6話:後半 仕込み
「上手く行ったみたいだね」
「一回の会合でまとめてしまうなんて、さすがリルカが認めるだけあるわねえ」
独立系商会とケンウェルの二人が引き上げた後、リルカの案内で二人の学生が部屋に入ってきた。そっくりの顔の男女はどちらも三年生。リルカ達の親玉、食料ギルド副会長である大商会ケンウェルの双子の兄妹だ。
椅子と机を提供してもらう交換条件として、俺と話をしたいということだった。傘下を三つも巻き込むんだから仁義は切っておかなければならないが、金商会の後継者が何の用だろうか。一体どれだけ俺の保身を削る話になるのやら。
ブラウンの長髪をゆるやかにカールさせたおっとりとした美人。そして、それとよく似たさわやかなイケメン。立ち居振る舞いから貴族のお坊ちゃんと見紛うばかりだ。
ヘタしたら名誉爵位をとって形だけでも貴族になるんだから当然か。
「ジャン先輩、マリア先輩。ヴィンダーのことは別に認めてとかじゃ」
俺との関係をからかわれて、怒るリルカの反応を見る限り、関係は良好のようだ。だが、本社の跡取りがいながら、傘下のピンチを放置しているという事実がある。
こちらとしては、おかげでメンバー獲得できたし、机と椅子の融通は大助かりだ。だが、カレストは傘下に買い占めた場所を与えているって話だし。カレスト系列とケンウェル系列で収益競争とかはないのか?
「言いたいことはわかるよ。傘下の面倒くらい見ろって話だよね。残念ながらウチの社是でね。各商会は自主を良しとする。いくら大事とはいえ、学院の催しで手は出せない」
「父様にきつく止められてるのよ」
俺の訝しげな視線に気がついたのか、二人が言った。
「社風ですか。カレストとは違うみたいですね」
「そうだね。縦のカレスト、横のケンウェルなんて言われている。まあそういうとこも合わないんだよね、あっちとは。ドレファノ一強の時は問題なかったけど、それが崩れるととたんにこれだよ」
なるほど、三○商事と○井物産みたいなものか。
「君はどう思う?」
「それぞれ利点と欠点があるし、上手くいってるならどちらでも。混ぜないかぎり大丈夫じゃないですか? どちらが好みかといえば、ケンウェルの方式ですけど」
「それは光栄。でも君が提案したホールディングス。あれならどちらの形式にも柔軟に適応できそうだよね。両者をある程度混ぜることすら可能だ。違うかな?」
リルカたちからある程度会議の内容は聞いているのだろう。だが、現状では不可能だ。
「さあ、机上の空論ですから。今回は共通の目的、というより敵が居てくれた。そして、祭りの間だけって限定条件。じゃなきゃ運営できないですよ」
実際、カレストが参加不可能というところまで彼らを追い詰めなければ、こんな企みは成立しなかった。
「そのとおりだね。どんなルールであっても、利益と力の裏付けがなければいずれ崩れる。それが複雑で大きければ大きいほどだ。それを差し引いても興味深いけどね」
「小さな商会を束ねて、なんて聞いた時には、どんなロマンティストかと思ったけど……。敵がいてくれた、ですか。リルカはとてもすごい友人を持っているのね。王女殿下のお茶会に参加したって聞いた時にはびっくりしたけど。納得したわ」
「そういえば演出も見事だったね。最初に賢者様の部屋を使うことで度肝を抜き。最後には王女殿下でとどめを刺す」
「いや、この部屋を使うのはリルカの提案で」
俺は単に機密保持のためのベストな場所を考えていただけだ。
「ふうん。でも王女殿下のコネは自前よね。じゃあ質問だけど。王女殿下を最初から使わなかった理由は?」
マリアが俺を見た。さりげない疑問を口にしたように見える。だが、片割れも一緒に四つの目で見られると、単なる質問じゃないことがわかる。さっき散っていった銀達に比べると、これまでの態度は友好的かつ穏やかなものだ。だが、この二人は金の跡継ぎ。将来的には商人の代表と言っても良い立場につく。
