閑話 深夜の密談
「ふう、ちょっとつかれたわね」
私は手元の小さな円筒を机に置いた。窓の外を見ると、作業開始前はあった丘の下の灯りもほとんど消えている。
魔力回路の細かい調整で、目がしょぼしょぼする。片手で肩を叩きながら、もう片方を水差しに伸ばした。軽い。呼び鈴を手にとったところで今の時刻を思い出して、立ち上がった。
月明かりの廊下を歩いていると、明かりが付いている部屋が見えた。
「こんな時間まで執務とは。領主様も大変ね」
「メイティール殿下」
部屋とこの館の主である同年代の女性に私は話しかけた。
…………
「なるほどね。それは大変だわ」
幾つもの数値を頭の中で計算してから言った。この増加傾向を見ると、ミーアの言ってたアレで考えないと駄目ね。
「元々山間の狭い盆地ですから、急に人の出入りが増えると。それに、出入りだけでなく領民も増えていて。特に…………」
リーザベルトはそこで言葉を止めた。恐らく、あまり綺麗な話じゃないでしょう。領土経営については私だって多少は分かる。
「セントラルガーデンはどうなのですか? 我が領よりもはるかに発展の速度が速いでしょう」
「あそこは元々王国と帝国の連合軍を維持できるだけの後方基地。まだまだ余裕はあるわ。都市の発案者の思惑通りと言ったところでしょうね」
「どれだけ先を見通しているのか…………。空恐ろしいですね」
リーザベルトが客室の方を見た。
「そうね。私も時々そう感じるわ」
「時々、ですか」
「なによ。その含んだような言い方は」
「いえいえ、そう言えば背中の開いた服はどうなさったのですか?」
リーザベルトは魔導師姿の私を見て言った。
「魔力の研究をしているときに、あんなひらひらとした服なんて着るわけないでしょ」
「なるほど。リカルド殿の為にこのような時間まで」
「そうよ。あいつは自分じゃ何にも出来ないくせに、私に頼るんだから」
「あいつ、ですか。ふふっ。そういう所に惹かれているのでしょうか?」
「…………」
面と向かって聞かれて、私は不意打ちを受けた気分だった。
「どうなさいましたか?」
「いえ、どうなのかなって思って。ほら、私がリカルドの側にいるのって基本的にあいつの知識が目当てじゃない」
「それだけですか?」
「少なくともあいつ、リカルドはそう思ってる。まあ、私だって否定は出来ないから。おあいこよね」
皇族が二人揃って何の話をしているのか、そう思いながら私はついつい話しに引き込まれていた。
「災厄卿の驚くほどの知識の源、ご存じなのですか?」
リーザベルトが声を潜めて聞いてきた。
「一応、教えて貰ってはいるわよ。共同研究者としてね。あっ、ダメよ。流石に言えない。と言うか、言ってもどうしようもないことだから。ちなみに、知っているのはこの世で三人だけね」
「まあ。自慢ですね」
「そういう問題じゃない。と言うかあいつにしてみれば、私の……あいつへの好意が錯覚だって言いたくて話したんでしょう。言ったとおり、実際打算の要素も強いわ。普通の娘ならもうちょっと、甘い感情に囚われるものでしょう」
「そうかも知れませんが。我々は皇族ですし、殿下はそれに加えて魔導師ですから」
「そうなのよね。もっとも、王族でありながらそういう感情を放棄してる娘がいるけど」
「アルフィーナ殿下ですね」
「そう、あの娘を見てるとなんて言うか、自分の感情がいかにも政治的で打算的だって思っちゃうわね。異常なのは向こうなのにね」
「でも、今の殿下は切なそうな顔をしておられますよ」
「さっきから、本当に何」
「申し訳ありません。あのメイティール殿下が妙にかわいらしいものですから、ついついからかってしまいました」
そう言うと、リーザベルトは居住まいを正した。
「帝国の一員として、殿下があのような英雄と肩を並べていること、自慢に思いますよ。リカルド殿も、そんなメイティール殿下を頼りにされているのではないですか」
不意打ちのような言葉に、私は反応に困る。全く、昔はこんなことなかったのに。
「……それよりも、その領内のアレの処理の数字だけど。直線的に判断すると将来まずいことになるわよ」
「直線的、将来ですか?」
「ミーアから聞いた話だけど。そうね簡単に説明すると、借金の利息が月に倍とするでしょ。金貨一枚から初めて……」
私は誤魔化すように話題を数字に切り替えた。今後の彼女の大変さを教えてあげるのは、ちょっとしたお返しというやつね。
2018/10/05:
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出版社の作品ページと表紙は本日の活動報告で公開しておりますどうかご覧ください。
それではどうかよろしくお願いします。




