第二話 異世界ランチ
「では、せっかくですから、先輩のもとの世界の食事がいいです」
私は少し意地悪なことを言ってしまう。これは私の夢なのだから、私が知っているものしか出ない。
考えてみればこの服は以前にリカルドがヴィナと話していたのに似ている気がする。
「わかった。といっても貧乏学生だったからあんまり期待するなよ。うーん、こっちのっていってもワショクそのままじゃミーアは抵抗あるだろうし。ナットウとか無理だろうからな……」
先輩はうーんとうなる。ところどころ知らない単語が出てくるが、私のことを考えて選ぼうとしていることは伝わってくる。
「俺が知ってる一番ましな店は……。そうだ、あそこなら。確かランチを17時までやってたはずだ」
私は先輩に連れられて外に出た。見たことのない景色に驚きながら、先輩の後について黒い道を歩く。
先輩が足を止めたのは周りのあまりに直方体の建物―ビルというらしい―よりは馴染みのある家だった。赤いレンガと白い漆喰の壁、そして花壇のある庭。ただし、その庭に飛び出したガラス張りのテラス? はちょっと想像を超える。
店内に入った。明るく空気の温度が低く維持されている。外は蒸し暑かったので、とても快適な気分になる。
……大丈夫、馬のない馬車の話も、夏でも涼しいのも聞いたことがある。混乱する心を落ち着かせながら、案内された席に着く。ここら辺は同じだ。
メニュー表には見たことがないくらい綺麗な、実物そのものという絵が描かれている。絵の下にある記号、先輩の部屋にあった時計? と同じ数字だ。値段だろう。
「なんて読むんですか?」
「ああ、ミーアは読めないよな。えっと、ここはカイセンイタリアンが売りで……」
「……何を言ってるのか解りません」
「王国では東との交易が途絶えてから入ってきてないんだよな。要するに魚とか貝とかを使った料理が得意ってことだ。となると、やっぱり一通りってことで、このランチコースとかどうだ?」
先輩はメニューから厚紙で作られた別紙を取り出し、私の方に向けた。
どうやら三品のコースらしい。一番大きなメインの皿は、先輩がメイティールの為に作ったあれに似た料理だ。上に、よくわからない白い円柱と赤い球体の具が乗っている。左右の皿は前菜とデザートだろうか、とてもきれで洗練されて見える。味の想像がつかないけど。
リカルドはポケットから取り出した財布を開き、中の紙を数えてため息をついている。
値段の定義はよくわからないが、ほかのもっと品数が多いメニューよりも桁が一つ少ないのはそういうことだろう。
私の夢の中の先輩がケチなのは、私の責任かもしれない。
「じゃあ、お任せします」
私が頷くと、リカルドが先ほどのウェイトレスを呼ぶ。「ランチお二つですね」と伝票に記した彼女は、手に持っていた小さな紙を差し出した。
「こちらカップル限定のサービスで、デザートを三種類の中からお選びいただけるようになっております」
先輩が困った顔になる。私は無言でデザートメニューを受け取った。
少しドキドキしてきた。考えてみれば先輩とこういう風におしゃれな料理店で食事、それも二人っきりなど記憶にない。夢の中でもだ。
……
「前菜でございます」
ウエイトレスさんが、私たちの前に長方形の皿を出した。
長方形の皿は純白の磁器。その上には、艶やかかなオレンジ色の切り身が綺麗に並んでいる。身の下には、緑の果物が輪切りにして敷いてある。上には白い粉が掛かっている。
実物を見ても全く馴染みのない料理だ。ただ、覚えのある香りが鼻に届いた。
香りにつられるように、テーブルの端に置かれた木箱からナイフとフォークをとる。
じっと先輩を見る。使い方も同じらしい。
「えっと、説明するとだな。サケって魚をマリネしたものだ。下に敷いてあるのはアボカドって果物だ」
「上にかけられているのはチーズですか。あと、この香り」
「ああユズ……あっちじゃヤイルだな。ソースの味で和風、この国の料理形式のことだな、に寄せてあるんだ」
先輩にならって続いて赤い身を緑の果実と一緒にフォークで刺して口に運ぶ。
ねっとりとした触感。川魚と全く違うちょっと癖のある味だ。でも、粉にされたチーズと、あとはなにか独特の塩味がうまく包み込んでいる。下の果物は全く甘みがなく、それでいてコクがある。上の魚とバランスが取れているように感じる。
間違いなくおいしい……。
でも、その美味しさに戸惑う。チーズはチーズだし、ヤイルは口に入れると覚えのある香りが広がる。赤い魚なんて先輩から聞いたことがあっただろうか。この果物も……。
何よりも味のベースになってる、この全く味わったことがないしょっぱい風味は?
