7話:中編 昼食会
「セントラルガーデンのトリット商会より前菜でございます」
「新鮮なチーズ、帝国産豚肉を使った生ハム、ゆで卵の燻製を用意いたしました。食前酒と合わせてお楽しみください」
グラスにワインが継ぎ足されると同時に、最初の皿が出てきた。見た目は普通だな。今説明に立った娘は確かリルカといったか。セントラルガーデンの私的なネットワークの中心ということだったな。
アルフィーナもルィーツアも頼りにしていると聞く。軽視はできん。しかし、なかなか美しい娘なのに未だ独身なのか。
…………どれも楽しませるではないか。
食べたことのない柔らかいチーズがワインの泡とともに解ける。泡の刺激に負けない生ハムの濃い旨味。そして、燻製したゆで卵は真ん中の黄身だけが半熟。ソースもそれぞれ工夫されているようだ。
「見事だ。リルカ・トリットは今回のメニューのまとめ役だそうだな。生ハムや、ここにかかったソースなどは各商会の得手を合わせたというところか」
俺が言うと、リルカが恐縮したように頭を下げる。出席者達は上下問わず驚いているな。平民娘の名前と役割をわざわざ覚えているのだからな。当然だ。この娘一人とっても、お前たちの大半よりも重要なのだ。
「サラダでございます」
深めの皿が運び込まれる。サラダはサラダのはずだが……。まるでテーブルの上に花壇でも広げたような美しさが咲いている。王家の象徴である薔薇を中心に、様々な色の花が表面を飾る。
「王国各地の食用花を集めたサラダでございます」
シェリーという名の娘が説明する。見た目の美しさに崩すのが惜しいが……。
「どうした?」
俺はサラダをじっと見ている義兄に聞いた。
「それが、すでに散っているはずの花が……」
園芸も造詣が深い、イェルベルクならわかるか。サラダの歯ごたえから見て、水で戻したものではないのは間違いあるまい。
なるほど、王国各地からのみならず時間まで超えてみせるか……。ベルミニ商会は野菜を商っていたな。小麦だけでなく別の農作物のことも考えねばならぬか。
どちらかというと地味な印象の娘だったが。サラダという地味な皿を美しく仕上げ、さらにそれはほんの表面に過ぎぬ。
「東部の山村を救ったという豆やハーブのみならず、王国中の花を一皿に集めるその手腕、見事だ」
本来なら花にたとえて褒めるべきだろうが、独り身の女性となればおかしな憶測は避けねばな。
しかし、メインディッシュもデザートもこれからだぞ。
貴族たちはこの二皿に尽くされた贅だけで圧倒されている。最初は上座の俺達の動向ばかり気にしていた商人達も、今は皿を食い入るように見ている。義弟二人、グリニシアスの方は最初の酒に圧倒されているし、テンベルクも顔色が悪い。
「メインディッシュは牛肉を用いました」
皿の上に、真っ赤な円形の肉を薄くスライスしたものと、蜂の巣のような複雑な形の肉が乗せられている。赤い方には黒いソースが掛けられている。しかし、これは火が通っていないようだが……。
「まず肉の味そのものをご賞味いただくため、腿肉の炙り焼きでございます。最良の味の出る時期まで熟成させた牛腿肉の中心を切り出し、表面を炭火で炙っております」
ダルガンの説明に、全員がぎょっとした。外側が僅かに焼けているが、ほとんど生だ。
「陛下。このようなものお召し上がりになられては」
テンベルクの息子が止める。確か狩猟が好きだったな。参加者たちも引き気味だ。俺も抵抗がないわけではない。だが、この昼食会の黒幕である魔道具を考えると……。
「ダルガンの用意となればあえての趣向であろう。これは面白そうだ」
俺はフォークで赤身を突き刺すと、皆にわかるように口の中に放り込む。ほとんど生の肉の力強い味が、ワインビネガーを用いたソースとあいまって実に旨い。保存のための処置は全くされていないな。しかも、生の腿肉なのにこの柔らかさは……。
「もう一つは――」
「なるほど、王都でこれを味わえるとはある意味贅沢というわけだ」
