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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
後日談Ⅲ『特別なご褒美』

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第一話 目覚め

2019年3月13日:

「予言の経済学 2 巫女姫と転生商人のギルド代表選対策」来月発売ということで、後日談Ⅲの投稿を開始します。

 私の目の前には灰色の壁があった。手を伸ばし、壁の上部をつかむ。引き抜いた紙の束を机に広げる。そして、そこに並んだ数字を一望した。


 大量の数字の一部が赤く光り、警告を告げる。まるで四角いレンガを積み上げた壁の一部に、三角形が挟まっているような感覚。頭の中の数式がぎりぎりときしむ。


 これが異常ではなく、ある種の才能だと教えてくれた人は共感覚といっていた。数字ではなく数術を見ているらしい。そして、その頭の中に閉じこもっていた私を、外に連れ出してくれた。


 私としてはそのことに感謝を忘れたことはない。ないのだけど……。


 一瞬で処理が終わった書類を重ね、机のわきに移動させる。そして、目の前の壁から新しい束を引き抜いた。低くなった壁の向こうに、黒い髪の毛とつむじが見えた。


「こんなになるまでどうして放っておいたんですか。先輩」


 一枚の紙とにらめっこしているリカルドの頭に抗議の言葉を告げた。


「い、いや、ほら商会のことで忙しいミーアにあんまり頼るのもまずいし。それに、そのアルフィーナもだな……」

「そっちの事情は知ってますからいいです。というか、アルフィーナがこの惨状を教えてくれたんですから」


 私はリカルドの口をふさいだ。先物取引所だけで忙しいリカルドが、帝国から戻ってくるや新しい事業の企画をはじめたのだ。その上、飛竜山のふもとで発見された東方の記録のことで災厄卿としての仕事が増えている。


 そのタイミングで、補佐をしていたアルフィーナが無理できなくなったのだ。仕事は破綻するに決まっている。

これ以上新しいことなんて無理と判断すべきだ。でも、アクアリウムの実物とその意義を知ってしまえば、止めることはできなかった。


 何より……。


「そういえば、今回の出張でずいぶんとメイティールとも仲良くなったみたいですね」


 私は机に置かれた小さな結晶を見た。かすかに紫色の光を発するそれは、魔虫との戦いで最後に砕け散った予言の水晶の欠片。その中で、性質の一部を残したと思われる数少ないものだ。


 資質がほとんどない私にも解るくらいの強い魔力を放っている。


 メイティールが持ってきたものだ。とても貴重だといっていたのに忘れていったのだ。


 最初は魔力云々の話をしていたのに、途中からリカルドとの“帝国旅行”の自慢を始めたせいだ。

そう、このアクアリウムはメイティールがやたらと張り切っている。というか、アクアリウムの意味についてはメイティールから聞いたのだ。


 あの「私だけがリカルドのことを理解してるわ」的な態度にはかなり思うところがある。


「いったい帝国での一か月以上の間、何があったんでしょうか」

「…………」


 ちなみに私たちの話の途中、体調が万全ではないアルフィーナがお茶を持ってきてくれたけど、メイティールの態度にはあまり関心を示さなかった。その自信もちょっと癇に障ったものだ。


