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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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7話:前半 食べるメニュー

「これは想像以上のクオリティーですね」


 会議室、またの名を賢者の部屋と言うらしい、に三日ぶりに集まった模擬店ホールディングスの面々。各自のトレーに置かれた可愛らしい料理を見て、俺はお世辞抜きで賞賛した。


 だが、褒められた面々は複雑そうだ。


「味はバッチリだぜ。でも、こんな小さいんじゃ肉の歯ごたえがゼロだけどな」

「……綺麗にできたけど、野菜だけじゃバランスが……」

「この大きさじゃあ、満足なトッピングが出来ない。こんな地味な品がウチの実力だと思わないでくれよ」

「……」

「男性客だと一口で終わりだもんね。後やっぱりこの色は……。アクセントにクリーム垂らすけど」


 一口サイズの料理を前にメンバーが口にする言葉は三日前と変わらない。リルカも不安そうだ。確かにこの世界の贅沢の定義では、たよりなく見えるだろう。単品の料理としては話にならないとも言える。


「まさか、試食みたいなことをさせるつもりじゃねえだろうな。貴族はそんなのバカにされたと思うだけだぞ。タダなら飛びつく平民とは違うんだぜ」


 一度真剣に検討したとは言えない。


「料理には味わうための適切な大きさというものがあるんだよ。銅の君には理解できないだろうけどね」


 特に男性陣二人は、俺がなにか致命的な勘違いをしているのではという不信を抱いているようだ。出自が出自だからな。だが彼らは誤解している。俺の出自は異世界の平民だ。


「いや、これでいいんだ」


 俺は形も印象も違う五種類の小品を見渡してもう一度うなずいた。そして、ミーアから丸皿を受け取る。今日俺が用意したのはこの皿だけだ。


 俺は各自の一口サイズの料理を、白い皿に置いていく。俺の手の動きに従って、真っ白な皿に色が増えていく。


 一番前はベルミニの五種類の野菜のゼリー寄せ。色合いは薄いが、人参の赤、パプリカの黄色、ズッキーニの緑、蕪の白が四角形に固められている。前菜兼サラダといった役割だ。


 その左奥にはロストンのパゲット、いろいろな料理と合わせられるように、小さな小判形にカットしたものを三枚重ねる。もちろん、互い違いに支え合わせて高さを演出する。


 右奥にはリルカのそら豆のシチュー。これは別に小さなカップに入れて皿に置く。緑色のスープの上に、アクセントの生クリームを渦巻状に垂らした。


 いよいよメインだ。中央に、バラの花のように並べたローストビーフを配置する。赤い肉の中心に、甘さを抑えたイチジクの小片を置く。肉の色で皿が一気に引き締まった。


 一番後方には、四角い白いチーズムース。香ばしいタルト生地とワンポイントの木苺が小さなスイーツを浮かび上がらせる。


 一つ色と形が加わるごとに、各人の視線が前のめりになっていくのが楽しい。


「これがフードコートの看板メニュー、ワンプレートランチだ」


 白い皿の上に完成した料理によるコラージュを前に俺は言った。


「綺麗」


 リルカがうっとりとした顔で答えた。おそらく思わず出てしまったのだろう。そしてさっきまで不満たらたらだった他のメンバーも、皿の上に現れた絵に黙った。否定でも肯定でもなく、どう評価していいのかわからないという戸惑いだろうな。そして、反発が普通の新しい物に関しては、その反応はほぼ勝利だ。


 現代工業社会では長らく少品種大量生産が基本だった。食べ物だって基本は同じだ。実際、ベルミニは五種類の野菜だけで在庫管理の不安を口にした。一種類でも欠ければ成り立たなくなるなんて、この世界ではリスク以外の何物でもない。


 だからこそ、贅沢の方向性は大きいこと、派手なことになる。分厚いステーキ、ワンホールのケーキなど、それはたしかに元の世界でも贅沢だ。だが、食料が溢れて庶民の肥満すら問題になっていた地球では、別の贅沢がある。


 工業で言えば、まったく逆の発想である多品種少量生産。物が溢れた世界で生まれたパラダイム。これを思いついたきっかけはそんなところだ。素直に元の世界のレストランのワンプレートランチが思い浮かばなかったところが、生まれる前からの庶民性を表しているだろ。


 見慣れていなくてもわかるはずだ。いろいろの種類のものを少量ずつ揃えるというのは大きさのインパクトとは違う。だが、とてつもない贅沢なのだということ。それこそ、貴族にすら通用するような。


