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7話:後編 昼食会

「本日のメニューは全てこの魔道具を用いることで実現しております。まず、二段に分かれた箱の内、下の大きな方は冬の王都の気温に近く、上の小さな方は氷を溶かさず保存できるだけでなく、水を凍らせて氷を作ることが可能です」


 ノエルが言うと、リカルドが下のドアを開ける。中には、先程の絶品の食前酒の瓶が並んでいる。献上品と言ったな、その中身も含めてだろうな……。


 いかん、そんな場合ではない。


 おずおずと魔道具の前に来たのはシェリーとリルカだ。


「サラダに用いた食用花の様に、種類によりますが多くの野菜を新鮮さを保ったまま保存が可能です」


 新鮮な食材はもとより、加工品に関してはこれまでよりも味や食感を重視した製法が可能になる。続いて、ダルガンが内臓肉の保存について説明する。


 全て一番条件が厳しい夏における具体的な日数だ。


 なるほど、チーズにしても内臓肉にしてもすでに存在したもの。ただ、王都などには届いていなかった。つまり、今後はそれらの産物が富を生むのだ。


 アルフィーナが上の段を開く。凍りついた肉や、先程は出なかったアイスクリームが取り出される。浅いグラスに入れた水が中に入れられる。あとで凍ったことを実演するつもりらしい。


 プルラが主に調理具としての用途を説明する。ただ食料の保管期間が延びるだけでもとんでもないのに、それが食品の種類を増し、さらに調理方法もか。


 たった一種の魔道具の影響範囲の大きさに頭がくらくらする。だが……。


「魔道具ということは用いるのに魔力が必要となるのだな。どれほどの魔力が必要なのだ」


 俺が確認する。


「はっ。標準的な真紅の魔結晶を一度セットすれば半年間効果が持続いたします」


 ノエルの弟子の一人が言った。以前学院の実験棟の前でノエルに弟子入りを願っていた伯爵家の娘だったか。その姿勢に今回の魔道具の開発の経験か、悪くない。


 半年で真紅の魔結晶一つ。王宮や騎士団の倉庫には先の魔虫との戦いで得られた膨大な量の魔結晶がある。


「充魔炉を用いればどうなる」

「魔結晶は一度充填する度に効率が落ちていきますので、長期に渡って使い続けるには新しいものを入手する必要があります」

「ふむ。リカルド、どれほどの台数を作るつもりだ?」

「冬の箱の生産だけで言えば、以前の魔導杖と同様の体制なら一年で百台でも二百台でも可能だと思います。ただ、大量生産のラインに乗せるには数ヶ月から半年の時間は必要かと。もちろん、魔術寮次第ですが……」


 数年で数百から千台を超えてくるとする……。おそらくだが、この魔道具は一度使い始めたら手放せぬ。貴族ならこぞって欲しがるだろう。


 倉庫の魔結晶は災厄の備えとしてある程度は保存し続ける必要がある。となると、早晩足りなくなる可能性があるな。


 帝国との交易や血の山脈の開発に関わるな。帝国は深紅の魔結晶を産出するし、充魔炉の数も圧倒的に多い。王国に傾いた交易の不均衡をならす役割を果たすことが出来るな。なるほどメイティールの協力はそこら辺も見込んでか……。


 さて、次のクルトハイト大公は……。流石に気がついたか。クルトハイト大公領は縮小して、馬車などの産業がベルトルドに流れている。だが、トゥヴィレ山には国内最大の魔力噴出口がある。


 バランスどころか、いきなりリカルドに首根っこを掴まれてしまったのか。


 しかし、リカルドもアルフィーナもとっておきの品を紹介する商人にしか見えん。だが、周りを見てもそれを馬鹿にする人間は少ない。


 リカルド達の力は自身の目と舌で確かめされられたのだ。中には酒の瓶に釘付けの者もいるようだが。


 これでまだ格と序列云々にこだわるのは論外。この新しい情報に対してここにいる者達がどう言った態度を示すか。俺は説明を聞く出席者達の態度を記憶する。


「というわけで、セントラルガーデンより、最後の献上品の説明をさせていただきました」


 俺が見込みがありそうな者を見繕っている間に、リカルドが説明をまとめた。


 即位に関するあまりに杓子定規な手続きや儀式に辟易して、メニューに対する詳細な報告を受けなかったのはまずかった。まさかここまでやるとは……。


 リカルドに対抗しようとしていた両隣の二組を含め、会場の全員が息をのんで固まっている。まるであの箱の中で氷漬けにされたようだ。


 だが、俺まで固まっている訳にはいかない。これに対する態度で、王としての器と方針が示されてしまうのだ。


「…………さすがは我が義弟。豪気なことではないか」


 まずそういった。余裕の笑みを浮かべてみせる。


「この魔道具により、これまで生産地の外には届くことがなかった内臓肉やチーズなどが商業の富を生む。また、新しい調理方法により王国の料理は大きく変るであろう。そして、王宮に眠る真紅の魔結晶の価値が上がり、帝国との交易も魔結晶のおかげでさらに振興する……」