「これはもう、特別なご褒美をもらわないと割に合いません」

「あ、ああ、何でも言ってくれ」

「変数に何を代入してもいい? 本当ですか?」

「……可能な限り、の条件を付与したい」

「考えておきます」


 正直ほしい“物”などない。いや、欲しければ大概のものは手に入るのだ。ヴィンダー商会後継者は、それくらいの力はある。


 これだけの富を、いや富を生み出し続ける商会を、使用人にポンと譲ってしまうリカルドの神経はどうなっているのか。


 貧しい村の孤児なんて、本来なら使いつぶされてもおかしくないのに。おかげで、いろいろ言いたいことがあっても言えない。


 例えば、面倒なことを私に丸投げして、自分はいまだに新婚気分なんじゃないかとか。ずっと昔から仕えている私を放って、メイティールにとか……。


「とにかく、早く片付けてしまいましょう。ノエルとの約束まで時間がないんですから。水槽の型の話でしたね。そちらも、売るのはヴィンダー商会なんですから」

「あ、ああ」


 嫌味はこれくらいに。こちらを見る先輩の目の下のクマが濃い。おそらく、私も同じような顔を見せているだろう。ここ数日、株主総会の準備で忙しかったのだ。


 レイリアから来たあの子たちが戦力になりはじめたから多少は任せられるけど。そういえば、コレットとレオンも……メイティールにまで出し抜かれたらとか……。



 …………



 あ、あれっ。計算しなおした数字がぼんやりと赤くみえる。えっと、今どことどこをくっつけたんだった……。


「大丈夫か?」

「先輩こそ、ほら、ここの数字間違ってます」


 私は目をこすってからリカルドのミスを指摘した。


「えっ、ああ本当だ。俺も頭が働いてないな」


 リカルドも首を振った。書類の山を挟んで、二つの頭が揺れる。このペースじゃ、午前中に終わらない。


「えっと、そこは……」


 私は計算を脳裏に描こうとした。モヤがかかった頭の中で式がゆれる。


 前を見ると、私の答えを待っていたはずの先輩が、つむじをこちらに向けている。私の頭の角度もだんだんと下がって……。


 目の端にうすぼんやりとした紫の光を感じながら、私の意識は暗い穴の中に沈んでいった。



 ………………


 …………


 ……


 意識が薄明りに向かって登っていく。最初に感じたのは、体を覆う柔らかい重さ。そして、体を支える不思議な弾力だった。


 暖かく滑らかな布が私を覆っている。ゆっくりとした動作でそれを持ち上げる。そして……窓からの光に青くなった。

お日様の角度は、明らかに正午を過ぎている。


「先輩どうして起こし…………」


 そこまで言って、自分の目の前にある黒い髪に固まった。なんと、私はリカルドと同じベッドに寝ていた。狭い一人用のベッドで、ぴったりとくっつくように……。


「……どうしたアルフィーナ…………」


 私の声に、リカルドがむくりと起き上がった。そして、目をこすってこちらをぼんやりとした瞳で見てくる。瞬きをして、


「あれ…………ミーア!?」


 頭を抱えた。「ごめんアルフィーナ、ついに……」とか呟いている。……まず私を気遣うべきでは?


 まあ、一応服装が乱れていないことを確認しているけど。

ただ問題はそこにもあった。私の体をしっかりと覆っているのは、見たことのない肌触りの布だった。


 王宮とかに出入りすることがあるので、それ相応の服は持っている。だけど、今着ている服はそういうものじゃない。

萌黄色の袖のないワンピース。信じられないくらい薄くて、なのにあまりになめらか。そもそも、こんな光沢の布は見たことがない。ヴィナルディアが見たらなんていうだろうか?


 寝ている間に着替えさせられた? いくら眠かったからといって気が付かないなんて変だ。そもそも、だれがここに運んだのだろう。


 しかも、二人一緒のベッドに放り込んだ。もしかしてアルフィーナの計らい……、っていくら何でもない。


 でも、こんな部屋先物取引所にも災厄卿邸にもなかったはず。まだ目がぼやけていて、部屋の様子がうまく認識できない。


「とにかく。早く仕事にもどらないと。ノエルが来てもおかしくない時間です」


 混乱する私はとりあえず現実しごとにもどろうとした。


「そ、そうだな、えっと、今何時だ……」


 リカルドは頭を振って、ベッドの隣にある木の棚に手を伸ばした。そこに小さな薄いガラスの板があった。彼は用途が全く分からないそれを、当たり前の様に手に取る。そして、表面に描かれた記号っぽい模様『15:12』をじっと見て……。


「なんでデジタル目覚ましがあるんだ」


 ベッドにたたきつけんばかりに伏せた。



「……どうやら夢を見ているらしいな」

「それが一番妥当な結論ですね」


 ベッドから降りた私たちは、小さなテーブルで向かい合っていた。リカルドに倣ったけど、素足で床に直接座るのは抵抗がある。でも、床はきれいだ。


 これは夢である。いろいろおかしなところはあるけど、それが一番納得がいく。


 さっきまで気が付かなかったけど、この部屋自体おかしい。いや、気が付かなかったというよりも、ついさっきまではベッドと窓からの光くらいしか認識していなかった気がする。


 それが、まるで突然現れたように床やテーブルが認識された。見たことのないくらい洗練されたデザインに見えるけど。例えば、このテーブルは天板が一枚のガラスだ。


「先輩が“こちら”にいたころのなんですね」

「ああ。大学院の時のアパートだな。何年振りだって言いたいけど、こっちの時間だと俺の記憶のぎりぎりってところだな」


 先輩はさっきベッドに伏せた時計? を見ていった。


 これが夢なら当然私の夢だ。なら目の前にいるのは、私の夢の中の先輩ということになる。この光景も、前に先輩から聞いたこちらの世界のことを、私が頭の中で想像したものということだろうか。


 例えば部屋の隅にある白い箱は例の【冬の箱】らしい。リカルドに言われるまで気が付かなかったけど。


 まあ、こんな夢を見る私の精神状態には少し思うところがある。例えばメイティールへの対抗意識とか……。


「早く起きないとまずいですよね。仕事がありますから」

「ああ、ノエルにどやされる」


 私たちはそろって、というかこれは私の夢なので、私が起きなければ意味がないのだが、目を覚まそうと努力した。


 …………


「起きませんね」

「ああ、まったくその気配がない」


 困った顔を見合わせた時、お腹が同時に鳴った。


 夢の中でもおなかが減るとは。寝てる体は空腹ってことだろうか。呼び出されたおかげで朝ご飯を食べてなかったことを思い出した。


「夢の中でっていうのも変だけど、腹ごしらえしてから考えるか」

「同意です。そうですね……」


 この夢の内容といい、おなかといい、先輩のせいといわざるを得ない。というわけで、私は夢の中の先輩に無茶をいうことにした。


「では、せっかくですから、先輩のもとの世界の食事がいいです」

2019年3月13日:

ついに? ミーアが主役の後日談が始まりました。

後日談Ⅲは四回程度の投稿を考えています。楽しんでいただけると幸いです。


第二話の投稿日時は23日あたりを考えています。

決まり次第ここに書きますが、ブックマーク等で追っていただけると幸いです。


本日の活動報告に二巻について告知をしています。興味を持っていただけると嬉しいです。

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