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1話 繁栄を背に

2018/08/20:

書籍化ということで後日談Ⅱの投稿を開始します。

今のところ4,5回投稿の予定で、書籍の告知に合わせて投稿という形になります。

よろしくお願いします。

 古王国の旧道を直した広い道が北東に延びる。ほんの数年前までここが無人の土地だった面影はない。今や、王国と帝国の経済活動を結び付けている動脈だ。今日だけでも何台もの馬車とすれ違っている。


 道沿いにはすでに宿場町が二つ出来ている。元は魔虫との戦いの為の基地だった場所だ。ちなみに、片方が帝国、もう片方が王国と言うことになっている。


(変れば変るものね。もちろんここまでするのに苦労はしたのだけど……)


 石畳を軽快に走る馬竜車の窓から私はつぶやいた。車の左右に目を向ける。領事館付きの帝国騎士と王国のセントラルガーデン派遣軍の騎士が併走している。


 ふふっ、ボールベアリングを組み込んだ馬竜車に王国の馬は付いてくるのに苦労してるかしら。両国軍合同の仰々しい警備は、帝国皇女たる私に匹敵する存在が同乗していることを示す。


 「もう帰って良い」と言ったらどうなるかしら。彼らが守っている人物は、建前上は帝国の役職にもあるのだから。帝国領内に入ればこちらが警備に責任を持ってもおかしくない。まあ、そんなこと王国が認めるわけがないけど。当の本人はともかく……。


 同乗者は後ろの窓から遙か後方、帝国国境への上り道のおかげで僅かに見える大河の畔を見ている。ちょっと面白くない。


「なに、もう向こうが恋しいの。でてからまだ2日よ」

「まあ、な」


 気の抜けたような返事。折角私と二人でいるのに失礼じゃない。そう思いながら、私はリカルドの方に移動して、彼の見ているものを見る。とにかく目を離すわけにはいかない相手だ。帝国領事としても、魔力の研究者としても、そして……。


 遙か南方に大河と、そこに突き出した岬の都市。元々は両国が魔虫の大軍、人類を滅ぼす予定だった、と戦う為に作られた無人の地の後方拠点だった街が見える。


「ここから見ても、とんでもない発展よね」


 私はあきれたようにいった。この世界で一番忙しい街。一番変化が激しい街。なにより、魔脈を含めた魔力研究の最先端。そういう意味では私も後ろ髪引かれる。


 大学の研究室にはやりかけの研究が幾つもある。あそこの客員教授の肩書きは、私にとっては帝国領事や皇女よりもずっと重要なものになっている。


「まあ、な……」


 私の言葉に、リカルドは曖昧に頷いた。ちょっと表情が暗いわね。元々人を食ったというか、表情豊かとは言えないけど……。


 その瞳に何が映っているのかしら。何しろ、同じものを見ても私とは全く違ったことを考えるんだから。帝国で魔導を極めようとしていたときには、自分と同じものを見ることが出来る人間すらいないと思っていたのに。


「私の一時帰国に付き合うっていったのはリカルドよ。折角ちょっと期待したのに、お目当ては別の女だし」


 私は今から行く帝国の最も近い領地、本来なら東端の田舎村、の領主を思い出す。皇族にしては魔導の資質が低く、その領地も辺境の辺境だった遠い親戚だ。


「誤解どころか、国際問題を招くような発言はやめてくれませんか。もうすぐ帝国に入るんだぞ」

「あら、そんなに心配しなくても、リカルドは帝国の災厄卿でもあるんだし。それに、あの冬の箱のおかげで増える帝国魔結晶の輸出を考えれば誰も文句なんか言わないわよ。むしろ、貴方の首に巻き付いているこっちの紐が細くて困ってるわよ」


 個人的にも『冬の箱』の開発は楽しかった。ノエル達との共同研究、そして自分達の生み出した物がああいう風に多くの人間を喜ばせるのは新鮮な感覚だった。


 魔導は戦いのためにあると思っていたもの。これも新しい世界の見方かしらね。隣に居るのは、そういう場に私を招いてくれた男。私に手を出さないのはアレだけど、感謝してるし離れられるわけがない。


「今の言葉のどこに心配しなくていい要素があるんだ。縛り首にするっていってるんだが。俺の保身はどうなる」


 私の気も知らず、リカルドは困った顔になる。行動を見れば小心者にはほど遠いくせに、今の態度は本当にただの平民に見えるから困る。まあ、私もその理由の一端は教えてもらってるわけだけど。


 本当にこんなのが凡人の国家が異世界にはあるって言うの? まあ、そこに関しては信じていないけど。


「帝国領に入ってしまえば、貴方は私の思うまま。っていうのは冗談としても、リカルドこそ自分の立場くらい考えなさいよ」

「そっちこそ、本当に一時帰国で済むのか? 帝国の重鎮だろ。魔虫の襲来が落ち着いてきてるんだから、色々あるだろ」

「セントラルガーデンの帝国領事はそれでも最重要役職よ。有力皇族一人を貼り付けて置くに値するね。大体、リカルドがそういう街に作ったんでしょうに。セントラルガーデン大公閣下」


 あの街がなくなることがもはや両国とも想像できなくなっている。なのに……。


「その寒気がする”あだ名”やめてくれ。あの街は王国直轄で、平時の管理は三人の伯爵様がなさっておられるのだ。そして王国には大公閣下はただ一人だ。まあ、そのうちもう一人増えるけど、それは俺じゃない」

