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2話 商品

書籍化発表と後日談Ⅱ開始におきまして、感想欄に多くの感想、応援ありがとうございます。

返信は出来ませんが、全てありがたく目を通させていただいております。

「ようこそいらっしゃいました。災厄卿閣下」

「再びお世話になりますリーザベルト殿下」


 丘の上の領主館の前でリーザベルトが出迎えてくれる。あの魔虫との戦いの前、飛竜山への往復で二度滞在した館だ。全く変らない姿に環境変化に弱いこと小魚のごとき俺は安心した。


 もっとも、変らないのはこの建物だけ。街道から館までの光景は変っていた。下を見ると街道沿いに新しい大きな建物が立っている。領主館よりも大きい。その周囲を前は影も形もなかった複数の建物が取り囲んでいる。


 3階建てとか4階建ての木と石を組み合わせた無骨な四角い建物は宿泊施設。大きな1階建ての建物は倉庫らしい。交易量の増加がダイレクトに解る。


 田舎町に新幹線の駅が出来た感じか。


「あら、領事殿下には挨拶はないの?」

「これは失礼をメイティール殿下」

「私の帰国で、リカルドはついでなんだけど…………。まあいいわ。なんというか、かなり変ったわね」


 メイティールが領主で皇族、血のつながりは又従姉妹程度らしいが、を見て言った。新都市が帝国と王国の結び目の街である以上、最も近い帝国の領主であるリーザベルトとセントラルガーデン領事であるメイティールには仲良くしてもらいたい。


「……元が辺地ですから」

「これだけの恩恵をもたらされちゃ、皇位継承順位”元”一位程度よりもセントラルガーデン大公の方が優先よね」

「元皇位継承第一位殿下、その俗称はやめてもらえませんかね。リーザベルト殿下。うちの町に大公なんていませんので。王国に忠誠を尽くす三人の伯爵によるバランスの取れた統治、それがうちの体制ですので」

「リカルドもリーザベルトに対しての方が丁寧だし」

「あらまあ、それは私よりも殿下の方がずっとリカルド殿と気さくな間柄だと自慢でしょうか」

「リーザベルトだって恋文を送ってたじゃない。こうして呼びつけることに成功してるんだから」

「まあ、あのお手紙はあくまでお仕事ですわ。災厄卿との連携に関しては領事で有り、近くにいるメイティール殿下が頑張っていただかないと」

「やってるわよ。乗ってこないリカルドが悪い」


 一体何の話だ。周りに居る使用人の方々とか、俺達の後ろに居る騎士の方々も困ってるだろ。


「仕事の話に移りましょう」

「そうでしたね。メイティール殿下がずいぶん丸くなられたのでつい」


 リーザベルトは表情を改めた。


「では閣下、その手紙の件ですが。内容には間違いはありませんが、本当に閣下自らここに滞在されて行なうほどの価値があるとは……」


 少し困惑しているようだ。手紙というのは俺が求めた新商品に関する情報だ。そう、正真正銘の小さな商売の話である。


「その話は商売なので、出来ればリカルドでお願いします」


 俺は途端に目を光らせたメイティールに聞こえるようにいった。


「解りましたリカルド殿。早速ご案内を?」

「お願いします」


 相手は生ものだ。掛かる時間を考えれば急ぐに越したことはない。丘の下を見る限りリーザベルトも相当忙しいだろう。急な発展が生む人口増に対する対処とか……。


◇◇


 両国の騎士達に守られたまま丘の下に降りる。道の横を背後の山地からの綺麗な小川が流れている。俺はちょっと思いついて、小川の砂の粒度を確かめる。川の底の砂利を摘まみ。感触を確かめる。


 ちなみに、このちょっとした確認の為に、十人以上の進路が変る。


 身軽に動けないことはビジネス効率上、大きなコストだ。昔なら俺だけがささっと走って河原に降りれば済んだ。試行錯誤の効率的な運用が売りの凡人にとってこれは厳しい。

 

 …………


「ここが手紙でお知らせした場所です」


 寄り道を経て、俺達は居住区と林の中間に案内された。そこには池があり、居住地を通過した小川が注いでいる。俺達が池に近づくとカエルのような生き物が飛び込み。光を反射する小魚の群れが一斉に水草の中に避難したのが見えた。


「うん、良い感じですね」


 池の環境を見て俺はいった。小枝を拾って池に差し込む。茶色い泥が舞い上がる。


「良い感じですが? その、基本的に農業にしか使われない池ですが。民達もあまり、自分で飲むようには」


 リーザベルトが口を濁した。明らかに生活排水的なものが流れ込んでいる感じだもんな。山地からの、日本なら鮎や山女魚が棲みそうな清流があれば飲料用には抵抗があるだろう。