「すごい、お皿の上に絵が書かれてるみたい。こんな料理見たことないよ」


 ベルミニが言った。この娘の張った声を初めて聞いたな。その声に、大男がはっと顔を上げた。


「それだけじゃねえ。これは一種のメニューだ。違うかヴィンダー」


 ダルガンが俺の肩を掴んだ。力が強すぎる、痛い。


「メニュー?」

「見ろ、この皿の上には各商会の得意の品が、もう少し食べたいくらいの量並んでる」

「そっか、なるほど、これを食べたお客さんが、気に入った店の料理を更に注文すれば」


 体育会系と思ったら、案外経営が見えてる。さすが銀商会の後継者ってことか。でも肩は離してほしい。


 そうだ、これは客の食欲を刺激する前菜の盛り合わせであり。しかも、各店のメインメニューに誘導するための、食べるメニューだ。


「ヴィンダーあんた本当にとんでもないこと考えたね」

「食べる絵、食べるメニュー…………。主役であるデザートが一番後ろでは不満だがこれは……」


 プルラはまだ不満みたいだ。彼の理想とする姿と違うのだろう。それでも、全否定でないだけ良しとしよう。


「でも…………。確かに発想としてはすごい。綺麗で上品で、貴族のご令嬢達にも受けそうだけど」


 視覚的インパクトが収まったのだろう、リルカが不安な顔になる。


「そうだな、ちょっと食べてみよう」


 疑問には検証で答えることにする。今までのは全て理論上の話、見た目の話だ。だが、これは第一に料理でなければいけない。全員が皿に手を伸ばす、爪楊枝で突くような量を全員が食べる。


「…………一品一品は旨いが、物足りない。それは狙いがあるからいいとして。全体として見たら、喧嘩してるな」

「ダメだね。味がとっちらかってるよ」

「そうね、これじゃあ」


 ソースが僅かにこびりついた皿を前に、冷静な意見が出はじめた。むしろ頼もしい話だ。


 日本に居た時、スーパーの惣菜を食卓に並べてコース料理、なんてやったことがある。半額シールがついた惣菜で贅沢も何もないのだが、それはともかく俺は学んだ。出来合いの惣菜を並べてもコース料理にはならない。


 もちろん、ここに並んだ品たちは惣菜ではない。各商会の商品を使ったとっておきだ。だからこそ、それぞれの個性が仇になる。


「はっきり言えば、肉料理はもう少し味を抑えるべきだね。ボクのムースの繊細な味のじゃまになる」

「逆だろ。そっちの味を濃くしろよ」

「野菜料理とウチのスープがちょっとかぶるよね」

「……うん。でも」

「そうだよね」


 そしてだからこそ、安易に調整できない。各自の得意料理を否定したら、この皿を落とすように、ホールディングスは簡単に砕ける。


 俺はバゲットだけを提供した、したがって話題にも上がらない男子生徒に手をつきだした。


「頼んだものは持ってきてくれましたか」

「――レモンと違って酸味が物足りないし、風味も地味だよ」


 俺は小さく黄色い果実を受け取った。むしろそんなものをこの短期間で調達するのがすごいと思う。ロストン、あまり気にしてなかったけど覚えておかないとな。


 ミーアが新しい皿にワンプレートランチを構成する。俺は受け取ったゴツゴツとした小果をナイフで二つに割る。ゼリー寄せとローストビーフには果汁を一滴ずつたらす。スープとデザートには細かく切った皮を散らした。量はごく僅かだ。


 懐かしい香りが鼻に届いた。


「これで何が変わるっていうんだ」

「試してみてください」


 俺だって料理なんて専門外だ。元の世界の料理漫画なんかの聞きかじりに過ぎない。ちなみに、ハゲの料理コンサルタントが出てくるラーメン漫画が好きだった。


 再び各人の食事が始まる。流石に服が脱げたりしないよな。


「あれ、なんかすっきりまとまってるじゃない。そんな強い香りじゃないのに」

「レモンに比べれば物足りない香りだが、それなのに鮮烈だ。これは……」


 四人の目が寡黙な男子生徒に向いた。


「――うちが極わずかに扱っている、ヤイルって果実だ」


 元の世界の言葉なら柚子だ。大学の課題で市場調査の題材にしたことがある。日本原産の花柚子に近いのか、香りも味も穏やかだ。お陰で主張せずに各料理に統一感を付加する。こっちでは知られていない食材を探している時、偶然見つけた。その時はメモ程度に止めたんだが、まさか役に立つとはな。


「こんなに汎用性があるなんて。ボクも知らなかったよ」

「味に一体感が出てやがる」

「うちのムースに加えるなら本来レモンだ。それは間違いないが一皿の料理と考えたら、チッ」

「これならちょっとした調整で行けるんじゃない。ううん、このままでもいいくらいだよ」


 香りによる統一感の演出、成功だ。


 メンバーたちの驚きの視線に、俺は胸をなでおろした。繰り返すが料理なんて専門外だったからな。


 さて、次の問題はこれがここにいる食材の専門家たちではなく、普通の客に評価されるかだ。

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