「…………両国の閣僚で王の義弟が男爵ですらない。少しでもものを知ってれば逆に恐いわよ。一体どれだけの力があればそんな立場に居られるのか、ってね。しかも……」


 私はもう一度遠くの街を見る。


「あの街の中身、経済的重要性は今後ますます高まる。それを差配しているのは貴方」

「…………」

「というわけで、リカルドの立場を安定させる為にも。抱えている国をまたいだ仕事を分担する為にも、もう一人妻が居ると便利だと思うの。それも、政治的バランスからいって帝国皇族である必要があるわね」


 私はここぞとばかりに自分の価値をアピールする。


「むしろ聞きたいんだが、なんで俺にこだわる」

「そうねえ。まず一番大事なことは、リカルドなら私に今の仕事を辞めさせたりしないでしょ。魔力研究の中心であるあの街にいることも保証されるし、帝国皇族としての儀式なんかとも距離を置ける。つまり、私が魔力学の研究に専念する為の最適の立場」

「それを聞いていると、なんかメイティールのダシに使われてる感じだな」

「あら、結婚なんて基本そんなものじゃない? むしろリカルドとアルフィーナが異常なのよ」


 私は少しあきれて言った。確かに今の言葉は打算的な要素が多いけど、リカルドとアルフィーナみたいに、互いの心情だけで結ばれましたなんていうのは異常としか言えない。


「それに、リカルドにとっても別に悪い話じゃないでしょ。ほら……」


 私は彼の前で両手を広げたポーズを取った。クレーヌには立場や計算じゃなくて、こちらの方でもアピールしろと諫言されたのを思い出した。


「この身体を好きに出来るのよ。昼はともかく、夜の勤めはおろそかにするつもりはないわよ」


 あっ、頭を抱えた。何よ、アルフィーナほど細くないけど全体的なプロポーションは私の方が……なのに。


「帝国との関係はどうするんだよ。バランスと言っても色々やっかいなことになるだろう」

「だから、そこら辺のことも私なら上手く処理できるわよ。むしろアルフィーナよりも上手くね。リカルド、これは忠告だけど貴方はもうどうあがいても政治的な存在なの。それこそ私なんかよりもずっとね。誰も……王国の新王も来年帝位に就くダゴバードも、貴方を無視できない。と言うわけで王国帝国を天秤に乗せた常態を保つしかないのよ。それがいやなら……」


 私は皇女として染みついた義務感から、少しだけ躊躇してからその言葉を吐き出す。


「それこそ王国も帝国も貴方が支配するしかないわ」


 なかば冗談、なかば本気だ。何しろ目の前の男ならそれくらいやってのける気がするのだ。帝国皇族としての残った意識が、流石に緊張を強いる。


「それは参ったな。今そんなことをしてる時間はないんだよ」


 リカルドは頭をかいた。その見事なまでにずれた返答。私は再び頭を抱えたくなった。「そんなこと」って両国の支配の事よね。


 だけど、彼のその表情を見て私は気がついた。これ、さっきセントラルガーデンを見てた時と同じだ。そこに浮んでいるのは、一言で言えば憂いだ。


 確かにこれから魔脈の活動がどうなるか、そこにはまだ大きな不確定性がある。だけど、現状は比較的上手くいっている。私がこうやって半分本気の冗談を言える程度には。


 と言うことは、これからやることがそれほど重要ってこと? 彼曰くの小さな商売らしいけど……。


「……ふうん、じゃあ聞き方を変えましょう。アレは何に使うの?」


 攻め口を搦手に切り替えた。車に積み込まれた、厳重に布のクッションで梱包された箱を見る。その横には冷蔵庫だ。リーザベルトへのお土産らしい例のワインの他にも、何に使うのか解らない水や、蜂の蛹などが入っているのだ。


「今回は一体何をやらかすのか、とても興味があるわ」


 さっきの憂い。世界の支配よりも重要なもの。その瞳に映るものを、この機会にもっと理解してやるわ。どうせ大きすぎて一人じゃ出来ないんだし。


「いや、本当にたいしたことじゃないんだ。期待してるとがっかりするぞ」

「ふふっ、その言葉が聞きたかったのよ。それに、上手くいく確証はないんでしょ」

「……そうだけど、明らかに誤解してるだろ」

「誤解なんかしてないわよ。それに、これだって」


 私は懐から魔導金の筒を取り出した。長さは彼のボールペンくらい、太さは倍。あの破城槌を小さくしたものだ。中にはノエルの錬金術で作った螺旋状の構造が入っている。


「本当なら帰国前に片づくはずだった研究を、急な頼み事で遅らせたのよ」


 私はそう言ってリカルドに唇を寄せた。


「破城槌の機能を使った研究は、新王にはまだ止められてるんじゃなかったかしら?」

「違う用途だ。ラボでも遠心分離のために使ってるだろ。アレと同じだよ。馬車どころか壺一つ運べない出力だ」

「確かに、この大きさじゃたいしたことは出来ないけど……」

「あくまで商売上の用途だよ。魔結晶の交易が復活してもまだ帝国との不均衡は小さくないだろ。だから、新しい商品の開発をする。俺は商人だからな」


 リカルドがいった。それ自体は事実だろう。でも……。


「そうね。その言葉も待ってたわ。ますます楽しみ」

「何度も言うけど、大きな規模にはならないからな。生活必需品でも軍事関係でもない。どちらかと言えば趣味の領域なんだ」


 言い訳するようにいうリカルドの目を、私は覗き込んで笑う。


「自分がこれまでしてきたこと、それを鑑みればその言葉が私にどう聞こえるか分かると思うけど」


 いいわ。この旅行の間に貴方の瞳の奥を今までよりももっと深く知ってみせる。あの娘達よりもね。

2018/08/20:

次の投稿は九月初めくらいを予定しています。

書籍化については活動報告に詳しいことを書いています、興味を持っていただけると幸いです。

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