「商人が貴族の権威で方針を決めてもいいことはないからです」
だから俺は素直に答えた。平民学生は貴族学生には逆らわない。それは客に逆らわない、身分社会では命取りになるという理由だ。だが、商人は決して納得しているわけではないはずだ。
別に反骨とか平等精神とかじゃない。商人と貴族では立場も役割も違うのだ。ドレファノのように貴族にベッタリで、他の商会を抑えて肥え太るまで突き進むならともかく、そうでなければ互いに食い違いが生じないわけがない。
ギルド長が名誉貴族なんて仕組みがダメなのはそういう理由だ。
つまり、今回の会合を王族の権威で決めたなんて形になったら、内心の不満は絶対に残る。ただでさえ寄り合い所帯が、そんな爆弾抱えてはどんなトラブルが起こるかわからなくなる。
「なるほど、コネに付随する要素はわきまえているみたいだね。そうだ、僕たちは商人だ。商人には商人の道がある」
ジャンは目を細めていった。油断はできないが、これはドレファノよりは話が通じそうだ。
「欲しくて手に入れたコネじゃないですから」
「これはまた、聖女殿下の初めてのお相手とは思えない言葉ねえ」
「その言い方やめてもらえますか。ケンウェル先輩」
「てれなくてもいいのに。子爵令嬢から聞いているわ」
「ルィーツア様を知ってるんですか?」
「せっかくリルカが繋がりを作ってくれたから、早速活用させてもらったの。面白い方だったわ」
そうだ、あのダンス騒ぎはルィーツアの差金だ。未だに意図が読めないんだよ。
「まあとにかく。今回のことは感謝しているよ。あのままじゃリルカ達は参加を断念するしかなかったからね」
ジャンが俺に軽く頭を下げ、マリアがそれに倣った。
「傘下の自主を重んじるんじゃないんですか?」
「自主は重んじる。だからこそリルカ達が独自に状況を打破しようとするなら力を貸せるのさ。その状況を作ってくれた君に感謝だ」
「傘下の子たちを助けてもらえば恩は感じるわ。ファミリーだから」
双子は言った。ファミリーって言葉が怖いが、この場合は普通の意味だろう。一蓮托生度が元の世界よりも遥かに強い家族だけど。
「もう一つ、礼を言わなければいけないことがあるんじゃないかって気もするんだけどね」
ジャンが探るような目で俺を見た。まさかドレファノを潰したことか。確かに、ジェイコブに第三騎士団の情報をケンウェルにも流させたけど、気づかれるとは思えないけど。いや、ルィーツアのラインか?
「こちらにはまったく心当たりありませんね。あったとしても机と椅子でトントンじゃないですか?」
お前たちのためにやったわけじゃないからいいですよ、という意味を込める。
「へえ、君の秤にはボクの知らない何かが載ってるのかな。到底吊り合わないだろうに。まあ、それは置いておこう。確証のない話だからね」
「えっ、どういうことですか?」
リルカがきょとんとした。
「商売上の秘密だ」「だね」
俺とジャンが声を揃えた。
「うう、なんで金と銅の商売上の秘密が私の上を飛んで行くの」
不満気なリルカだが、流石に追及しない。いいんだよ、同級生の家潰したとかここでする話じゃないからな。
◇◇
「テナントについては、予定通り。全員が一階をバッチリ取れたぜ」
「競合が一つもなかったから、安く済んだよ。はあ、ほんとただの倉庫だけど」
「みんなのバカにしたような顔が怖かった、うう……。でも費用節約できたし」
「…………」
会議から二日後、ホールディングスのメンバーはいつもの場所に集まった。一応リルカから話は聞いていたが、入札の結果は上々だったようだ。次は、フードコートならではの問題を解決する段階だな。
「フードコートに客を引き付ける目玉が必要ですね」