 会場にざわめきが復活する。それを確認して続ける。


「つまり、こういうことであろう。この魔道具によってもたらされる王国の繁栄こそが真の献上品だと。もう一度言おう、さすが我が義弟。実に豪気な祝いであるな」


 内心でやり過ぎだがと付け加えながら、俺はなんとか鷹揚さを保った。


 この変化に王国を適応させる仕事。どれほどの忙しさだろうな。真の献上品はその膨大な仕事ではないかと言いたい。


 もちろん巻き込まれるのは貴族も商人も、ここにいる者全てだ。


 俺の言葉が会場に浸透して行くにつれ、全員の顔色が変っていく。やっと解ったか、俺がリカルドをひいきするかどうかなど問題ですらないのだ。


 というか、これにある程度慣れさせるために、若手を選んで出席させたのだからな。


 まあ、この点では予定通りだ。まずは大事な点をかたづけよう。


「さて、これほどの祝いを贈られた以上、セントラルガーデンには如何なる褒美を与えるべきか。これは悩むところではないか」


 敢えてそういった。悩む振りをする振りをしているのだ。


「どうかな義弟よ。セントラルガーデンに魔結晶の流通を差配する権限を与えるというのは」


 俺の言葉に、出席者達のざわめきが大きくなる。この魔道具に関連して極めて巨大になり得る利権だ。まあ、リカルドなら返答は間違うまい。


「とんでもございません。魔結晶の管理は国防と密接に関係する上、国内に点在する充魔炉など広大な権限を含みます。管理できるのは王宮しかございません」


 一瞬の未練もなしにいい切ったな。


「ふむ、ならば専門の部署を作り対応せねばならぬな。今回の昼食会を用意した者たちには、今後は色々と助言してもらわねばならんな」


 俺はセントラルガーデンのメンバーたちを見ていった。これで、この者達を王国の仕組に囲い込み。そして保護する。


「災厄卿は以前、新都市をもって新しい商品を生み出し王国を潤すと言ったが。今回確かにその成果を見せてもらった。セントラルガーデンには今後も同様に災厄卿を中心に王国に貢献することを望むぞ」


 俺は一番重要なことを告げた。リカルド達が膝を折って俺の言葉に答える。会場には拍子抜けしたような空気が流れた。


 褒美の話はどうなったというわけだ。今、彼らが一番望んでいる物を与えたではないか。彼らに王宮からの特権など必要ない。必要なのは安全と自由だ。


「さて、あまりに斬新な品の数々。実に楽しませてもらったが、晩餐では……」


 俺がそう言って左右の二組を見た。両方ともぎこちない笑みを浮かべるのが精一杯だ。


「新しい物ばかりでは胃も落ち着かんからな。夕食は王国の伝統の味を楽しみたい物だ」


 俺の言葉に二人の義弟があからさまに安堵の表情になった。まったく、これが政治だぞリカルド。


◇◇


「陛下も大概な悪人。「災厄卿の権限の現状維持などとんでもない」と騒いでいた者達が現状維持にホッとしておりましたぞ」


 晩餐が終わり、執務室に王国の重鎮中の重鎮だけが集まった。まず口を開いたのはエウフィリアだ。少しは責任を感じて欲しい立場だが……。


「リカルドに関しては下手な統制は得策ではない。それよりも問題は、こちらの対応だ。リカルド達の最も大きな力の一つは早さだ。リカルドを中心とした情報の共有と意志決定の早さは恐ろしい」


 リカルドが商人の立場にこだわる理由の一つは、それを保つためだと踏んでいる。


「我らも相応の早さを身につけねばならぬ」

「ごもっともでございます。ただ、十人程度と違い、王国は……」


 続いて宰相を務めるグリニシアスが言った。その通りだ。アレは少数精鋭だから可能なのだ。


 極端なことを言えば、使えぬ物は外に捨てればいい。


 だが、国は最初から全体が対象なのだ。それを統治する王宮は少数を選択する方針は採れぬし、取るべきではない。速度云々の前に組織として崩壊する。


「そこで、魔結晶の流通だ」

「倉庫に死蔵された魔結晶が富に代わるのは結構なことですが……」


 グリニシアスが思案顔になる。


「昼に言ったようにそれ用の部署を作る。先程の昼食会で何人か有望そうな者を見繕った。魔術寮や宰相府も含め、各部署から有望なものを集める。俺に直属させることで意思決定を早める。この部署でどれほどの速度の政策実行が可能になるか見繕えよう」