 専門的に言えば化学的酸素要求量が高めな感じか。だが、目的の商品を考えれば、それくらいじゃないと困るのだ。


「あんまり綺麗な水にしか住めないんじゃ問題がありますから」


 泥が沈み、動きがないことに安心したのか、水草の影から出てきた綺麗な小魚を見て俺はいった。


「さて……」


 鎧を着た騎士から剣じゃなく網を捧げられ、タライのような容器をもったもう一人が側に構える。それを背後から見るとは二人の皇女おひめさま。


 実にシュールな光景の中、俺は水面から水草に向かって網を動かした。


 すくい上げた中身を池の水を張ったタライに空ける。きらきらと輝く鱗の光と、ぴよんぴょんと跳ねる褐色の小動物がタライの中を大慌てで逃げ回る。


 一掬いで十匹くらいか。大漁だ。


 大きさは最大でもメダカよりも頭一つ小さい。恐らく2センチ弱。細い体型。透明に近い体色に、縦に走る赤の模様。その下に青い丸。そして、背びれと尻びれには波状の模様。


 大きさといい、美しさといい俺の目的にはぴったりだ。さっきの様子だと群れを作るみたいだし、これはいけそうだな。


「魚ね」

「魚です」


 左右からのぞき込んできたメイティールとリーザベルトが首を傾げた。


「食べるには小さいわよね」

「このあたりの池や用水路にはありふれた小魚です。いくら貧しくてもこれを食したりはしません。もちろん、本当に食料がなくなれば別ですが……」


 メイティールが考え込むように言い。リーザベルトは領地の名誉の為に同意した。そりゃ、生まれたときから見慣れていればそうなる。


 俺は池の水と魚を桶に移して、館へと持ち帰ることにした。


◇◇


 館に帰った俺は、タライから丼くらいの陶器に水ごと魚を数匹移すと、運んできた冷蔵庫から木の瓶を取り出す。


 蓋を開けると、釣りをやったことのある人間なら解る、香ばしいが食欲は誘わない匂いが鼻に届く。


 蜂の蛹を乾燥させて粉末にしたもの。いわゆる蛹粉だ。茶褐色の粉末を耳かき大の小さじで掬って、僅かに水面に落とす。水面に褐色の粉末が油膜と共に広がる。


 小魚が一斉に水面の餌に群がる。先を争って浮ぶ餌に口を開き、その衝撃で水中に落下する餌に別の魚が食らいつく。


 じっと観察するが、一旦口に入れた餌をはき出したりはしていない。それどころか、もう一度水面に耳かきを近づけただけで、恐れ知らずの個体が近づいてくる。恐らく池では普通に動物性ブランクトンとかを餌にしているのだろう。


「第一段階はクリアかな」


 俺はいった。魚によっては生き餌しか食わない種もいる。地球ではそれように、餌用のコオロギやプランクトンの耐久卵なんかまで売っていたのだ。稚魚ブリードまで考えると問題はいくらでも出てくるが、それはまだいい。


「それで、これは何の為なの?」

「アクアリウム……。じゃなかった魚を飼うことを王国で流行させるつもりなんだ。この魚はその中心になる」


 俺は二人にいった。趣味というのは業の深いものである。そして、その趣味をこの世界に広めて儲けようとしている、俺の業は更に深いと言うべきか。


 でも良いじゃないか、俺は商人なんだしな。


「魚を飼うですか。確かに帝都なら庭に池をつくることはありますが……。いささか小さいですね。失礼ながら猫とかの方が可愛いような……」

「そうね、飼うにしても犬の方が面白いと思うけど」


 どうやらリーザベルトが猫派でメイティールは犬派らしい、なるほど人は自分にない物を求めるというわけだ。


「確かにこういった小型魚はどうしても地味です。でも、私が売り出そうとする商品は、魚単独で成立させるものではありません。その為には個体の大きさは小さい方が良い。そして大事なのは異国産ということです。リーザベルト殿下には見慣れていても、王国の人間にとっては珍しいのです」


 俺は商品として必要な要素を述べる。アクアリウムブームを巻き起こすためには必要な要素だ。人は珍しく綺麗で面白いものを求める。それは、見たことのない世界を見せてくれるからだ。


「ふうん。こうしてみると餌を食べるのも可愛いし、綺麗ではあるかしら。ちょっと私にもやらせてもらえる?」


 メイティールが俺の手から餌を奪い取った。


「ああこら、メイティール。それ多すぎる、半分、いや五分の一で良い」


 俺は耳かきに山盛りにした餌を今まさに投下しようとするメイティールを止めた。


「魚だって多い方が喜ぶんじゃない?」

「それくらいなら簡単に食い尽くすだろうな。でも、必要量はその十分の一でいい。魚っていうのは水の中に浮いてるし。体温も俺達より低い。食べ物は大量に要らないんだ」


 それに餌を増やせば当然、別のものも増える。俺は小魚の尻鰭の間を見た。


「そういうものなの。うーん、リカルドの真の目的がまだ見えないわね……」


 メイティールは腕組みして考える。真の目的はさっき話したぞ。


 それはそうと、俺が目を向けると組んでいた腕を解いて、顎に指を当てる女性らしいポーズに変えた。……彼女には、最初の姿の方が自然で似合ってると思う。


 とにかく、次の作業の為にはそういうメイティールの協力が必要だ。


「メイティールにはやって欲しいことがある。あの小型スクリューの用意の頼む」


 俺は小川から採取した砂利の桶を持ち上げながら言った。アクアリウムという商品開発において、まずは一番の基本、水作りだ。

第3話は今のところ来月初めを予定していますが、まだ未定です。

活動報告に書籍化続報と、web版の地図(仮)を上げました。

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