「そうだな、スペースの物珍しさだけじゃ気位の高い貴族どもを座らせれないぞ。ましてや、一箇所にこれだけ店があれば何を選ぶかも簡単じゃねえ」
「……そ、そうだよ。ウチの野菜が埋もれてしまったら」
「ま、ウチの菓子は外で食べるようなものじゃないからね」
俺が水を向けるや、メンバーは次の問題を上げていく。この辺りの切り替えは流石に商売人の家の人間だ。
面積という物理的制約はクリアした。だが、次の問題はもっと大きい。中庭に面しているとはいえ、バラバラの配置の店。まさか倉庫の窓から注文を取る訳にはいかない。
策は用意してある。そして、料理なんて専門外の俺はメンバーの力に頼るしかない。
「それに関しては一つアイデアがあります。次の会合までにそれぞれの得意料理を用意して欲しいんですよ。ただし、この形式で」
ミーアが各商会に紙を配る。レシピではない、色と形と大きさを指定しただけ。料理その物は各商会のおすすめの物という曖昧な指定だ。
「ダルガンの売りは肉だぜ。うちは去年は丸焼きを出したんだ」
「肉で良いんです。ローストビーフとかどうですか?」
「だから、こんなみみっちいのじゃ食いごたえがないじゃねーか」
さり気なく得意料理に誘導する。
「うちの売りは多彩な果物をふんだんに使った豪華な菓子なんだよ。白の土台はいいよ。でも、一口のサイズじゃ豪華さが出せない……」
「土台は任せますからトッピングはワンポイントでお願いします」
高校の校則で靴下を指定するみたいなことを言ってみる。
「…………」
「こんな沢山の種類の野菜をちょっとずつ。在庫管理どうするの、どうするの……」
「うええ、緑って……。まあヴィンダーが言うならやるけど」
リルカとベルミニはとりあえずやってくれそうだ。
「騙されたと思って、おねがいしますよ。各自の得意分野を確認して置くだけでも意味があるでしょ」
俺の言葉に、五人はなんとか首を縦に振った。同じスペースで商売する以上、互いのことを把握して置かなければならないというのは本当だ。
だが、上手く行けばこれがフードコートの目玉になる。客をひきつけて、且つ各商会の商品をアピールする仕掛けだ。ただし、それをなすためにはもう一つ必要な物がある。
俺は一人無言だった先輩に声をかける。
「ロストン先輩」
「――なに?」
「パンとは別に、一つ仕入れてもらいたい果実がありまして。これ、手に入りませんか?」
「こんなマイナーな果実、よく知ってたね」
俺は博物学の書籍から写しとった小さな柑橘類を見せた。ロストンの顔が驚きに染まった。最後の最後で、やっと素の反応を引き出せた。
◇◇
「約束は覚えておるじゃろうな」
「これまでよりも感度の良い魔力受信機のアイデアですね。最初に言っておきますけど、確証がある話じゃないですからね」
メンバーが帰った後、俺とミーアはフルシーに場所代を支払っていた。たった二時間の貸切料で、異世界技術とかボラれすぎだけど、提供できるのはイメージだけだ。この世界で再現するのは専門家である館長の仕事だ。
「ああ、それでいい。お前のアイデアなら何かあるじゃろ」
いやそれ良くないって言ってるだろ。ハードル上げられても困るんだ。料理以上に専門外の分野なんだから。
「えっと、こういうふうに、サラダボウルよりもちょっと平たい感じの陶器製の皿をつくって……」
俺は石板に模式図を書く。
「ほうほう、曲面を利用して集めた魔力の波長を一点に集約して測定するわけか。これは早速作らせんと」
フルシーは俺の書いた形の意味するところが分かったらしい。さすが魔力の測定に関しては専門家だ。
しかし、夏休みだってのに忙しいな。保身の夏のはずが”緊張”の夏になってしまってる。
お陰で実家の仕事が溜まっていくばかりだ。親父の方は大丈夫だろうか。