 と言うわけでグリニシアスには引き続き政務全般を、テンベルクには軍事について多くを担ってもらう。


「貴族の者にとってはまるまる一部門のポストが増えるのですから、歓迎するでしょうな」


 グリニシアスが言った。


「しかし、それをもってもこれまで通りというのは……」


 テンベルクが言った。晩餐会の様子を思い出す。たった一日で災厄卿派ができそうな勢いだったからな。他の義弟二人にすり寄っていた者まで我先に……。まあ本人が嫌がっていたが。


「そうだな、大学に関してはこれまでより管理を強めねばならん。あの調子では王都の魔術寮の存在価値がなくなってしまう。大賢者はどう考える?」


 俺はフルシーに聞いた。


「ごもっともかと。ただ、儂ができる魔術寮と大学の差を縮めるためのもっとも大きなことは今書いている本の完成を急ぐことですな」


 逃げよった。まあ、魔力そのものと測定に対する理論的な教科書は、確かに根本ではあるのだろうな。


 大体、この老人に人間の統制などを強いれば、むしろこちらの手間が増えかねんか。


「ノエルの下にいた三人、近いうちに面会の手続きをとれ」

「解りました」


 グリニシアスが頷いた。


「ダルガン達、セントラルガーデンの商人にも北に戻る前に一度話を聞かねばならんな。あまり堅苦しくない場を設けるか」


 一緒に飲んでみたいものだ。恐らくおもしろい話が聞けるであろう。


「取敢えず今できることはこれくらいだな」


 俺が言うと全員が頷く。


「そう言えばな、昼食会の後で同じような魔道具のアイデアが他にもあるのかとリカルドに聞いたのだ。リカルドはなんと答えたと思う」


 俺は全員に聞いた。誰も口を開かない。いや、エウフィリアだけがそっと顔を横に向けた。


「帝国のあの破城槌があったであろう」

「はい。回転する金属の杭ですな」

「あれを横にして両端に車輪を付けたらどうなると思うか、と返しおった」

「…………馬のいらぬ馬車ですか」


 テンベルクがはき出すように言った。エウフィリアはため息をついた。グリニシアスが額に手を当てる。


 執務室を沈黙が覆った。


「少なくとも新しい部署が動き始めるまでは待てと、そう言っておいた」


 まったく、リカルドの力を活用して王になったようなものだが、リカルドの王である事は容易ではないな。


 まあ、その分は今後も退屈はせずに済むだろう。玉座の上で無聊を託つなどごめんだからな。

2018/01/06:

後日談『悪魔の神器』が完結しました。

実は後日談を書き始める前は、予言の水晶は壊れ災厄は大人しい状況でどんな話になるか悩みました。

結果、主人公に振り回されるキャラクターに焦点を当ていく群像劇っぽい話になりました。

作者としては新鮮な体験で楽しかったです。おかげで当初の予定よりも大分長くなってしまいました。

本編と合わせて100万字を超える長文にお付合いいただき本当にありがとうございます。


おかげさまで累計のPVがなんと1000万を超えました。

ブックマークは8900を越え、総合ポイントは26000を越えました。

さらに、年間ランキングにまで顔をだすことが出来ました。

本当に多くの応援に感謝します。


後日談開始後も多くの感想をいただき執筆の支えとさせていただきました。

ご指摘いただいた誤字脱字についてはこれから修正していきます。


『予言の経済学』はあらためて完結と言うことにさせていただきます(単発の話を追加する可能性はあります)。

今後は二作目『複雑系彼女のゲーム』を書きながら、三作目になるかもしれないハイファンタジーの構想を考えていこうと思っています。


それでは改めて、『予言の経済学』を読んでいただき本当にありがとうございました。


2018/03/07:

感想欄でご指摘いただき気がつくことが出来たのですが『小説家になろう勝手にランキング』をクリックしたとき、小説家になろうからじゃないという表示で投票が失敗する状態になっていました。

ランキングをクリックしていただいた方々に無駄足を踏ませてしまい申し訳ありませんでした。

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