俺はダルガンの説明の前にそう言った。牛の胃の煮込みだ。野営地で兵士に混じって食べたことがある。その時は雑味に閉口したが、きちんと調理されるとこれほど妙味となるのか。食感も面白い。
ああ、テンベルクの息子も固まってしまったな。もう少し頑張って欲しいものだ。何のためのバランスだと思っている。
「この見事な肉は一度訪れたことがあるあの牧場のものかな」
「はっ。牧場の者に協力を仰ぎました」
「ふむ、そう言えば近く結婚するそうだな。私からも祝いの言葉を贈らせてもらおう」
「あ、ありがたきしあわせてございます」
ダルガンが直立不動になる。周囲の貴族たちがまたざわめく。お前たちのどの結婚よりも、王国にとって重要なのかもしれないのだぞ。というか、これ一皿とってもお前たちの領地経営と大いに関わることがわかんのか。
いや、何人かが必死で味わっているな。おそらく牧畜が盛んな領地を持つのだろう。
「デザートのチョコレート。三種でございます」
昼食ということで、これが最後の皿だ。プルラの菓子は王都にも名が轟いている。特に有名なのが帝国のカカウルスという果実を使ったチョコレートだ。即位が近づくと多くのものから俺やその周りに届いた。セントラルガーデンを重視している俺に対するアピールだ。
帝国との交易の関係上極めて重要な品だ。上手いのは間違いないが、正直言うといささか食傷気味だ。
皿の上に、正方形の黒い菓子が凸の形に並ぶ。それ以外何もない。季節柄アイスクリームが出てくると思っていたが……。いや、皿が冷えているな。
「上の方からお召し上がりください」
一番上の一番黒い一欠を口に運ぶ。歯を立てた瞬間。僅かな抵抗とともに歯が自然に沈み込む。そして口の中で柔らかく解ける。カカウルスの香りが口の中に広がる。むう、官能的だ。甘さはあまりないが、それもいい。香り、口当たり、そしてコク。強く見えて、繊細に組み立てられた味だと納得させられる。
下はなにが違う。断面が緑がかっている。少しくどい渋みがカカウルスと拮抗する。奇妙な組み合わせだが癖になる。最後の一つは、口の中に濃い酒精が広がる。蒸留酒を練り込んであるのか。カカウルスと酒の芳香が口の中で絡まり、たまらぬ。
「クリームの量を増やし、二重に冷やし固めることで口溶けを高めたチョコレートでございます」
プルラが説明する。なるほど普通に冷やした後で短時間凍らせたと。
「繊細にして濃厚な、高貴とも言える味だ。まさしく菓子の王だな。濃厚なのにそれぞれ飽きぬ工夫も見事だ」
そこまで言ってしまったと思った。王が菓子の王などと定義してしまうと、影響が後を引く。
「は、ヴィンダー商会で同じく菓子を商うナタリーと共に工夫をこらしました」
「ほう、王国帝国に名を響かす名店の合同となれば、この味も納得であるな。なるほど、この緑はあのハーブだな」
この関係は聞いていないぞ、あとで調べるように指示せねばな。
「本日の趣向、いずれも美味であることはもちろんだが見たことも聞いたこともない。見る限り容易に実現できるものではないようだが。そろそろ種明かしを聞きたいな。災厄卿」
俺がリカルドを見る。列席者の視線がホストに集中する。誰が主役かわからんな。
「セントラルガーデンよりの最後の献上品がその答えでございます」
宮廷魔術師ノエルとその弟子が現れる。彼らの背後に運ばれてきた長方形の包。覆われていた布が取られると、四角い箱が姿を表した。ただの無骨な金属の箱に見えるが、これが例の魔道具だな。
「客員教授であるメイティール殿下とナトアスの魔力触媒の改良により、螺炎の魔導を元に開発しました魔道具、冬の箱でございます。箱の中の温度を冬の季節まで下げ、それを一年中保つことが出来ます」
ノエルが言った。ノエルの後ろに並んでいる三人はセントラルガーデン学派の主要メンバーということだな。どうやらノエルにはフルシーよりもその手の資質があるらしい。頼もしいと思うべきか。場合によっては一人引き抜いて魔術寮に……。
いや、そもそもこうも短期間に聞いたこともない魔道具を実現してしまうのだ。魔脈の監視と研究のために設置した大学だが、位置づけを一から考え直さねばならん。




