強かった平民が登用される、いわゆる準騎士だ。
クレイグは部隊を振り返る。
「なに、訓練通りにやればいい。戦場だからな、どうせ予想外のことは起こる」
団長の言葉に、三人に従う団員たちが笑った。軍監役は眉を顰めるが、それ以上は何も言わなかった。
指揮官直属部隊は戦闘レベルを高めていた。
三時方向の支隊から、魔狼のボスと思われる魔力が報告されたのだ。緊張感が立場の違う団員たちの歩調をそろえていた。
とはいえ、これは討伐が計画通りに進んでいることを意味する。
部隊のリズムを把握しながら、クレイグの脳裏には別の事象を浮かべていた。彼にとって初めての単独軍事行動。降って湧いたようなこの出陣を描いた人間についてだ。
まずは巫女姫。彼の義妹、実際には従妹だ。予言の水晶から起こらないとされていた西方での魔獣氾濫を言い当てて見せた。
クレイグも出席していた春の祭典を思い出す。辟易とするほど守旧を良しとする王宮の圧力に屈せず、意を通して見せたのは見事だった。だが、あの少女の愚直な細腕で描くには、この絵は異様すぎる……。
では、今回の最大の利害関係者。王国西部の責任者であるベルトルド大公はどうか。彼の叔母だ。
彼をしても軽々に口に出せぬもう一人の叔父、アルフィーナの父、のあまりに早い大公引退を埋めるため、十代半ばで形だけの大公位に押し入れられた。
経験を積んだ現在では東に押されながらも西部に重きをなすに至っている女傑だ。だが……。
(二人ともこんなことを思いつく天才、あるいは狂人ではないな。やはり例の老人か……)
魔獣氾濫の仕組みを解き明かした、図書館長。この出陣がなければ、今事部屋を訪ねて話を聞いていたはずだ。
だが、数十年の沈黙の後いきなりこの大きさの絵は天才といえど、あまりに不自然だ。
となると、この三人に知恵を付けた者がいる。あまりに異質、なのにこれまで目立たない。あり得ない存在、それは誰か……。
「レイリアだったか、豊かな村だったな」
クレイグの口から、思わずそんな言葉が漏れた。異様と異常が重なった単なる連想だが……。
「そうですかな。鄙びた小村に見えましたが」
「いえ、間違いなく豊かな村です。なんというか村人の活気が違う」
左右が正反対の意見を口にした。老若二人の間に緊張が走るのを、クレイグがどう捌くか考えた時……。準騎士が正面を向いた。
「団長。反応が近づいてきます。数はおそらく三、いえ四匹。魔力の大きさと色からみて魔狼で間違いないと思われます」
「方向から考えればボスではありませんな。三番隊と四番隊を動かすか、あるいは回避の方が、いや…………」
そこまで言って、経験豊かな白髪の騎士は左右に視線を走らせた。
「これはもっと近い、角度が違うんだ。上方にいます。今、飛びました!!」
準騎士の言葉と同時に、彼らの前方に地面を打つ重い音が響いた。
軍馬よりも二回り大きな、しかもはるかに頑丈な四足の獣が降り立ったのだ。眼前の巨大な樹木の枝の上から、二匹の魔狼が続くのが見える。
二匹の部下を従える、ひときわ巨大な個体は喉回りの毛を逆立て、額の魔結晶からまがまがしい光を発している。縄張り《テリトリー》への侵入者を三つの目が睨む如きだ。
「まずいです。地面の方からも来ます。こっちは、最初に目を付けていた標的、です。このままだと挟まれる」
「馬鹿な、ボスが二頭だと」
壮年騎士が驚きの声を上げた。彼らの後ろの団員たちが動揺した。
「なるほど、戦場だな。予想外のことが起こる」
クレイグは一瞬で平静だと“自分を”だました。部下たちに向かって犬歯を剥いて笑った。そして、魔狼との戦いにおける最大の経験者を見た。
「半分を任せれば左を止められるか?」
「戦力を分けるといわれるか」
「向こうのテリトリーで挟撃だ。機動力でも負けている。ならば、無理やりでも一匹対の形を作る。そちらの方が簡単、違うか」
「……他の部隊の動きはどうなってる」
「周囲の支隊、こちらに駆け付けつつあります」
マントの襟を立て左右を見渡した後、準騎士が叫んだ。顧問はクレイグを見て、己の腕を叩いた。
「防ぐだけならば十五で結構。殿下とは経験が違いますゆえに」
「卿の経験を重んじると約束したのだったな。よし、では俺は残り全てで右に当たる」
クレイグが引き抜いた剣から、赤い光が軌跡を描いた。
「ただ、崩れねばいい。こちらが倒れねば、この戦はすぐに俺たちの狩りに変わろう」
指揮官の言葉に団員たちは次々と抜刀した。立ち直った部隊を率い、王子は三つの瞳の魔獣に対峙する。彼にとって初めての実戦に、その心を冷静に湧き立たせながら。
(そうだな、俺を使ってくれた奴のことは、これを切り抜けた後の楽しみとしよう)
今思い出すとweb版一章では名前すらなかったクレイグ王子でした。
まさかあれほど重要人物になるとは……。
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