「ホタテの冷製パスタでございます」
メインの皿が運ばれてきた。白くて円形の具が乗った麺料理だ。「海でとれる貝の身だな」という先輩の説明。皿まで冷やしてある。
フォークでそれを突き刺して、巻いて食べる。高級な小麦粉の味がする。
「上に載ってる細いのは海藻、海に生えている植物な、を刻んだもの。赤い粒はさっきのサケの卵だ」
「おいしいですね」
主役であるホタテというのは、柔らかく甘い。赤い粒々は噛むとはじけて独特の風味をもたらす。それを作っているのは……。
「このしょっぱい味はなんですか? さっきの前菜にも使われていましたよね」
「ミーアは味覚も鋭いな。ショーユの味だ。えっと、大豆を発酵させた調味料なんだけど。ほんと懐かしいな。まるで本物みたいだ」
先輩は私よりもうっとりとした顔で食べている。「これさえあれば何でもワショクになるんだけどな……」といっている。
食べ慣れてくると癖になる味だ。私たちは黙々とパスタを口に運んだ。
空になった皿を見る。そしておなかを撫でる。なんだか空腹が満たされていると感じる。実際に食べたわけじゃないはずなのに……いや、実際に食べたようにしか感じない。
これ、本当に夢……。
「デザートはこの三つから選ぶらしいぞ。どうする?」
いよいよカップル特典だ。先輩も初めてらしい。向こうではあれだけ……。でも、この世界の先輩の方が私が独占出来て……って、そう私の夢なんだから独占出来て当たり前だ。
「……あっ、これ、プルラ先輩の作ってるのに似てませんか?」
私は黒と白の。プルラ先輩がチョコレートとリルカの柔らかいチーズで作ろうとしているお菓子に似ているものを指さした。
「ああ、ティラミスだな。実は微妙に違うんだけど、イタリアンの定番デザートだし、これにするか」
ティラミス。そういえば先輩がプルラの新しいチーズとチョコレートのケーキを食べてそんな言葉を言ってた。
「プルラ先輩には悪いですけど、こちらの方がおいしいですね。なんというか一味違う感じです……。あっ、でも子供はプルラ先輩の方が好きそうですけど」
白い皿にスプーンで盛り付けられた、白と黒の層。その上にかかったコクのある粉。カカウルスだよね。でも、土台にしみ込んだ微妙な苦みが、チーズとカカウルスの濃厚な組み合わせを引き締る。濃厚なのに上品……。
「独自でアレにたどり着くプルラ先輩は化け物なんだけど。先輩が一味足りないみたいなこと言ってたのはこの苦みだな。でも向こうにコーヒーはないしな。うーん」
仕事モードに入ろうとする先輩に呆れながら、私はデザートと一緒に出てきた紅茶を飲む。悪くないけど、これなら王国の最上のものと比べて落ちるかも。
お腹が落ち着いたせいかさっきまでよりも冷静になっている。本当に夢だろうか。私の知らないものがかなり出てくる。これが夢なら先輩の夢といわれた方がしっくりくる。
でも、先輩が言う前に、私はショーユの風味や、ティラミスの苦みに気が付いた。特にショーユはこれまで全く経験のない味だ。
ぞわっとする感覚が背中を撫でた。…………もし、これが夢じゃないなら。
もしも、もしもだけど。そう、先輩が別の世界から私たちの世界に来たように、私が先輩と先輩の世界に来たとしたら?
先輩は元の世界と私たちの世界の間で、何度も移動があったといっていた。私たちの先祖は千年から二千年前くらい前に、この世界から来た。魔獣たちはもっとずっと昔にこちらから移動した。先輩はその一番新しいケース。そういう仮説だったはず。
そう、この世界。存在するとしか思えない、この世界は。なら、逆に私たちが向こうからこちらに来たというのは、荒唐無稽でもあり得ない話ではない……。
そして、こちらに来たのが私たち二人だけ……。
そう考えた時、私はテーブルの下で太ももをぎゅっと握った。思わずそうしてしまった。普通に痛みがある。でも、ちょっと薄い……。
何を考えているのだろう。私があの世界にどれだけのものを残していると……。
でも、この世界にはアルフィーナもメイティールも……。
「次はどうする」
私が自分の想像に身震いした時、先輩が言った。
「えっ、あ、えっと。わからないから、その、お任せします」
私はそう答えるしかなかった。
「うーん、どうせ俺が知ってるところにしか行けないから……。そうだ、確か先生から聞いたイベントがあったな……、あそこにしてみよう」
先輩はガラス張りの向こうを指さした。ひときわ高いビルがある。あきれるほど高い。どうやって作ったのか見当もつかない。
どうして今まで気が付かなかったのだろうか。
やっぱりこれが夢だから……。
2019年3月23日:
次の投稿は来週前半くらいを予定しています。
お待たせいたしました。
本日3月27日21時に投稿します。
よろしくお願いします。




